第3章 その3 そしてまた消えた
おれとメディアは操縦室を出たあと『アルファ号』の中を見学することにした。
どうせ考えごとをするなんて言うのは口実だったし、それにおれ自身も船の中がどうなっているのかTVモニターで眺めたぐらいでしか知らなかった。
他愛のない話なんかしながら、船をひと通り回って操縦室に戻ってきたおれは、口をぽかんと開けたまましばらくの間、狐にでもつままれた様な面持ちで、一人パラと遊んでい るサミーを見つめていた。
部屋にはその一人と一匹を除いて誰もいなかったのだ。
一緒にいたメディアも驚いた顔をしている。
「おいサミー、アミー達はどこに行ったんだ?」
「あ、お帰りリーダー。メディアさん」
サミーがニコッと笑いながら振り向いた。
「アミー達? あれ? えーっとね。リーダー達が出て行ってすぐに、三人して出て行っちゃったよ。どこ行ったんだろ? あのね、ボク留守番頼まれたんだよ」
「…………」
おれは頭を掻きながら、メディアと一緒にコンソールのそばへ寄った。
頭の輪っかルメイア――これと短剣だけは衣裳を着替えた後でも身に付けていて下さいとメディアに言われたんだ――が指先に触れる。
アルファ号が依然、空を飛び続けているのはスクリーンを見れば一目瞭然だった。
「おいロン! アミー達今どこにいるんだ?」
『ソレハソノォ……』
お! コンビューターが生意気に口ごもりなんぞしようとしている。
「いいから答えろよ。これはちゃあーんとした質問なんだ」
『あみー。しーだ。みらく。ノ三名ハ、十分程前二“小さな翼”デあるふぁ号ヨリ飛ビ立チマシタ」
「げっ!」
アミーの奴、おれが行こうとしたのを阻止したと思ったら、自分達だけで行きやがったんだ。冗談じゃない!
「サミー、MTTWはアミーが持ってるんだったよな? お前じゃなくて」
「うん。ボクだけ持ってないの」
〈ユウ様? 一体……〉
「アミー達三人して、ラグ達助ける為に行ったらしいんだ」
言いながら、おれは腕のMTTWのコール・ボタンを押し続けた。
すぐにアミーとシーダの返事が返って来た。
「お前らずるいぞ! 抜けがけはなしだ!」
あ、あはははは……思わず本音が……。
『ごめぇんリーダー。やっぱり打てる限りの手は打つべきだと思って……。それにUFO達が突然ワープしちゃったりしたら手がかりが消えてしまうでしょう?』
「じゃあ何でおれが行こうとしたのを邪魔したんだ? 知ってたんだろ?」
『知ってたわよ』
『だってよぉ。リーダーオレ達を一緒に連れて行ってくれそうになかったもんなぁ』
当ってる。
と、今度はテレパスが来た。
〈申し訳けございません神。アミー様とシーダ様はわたしの身に代えてもお守りさせて頂きますので……お許し下さい〉
ミ、ミラクさん。
『それからねえリーダー。いいーこと教えたげる。ミラクさんはねメディアさんのお兄さんなんだって。五年ぶりに会った。だからリーダー、良かったわねえ』
あ・は・は・は・は・は。
それだけ言うとアミーは一方的にスイッチを切ってしまった。
そ、そーか。ミラクさんってメディアのお兄さんだったのか……★
メディアはアミーの言った意味がわかるはずもなく、ただ小首を傾げておれの顔を見ている、と。目の前のサミーがおれの顔をのぞきこんできてニッコリと無邪気に笑った
「良かったねリーダー★ ミラクさんがメディアさんの恋人じゃなく……」
「わー! わー! わあーっ!」
おれは叫びながらサミーの口を両手で塞いだ。が、時すでに遅い……だろう。
もう顔どころか身体中から火の出る思い。穴があったら入りたいとはこのことだ。
メディアはおれにさっと背を向けてしまったし……す、すべて双子のせいだ! くそー! アミーの笑い顔が見えてくるようだ。
それにしてもメディア……うーん。やっぱり、ひょっとして、おれって嫌われてるんだろうか……。
身の置きどころのない差恥心に駆られながらそう思った時だった。メディアの後姿が人目にもそれと分かる程びくっとしたかと思うと、こっちがはっとするような表情で振り向いた。
頬が上気して桜色に染まっているのとは逆に、その表情は愁いを帯び、碧く深海を思わせる瞳の色はなぜか所在のない程悲し気だった。
〈そんなこと……そのようなことは絶対にございませんわ! わたしがユウ様を嫌っているなんて……〉
「え……」
おれは息を呑んだ。
そばでサミーがおれの顔が赤い赤い、と喜んでいるが構ったことじゃない。
「何……で? 何でおれが喋ってないことがメディアに……? いや、偶然ってことも……」
〈いいえ、ユウ様がわたしにおっしゃいましたわ。わたし達トゥームの者が言葉を交わすのと同じように〉
「まさか……。おれ超能力者じゃないし、なんてやったこともやった憶えもない」
戸惑うおれにサミーがバァとパラを突きつける真似をしながら言う。
「きっとメディアさん達と話をしているうちに、自然と出来るようになっちゃったんじゃないかな? 連鎖反応ってやつ」
「まさか……いくら何でも」
否定しようとするおれに笑いながら話を続ける。
「あのねぇボク一年前まで跳び箱が跳べなかったんだ」
何のこっちゃ――。
「でね、今は跳べるんだけど、跳べるようになった理由があってね。別に練習したわけじゃなかったし練習しても跳べなかったんだけどね」
ますます意味不明――。
「それが新学期始まってすぐの体育の時間にね、跳び箱やったの。クラス替えしたばかりで知ってる友達少なかったんだけど、見てたらみんなポンポンってうさぎみたいに楽々跳んじゃうんだよ。跳び箱。で、それ見てたら跳べるかなあなんて、思って気がついたらつられて跳んでたんだ。ボク自分でびっくりしちゃった。だからリーダーもきっとボクの時と同じでつられちゃったんだよ」
つられて……ねえ。
おれが首を傾げているとサミーがまたもや元気良く叫んだ。
「リーダーが出来たんならボクにも出来るかもしれないよね!? メディアさん。ボクやってみるから聞こえたら言ってね」
言いながら目をぎゅっと閉じる。
――メーディーアーさーん!
「き……聞こえた……」
嘘のようだ。
〈聞こえましたわサミー様〉
「わーい! 出来ちゃったぁ★」
サミーはパラを抱いたままぴょんぴょんとそこら中を跳ぴ回った。
しかし、精神感応――テレパシー――がこんなに簡単に出来てしまって本当にいいんだろうか……。
それともやはりアミーの言った様に磁場の違いからくる脳や精神に対する刺激が関係して来ているんだろうか……。まぁ、おれの頭じゃ考えるだけ無駄だって気がしないでもないんだけど。
それよりも今おれが気になるのはさっきのメディアの言葉……。多分彼女はおれを『トゥームの神』だと信じているからこそ、ああいう答え方をしたのかもしれない……と思えるのはいくらか寂しい。
もしおれが『神』でもなんでもないことを知ったら――最初から並の人間だと理解していてくれたなら――それでも彼女は同じ言葉を差し出してくれただろうか。
おれは理路整然とそう考えたわけではなく、意識の中に混ぜ、ボンヤリという感じでそう思っていた。
当り前の話だけどメディアには話せること柄じゃないもんね。
その時、突然、寒気が身体中を襲った。
ひとつ間を置いてサミーも青い顔をして立ち止まり、振り向いた。
「ロン!」
おれ達二人は飛びつくようにして座席に座った。
「タッタ今、あみー達、乗務員三名ヲ乗セタ〝小サナ翼〟ガ未確認飛行物体ノ母船ラシキ船二、捕獲サレタモヨウ」
「な……にぃ?」
知らぬうちに声のトーンが下がり絞り出すような低い声が出た。
『だって、たった今通信を切ったばかりだぞ。何かの間違いじゃ……』
ロンは同じ内容を繰り返しただけだった。
おれもサミーも、そして多分メディアにも多分、ロンが伝える直前にそれは虫の知らせともいうべきもので分かっていた――知っていたのかもしれないけど……それでも信じられない、信じたくない情報だった。
通信機で何度コールしても返事は返ってこなかった。
メディアが呼びかけてもミラクさんからの返事も何もなかった。
ただ、その中でサミーだけがにっこりと笑った。
「アミー達はまだ大丈夫だよ。わかるんだボク。だから今は大丈夫だよ」
「テレパシーか何かでわかるのか?」
「違うよ。少しは似たようなものがあるかもしれないんだど。うーんとね、糸電話ってあるでしょ? あれと似てるの。どんな所にいてもアミーの考えてることがすごく良くわかって、その時はアミーもボクの考えてること分かるっていうんだ。そういう時は糸がビーンと張ってる時の感じ。ただ嫌な予感がするとか、自分は何ともないのに急に楽しい気持ちになったりする時は、だいたいアミーがそういう気分の時なんだ。そんな時は、糸が少し緩いって感じかな。今がそれなの。アミー恐がってもいないみたいだから大丈夫だよ」
サミーは何度目かの『大丈夫』を言ったあと再びパラとじゃれ始めた。
普通は大丈夫と分かっていても心配になるのが人情ってもんだけどなあ……。しかし気になるのはアミーの行動だ。あの子のカンの良さなら、行けば捕まることぐらいわかっていただろうに。ミイラ取りがミイラになっちゃって……。
「でもアミーが行かなきゃ、リーダーが捕まっちゃったでしょう?」
「!」
また自分で気づかないうちにテレパスやっちゃったんだろうか――そのうち、ちゃんとコントロール出来るようにならないと、という気持ちと、アミーの行動の原因がおれかもしれないというサミーの言葉におれは隙を突かれた様な衝撃を受けた。
「だ……だけど、どっちにしろおれは、奴と会わなきゃならないんだし。何もアミー自ら火の中に飛び込むような真似しなくたって」
「アミー達が捕まってもリーダーが助けるに決まってるけど、リーダーが捕まったらボク達困っちゃうもんね」
「助けるに決まってるって、そんなのどうするか決まってないだろう」
「じゃあ、行かないの?」
サミーが不思議そうな顔をしておれを見る。
「ぐっ……」
「アミーの直感、ボクわかるんだ」
サミーの邪気のない笑みに、つられておれも苦笑い。
メディアだけが真剣そのものといった顔つきになっているのがかわいそうなような、おかしいような気持ちになってしまう。
そのあとおれは、ロンにアミー達を乗せた母船の行方を追い続けるように言い付けたあと“翼人の休息所”に寄ることは出釆ないかと聞いた。
小型艇が必要になるかもしれないなと思ったからだ。
『“小さな翼”ニハ自動操縦機能装置ガ備エツケラレテイルカラ。呼ンダ方ガ早イワヨ』
「呼ぶって誰が……?」
ロンの言動に不可解なものを感じながらおれは言った。
『ろんガデス。一機デイイノデスネ? りーだー・ゆう』
「ああ。だけど何でロン、お前が。〝小サナ翼〟を呼ぶことが出釆るんだ? お前の中にその装置があるって言うのか? ならお前は一体……」
「リーダー! メデイアさんが!」
見ると部屋の中央でメディアが、床に座り込むように両膝をつけ、両腕で体を抱くようにしてガタガタと体を震わせていた。
そのメディアを、パラを放したサミーが支えている。
「どうしたんだ!? メディア!」
おれは座席から飛び出し、顔を真っ青にしているメディアのそばへ駆け寄った。
冷たい!
彼女の両肩を掴んだ時、おれの心臓がドキリとした。
あの奇妙な感覚……。奴!?
そう思った瞬間、明らかに奴だと分かる思考が訪れた。
――去れ。いにしえ古のトゥームの神たる者よ。私の目の前より立ち去れ。次の新たなるトゥームの神は出現した。貴様はもう必要ではないのだ。すべては私の手に委ねられた。去れよ古き者。私への祝福を残し去れ。いにしえ古のトゥームの神。
――冗談じゃない。
おれは奴へ通じるかどうか分からないままに返した。
すると不思議なことに予期もしない程の手応えが感じられた。
奴はなぜか異常な程驚いている。そんな感じだ。
そして再び驚いたのは、奴の一八○度回転した次の返答にだった。
――面白い。私は一度貴様と会っても良いという気になった。貴様が立ち去るのはそれから後でも良い。私はアーモルにいる。来るがいい、ただし来ることが出来たらの話だが。そして、貴様が私の目の前で立ち去ると約束するのだ。その言葉と引き換えに、貴様の守りの者ども――子供等を返してやるとしよう。さあトゥームの神よ、いざ我が手中へ。そして、私の前に膝を折り、誓約せよ。立ち去ると。
冷たい感情を表わさない単調な言葉は、深淵を覗き見凍りつくような様な恐怖感を与えるのだろう。
でもその恐怖すら、おれの中では凍る寸前に溶けて、消えて行くのを感じる。
これは一体何がもたらす力なんだろうか……
〈ユウ様?〉
「リーダー!」
はっとして二人を見つめる。
「大丈夫? ボーツとしちゃってて……リーダーも今の声聞いたんでしょう?」
「ああ」
サミーが珍しく眉を寄せながら、壁の隅で唸り続けているパラを指さした。
パラは警戒心、攻撃心をあらわに、見えない敵に向かって唸り反撃し続けているようだった。
「メディア、アーモルってどこだい?」
奴の声と、パラが攻撃的になっていることなど、様々な事柄がメディアに大きな衝撃をもたらしたのは確実で、そしてそれでもまだ彼女が懸命にそれらのことに耐えていられるのは、ふがいなくも――もちろんメディアはそうは思っていないのだけれど――おれというトゥームの神が彼女のそばにいるという事実なんだろう。
〈アーモル……守りの星々。わたし達に最も近い星、あれがそうですわ〉
メディアが指さしたスクリーンには、陽も落ちて暗くなった空に浮かんでいる月が映っていた。
「月ぃ? ね、あれがアーモルなの?」
サミーが間の抜けたような声を出した。
メディアの碧い瞳が額いた。表情は堅い。
「じゃ行くか」
おれはメディアの肩から手を離すと立ち上がった。
「わはっ? 月にいくの? ボク達?」
サミーが場の雰囲気にあわない喜び方をしたが、妙に今の場合はしっくりと心地の良いものとして収まった。
メディアの手をとって彼女をソファまで導く。
パラは依然、攻撃体勢のまま低く唸り続けてていた。
――行っておいで。
ふいに訪れた明確な意志。
誰かがおれにそう呼びかけているような感じだ。
確かこれと似たようなことがつい最近あった様な気がしたのだけど……いつの時だったのだろう。それとも……ただの思い過し?
だけどその感じはいつの時もおれの後ろにあって、力強く見つめている。いつ倒れても大きく抱きとめてくれる。そういった安心感を伴わせるもののようだった。
――行っておいで。
いつの間にか操縦室は消え、かわりに広大無辺な宇宙が目の前に広がっていく。
その中で――おれは大きく頷いていた。




