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悪役令嬢転生物語  作者: だいふく


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7/25

7話 侍女視点の主

私はリディア。ミレイユ様が5つになった時からお仕えしている。

3年間、ミレイユ様の侍女として一番近くにいた。だから分かることがある。

庭園で頭を打った日を境に――あの方は、別人のようになった。

◆


ミレイユ様は正直に申し上げれば、手のかかるお方だ。

気に入らないことがあれば癇癪。

紅茶の温度が違えば叱責。

他家の令嬢が少しでも目立てば露骨な嫌味。

「わたくしが一番でなければ意味がないの!」

それが口癖だった。

自尊心は高く、負けず嫌いで、感情がすぐ表に出る。

……それでも私は嫌いではなかった。

いや、正確に言えば好きでも嫌いでもないが正しい。ミレイユ様に特段の感情を抱いたことがなかった。

私は没落貴族の一人娘。好調だった事業が失敗し借金まみれ。

そんな私が何故、侯爵家で侍女をやっているのか。これは簡単な話だ。

そう、実の親に売られたのだ。借金を肩代わりする対価として。

そこからは、あまり覚えていない。私の意志とは関係なく話が進み、いつの間にかこの屋敷の侍女となっていた。

一通りの作法を学び、人前に立ち、数か月が経った頃。私はミレイユ様の侍女として仕えることを命じられた。直接会ったことはなかったが、良くない噂は屋敷中に蔓延していた。

癇癪に耐えられず辞める者、機嫌を損ねクビにされるもの。

そんな我儘な人間を相手にさせるのに、私は適任だったのだ。侯爵家の侍女ともあれば、貴族の出も多いため、度が過ぎると周りの目も自ずと厳しくなる。

その点、私は没落貴族の出身。辞めたところで侯爵家にとってデメリットが何もない。

それに、私には選択肢がなかった。生きるためには今の環境で言われたことをやるしかない。

だから、ミレイユ様の我儘は我慢できた。野垂れ死ぬよりはマシ。そう思えば大抵の我儘は流すことができる。それに、言うことを聞いてればお金がもらえ、その日が終わっていくのだから。

けれど——

庭園で炎が暴走しかけたあの日、氷で鎮火されたあと。

ミレイユ様は、燃え残った花壇を見つめ、ぽつりと呟いた。

「……死ぬかと思いましたわ」

それは、癇癪でも怒声でもない、本物の恐怖。

そして、次の瞬間、私に向き直り。

「リディア、怪我は?」

そう聞いたのだ。

私は言葉を失った。以前ならまず自分の体面。次に怒り。

使用人を気遣うなど、後回しだったはず。

「……ございません」

そう答えると、ほっと息を吐いた。ただ、その仕草が、あまりにも自然で―—

逆に、怖かった。

◆


その日以降、ミレイユ様を注意深く観察していると、最近人を怒鳴っていないことに気が付いた。

小さく深呼吸をするようになった。

「これは新たなフラグ……?いいえ、落ち着きなさい、わたくし」

癇癪の代わりに、意味の分からない独り言が増えた。

けれど、確実に変わってきている。

以前は“勝つこと、目立つこと、一番になること”が目的。

それがどうだろうか。

今は”何か”を恐れている。それが何なのかは私にも分からない。

ノア殿下からのお茶会の申し出があった日もそうだ。

以前なら飛び上がって喜び、勝ち誇り、甘えた顔を見せたはず。

だが違った。

「……今回は、わたくしからではないのよね」

鏡の前で、戸惑っていた。期待よりも不安。

それに、お茶会ではあろうことか、小さい子供を庇い、ドレスを汚されたのだ。

あの時は本当に驚いた。今までのミレイユ様なら、まず子供がお茶会に乱入したことに激しく怒りをぶつけ、庭師を叱責。その後、私にもありがたいお言葉を頂戴することになっていただろう。そんな方が子供を庇うなんて.....

第三王子レオニード殿下が来訪された日のこと。

私は、怒号を覚悟していた。

以前のミレイユ様であれば、王族が突然訪ねてきたと聞いた瞬間、

「すぐにお通しなさい!」

と目を輝かせていたはず。

しかも相手は第三王子。自分が“注目された”と受け取り、鏡の前で入念に身支度を整え、誇らしげに笑っただろう。それが当然の反応だった。

けれど、あの日も予想が外れた。

「……どなたが?」

聞き返す声は、明らかに硬かった。

私の報告に、持っていた本を落とし。

「なぜ……?」

と、本気で困惑していた。

喜びではなく、警戒。そして――わずかな恐れ。

応接室へ向かう前、また意味の分からない独り言つぶやく

「....淑女..淑女...とにかく破滅フラグは笑顔で...迎え撃つものですわ」

“迎え撃つ”という言葉に引っ掛かりを覚える。

王子の訪問は、かつては“誇り”だった。

今は“危険”なのだ。

そして、殿下と対面した後も浮かれていなかった。

距離を詰められ軽口を叩かれても、舞い上がるどころか、必死に均衡を保っていた。

殿下が去った後、私が何かありましたか、と声をかけると

「……わたくしにも分かりません」

その声にあったのは、高揚ではなく疲労だった。

◆


私はある日、思い切って聞いた。

「ミレイユ様。その...何か、ございましたか」

一瞬だけ、目が揺れたように見えたが、すぐに微笑む。

「いえ、特に何も」

そういった後に、顎に手をあて考えるそぶりを見せる。

「ただ、そうですね...強いて言うなら...少し…少しだけ…目が覚めただけですわ」

「左様でございますか.....」

目が覚めたという言葉だけでは到底納得できなかったが、私はそれ以上聞くことができなかった。

◆


「リディア」

ある日の午後、ミレイユ様に呼び止められる。

「如何いたしました、ミレイユ様」

「そのね....もし...もしもの話なのだけど」

ここ最近にしては珍しく、歯切れが悪い。

「もし...もし、わたくしが以前のように戻ったら...どうします?」

戻るとはどういう意味だと逡巡するが、私は今の思いをそのまま言葉にする。

「止めます」

「今のミレイユ様の方が、わたくしは好きでございます」

沈黙。

それから、ミレイユ様は小さく笑った。

「……そう。よかった」

その笑みは、勝ち誇った笑顔ではなく、安堵した笑みだった。


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