三章【私の“英雄”】その3
そこまで聞いて「愚かな女だろ?」と自嘲するスフィアに、少し間何を言えばいいのかわからなかったが。
「何て言うか、本当に悪かった」
「……その反応は、予想外だ。ここまで話せば、それなりに幻滅するのかと思ったのだけれど」
「そんな事はしない……俺は今まで何でも楽々にこなしているように思っていたからな。だけど、あんたがそれだけの努力をしてきた事を考えもせず、ただ鬱陶しく思っていたのは、失礼だと思った」
そう、本物の天才に出会い、打ちのめされ、それでもあきらめ切れなかったこと。
自分がどれだけ前に進めるかわからずもがき続け、それでも前に進むしか、選択肢がなかった事。
一度経験していて、その道がどれだけ過酷な事かわかっている。
何よりも、俺は周りから否定されてきたわけじゃない。
自分のやって来たことや、手にした力。
届かなくても、周りに散々認められてきた事は知っている。
そんな俺に比べれば、否定の声しか聞こえてこない中で進み続けるのは、どれだけ過酷な事なのか。
俺には想像すらできなかった。
「スフィア、あんたは、俺が思う以上に、凄い女だったというのが今分かったよ」
「……全く、君は私をこれ以上骨抜きにして、どうしたいのやら……」
何を言っているんだこの女は?
「おいスフィア、お前急に何を訳分からないことを」
「分からないも何も、ただ単に、私が君を好いていることを口にしているだけだよ?」
「……」
「まあ、今はそんな事は置いといて話の続きを……」
「ちょっとまて」
「何かな?」
「……今何て言った?」
「だから話の続きを」
「その前」
「……」
俺が確認を取ろうと言葉を重ねて、何を聞きたいのか理解したスフィアは、少しの黙り込んだ後に、クスクスと笑いだした。
「あーそうか。君はそういった事に関して、初心なんだね。惚れただ何だのは、君くらいの年齢になれば当り前の事だろうに。そんな反応するとは思わなかったよ」
「いや、好いてるなんて言う雰囲気なんてなかった所にぶち込まれれば、驚くだろっ」
「確かにそうかもしれないが、君の反応は……まあいいか。事実の確認をしているのなら、きちんと話しておこうか。そうだよ、私は君の事を好いている。それも一人の異性としてね」
「……」
俺は、今まで面と向かって、誰かに好意を伝えられた事はない。
ない、が。
ただ、こんな世間話をするように、好意を伝える事が当り前だとは思わないぞ。
「それに関しては、思わず零してしまったと言う事で、今は続きを話そう。もし必要なら話が全て終わった後で、という事でいいかな?」
「……わかった」
よくない、と言いかけた所で、今はそんな場合ではないと踏みとどまる。
「わかったくれたようで何より。そして続きだが……自暴自棄になった私が修行に明け暮れている中で一冊の本を見つけたのさ」
「一冊の本?」
「そうだ、古代の文字で描かれ、解読不能と言うことで安売りされたもの。私はそれを入手し、解読した結果、どうやらそれは“魔族”が残した“呪い”について書かれているのがわかった」
魔族とは、数千年前に起こったとされる戦争の人とは別種族の名称の一つ。
この世界に存在しておらず、しかし時折この現れる【魔獣】の存在により、【居るはずだ】とされている。
そんな存在が残した本というのは一体どんなものなのか?
「様々な呪いが書かれている中、私が注目したのは【不老不死の呪い】だった」
「おい、それって……」
「そう、一部の天才しか扱えない“不老不死”の魔法。それを扱えない私にとって、【呪い】という言葉こそあれど、その言葉は魅力的に映った」
いや、どちらかというと自暴自棄になり、どうなってもいいと思っていた、というのが正しいかな。自嘲の笑みを零す。
「そうやって、他にする事も思い浮かばなかった私は、その呪いに必要なモノをかき集めて、足りないモノは、思いつく限りの方法で代用し、実行したんだ」
スフィアによると、書かれていたモノの中には現存していないものも多数存在し、似たようなものを探しまわって、行ったらしい。
「その本自体、どこまで信憑性があるかもわからない、まして呪いに使ったものは、代用品が多数混じっていた。だから成功するかどうかは、私自身にもわからなかったけれど――――」
スフィアは自分の身体に触れる。
「呪いは発動した、ということか」
「そう、なるかな」
スフィアは笑う。その姿は弱々しいだけでなく、今にも泣き出してしまいそうに見えた。
「当時の私は喜んだ。呪いだから苦しむ事はわかっていた。けれど不老不死になれたことで、今まで手の届かない場所に手が届く。これなら、ようやく自他共に“天才”と認められるだろうと」
「……」
「けれど、駄目だったんだ」
「駄目、だった?」
「そう、確かに魔力はあがり、扱える魔法も増えた。知識だって老いる事もなく蓄え続けることができたし、周りに自分の存在を知らしめる事もできた」
「……」
「でも、そうして届いた場所でも、そこは天才がいた場所では、なかったんだ」
うっすらと涙が目尻に浮かぶ。
「一度みて、実感した私だからわかる。天才なら誰しも身につける“不老不死”は通過点に過ぎなかった。そこから先、誰もが不可能とされている事を行える本物“天才”は人の形をした別物だと。私はあらゆる努力を重ね、全てを犠牲にし、“呪い”という不確かで、曖昧なものすがっても、私が辿りついた場所は、人が至れる場所でしかなかったんだって」
この時、俺は嘗ての自分の叫びが脳裏に響く。
努力して、努力して、努力して。
それでもたどり着くことができなかった。
あの絶望。
悲壮感。
その全てに押しつぶされたとき、口から出た叫び。
それはもう、自分一人ではどうこうできるものではなかった。
「そこに思い立ってようやく気づいた。私の中途半端な実力を恐れた人間は周りにいなくなり。私を認めた人間はとうの昔に傍にいなかった……もう、私の周りに誰もいなかったという事に」
否定するものも、肯定するものも、誰も彼もが近づくのをやめた。
だから、スフィアはその絶望に呑まれるしかなかったんだ、
「そこからは、もう、無機質にただただ魔法の修行を続けていたよ。私にはそれしか出来なかったから」
「……」
「そうやって、ただ生き続ける内に、呪いが不完全だと言うことに気づいても、どうでもよくなった」
「……」
「本当に、何て、愚かだったんだろう」
「……」
「そう思わないかい?」
話の途中から、呪いついての説明している、というより自分の罪を告白する囚人のように語るスフィアの姿を見て、考えるより先に口が出ていた。
「変わらない」
「えっ」
「俺は、お前が凄い女だったと。スフィア・神薙という魔導士は、困難な道のりを歩み続けた、偉大な魔導士だという思いは、何一つ変わらない」
手を取って、真っ直ぐに見つめ、涙を拭う。
「大樹……」
じっと、俺を見上げるスフィア。
今までの余裕が全て取り払われた彼女の姿は。
自身の起こした行いに怯える少女の姿に見えた。
「お前、凄いよ。そこまで歩み続けたなんて、俺なんてもっと前に挫折して、自暴自棄になっていたのに」
俺は笑う。
「例え行った事がどんなに愚かで、周りから否定されて、望んだものになれなかったとしてもさ」
拭った手を、そのまま彼女の頬にそえて言った。
「それでも努力してきた事実を否定することじゃないだろ?」
そうだ。
そこだけは、否定しちゃいけない。
がむしゃらに行った努力をなかった事になんて、全てが無駄だと投げ出してはならない。
「だから間違ってきた事が自分の全てみたいな事、言ってやるなよ」
そうやって、歩んできて、今があるから――。
「俺は、お前に救われたんだから」
自分の全てを否定することなんて何もない。
「……あぁ。もう、君は本当に」
どれだけ私をたらしこめば気が済むのか。
そうやって、涙ながらに笑う彼女の笑顔はとても綺麗なものだった。




