18話 平和な女子会
「ミレイユ様に是非見ていただきたいものがありまして――」
あの日、生徒会室に飛び込んできたセシリアが持っていたのは。
「最新の日用魔法応用書ですわ」
それは王立魔法学園でも話題になっている実践系魔術書だった。
(これは.....図書館でルインが読んでいた本と同じですわ……!)
「料理や裁縫、保存術への応用が充実しておりますの。ミレイユ様がお好きだと伺いまして」
「流石セシリア……私の好みを把握しているわね!」
即答。ノアとの空気の重さが一気に吹き飛んだ。
リヴィアは静かにため息をつく。
◆
数日後・寮の共同厨房
「というわけで、本日は日用魔法研究会――いえ、女子会ですわ!」
集まったのは、セシリア、ルイン、アンリ、リヴィア。
完全なる女子空間。
(平和……!ここに破滅のフラグは存在しませんわ!)
久々の解放感にミレイユは内心で拳を握った。
◆
魔導書に載っていたのは最近流行っている日用魔法を用いたパンケーキの作り方だ。
“魔力保持型ふわふわ蜂蜜パンケーキ”
(むふ、幼少期にも似たようなものを何度か作ったことがあるし、これなら何とかなりそうね)
「どのように作るのか....想像もできません」
アンリが不安そうに答える。
「大丈夫よ、アンリさん。要は保存魔法をの応用です。水と空気を上手く閉じ込めるのがコツですわ」
「そんな使い方が……!」アンリが目を輝かせる。
ルインはきらきらした瞳でミレイユを見ている。
セシリアは優雅に手袋を外しながら微笑む。
「本日は助手に徹します!」
ミレイユは思う。
(なんて.....なんて平和な世界ですの……)
◆
担当分担は次の通りだ。
食材・調理器具の用意:リヴィア
生地の作成:アンリ
果物やクリームの盛り付け:ルイン
生地の焼き上げ:ミレイユ
仕上げ:セシリア
それぞれの魔法適性を加味した布陣。
(我ながら完璧な配置ですわ!)
リヴィアが揃えてくれた食材を使い、まずは生地作っていく。
アンリが慎重に混ぜ合わせていく。
「ミレイユ様、魔力はどの段階で込めれば?」
「練っているときに少しずつ風の魔法を使用して空気を入れていくのよ。そう、良い調子ですわ。こうすることで焼き上がりでふわふわになるの」
「……こう、ですか?」
ふわ、と淡い光。生地がほんのり弾む。
「すごい……!」
アンリが感動している。
(......流石アンリ。魔力の使い方が上手すぎますわね......とても初めてとは思えませんわ)
ルインは隣で果物を切っている。
「ミレイユ様、盛り付けはこうでしょうか?」
色とりどりの果実が美しく並べられている。
「流石ルイン、とっても綺麗な盛り付けですわ」
「ありがとうございます!ミレイユ様」
(色彩魔法を扱えるだけあって配色が完璧だわ....色を扱わせたらルインの前に出る者はいないわね)
セシリアは蜂蜜に微量の風味魔法をかける。
「香りを少しだけ立たせてみましたの」
これもまた見事なアシスト。一流令嬢の応用力といったところだろう。
(この面子でお店開けないかしら.......)
◆
生地が完成したため、いよいよフライパンに生地を落とす。
じゅわ、と甘い香り。
(後は火加減次第。強すぎても弱すぎてもだめ。パンケーキがプルプルになるような絶妙な火加減で....)
いつも以上に真剣な眼差しで炎魔法を取り扱う。
訓練の成果もあり、火加減は完璧。パンケーキがふわりと膨らんだ。
「成功ですわ!」
皆の歓声が聞こえ、アンリが思わず拍手する。
「魔法って……戦うためだけじゃないんですね」
その言葉に、少しだけ目を細める。
「日常を豊かにするのも、立派な魔法です。固定観念に縛られず、視野を広げることが大事ですよ」
ルインがうんうんと頷く。セシリアは静かに言う。
「流石ミレイユ様、素晴らしい考えです」
リヴィアも誇らしげに微笑んでいた。
◆
人数分が焼き上がり、甘い香りが部屋に漂う。
「さあ、皆さん!いただきましょう!」
5人揃って一斉に口に運ぶ。
「……美味しい!」
アンリの顔がぱっと明るくなる。
ルインは幸せそうに目を閉じる。
セシリアは上品に口元を押さえる。
リヴィアも驚きを隠せないといった表情だ。
セシリアがポツリと呟く。
「......これは……お店を開けますわ」
ミレイユも微笑みながら答える。
「ええ、とっても美味しいわね。皆の協力があってこそ完成した、最高の逸品ですわ」
◆
あっという間に食べ終え、穏やかな空気が流れている。
談笑しながら紅茶を飲んでいると、アンリが遠慮がちに、
「あの....また、こういう会……開いてもいいですか?」
ルインが即答する。
「もちろんです!」
セシリアも頷く。
「定期開催にいたしましょう」
リヴィアが小さく言う。
「平和で良いですね」
本当に、平和だった。攻略対象は誰もいない。フラグも立たない。
ただ笑い声と甘い香りだけが広がっている。
(……破滅フラグも立つことはなさそうですし、大丈夫よね!)
ミレイユはそう確信した。
◆
生徒会室でノアが書類を見ながら、ふと手を止める。
「……今日はやけに静かだね」
レオニードが腕を組む。
「今日は女子会らしいよ」
クラウスは淡々とページをめくる。
「日用魔法研究会だそうだ」
ノアはにこりと笑う。
「楽しそうで何よりだ」
微笑みながら答えるノア。しかし、ペン先が少しだけ強く紙を押していた。
◆
ミレイユたちと別れた後、寮へ帰る途中でアンリがぽつりと言う。
「ミレイユ様って……本当に素敵な方......やっぱ噂ってあてにならないなぁ.....」
アンリは入学前に、散々聞かされていたのだ。とんでもなく我儘で冷徹な令嬢が入学してくると。
名前は――ミレイユ・アルノー。第二王子の婚約者。
だから、入学式の時に出会ったときはビックリした。平民ということもあって何か目を付けられるかもしれないと思ったくらいだ。
ただ、実際は違った。噂とは真逆の人物。
真面目で、努力家。たまに独り言をブツブツ呟いてることもあるけど、至って真面目な常識人。それに平民の私にもとても良くしてくれる。まさに貴族の鏡というべき存在。
「私も.....ミレイユ様の隣にいても恥ずかしくないよう、もっと努力しないと!」
アンリは誰もいない帰路で一人決意する。
また一つ、物語の大きな変化が起きていることをミレイユは知る由もなかった。




