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三章【私の“英雄”】その4

 

「――いけないな、弱っているせいか、ついつい話が脱線してしまう。別に語る必要のないことばかり話してしまって、私らしくない」


「確かにいつものスフィアらしくない、といえばそうかもしれないけど、それでも話してくれてよかったと思うけどな」


「そう言われると、何とも言えないが、話がまだ済んではいない……すまないが、この手を離してもらっても構わないかな? 話をすすめるのに、この体勢はよろしくない」


 怒っている、というより困っていると言わんばかりの表情をみて、ゆっくりと手を離すとやれやれとため息をついた。


「今回は俺、悪くないだろ」


「確かにそうなんだけどね、あの体勢のままだと本題を忘れてしまいそうになるんだよ」


 だから、話してくれて助かる。


 そう告げてからスフィアは言った。


「呪いが中途半端だった、と言う言葉は覚えているかな」


「覚えている」


「当初は、私も気づかなかったが、時間を経ていくことに呪いの効力が変化していった。定期的に訪れる痛みが徐々に増し、最初は胸に現れていたこれも拡がっていった。不老不死の呪いは、生かすためではなく、苦しむために考案されたものだから、さして気にもしていなかったが――――どうやら、私が自身にかけた呪いは“不死”の要素が排除されていたらしい」


「どういう……事だ?」


「私の力が未熟だからか、それとも足りないモノを別のモノで補ったからか、それは定かじゃないが、この呪いは苦痛と引き換えに“不老”にはなれても、“不死”には至らなかった、ということだ」


「ど……」


 もう一度、同じセリフを吐こうとした所で、「わかるだろう?」と言いたげにスフィアは俺を見る。


「――――っ」


 ああ、知りたくないのに。分かりたくないのに。


 今までの説明と、見てきたモノで理解できてしまう。


「薬で抑えて、それでも発作はとまらず、魔力が失われていく。しかも予想を遥かに超える速さで」


 思わず、スフィアの制止させようとした所で、スフィアは言った。


「先ほどの発作でわかったよ。もう……私に次はない」


「――っ!」


 声を上げようとして、それでも声が出なくて、口から漏れたのは空気のみ。


 そんな俺に「すまない」と苦笑を浮かべて。


「君が悲しむのも、苦しむのもわかっていた。けどね、どうしても告げなければいけなかったんだ。だってそうしないと、君は私を治すなんて無謀な事をしていただろう」


 私のこれは病気ではない。


 一般の薬は勿論、治療法も役に立たない。


 魔法は基本治癒の力はなく、あってもそれは文献でしか載っていないような途方もない力で、まず探す事すら困難。


 そして何より、これは私の愚かさうんだ産物。


 そんなモノに君を付き合わせたくはない。


 スフィアの言葉は、俺が聞きたくないもので。


 けれど他人を労る優しさで満ちていたから。


 嫌でも、内容が耳に入ってきてしまう。


「スフィア」


 何か、何か言葉を。


 ぐちゃぐちゃになった思考で、それでも吐き出せたのは、スフィアの名前。


 そんな俺に。


「私はもう十分に生きた。愚かな行為で沢山の人に迷惑をかけたけれど、それでも……それでも私が歩いてきた道のりの全ては無駄ではなかった。それを君が教えてくれた。救ってくれた。だからね、もういいんだ。私は私の人生が終わる事に何の不満も未練もない」


「そんなこと、いうなよっ」


 言葉が出てこない、それでも何か言わないといけない。


 そんな俺が出せたのは、何の意味も持たないもの。


 スフィアは、困りはしても、それでも憂いを一切持たずに言った。


「いいんだ、大樹」


 首を横に軽く振って、笑う。


「いいんだ」


「だって、おれ、はっ。俺は! まだ何も、お前にしていないのに!」


「大樹……」


「救って、くれたのに! 前を向いて! 生きていこうって! そう思ったのに!」


「……」 


「どうして、救ってくれた相手に、何も返す事ができないんだ!」


 涙が止まらない。言葉が止まらない。


 俺は、゛英雄゛になどなれない。


 それはもう、わかってる。


 けど、そんな俺でもいいんだと、ようやく思えた時に。


 何かしてやりたいと思う相手が死んでしまう。


 それじゃあ、結局何も変わらないじゃないか。


 俺は結局望む事を何一つ叶えられない、只のどうしようもない――


「大樹」


 ただ感情を吐いて、喚き散らしていたとき、スフィアは俺の名を呼ぶ。


 その言葉でもどす黒い感情は収まらず、どうしようもない、やれ切れない気持ちを吐き出そうとしたときに。


 体を起こしていたスフィアが俺を抱き寄せ、唇を重ねてきた。


「……っ」


 思考が止まる。


 目に映るのは、目を閉じた顔。


 唇の感触。


 後ろに回された腕。


 密着したことで感じる、スフィア温もり。


「大樹違うんだ」


 数秒後に離れて俺を見上げるスフィアが言った。


「違う?」


「そう、違う。君じゃない。私なんだよ」


「何を、言って」


「私が、君に救われたんだ」


「それは、あれだろ? 薬草を採りにいったこと、だろ? あんなもん助けた内にはいらない」


「……」


 俺の言葉に、少し黙りこんだ後、ベッドから降りる。


「おい、危ない――」


「……」


 足取りがおぼつかず、ふらふらと動くスフィアを、俺は止めようとするが、スフィアは俺の言葉を聞かずに、立てかけてあった自身のカバンへ向かい、中身を明後日から、一冊の本を取り出した。


 それは――。


「え、ほん?」


 一冊の本を取り出すと、両手で胸に抱いて、俺の前に立った。


 一体何をしようとしているのか、それがわからず困惑していると。


 スフィアは言った。


「『わたしにはもう、何もないと思っていたけど――』」


 いつもと違う声音と、口調。


 唐突の事態に頭がついていかない。そんな俺に構わず話続ける、


「『違うんだって、意味があるって、まだ間に合うんだって』」


 涙混じりのまま、笑顔を浮かべていた。


「『色々教えて、道を示してくれてありがとう』」


 ぎゅっと絵本を抱きかかえて、嚙みしめるように。


「『小さな――“私の英雄”』」


 スフィアは言った。


 ――なれるよ。


 子供のころ、魔法騎士団を目指していた俺に様々な人間が肯定してくれていた。



 ――君なら、絶対。だって、こんなどうしようもない私を救ってくれたんだから。


 その中で、俺を「英雄になれる」と言ってくれたのは、レオと梨花。


 そして。


 ――だから、いつかその日が来たら、私も仲間にいれてね?


 そうして、もう一人。


 ――その間、君が見せたくれたこの本のように、立派な魔導士に、なってみせるから。


 もう一人、いたんだ。


 国から少し離れた森の中。


 人が済まない場所で、洞窟に住んでいる変わり者。


 ボロボロの衣類に、長くぼさぼさな銀の髪をした。


 森の魔女、と呼ばれた一人の魔導士が。


 名前も知らない、会ったのは、数日のみ。


 その魔導士が目の前に?――。


「君が覚えていても、いなくても……」


 いつもの口調でスフィアが言った。


「それでも、良かった」


 微笑んだまま。


「私が覚えていれば、それでいい」


 涙を浮かべて。


「けど、今の君に伝えないと、君は自分を責め続けるだろうと思うから、改めて言おう」


 まっすぐに、俺を見て。


「君は、確かに私を救ってくれたんだよ。だから私にとってあの日からーー」


 ――君は私の英雄なんだ。


 スフィアは言ったんだ――。



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