8話 色色な研究
「ミレイユ様、あの噂をお聞きましたか?」
春の陽射しが差し込むサロンで、セシリアがカップを傾けながら声を潜めた。
セシリアとはこうやって月に何度かお茶会を開く仲となった。
初めの頃に比べるとセシリアは自身に満ち溢れ、堂々としている。
ゲームキャラとしての印象と大分近づいている。流石、第三王子の婚約者といったところだ。
(まあ、一応私も婚約者なのだけど......)
ミレイユはゆったりと紅茶を口に運ぶ。
「噂?一体何の?」
「強化魔法を得意とする侯爵家の妹君のことです」
強化魔法という単語が出た瞬間、ミレイユはわずかに眉を上げる。
強化魔法というのは私も目にしたことがあった。生活に役立つ魔法が何かないかと図書室で探していた時、代々、肉体強化魔法を受け継ぐ名門があると。下級貴族から戦功で侯爵位まで上り詰めた実力派の家系。
(まあ、あまり生活の役には立たなそうでしたし、スルーしてしまったけど)
「その妹君がどうかしたのかしら?」
「妹君だけ、強化魔法が発現しなかったそうですの」
「まあ」
(ふむ、ありがちな話ですわね。ただ、そういった時は大抵他の何かが...)
「代わりに……色を変える魔法が使えるとか」
色——
ミレイユの手が止まる。
「触れた物の色を変えるだけ。戦えませんし、家名に合わないと陰で言われているそうです」
セシリアは小さくため息をつく。
「一度、レオニード様主催の社交界でお会いしたことがあるのですが。その...ご本人は控えめな方で……少し気の毒で」
ミレイユは静かにカップを置いた。
(色を変える……?)
たしかに戦えない、派手ではないけれど.....
(それ、とっても便利ではなくて?)
布の色褪せ。果物の熟れ具合。花の装飾。
いくらでも使い道が浮かぶ。
「セシリア」
ミレイユは穏やかに微笑む。
「その妹君と、お話する機会はありまして?」
◆
数日後―
セシリアの取り持ちで、小さなお茶会が開かれた。
少女は、想像以上に萎縮していた。
伏せられた視線と謝罪のような立ち姿。否定され慣れている人間の空気。
「はじめまして……私の名前は....ルイン・セレフィア.......です」
「ん...?セレフィア....?」
(どこかで聞いたことがあるような.....う~~ん.....思い出せませんわ......)
「ミレイユ様?どうかされましたか?」
セシリアに話かけられ、意識が戻ってくる。
「ああ、ごめんなさい。なんでもないの」
コホン、小さな咳ばらいをしてルインを見る。
「初めまして、ルイン様。ミレイユ・アルノーと申します。わたくし、ルイン様の魔法に非常に興味がありまして、今日はとても楽しみにしていました」
笑顔で言葉を続ける。
「さっそくで申し訳ありませんが、ルイン様の色彩魔法。拝見させていただけないでしょうか?」
ルインは一瞬戸惑うが、頷く。
卓上の白い花に触れる。すると、淡い光が灯り―—花弁が、薄紅へと変わった。
変色したのは数十秒だったが、ミレイユは感動していた。
「……これだけなんです」
申し訳なさそうな声。
これだけという発言に、ミレイユは首をかしげる。
「これだけ?」
ルインの肩が震える。
「十分ではなくて?」
「え……?」
「例えば」
ミレイユはテーブルクロスを指差す。
「この布、色が褪せれば買い替えでしょう?」
ルインは戸惑いながら頷く。
「変えられるなら、その必要はないわ」
セシリアが思わず瞬きをする。
「料理もそう。焼き加減、熟れ具合、視覚で分かれば便利じゃない?」
ルインは目を見開く。
「そんな……使い方、考えたことありませんでした」
「魔法は使い方次第ですわ。強さだけが価値ではありません」
ミレイユは笑顔を向けてさらりと言う。
「便利とは尊いものよ!」
その一言に、ルインの表情がわずかにほころんだ。
◆
お茶会の後半。ルインの緊張は少し解けていた。
「色は、どの程度自由に変えられますの?」
「……ある程度なら」
試しに、セシリアのリボンを淡い紫へ。
「まあ、素敵!」
セシリアが嬉しそうに声を上げる。
ミレイユはその様子を見て、静かに言う。
「わたくし、日常魔法をいろいろ試しているの」
ルインは視線を向ける。
「もしよろしければ……屋敷で少し実験をしてみません?」
“実験”。これは否定でも憐れみでもない、対等な誘いだった。
「……ご迷惑では」
「なるはずないでしょう」
即答だった。
「ルイン様。あなたの魔法には無限の可能性があるわ」
ただ、当然の事実のように告げられた言葉が少女の胸を強く打つ。
「……行きたい、です」
小さく、でも確かな声。
ミレイユの新たな可能性が増えた確かな瞬間だった。
◆
後日、屋敷の庭園で実験を行うために、布、果物、花、食器を用意する。
ミレイユとルインは並んで座り、色を変え、戻り時間を測る。
「この林檎、熟した部分だけ濃くできる?」
「……やってみます」
集中し、やがて赤が深まる。
「……できました」
「素晴らしいわ.....」
迷いのない肯定にルインの目が揺れる。
「……わたしの魔法、役に立ちますか」
「もちろんよ!ルイン、貴方は素晴らしい魔法の使い手よ!」
“素晴らしい魔法”
その言葉が胸の奥を温めてくれる。初めて必要とされた。初めて価値を前提に扱われた。
「ミレイユ様....その...また....実験にきてもよろしいでしょうか...」
自分から言えた。
「ええ!こちらこそお願いしますわ!」
ミレイユは自然に頷く。
その横顔は、とても、とても楽しそうだった。
◆
ルインが帰った夜。気分よく魔法の練習をしていると、唐突によみがえる記憶が一つ。
「ん...?....セレフィア?.....セレフィア.....セレフィア.....」
一人の名前が思い浮かぶ。
――カイン・セレフィア――
血の気が引く。思い出した、最後の攻略対象にして、隠し攻略キャラ。
そして今日、親しくなった少女は。
「もしかして……攻略対象の妹?」
紙が落ちる。セシリア経由で繋がった縁。偶然にしては出来すぎている。
カイン・セレフィアは隠しキャラだ。今までの攻略対象とは異なり、学生ではなく教師として登場することになる。ルートに入る条件は他の攻略対象全てを攻略していることが前提条件だったはず。
(つまり、この世界においては私を追放するキャラとしては成立しないのでは......ただ、ルインと思わぬところで関係を持ってしまったことで何かが変わる可能性も.....)
「ああ....どうして...わたくしは自ら……」
額を押さえ、目をつむる。
しかし、同時に熱心に研究しているルインの顔も思い浮かぶ。
「……まあ」
小さく息を吐く。
「ルインは大切な研究仲間です。それにカインと直接関わったわけではありませんから。破滅フラグではないはず....ですわ.....」
机に突っ伏しながら、自分にそう言い聞かせた。




