17話 悪役令嬢の勘違い
入学から一ヶ月。
王立魔法学園の空気にも、ようやく慣れてきた。
だが――ゲームは確実に進んでいる
それを確信させる出来事が、立て続けに起きていた。
◆
実技演習場。訓練後のレオニードが汗を拭いながら言う。
「そういえば、あの平民の子。名前は....」
心臓が跳ねる。
「...アンリさんのことですの?」
「そう、アンリ。魔法の技量は噂で聞いていたけど。それ以上に武器の扱いも手馴れてる。あれは才能だね」
(レオニードルート接触のイベント……!)
原作ではここから個別指導が始まる。着実にフラグが立っている。
「気にかけていらっしゃるのですね」
「才能があれば見るよ。それだけ」
(ルートが進んでいるにしては、妙に淡々としていますわね.....ただ、イベントが発生したのは間違いありませんわ.....)
ミレイユの中では警報が鳴り響いていた。
◆
魔法理論室。そこではクラウスがアンリに術式の補足をしている。
(クラウスルートのイベント……!?)
「理解が早いな」
「ありがとうございます」
突然視線がこちらに向き、観察してるのがバレてしまう。
「ミレイユ」
クラウスは静かに言う。
「っ…ご、ごきげんよう...…私は、その、たまたま偶然通りかかっただけですから!お気になさらず!」
「制御はお前の方が安定している。時間があればアンリに助言してやれ」
「え?....いえ、私はまだまだですわ。アンリさんに教えれることなんて....」
「ミレイユ様!是非、お願いします」
アンリから頭を下げられてしまう。
「あ、アンリ様、顔を上げてください。分かりました、私もアンリ様から色々と教えて欲しいこともあります。クラウス様も交えて演習場で如何でしょう」
「本当ですか?よろしくお願いします、ミレイユ様!クラウス様!」
(何故....なるべく接触してはいけないのに.....クラウス余計なことを.....)
◆
魔法書を探しに図書館に来ると、そこにはルインとアンリが並んで座っていた。
ルインはふわりと笑う。
「この理論、アンリさんの考え方、とても柔らかいんです」
「そ、そんな……」
穏やかな空気。
(これは....ルインの兄であるカインルートへの発展?ただ、カインは隠しキャラ。それに他のキャラ攻略後じゃないとフラグは立たないはず........まあ、既にゲームと異なる状況にもなってますし、いきなりカインルートに入ることもあり得る話ですわね...)
ルインはミレイユに気づくと、ぱっと顔を輝かせる。
「ミレイユ様!今度この本、一緒に読みませんか?」
「ごきげんよう、ルイン、アンリさん。これは最新の魔術書ですか?」
「そうなんです。新たな日用魔法や料理への応用も記載されていて、ミレイユ様にぴったりな一冊です!」
日用魔法と言われテンションが上がってしまう。
「素晴らしいです!直ぐにでも時間を作りましょう!」
そんな、2人のやり取りを不思議そうにアンリは見つめている。
「ミレイユ様は.....料理をされるんですか?」
言い切った後、手で口を塞いでいる。思ったことがそのまま口に出てしまったのだろう。
「そうなんですよ、アンリ様。ミレイユ様の作るものはどれも独創的でとっても美味しいんです。そうだ!良ければアンリ様もご一緒にいかがですか?」
「え....そんな、お邪魔では....?」
「そんなことありません!ね、ミレイユ様!」
(ルイン.....そんなキラキラした瞳をこちらに向けないで下さい.....断れないじゃありませんか....)
「も、もちろんです。アンリさんも是非」
「ありがとうございます、ミレイユ様!とても楽しみです!」
(なんか....接点がどんどん増えていきますわ.....いいのかしら......)
◆
廊下で並んで歩く。隣には優雅に微笑んでいるセシリアだ。
「最近、アンリ様が話題ですわね」
(来た……ライバル令嬢ポジ……やはりレオニードのルートが一歩進んでいるのかしら)
思わず身構えてしまう。
「ノア殿下ともよくお話されているとか」
「…あら…そうなんですの」
(ノアとも!?こ、これはノアルートも発展している可能性が.....)
「ええ、何でも生徒会に誘われているとか」
「.....え?」
さらりと爆弾。
「せ、生徒会?少し早くありませんか?王族以外で生徒会に入るには成績優秀者のみ。まだ、入学して1か月程度しか経っていませんけれど」
「ええ、私もそう思っていたんですけれど。ノア様は才あるものを野放しにはしない人ですから。例年よりも早めの人材確保に動いてるようです」
(これは.....もうノアルートに入ってるんじゃありませんか....だとしたらマズいですわ....一刻も早く婚約解消の話を持ち出して、邪魔する気はないことを明言しなければ!!)
◆
何故か私は生徒会室いた。ノアに唐突に呼び出されたのだ。
そして、半強制的に書類整理を手伝わされている。リヴィアも私の補佐として参加している。
生徒会室にはノア、リヴィア、私の3人だけ。静かな室内で紙をめくる音だけが響く。
静寂を打ち消すようにノアが何気なく言った。
「そういえばミレイユ。最近アンリとよく話していると聞いたけど、友達になったのかな」
(....来た...それに既に呼び捨て.....揺るぎない信頼関係が構築されている......というか誰から聞いたんですの?)
「ええ……何かとご縁がありまして....それにとっても優秀で良い子なので...」
「うん、そうだね。それに努力家だ。知ってるかもしれないけど、彼女も生徒会に加入する予定なんだ」
原作どおりの評価、生徒会に入る時期は早いけど概ね原作通りに進んでいる。
胸がざわつく。
(ここからノアルート加速……言うなら今しかありませんわ!!)
「もし、ノア様がアンリさんとご縁を深めるのでしたら」
リヴィアの手が止まり、ノアは穏やかに視線を上げる。
「私のことは一切気にせず!婚約を解消していただいても構いませんから!」
(これで敵対する意思がないことは完璧に伝えられたはず!破滅ルートから一歩後退といった所かしら!)
しかし、待っていたのは沈黙。完全な沈黙だった。
リヴィアが手に持っていた書類を落とし、そっと息を呑む。
ノアは――笑った。にこりと。
だが、目がまったく笑っていない。
(え?あれ、何です、この空気?)
「……どうして、そうなるのか、一応聞いてもいいかな?」
声音は優しい。けれど圧が凄い。
「それは、将来的に最適な――」
はぁ、と額に手を当てノアは首を振る。
「君はまた何か勘違いしているね?」
ぴたり、と言葉を止められる。
ノアは立ち上がり、机を回ってミレイユの前へ。
「僕が君との婚約を、他の誰かのために解消する?」
「で、ですが……」
視線が絡む。逃げられない。
「……ノア様の幸福を思って」
「僕の幸福は、僕が決めるよ」
柔らかい声。だが完全に主導権を握られている。
「それに」
一歩、距離が近づく。
「僕は――」
ノアが何か言おうとしたその時、
「ミレイユ様はいらっしゃいますか!!」
セシリアが大きな声で生徒会室に入ってきた。
ノアはため息をつき、何事もなかったかのように書類整理を再開する。
「....?ミレイユ様、どうかなさいました?」
「.....いえ、何でもありません。それよりどうしたんですのセシリア?」
「ミレイユ様に是非見ていただきたいものがありまして―――」
セシリアと談笑が始まる中、リヴィアの疲れ果てた呟きが聞こえた気がした。




