第4章 その1 短剣アティヌ
小型飛行艇〝小さな翼〟を収容して、おれ達の乗ったアルファ号はトゥームの衛星アーモルへ向かって飛んでいた。
「リーダー、頭の中がチクチクするよ」
サミーがそう言い出したのはトゥームの大気圏から出てしばらく経ってからのことだった。
「お前もか……」
おれは首を捻った。
これでおれ以外の全員――といってもサミーとメディアとパラ、二人と一匹だけだけど――に異変が起こっていることになる。
メディアが最初、頭痛がするといった時はパラのせいかとも思ったけど、どうやらそれとは別のもののせいらしかった。
パラは奴の声を聞いてからずっと部屋の隅で何かを警戒するように唸り続けている。
話に聞くところによると、このうさぎに似た愛らしい小動物は、メディア達トゥームの人々にとって天敵といってもいい位の力を持っているらしい。
パラのそばに悪意をもって近寄ったり、触れようとした人々の中では狂死した者も少なくはないという。
でもそのパラは、おれ達に対してまったく害をなさないし、幸いなことにトゥームの住人であるメディアやミラクさんにも、今のところ吃る程度でおさまっている。
「おいロン。お前は原因が何かわかるか?」
『原因ハ精神波ニヨル精神攻撃ト推定』
「あ?」
おれは自分でもわかるほど、間の抜けた声を出した。
精神攻撃だなんてあまりにとっぴ過ぎる解答だ。第一、コンピュータにそこまで判断出来る知覚があるわけが……。
『何でわかるの?』
サミーが頭をとんとんと軽くたたきながら聞いた。
『私ハ、ソレガわかるヨウニ作ラレタカラヨー』
「誰に!?」
『…………』
初めての沈黙だった。
おれとサミーはしばらく黙り込んでから、再び聞いた。
そう、ずっと疑問だったことを。
「パラは誰に作られたの?」
「どこで造られたんだ?」
『……ゴメンナサイ。今ハマダ答ガ出マセン。私ノ中ニ答ガナイノデス』
「何だぁ!?」
そんなアホな……。妙な間が、誤魔化してますと言ってるようなもんだ。
『デモ、さみぃ達ノ精神ニ害ヲ与エテイルノハ、精神攻撃ニ間違イナワヨ』
ロンの野郎、話をそらしたな。
コンピュータの分際でいい度胸してるじゃないか。
徹底的にいじめ抜いてやろうかとも思ったけど、ソファに座らせたメディアの顔が血の気を失っているのを見てやめた。
んな場合じゃない。
「じゃ、どこから?」
わかりきったこと、と心の中でもう一人のおれが言っている。
『衛星あーもる』
ロンの声と同的に奴の声が蘇った。
――ただし来れたらの話だが。
くそっ! 冗談じゃないぜ。あの野郎はこのことを言ってやがったんだ。
簡単にはアーモルに行くことが出来ないと遠まわしにほのめかしたんだ。
「メディア」
おれは振り向いてそっと話しかけた。
「大丈夫かい? 我慢出来なかったら言ってくれよ。そしたら……」
〈大丈夫ですわ。ユウ様〉
言葉とは裏腹に、微笑むメディアの顔は青白い。
「リーダー、ボクも大丈夫だからね」
横からサミーが入ってきた。
お前になんぞ聞いとらんわ。まったく。
でもそう言っているサミーの顔色も本当に優れないようだ。
スクリーンに大きく映る衛星アーモル。地球でいうところの月。
『アト、約三時間デス』
と、ロンがおれの問いに答えた。
「で、三時間経ったとしたら、メディアやサミーの痛みはどうなってる?」
『現在ノ倍トナルことハ必至ネ。デモ、精神攻撃ノ本当ノ標的ハ、りーだー・ゆう』
「お……れ……?」
一瞬息を呑む。サミーも驚いたようにおれを見た。
あたり前だ……そりゃあ奴は確かにおれを敵視しているようだけど……。
「馬鹿じゃねえの? おれ何ともないじゃないか。本当におれに的を絞ってんのか?」
ふいに笑いの衝動に駆られておれとサミーは吹き出して笑った。
「じゃロン。おれが少しでもここから離れていれば、この二人の痛み減るか?」
『ハイデス』
「そうか……。じゃおれ別のところに移る」
「別のところって? どこ行くの?」
サミーがいかにも、ボクも行く! と言わんばかりにおれのそばに駆け寄って来た。
「教えてやんない。お前はメディアとここにいろよ。頭痛いんだろ」
〈いけませんわユウ様。それでしたらわたしがこの部屋を出ます。ユウ様を部屋から追い出す様なことはわたしには出来ませんわ〉
メディアはおれの腕をとって言ったが、その自分の行為に驚いた様にすぐ手を離した。
「あのさメディア。別におれは追い出されるんじゃなくて自分からちょこっと抜け出すだけなんだ。それに出て行くったってアルファ号の中にいることに変りないし。連絡つけたかったらロンを通せばいいじゃないか。それに第一、おれやサミーもメディア達のように話しが少しだけど出来るから離れていてもそばにいても、たいして関係ないさ。あんまり大袈裟に考えないでくれると楽なんだけどな」
笑いながら軽くウインク。
「じゃちょっと散歩行ってくる」
片手を上げておれは操縦室の外へ出た。
何となく小さい頃見た西部劇を思い出してしまうなあ。
ガンマンのように後姿はかっこよく決まっただろうか……なんて。
思わず顔がにやけてくる。
しかし、この緊張状態の中にあっておれの神経どうなってるんだろ。
奴がおれを「狙っている」と知っても一向に恐怖感が沸いてこない。
逆に空しさみたいなものを感じているのかもしれない。だけどそれが、その気持ちがなぜから出て来るものなのかもおれ自身分かっていないのだから矛盾の固まりみたいなもんだ。
まぁ、もともと諭理的に考えるのは得意じゃないから突きつめて考えてみようなんて思いもしないけど。
おれは廊下の突き当たり近くから出ている階段を上に進んだ。上に出ると少し手前、左側にぶ厚い金金属製の扉がどっしりと構えていた。
ドアの横のボタンを押して、スライドして口を開けた部屋の中へ足を踏み入れる。同時に天井のライトと床のランブが一斉に点灯した。
思わず口笛が飛ぶ。
そして前方にあるのは〝小さな翼〟。
格納庫に来たのに理由があるわげでもない。好奇心。興味の類。
おれはコクビットの中に身を収めると、計器類や操縦管を触ったり眺めたりしていたが、これに乗ってアミー、シーダ、ミラクさんの三人が捕まったことを思い出して ため息をついた。
あと三時間か……。長い。行くおれ達にとっても三時間という時間は長いけど、いつ助けが来るかも分からないラグやルアシ達にとっては、おれ達がアーモルに着くまでの時間はおれ達の倍以上も長く感じているかもしれない。
奴。
一体どんな奴なんだろうか。男には違いないようだけどイメージがほとんど沸いてこない。おれって思ってたより想像力が貧困みたいだ。格技の時は別としても……。
格技で思い出した。短剣アティヌ。
「!」
ベルトの間に挟んであった剣を鞘ごと抜いて両手に持った。
短剣の鞘は革で作られたものの様だった。
柄の部分は短剣にはそぐわない必要長以上の重心がかかっている。まるで長剣の柄の様だ。
短剣の割に重量――があるけど、ガキの頃から家に代々伝わる日本刀などの真剣相手に遊んでいたおれには抵抗がない。長剣だったら丁度いい位の重さだ。
「では拝見……と」
今まで持っていながら中味を見ようという気が一度も起きなかったのは、我ながら意外なことだとも思う。
今は、体中の血が騒ぐ程うずうずしているのに。
まさか錆びてはいないだろうな……。
おれは剣を抜いた。
閃光が迸った。
光の矢がおれの眼を貫き、視界は利かなくなり、辺りは闇と化した。
その一面の闇の中に数人の人影があった。
これは幻覚だ。
そう思うのとは反対に、幻覚ではないと心に訴えるものがあるのも否めなかった。
あなたも呼ばれたの?
その中の一人がおれに呼びかけている。
見たことのない、それでいながら良く知っている友人に再会した懐かしさを味わいながら、おれはその女の人を見た。
彼等は地球人でも、トゥーム人でもない様だった。
しかも、全員がまったく異なる世界の住人であるということが不思議にそれと知れる。
――呼ばれた……って? 誰に?
――わからないわ。
おれを入れて五人。もっと増えるのかな……? 年齢もそう違わないだろうとわかる。
待っているんだ。誰かを……
――あなたで五人目よ。
――一体何の因果やら。
後の三人が口々にそう言った時だった。目の眩む様な光がおれ達を照らし、次の瞬間には目の前に、一人の長髪の男が立っていた。
――彼だ!
――彼女よ!
おれ達は同時にそう感じた。
が、その〝彼〟〝彼女〟の意味するものが何なのかわかっていない。その人物が男か女なのかもわからない。そう気付いたのもまた同時だった。
意識が共有されていることが自然にわかるが、少しもおかしいと感じない。
〝その人〟は一人の青年としておれの目の前に存在しているのだが、女性に見えている人もいる。
ひょっとしたら人間じゃないのかもしれない。
もっと違う存在の様な気がしてならない。
彼も、そしてこの場にいる存在も自分にわかりやすい存在、知識や受け入れやすい存在に置き換えているだけで、実際はヒューマノイドタイプじゃないのかもしれない。
特に、〝彼〟は。
床につくほどまで長く伸びた漆黒の黒髪と、宇宙の深淵を思わせる黒い瞳のが印象的だ。
――メッセンジャー達よ。
涼。と、研ぎ澄まされた――しかし、温かみのある――声がこの空間の隅々に響き渡る。
メッセンジャー達?
その言葉におれ達は互いの碩を見合わせる。
――私はあなた達に出会えたことを嬉しく思う。
〝その人〟は柔らかな光を持つ瞳で微笑んだ。
――あなた達は意思強き者達。私は今、あなた達の出会いと云う機会を与えました。その意味するところは深い。
けれどそれはあなた達自身の手により知ることになるでしょう。あなた達は時間と空間を超え、互いに助力しあうことの可能な力をもっています。今この時はあなた達全員の起点なのです。これより起こる様々な事柄はあなた達の目覚めの為の尊き経験となるでしょう。その難所を超える為には、今はまだ互いの助力が必要となることは必至。
私があなた達に対し出来ることは与えることのみかもしれなません…。だからこそ私は望みたい。あなた達の自分の意志、生命が良き方向へ進み、協力し合える可能性を……。あなた達はどんなときも一人きりでは決してないのですから。
メッセンジャー達よ――
〝その人〟が語り終えると再び、あの強烈な光が目前に現れ、おれ達は手を翳して目を庇った。
光はどんどんと増幅したかと思うと、突然炸裂し、鋭い光が四方に飛び散った。
『う……?』
短剣が放った閃光はおさまったけれど、目のほうが慣れるのにしばらくかかった。立ちくらみしたように、目の前が真っ暗になった。
白昼夢でも見てたような気がするが?
何だか……本当に一瞬だったんだけど、何かひどく長い時間だったような気もして、可笑しな気分だ。
まぁ、それはともかくとして、この短剣。見かけは普通の剣と変わりないけれど並の剣じゃないだろうことは、多少剣に詳しい眼利の人間なら誰にでもわかるだろう。剣の刃の光がただならぬものを感じさせる。
――神剣? 妖刀?
ふとそんな言葉が浮かんで、おれは思わず苦笑いを浮かべてしまった。
妖刀なわけないか。
そう、この短剣は〝トゥームの神〟の神剣に当たるんだった。
おれは本当にトゥームの神さんじゃないんだけど、トゥームの人達がそう信じているんなら、どこかにいるのだろう〝トゥームの神〟さんとやら、おれがあんたの代理として一時この短剣をの間、携えることを許してくれるだろ?
神の名を利用して、この星を支配とかする気もないし。
実感はないけど、今のおれは、トゥームという星ひとつの命運を背負い込んでるらしいから、どっちかというと出来るだけ神の御加護って奴をたくさんほしいぐらいなんだ。
もし神剣が、トゥームの神の神器なら少しは力になってくれよな、おい。
おれは短剣を一振した後、鞘に納めた。出来ることなら使うような場面には出会いたくない――。




