第11話 現実
第11話 現実
次の日も、直人は澪に会った。
会おうと思って行ったのか、行った先にいたのか、その境目はもう曖昧だった。
昨日の夜のことは、朝になっても残っていた。
昼前。
二人がいたのは、蔵の裏手から少し外れた、低い石垣のある道の脇だった。
直人は石垣に腰を下ろした。
澪は少し離れて立っていたが、そのうち隣に座った。
「今日、暑いな」
「うん」
澪は空を見た。
「でも真夏よりまし」
「真夏、やばそうだなここ」
「やばいよ。蔵の中、むっとするし」
「じゃあ冬の方がいい?」
「冬は冬で寒い」
「最悪じゃん」
「最悪ではない」
澪は少し笑った。
「慣れるし」
「慣れたら勝ちみたいに言うな」
「だいたいそうじゃない?」
直人も少し笑った。
しばらく二人で黙っていた。
昨日の夜とは違って、昼の光は明るかった。
「お前さ」
直人が言った。
「ずっとここにいるの?」
澪はすぐには答えなかった。
「たぶん」
「たぶんって」
「ずっと、になると思う」
「島から出たりしないの」
澪は膝の上で指を組んだ。
「しない、っていうか」
少し間があった。
「できない、かな」
直人は澪を見る。
「何で」
澪も直人を見た。
「私、後継ぎだから」
「一人娘だし」
直人は黙って聞いた。
「この家、たぶん私がいないと続かないから」
「……澪が?」
「うん」
「でも、お前、あんまり仕事してないじゃん」
「しないよ」
「だよな」
「仕事は、たぶん私じゃなくてもいいから」
直人は眉を寄せた。
「どういう意味」
「蔵の仕事って、ちゃんとできる人がいればいいんだよ」
澪は少し考えながら続ける。
「仕込みとか、酵母とか、売ることとか、そういうの」
「……ああ」
「私は、そういうの別にできなくてもいいの」
「いや、よくないだろ」
「いいんだよ」
澪は淡々と言った。
「私がやること、そこじゃないから」
風が吹いた。
道の向こうで葉が揺れた。
直人は少し黙った。
「血、ってこと?」
澪はほんの少し間を置いて、頷いた。
「たぶん、そう」
「お父さん、婿とか取るつもりなんだと思う」
直人は澪を見た。
「私は外に出ないで、ここにいて、誰かと一緒に継ぐんだと思う」
「誰かって」
「分かんないけど」
澪は少しだけ笑った。
「でも、たぶん、そういう人を入れるんだと思う」
直人は少し迷った。
「……恒一、とか」
澪は驚かなかった。
「そうかもね」
「いや」
直人は言葉を探した。
「恒一、そんなの知らないだろ」
「知らないと思う」
「お前は知ってんのかよ」
「知ってるっていうか」
澪は少しだけ肩をすくめた。
「分かるじゃん」
直人は何も言わなかった。
昨日の食堂を思い出した。
「この前のあれ、どうなったの?」
「ああ、あれはもうちょい」
「間に合う?」
「たぶん」
社長の言葉も思い出す。
「井原君、そういうのも込みで任せてるから」
恒一は知らない。
澪は知っている。
直人は俯いた。
「……そっか」
澪は黙って直人を見ていた。
「嫌じゃないの」
直人が聞いた。
澪は少しだけ目を細めた。
「嫌っていうか」
少し間を置く。
「そういうもんだから」
直人は澪を見た。
澪は泣かなかった。
怒ってもいなかった。
「……でも」
直人は言いかけて、止めた。
澪は続きを聞かなかった。
「帰る?」
「ああ」
二人で立ち上がった。
来た道を戻る。
昨日までと同じように、隣を歩いた。
蔵が見えてきた。
直人はその建物を見た。
昨日までとは、少し違って見えた。




