第3章 その2 フロラ島とアンドロイド
とっくん。とっくん。とっくん。
鋭利に光る透明なカブセルの中よりその怪しげな鼓動は漏れていた。
中に横たわるは人間の、男の裸体。
その透き通るような白い肌に血の通った生物の温かさは感じられない。
確かに――それは自然の生物ではありえなかった、
とっくん。とっくん。とっくん。
カブセルが開いた。まるでその鼓動の正確な間合いに合せるかの如く。
そして男は目を覚ますと片手で、素直なストレートの黒髪に静かに触れた。
その姿から男の歳は推定しにくかった。
まだ少年の様な、しかし大人びた風格とを両方兼ね備えた一人の青年はその美しい黒く輝く瞳を細め、血の色をした唇にうっすらと笑みさえこぽしながらカプセルよりゆっくりと起き上がった。
「…………でさあ」
頭がカクンと前に倒れて慌てておれは目を覚ました。
いつの間にか眠ってしまっていたらしいが頭の中はやけにスッキリとしていて気分も良かった。
「いろんな小動物も生息してるって言うのを聞いて、ルアシがどうしてもその島に行きたいって言ったんだ。それでオレ達フロラ島へ行ったんだよ」
目を開けたおれの前にはなんと、床に胡座をかいて座っているシーダの姿があった。
「あらリーダー、おはよう」
アミーが目を覚ましたばかりのおれを目敏く見つけて、お得意の皮肉を放った。
「まったく一日の間によくそう何度も眠れるものねえ。頭の中腐らない?」
「本当本当! 本当にリーダー、オレのこと心配してくれてんのかね」
シーダがジロリとおれを見返す、
「あ、あははははは――は、いやあ! 無事で何より! で、何でシーダがここに?」
一体今どこを飛んでいるんだろうか。
「リーダーが眠ってる間にフロラ島に降りて助けちゃったんだよ」
サミーがオーバーなぐらい両手を振って説明しようとしている。
「そ、そうか。うん。シーダ、おれお前のこと本当に心配してたんだぜ。本当」
「心配ねえ。リーダーって寝ながら心配するの? ほー心配ねえ。熟睡してたみたいだけど、心配?」
ぐっ。な、何も言い返す手がない。別に寝るつもりじゃあなかったんだけど……ううっ。
「シーダ。その辺で許してあげたら? 早く話の続きが聞きたいの」
アミーの顔が真顔なのを見るとシーダは「わあったよ」と、軽く舌打ちを一度だけすると、大きく深呼吸をして肩の力を抜いた、
どうやら島で起きた出来事についてらしい。
視線を床の上に落としながら、シーダはポツポツと話し始めた。
「それで三十分位飛んだら地図通りの島があったんで、何とか無事に着陸したんだ」
「きゃあ★ 何てきれいな島なのかしらぁ★」
ルアシは島に降り立つと、そう第一声を放ったと、シーダは言った。
あの娘のことだからあの青い瞳をキラキラと輝かせてはしゃいでいたに違いない。
「ねえ、ラグ! 早くあの森の中を探検しましょうよ、この島にはパラ以外の動物もたくさんいるって言ってたじゃない。早く行きましょう」
ルアシはラグの腕をとって、島のほぼ全域を占めている森林地帯を指さした。
「うん」
ラグは笑いながら額いた。が、シーダだけは妙な予感に囚われていて、いつもの時の様にはしゃぐ気分になれなかった。
決して、好奇心がないとか薄くなっているわけではない。もしそうであれば、動くかどうか試めしに乗ってみた“小さな翼”にラグとルアシを乗せて、無人島探検に行こうとは思わなかったはずなのだから――。
それに、護人達の誰もが、この島にいる動物はそのほとんどがパラ並みの大きさのものしかいないようだと言っていたし、何もあるはずがない。
そうわかっても何故かワクワク感がないのだ。
しかし、シーダの前を歩いている二人が、そんなシーダの様子に気づくはずもなかった。
三人は、シーダの提案で、獣道と思われる様な小さくて細い道を歩いていた、
「こーゆ一道をたどっていけば、パラなんかを見つけやすいだろ?」
そう説明するシーダに、ルアシは冷たく言い放った。
「あったりまえじゃない」
シーダがため息混じりに舌打ちをした時、前を歩いていた二人が歩みを止めた。
「どうしたんだラグ? 何かいたのか?」
「しっ!」
前方を歩いていたラグが口元に人差し指を立ててシーダの声を制する。
「誰かいる」
二人は反射的に茂みの中に身を沈めた。
理由は分からなかったがシーダもすぐその後に続く。
「どうした?」
声を出さずに口で形をつくる。
ラグがゆっくりとある方向を指差す。その先を見つめたシーグは、「えっ?」と言う小さな声を上げた。
「アンド……ロイド?」
シーダ達三人は、そこで何かをしている数体のヒューマノイドタイプのアンドロイドを目撃したのだ。
見た瞬間は人間と変わりないないが、その顔に表情はなく、歩行動作も皆同じ、機械的なにおいを撒き散らかしている感じが強かった。
しかも、彼らが人間でないことを示すように、間接を覆っている透明なカバーから、様々な人工部品を見て取ることが出来た。
五、六体のアンドロイド等は、三人に気づいた様子もなく、何か気ぜわしそうに、土の中より突起している小さな金属ボックスの中から、絶えず出たり入ったりしていた。
「一体何者だ? あいつら」
シーダはささやくように、しかし普段と全く変わらない口調でラグに向かって言った。
「うん……、あんまり良さそうな感じはしないな。ここ無人島のはずだし……」
「そうよね、おかしいわぁ……」
三人が身動きひとつせずに、その光景に見入っていた時、シーダの靴の裏を何かがカリカリと掻いていた。
「…………?」
ギクリとしつつもゆっくりと後ろを振り返ったシーダは、自分の靴にいたずらを仕掛けている相手の正体を知って目を丸くして、内心飛び上がらんばかりに喜んだ。
一匹のパラがそこにいたからだ。
シーダが振り向いたのに気づいて、パラは驚いて飛びずさった。
「ラグ……オレ、あのパラ捕まえてくる」
シーダの上ずった声に、ルアシは怒り、ラグは苦笑いを浮かべた。
「もう、シーダったらあ、今はパラどころじゃないっていうのに」
「まあ、シーダの動物好きは、メカの上をまさるんだし、しかたないよ」
そんなささやき声を聞きながらシーダは、逃げるパラのあとを追っていた。
アンドロイドのことは、アミーやリーダー違に連絡しなくてはいけないな、と思うのだけれども、まあそれはラグがやってくれるだろうと一人で納得して、安心して、シーダはラグ達のそばを離れた。
後方で、何やらラグとルアシが言い合っているのがわかる。
ラグ達の方が風上のせいで、声が流れて聞こえてくるのだろう。
「あ……れ?」
追っていたはずなのに、いつの間にかパラの姿は消えていた。
「逃げられた……もう少しだったのになぁ」
内心、舌打ちをしたその時――!
「きゃあ――っ!」
ルアシの悲鳴にシーダは振り返った。
「いやあぁ! 離してよぉ!」
シーダの目に、アンドロイド達に連れさらわれて行く二人の姿が映った。
警告のようなルアシの悲鳴に、とっさに木の陰に身体を隠したシーダにはどうすることも出来なかった。
心臓が必要以上に高鳴り、自分が大きな衝撃を受けていることを伝える。
そしてシーダはその時確かに、目分に向けて声――テレパシー――が発せられたのを聞いた。
〈舞い降りしトゥームの神へ伝えよ。今すぐトゥームを去れと。もしこの言葉聞き届けられぬときはトゥームの母なる地に若き子等の血の雨が天より降り注ぐであろうと。伝えよ。神へ〉
全員の視線がおれに集中していた。
「大変なことになったみたいね」
口とは裏腹にアミーの態度は平静そのものだった。
サミーはわけが分かっていないのか驚きすぎてなのか、抱いていたパラをシーダに取られてもわからない程にキョトンとしていた。
メディアとミラクは血の気のない顔でおれを呆然と見つめている。声もないって奴だろう。
当のおれはまあ驚いたものの、そんなに強烈にはショックを受けていなかった。
なんていうか、あまりにも現実離れしているので他人事の様に感じてしまっているのかもしれない。
でも反対にそんなこと前々から知ってたって気もするし……。ただ、心に重くのしかかるのは目の前にラグとルアシがいないという事実だ。
「でさあリーダー、今フロラ島から飛び発った正体不明のUFOがいて、それをロンに追跡させているんだ。だけどそのUFO変な飛び方してるんだよ」
シーダがパラに万歳ポーズをさせながら言った。
「UFO? ひょっとしてそれに……」
「うん多分ラグ達が乗せられている奴だと思うんだけどさ」
おれは身をのり出した。
「で、変な飛び方って?」
『同ジ処ヲ何度モ往復ヲ繰リ返シテイルヨ。ソレモ、カナリ出鱈目ナ動キ方デデスヨ』
ロンが即座に答えた。
呼びもしないのに自分で答えるコンピューターも珍しい。いい性格してるなぁ。
『今後モ様子ヲ見続ケマスカ? あみー』
「そうして」
どうやら追跡を命じたのはアミーのようだ。
一時間経ち二時間経ち、三時間が過ぎようとした時になって、やっとUFO動きに変化が生じた。
もう陽も暮れようとしている。
おれ達はそれまでの間、割と深刻に考え込まずに過ごした。もっともメディア達は別として。
食事をとったり、アミーの案で、この船にもあるシーダが操ったという、“小さな翼”の操縦方法をシーダに教えてもらったり。
しかしそんな悠長にしていたりも、アミーとサミーの双子が、まだしばらくの間はラグ達の身に心配はないだろうという『カン』をおれ達に伝えてくれていた為かもしれなかった。
そして自体は変化しつつあった。
例のUFOに母船らしきものが接近しつつあるというんだ。
「あのUFOきっと母船が迎えに来るのを待ってたんだね。でも何だかボク達がどうするか見てたみたいだし、何となく誘っているみたい」
操縦席に座っていたサミーが大きなあくびをする。
「ねえロン。UFOが母船に入っちゃう前にラグ達助け出す方法ってないかな」
『難シイデス。ダッテ……』
「難しいっていうことは、まったく可能性がないわけじゃないんだな?」
おれは座っていたソファから立ち上がって大声で言った。
隣りに座っていたメディアとミラクが驚いたようにおれを見上げている。
『アマリニモ危険ヨ。“小さな翼”デ中二侵入。運良ク発見。即、脱出ガ出来レバノ話ダケド。構造ガマッタク不明ダシ……』
おれはうなずいた。
こんな時なのになぜだか、久しぶりに体中の血が騒ぐのを感じた。
ワクワクしてしまうって奴だ。柔道とか剣道とかの試合前に感じるあのウズウズとしたものが蘇ってくる。世に言う武者震いという奴。
多少の危険があるとしても何もしないでいるよりずっといいはずだ。どっちにしたっておれ達はラグとルアシを放っておけるわけがないし、かと言ってこの星の人達との約束を違えるわけにもいかない。
どうせおれは本当に神さんでも何でもないんだから、やれるだけやって……仮に負けたとしてもいいわけで――って。あれ? 負けっておれは一体誰と戦う気なんだ? あの正体不明の神様志願者とか? 何でそこまで行くんだろう。
そりゃあ、最終的にはそうなる所まで行き着くことになるのかもしれないけど、今はあのUFOの中からラグ達を助け出せるかってことが問題なわけだ。
なのに何でそんなこと――。
まあいいや。とにかくラグ達を助け出さないとな。
おれが急に黙ったのでシーダなんかが不審気な顔ををしておれを見ていた。
「やっぱりさあ」
おれは考えに考え抜いたという顔をして見せる。
「今ラグ達助けるのはロンの言った通り無理だと思うんだ。だから今はこのまま相手の動きを見張続け、もしサミーの言う通りなら、相手はおれ達を自分達のアジトまで案内してくれるかもしれない。違ったとしてもロンが相手のアジトを突き止めることが出来たら上手く行けば……そっちの方が確率としては高いだろ? ロン」
『情報不足ナノデ現段階デハ、何トモ返答出来ナイワ』
やばい……と内心思ったけど顔には出さないようにする。
「とにかく夜も近くなって来たし、さっきの話は諦めるさ」
操縦室を出て行こうとしたおれをアミーが呼び止めた。
「どこ行くの?」
「部屋。下に個室棟があったろ? 一人になってじっくりとラグ達助け出す計画でも考えてみるよ」
あー、見え見え過ぎたかなあ? でもこうでも言わなきゃ、ラグ達助けに一人で行くことなんか出来なくなる。言えば絶対自分達も行くと言い出すに決まっていた。
アミーはふうんという様に首を傾げ微かに唇を動かした。
――嘘つき。
そう言ったように感じておれはギクリとした。
思い過ごしならいいんだけど……。しかしそう思ったのもつかの間、アミーの言った次のセリフにおれはアミーがただ単にカンのいいだけの少女ではないことに気づいて、思わず自分の計画を喋りそうになってしまった。
「ねえメディアさん。悪いけどリーダーと一緒にいてくれる? わたし達ちょっとミラクさんと話したいことがあるんだけど、いい?」
「い、いや。あのアミー、おれは、つまり」
必死になって逃げ切ろうとするおれに、ガキ共が三人して人の弱みを攻撃し始めた。
「あ――! そんなこと言ったらメディアさんが可哀想じゃねえか!」
「そーよねぇ。来なくていいだなんて、男がいちいち・・・あんなことぐらいでおたつくなんてねえ」
「それともメディアさんがいたら邪魔な理由でもあるの? リーダー」
う……。
おれは負けまいと口を開きかけたとき、強烈なアッパーカットをくらった。
メディアが、なぜだか分からないけど凄く悲しげな表情をしてこうう言ったものだから。
〈ユウ様、わたしがいてはお邪魔なのですね。アミー様わたしは他のところに……〉
「わ! 違うんだメディア!」
かくておれの隠密作戦は塵と消えたのだった。




