三章【私の“英雄”】その8※スフィア視点
そこは、国の中心部から少し外れた場所だった。
所狭しと建物が並ぶのではなく、1軒1軒に大きなスペースがあり、のどかな風景を作りだしている。
その一角である場所に、私達は訪れた。
『ここで、あってる?』
『あってる! ほら、行こうっ!』
手を繋いだたいきに引っ張られる形で、家屋の扉までやってくると、たいきは扉をノックし、『森の魔女を連れてきた』と声をあげれば。『はーい』家の中か女性声がして、扉が開く。
『カヤねーちゃん、連れてきたっ』
『――どうも』
『…………』
女性は私を見ると目を丸くして、瞬きをする。
次にたいきを見、納得したように頷くとふわりと笑った。
『話はきいてます、どうぞ中へ』
『――失礼するわ』
軽く頭を下げて、中へ。
こじんまりしながらも、綺麗にしている。年季は感じさせても、それが味を感じさせる内装。
そんな家の中を歩き、リビングまでやってくると。
『じゃあ、たーくんはここで待ってようか、お菓子だしてあげるね』
『わかったっ』
たいきは元気よく頷き、私を見て『行ってらっしゃい』といい――。
『奥の部屋に行ってください。――祖父のこと、よろしくお願いします』
『――――』
カヤと呼ばれた女性には、頭を下げられた。
『――行ってくる』
何を話せばいいのかわからなかった私は、2人に返す言葉を持たず、ただそれだけ伝えると、ゆっくり足を動かして、恋人だった――アランの元へ向かった。
扉をひらけば、ベッドに横たわる人物がいて、それがアランだという事を理解するのに 、少し時間がかかった。
彼と別れてから、長い時間が流れている。
私は理解している、つもりだった。
けれど、それでは到底足りなかったのだと痛感した。
面影を残していても、私の知るアランは20代の姿。
そんな彼と、今の彼の姿が噛み合わず、戸惑いを覚える。
『――やぁ』
『――――っ』
それも、彼に声をかけられるまで。
ああ――。
『久しぶりだね。君は昔と変わらず、可愛い姿のままだスフィア』
ああ、覚えている。
穏やかなその笑顔も。
低くも柔らかな声も。
忘れてなんかいない。
彼はいつも、私の傍にいてくれた。
私の恋人――”だった”人。
『わた、わたし――』
『スフィア』
何か、言わないと。
いや、謝らないと。
空回りする思考で、それでも何かを言わなければとしたところで、彼が私を呼び。
『今日は良い天気だねぇ。のどかで、風が気持ち良い』
風を感じるように目を閉じたアランは、そういった後、私を見て微笑む。
『こんな日は、゛こんな身体゛でも、元気が出てくるような気がするんだ』
『……』
ただ穏やかに微笑む姿に、私はたいきの言葉を思い出していた。
――じいちゃん、もう長くないんだって。
私にアランの名を告げた後、彼の命がいつ失われても可笑しくないのだといい。
――だから、いなくなる前に、話をしたほうがいいと思うんだっ。
そういった。
もう、誰もいなくなっていたと思っていたこと。
そして、彼がいついなくなっても、可笑しくないということ。
その事実に困惑していた。
けれど、困惑などしている余裕はない。
彼と、アランと話そう。
そう思って。
『アラン』
『何だいソフィア?』
『近くにいっても、構わない?』
『もちろんさ』
彼の言葉を受け、ベッド近く置かれている椅子に座る。
その間、軽く開かれた窓から風が入り、ふわりとカーテンがゆらめき、私達をなでる。
『あのね、アラン』
『ああ』
『今まで、本当に――ごめんなさい』
今更だと、自分でも思う。
それでも、零れ出た謝罪は私の本心だった。
『馬鹿な事だと思うでしょうけど、これが私の嘘のない本心。こんな言葉一つで済まされる事はないとわかっていても、それでも、私はみんなに――あなたに謝りたかった』
謝罪を受け入れて欲しいわけじゃない。
ただ、自分の行いで傷つけて、遠ざけた事を、どうしても謝りたかったのだ。
『ソフィア』
『何?』
呼びかけに答える。
彼がどんな言葉を言おうとも、私はそれを受け入れよう。
そう思う私に。
『僕は――君の強さに、甘えていたんだ』
『アラン?』
『君が、強くて、何でもこなせていたから、だから……君なら大丈夫だと、そう思ってしまったんだ』
謝罪に答えるかわりに彼は語った。
『それが、大きな過ちだと気づいた時には、僕の声は届かなくなってしまっていた――本当に馬鹿だ。君を好きなり、愛して共にいようとしていたのに、君の弱さに寄り添うことをしてはこなかった』
手を伸ばすアラン。
その手を両手で握りしめる。
『君が不老不死になり、魔法に没頭していて、それがある意味で君の幸せに繋がる事だと言い聞かせてきたけれど――それも、僕がただ手を差し伸べるのをやめた言い訳にすぎない。それをずっと心残りに思っていた』
『……』
黙って耳を傾ける。
『どんなに君に疎まれようと、僕だけでも、君の近くにいるべきだったのに――君は本当に強くて、素晴らしい人だと、誰でもない君には、証明しなければいけなかった』
彼の初めて聞く思い。
『だからね、ソフィア』
本当に、今更だけど。
『君が一人で背負う必要なんて、どこにもない』
私を見て、彼は言った。
『君が一人になったこと、君を一人にさせてしまったこと、君がそれを罪だというのなら、僕にも背負わせてほしい』
涙が零れた。
私の目にも、彼の目にも。
この時、今まで背負ってきたのは私だけじゃなかったんだと、
知る事が、できた。
『今まで、本当にすまなかったソフィア。勇気が足りず、君に直接伝えることもできなかった。本当に、本当に、すまない』
遠い、遠い昔。
交わした約束。
――ずっと一緒に、いつまでも。
それを破ったのは私。
悪いのは私一人だと、そう思っている。今でも。
それでも、そんな私に対して、彼は後悔と懺悔を繰り返していた。
それを見て、申し訳ない気持ちと一緒に愛しさがあふれ出す。
彼を、愛していた。
心から。
『そうね、アラン。あなたの言葉に甘えさせてもらうわ』
あなたは何も悪くない、そう告げてもきっと優しいあなたは納得しないから。
『受け取らせて、あなたの言葉と思いを』
そして。
『だから、あなたも――私の謝罪を受け入れて? それでおあいこ、いいでしょう?』
今浮かべる事ができる精一杯の笑顔を、あなたに。
『――ああ、そうだね。スフィア』
私の笑みを見て、涙をこぼしアランは笑った。
『『ありがとう』』
そして、お互いに感謝を伝えた。
そうだ、謝罪だけじゃなく、私は彼にお礼を言いたかったのだと気づく。
今まで多くのモノを手放して、それはもう戻ってこないと思っていた。
けれど、少しだけでも再び手にできる喜びを私は噛みしめた。
多分、アランも。
だから、私達は泣きながらも、心から笑える事ができたんだ。
昔のように――――。




