16話 触らぬ神に祟りなし?
朝の光が寮の窓を照らす。
王立魔法学園、授業初日。
制服に袖を通しながら、ミレイユは小さく息を吐いた。
(いよいよ本格的に動き出すわね)
昨日出会ったアンリ・フォルト。
本来であれば、彼女はここから少しずつ攻略対象と出会い、互いに惹かれあい結ばれていく。
だが――
(昨日、私が先に出会ってしまったのよね....これで何か変わったりするのかしら......)
「今まで以上に気を引き締めていかないとね」
そう呟き、学園へと向かった。
◆
講堂へ向かう回廊。そこで待ち構えていたのは、穏やかな笑みの第二王子。
「おはよう、ミレイユ」
「おはようございます、ノア様」
周囲に人がいるため、礼儀は崩さない。ノアは軽く肩をすくめる。
「相変わらず固いね。今日は少し用があるんだ」
「用?私にですか?」
「ああ。ミレイユ、君に生徒会に入ってほしい」
――生徒会——
王族は必ず生徒会に所属する。つまりノアも、レオニードも既に決定事項。
「君は”僕の”婚約者だ。既に王族と言っても過言でない。加入資格は十分あるし、どうかな?」
柔らかな声音だが、言葉の端々に断る余地を与えない圧がある。
誘われている最中、私は混乱していた。
(原作でミレイユは自ら申立て無理やり加入する。それに王族を除くと、学園で成績優秀者しか入れないはずで.....)
つまり、アンリは能力があるため、今後必ず加入することになる。
しかし、凡人程度の能力しかないミレイユは打診しない限り、本来加入することはないはずだった。
(生徒会に加入するのはマズいですわ.....破滅フラグが立つ匂いがプンプンしますもの.....ここは上手くかわすしかない!)
「光栄ですが……私は魔法の研究を優先したいと考えております。私は正式な王族ではございません。それに生徒会は成績優秀者しか入れないと聞いています。なんの能力も測れていない状態で私が加入するのは恐れ多いですわ。それに...」
「それに?」
「...いえ、何でもありませんわ....」
それに―—いつ婚約破棄されるか分かりませんし、とは言えなかった。
ノアがじっと見つめてくる。
「両立すればいい。君ならできますよ」
(なんでこの人は私の評価が高いんですの.....そもそもマルチタスクは苦手ですわ....)
レオニードが横から口を挟む。
「あんまりこっちの事情に巻き込むな。こいつが面倒を嫌うのはいつものことじゃないか」
「嫌ってはいません。ただ、立場、実力共にも今は生徒会に入れるほどではないと思っていますの」
静かな応酬が続く。ノアは一瞬だけ目を細め、そして微笑んだ。
「分かりました。だだ、生徒会は君にとって悪い場所ではないはず。もう少し考えてみてください」
では――そう言って立ち去る。
(関われば、物語の中心に近づく)
それだけは避けたい。だが完全に距離を置けば、それもまた不自然。
(……少し考える必要があるわね)
◆
午後の講義を終えセシリア、ルインと別れた後、私は中庭の片隅で一人魔法の調整訓練を行っていた。
(学園内での魔法使用は禁止されている。ただ、何卒、少し確認させてくださいまし!)
今日行われた魔法訓練の授業。あまり魔力が安定していなかったのだ。
ただ、安定しなかった理由はなんとなく察しがついている。
今日の授業でアンリの魔法を見た。恐らくそれが原因だろう。
(ものすごい魔力量と技術でしたわ。それに私と同じ炎の適性。彼女の後だったこともあって、動揺してしまったわ....)
意識を集中させボウッと掌に炎が灯る。魔力の流れも安定している。
(...ふう....少し不安でしたが、落ち着いてやれば安定してる。良かった、ゲーム本編が始まって能力が全て当時のミレイユくらいになったのかと思って気が気じゃありませんでしたけど....問題なさそうですわね.....少し応用を効かせて――)
「平民が王立魔法学園だなんて、身の程を知りなさい!」
金切り声が聞こえ、思わず私は身を潜める。
(ビックリしましたわ....一体何事です!....人が魔法を発動してる時に....)
そこにいたのは数人の貴族令嬢。その中心にいるのは――アンリだ。
「特待生制度があるからって、勘違いしないでほしいわね」
取り囲まれている。物語通りの展開だった。アンリは俯きながらも、震えてはいない。
(ああ、確かこんな流れもあったきがしますわね.....助けてあげたいけど、あまり接点を持ちすぎるの良くないでしょうし.....ここは見なかったことにして....)
立ち去ろうとした瞬間、一人の令嬢が衝撃の言葉を投げつける。
「今日の授業のあれは何?これ見よがしに魔法を見せつけて。後にやったミレイユ様が怖がられていたじゃない。貴方と同じ適性なのだから、もっと空気を読んでくださいな。あまり調子に乗ってミレイユ様に目を付けられても知らないわよ?」
(ほあっ!?な、なんで私の名前が出るんですの!?ちょ....ちょっと待ってください!私、別に怖がってませんし、目を付けたりしませんわよ!!あの令嬢何勝手に私の名前を出してるんですの!ふざけないでく.....ん...?)
私は唐突に自分の名前を出されて動揺してしまったのだ。
魔法を発動していることを忘れて――
「ぎょわぁぁ!!」
魔法が暴走し、思わず叫び声をあげていしまう。飛んだ炎が令嬢たちの前に跳ねて落ちる。
きゃあ!何、今の声!?炎!?魔物!?令嬢たちの驚きの声が聞こえてくる。
(.....ああ.....終わりましたわ.....こうなったらもう......)
「何をしているの?」
令嬢たちが一斉に振り向く。
「ミ、ミレイユ様……!」
ざわめき。公爵令嬢であり、王子の婚約者。
逆らえる相手ではない。
私はゆっくりとアンリの前に立つ。庇うように。
「学園長のお言葉、聞いていなかったの?」
――身分ではなく、実力で評価する。
令嬢たちは言葉を詰まらせる。
「平民であることはが何か問題が?」
「それに、私は彼女の魔法に怖がったりしていないわ。勝手な憶測で物事を語るのは”貴族”としてあまりに無責任ではなくて?」
淡々と告げる。怒鳴らない。ただ、地を這う炎も相まって圧は十分。
完全な詰み。令嬢たちは青ざめ、頭を下げる。
「申し訳ございません……!」
散っていき、あたりは静寂に包まれる。
アンリは驚いたようにミレイユを見る。
「どうして……?」
その問いは真っ直ぐだった。
(魔法が暴発したからとは言えませんわ.......)
心の中で苦笑する。
「同級生をいじめる理由が、私にはないだけよ」
アンリは小さく息を吐く。
「……ありがとうございます」
その瞳には、昨日よりもはっきりとした光があった。
◆
東屋の柱の陰。ノアとクラウスが静かにその光景を見ていた。
「声が聞こえたから何事かと思えば......流石ミレイユですね」
悪い笑みを浮かべ、面白そうに目を細める。隣にいたクラウスは腕を組む。
「こっそり魔法の訓練でもしてたんだろう。でなければこんな人目に付かない所にいる意味がない」
「そうかもしれませんね。そしたらあの場面に出くわしてしまったと」
ノアは微笑む。
「ますます、生徒会に欲しくなったよ」




