第2章 その4 動き出す影
とっくん。とっくん。とっくん。
透明なケース容器の緑色をした液体の中で、それ浮いていた。
ブヨブヨとした灰色の・・それは液体という名の宙に浮く脳――『生きた脳』であった。
そして、その脳の下部より延びている一束の筋がケース容器の外部へ続いており、その長く延びた筋は、周囲にそびえている冷たい光を放つ物質の内部へと入っていき、その物質の中央にあるひとつのカプセルに接続していた。
カプセルは、親指程の長さの小さなラグビーボール状であったが、その表面は貴金属の冷たい光で覆われている。
――記憶せよ――
声が命ずる。
とっくん。とっくん。とっくん。
カプセルの真下より、人間の心臓と似た――しかし確かに異質と感じさせる――鼓動が響いていた。
目を覚ますとおれの顔をのぞき込んでいるラグ達の顔があった。
同時に古びた木材の臭いが鼻につき、薄暗い視界の中を見まわす。
……どうやら建物の中にいるようだ。どこだろう?
暗く高い天井、カーテンで仕切られた窓。その窓の枠に両手を添えてぐいと押し、アミーが思い切り開放した。
光と風が飛び込んできて、部屋の中はたちまち明るくなる。
「ここは?」
頭を軽く振って体を起こす。
「丘の近くにある空き家よ」
水の跳ねる音がしたかと思うと、ペチャッという音を立てて何かの塊りがおれの顔にぶち当たった。
「ストラーイク!」
サミーの元気な声が響く。
な、何だぁ?
塊りは顔からずり落ちて、あわてて下に揃えた手の平の中へ収まった。
ペチャってこれ濡れタオルじゃないか。
投げたのは窓側に立っているアミーのようだ。
「じゃ……ロリーちゃんや他の人達は? で、何でおれここにいるんだ?」
「あのねぇ」
アミーがため息をつく。
「わたし達があれから少したってリーダーのあとを追って丘の上へ行ったら、誰が倒れていたと思う? 大勢の人達の真ん中で堂々と大の字になって……。あー、恥かしい。本当はそのままにして帰ろうかとも思ったんだけど、周りにいた人達が驚ろいちゃって凄かったもんだから、仕方なくそばにいた人達に手伝ってもらってここまで運んだのよ。さっきまで押しけて来た人たちに返ってもらうのに大変だったのよ」
「ヘえ――。そうだったのか……」
「そうだったのか、ってねえ」
アミーが思いっきり呆きれた顔をする。
「で、リーダーこれからどうするんだ?」
パラを両手で抱きかかえたシーダが言った。
「どうって……あ、メディアに話を聞きたい。彼女がことのあらましをよく知っている みたいだし。それとこの服、学ランに着替えたい。少し動くのに不便だろ? 着慣れてないし」
「そんなことだろうと思ってリーダーの服、メディアさんから貰い受けてあるわよ」
アミーがクスっと笑うと、得意そうな顔をしてサミーが服を差し出した。しかし、本当にこの子のカンの良さは人並みじゃない。
「メディアさんもあとから来るわよぉ」
「手伝ってくれた人にことづけを頼んだから」
相変わらず仲の良さそうなラグとルアシが並んでいる。
「そうか」
窓の外を見ながらベルト帯を解いて、上着を抜ぎ出したらルアシが小さな悲鳴を上げた。
「ん? どうした?」
「え、だってえ……ね、アミー一緒に来て」
「ん。OK。じゃ失礼するわね、リーダー」
アミーは頬を赤らめているルアシにウインクを送ると、部屋の外へ二人揃って出て行ってしまった。
「どうしたんだろ?」
シーダが不思議そうな顔をしながらパラをあやしているが、構わずおれは着替えを続ける。
「そのうち一度、あのUFO船に戻らなきゃね。ボク荷物置きっぱなしなんだ」
「そうだなぁ……」
サミーが、脱いだおれの服を暇そうにたたんでいる。
「ところでさ。リーダー、メディアさんって巫女さんみたいだよね。正体不明の主の通告を伝えることの出来るただ一人の女の人。カックいーじゃん」
シーダがそう言うのを、ラグが笑いながらつけ加えた。
「日本古来からの巫女は、神様の言葉を人々に伝えるものだってぼくはアミーから聞いたことがあるよ。だろ? サミー」
「うん。でもなんでメディアさんがその巫女みたいなのに選ばれたんだろうね。リーダー」
「長の孫娘だからじゃないのか? おいシーダ、おれの服をパラにかぶせるな」
パラがТシャツの中から顔だけ出してキョトキョトしているのを見て、ズボンのベルトを締めていたおれは吹き出した。
サミーやラグも同様でケタケタと声を押し殺して笑っている。
「リーダー・パラの出来上がり? なんちゃって」
「バーカ★ ほら返せ」
ドア側に立つシーダに手を伸ばした時、そのドアが開いて真っ青な顔をしたメディアが駆け込んで来た。
〈ユウ様、ご容態は?〉
「え? ああ、もう何とも……」
〈し……失礼致しました〉
メディアはおれを見たとたん、顔を朱に染めて、慌てて部屋の外に出て行ってしまった。
「どうしたんだろ?」
さっきシーダが言ったのと同じセリフを口にしてみる。
「リーダー。服着てないからじゃないかな」
ラグがクスクス笑っている。
そうか……じゃさっきのルアシ達もそれで?
へぇー、女の子っておもしろいんだ。
「しかし、ここだけ別世界だよなぁ」
おれ達を地球から、この星まで運んできた宇宙船の中の荷物をとりに、船(って言うかUFO)の置いてあるエアポートのある高台に行くと、シーダが改めて回りを見渡しながら、うーんと唸った。
メディアの話からすると、ここは無造作に巨石が転がっている以外は、一面草原だったらしい。
でも、おれ達が上空から見たときは、小さいけど整備の整った立派な空港だったんだ。
〈ここもユウ様方がいらっしゃられたことにより、その本来の姿を現わした遺産達の一部です。『翼人の休息所』と昔から呼ばれて来たところ場所ですわ〉
メディアが誇らし気に瞳を輝かせておれを見る。
「じゃ、あれも超高度文明時代の?」
〈はい。目覚めた建物の中には、今、昔より代々この『翼人の休息所』を見守ってきた護人達が様子を見に入っているとのことですわ。でもわたし達が見ても何も分からないですわね、きっと〉
メディアがそうシーダに言ったとたん、シーダとラグ、ルアシの三人は眼を爛々と輝かせた。
「行ってきても……いい?」
〈もちろんですわ〉
この言葉にシーダは飛び上がると、パラをサミーに手渡して、駆け出したラグ達の後を追って行った。
残ったおれとメディアと双子の四人は、本来の予定通りUFO宇宙船の中に乗り込んだ。
「誰も入った様子はないのね」
アミーが、へや操縦室に放り出されたままのバック類を見てつぶやいた。
「あのねえアミー、ボク気がついちゃった」
ポケーっとした顔でを見回してしていたサミーがその視線をアミーに向ける。
「ボク達が泊まった建物の造りと、この船の構造がね、似てるんだよ。基本構造がね。例えば扉や窓の形。秘か全部六角形だった」
「偶然じゃないのか?」
おれのセリフにアミーは肩をすくめた。
「さあね」
「ボク決めたぁ!」
間をおかずにサミーが大声で叫んだ。
「『この船』って言うの呼びにくいから名前決めた。『アルファ号』って言うの」
な……こいつの頭ん中は一体どうなってるっていうんだ。構造が云々かんたら言ってたかと思ったら今度はUFOの名前だぁ……?
「アルファ号? 何で?」
メディアは不思議そうにおれ達のやりとりを見ている。
「だってボクが折角この星にアルファ星って名前付けたのに、この星トゥーム星なんでしょう? アルファ星じゃなくなっちゃったから『アルファ号』にするの」
あー、何て安直なキャラクター個性。ネーミングセンスというものがまるでない。
「単純すぎないか? 例えばこの船の姿から『スター・シップ――星船――』とか、『シーティング・スター――流れ星――』とか」
と、アミーがサミーの助け舟を出した。
「あら。そうでもないわよ。『アルファ〈α〉』はギリシア文字の第一文字で物事のはじまり最初。とか、ある未知数。とかの意味があるのよ。一見単純そうだけど底が見えないなんてこの船そのものじゃない。物事の始まりってところもね」
「う……うん」
アミーはおれが頷くのを見ると腕のMTTWのコールボタンを押してラグ達を呼び出していた。地球以外の星でも使用可能なんだろうか? お、でも通じてるみたいだ。何でだ?
〈あれは何ですの? ユウ様〉
メディアが不思議そうに小首を傾げてアミーを見つめる。
「あれはおれ達が遠くに離れていても互いに連絡が取れるようにする為の装置なんだ。すぐそばで話しているのと変りない時間でね」
〈まあ。わたし達は遠くにいる者と言葉を交わすのはとても難しいことですわ。道のりが遠くなればなる程、神経を集中させなくてはなりませんし、感応〈言葉〉が届かない場合がほとんどなのです〉
へえー、いろいろなんだ。
アミーは二言、三言、言葉を交すとMTTWのスイッチを切ってニッコリと笑っておれを見た。
「ラグ達三人ともOKよ。これで文句なしね。リーダー」
「はい。はい」
パラと一緒に飛び跳ねるサミーを横目にアミーが続けた。
「それと、ラグ達近くまで探険に行って来るからって。夕方までには『アルファ号』に戻るらしいわ」
「了解」
あいつらのことだから心配ないだろう、いざとなったら腕のMTTW通信機で連絡をとってくるだろうし。
「さて、と」
おれは入口近くの壁際に並んでいるモニターデスクを切替ボタンでソファに転換させてから、メディアに座るように勧め、おれ達は操縦席のシート部を移動させて彼女の周りに座った。
「正体不明の、この星乗っ取り計画者について話が聞きたいんだけど」
〈はい〉
メディアはおれの言菜に、真剣な表情になった。
「その……いつ頃から警告っていうやつが送られてきたんだい?」
〈今から、七の月経つ前です〉
七の月――その言葉のイメージ感じは、おれ達の感覚からすると多分一年の半分、つまり半年位にあたるようだ。とすると、この星の一年って十四ケ月近くもあるのかな? ブルー・ケルピー青白いたいよう太陽を持つ惑星トゥームか……。
「で、その声の主はどんな感じ? それとどこから届くのかわかる?」
〈届いて来る方向は全く分かりません。相手の感じは……〉
メディアは思い出すのも嫌そうに身震いした。顔からは血の気が失せている。
「ごめん。悪いこと聞いたかな」
〈いいえ。ただ……あまりにも冷やかな、魂を吸い取られてしまいそうな……そんな感じなんです……〉
その感覚が蘇ったのか彼女は目を閉じ、唇をかみ締め、小刻みに震える自分の体を守るように両手で抱きしめた。
同時に、突然彼女の受けた感覚が――何故か――そっくりそのままおれの中に流れ込んで来た。
ただ違っていたのは、その真冬の氷にも似た、心臓をも止めかねない冷たさの感覚が、紙一枚の差をもっておれの中で弾き返されたことだ。
「メディア……」
おれはいたたまれなくなって震えている彼女の肩に手をおいた。
一体、メディアは何度こんな目に会ったというのだろうか――そして何故そんな目に会わなくてはならないのだろうか……。
〈ユウ様……〉
メディアは驚いたようにおれの顔を見、ついで安堵の表情を浮かべた。
〈今、ユウ様がわたしの肩に触れられたと同時に、冷たい感覚が一瞬のうちに解けるようにして消えてしまいましたわ〉
頬に赤味がさしてきたメディアを見て、おれは彼女の肩からそっと手を離した。
この手、しばらく洗うのやめよ……。
「ね、リーダー、この話はまた後にでもして、このトゥームについての話をきかせてもらいましょうよ」
メディアを気遣って、アミーがそう言ったのに同意し、おれ達がトゥーム星についての、色々なことをメディアから聞いていた時、突然MTTWの甲高いコールサインが鳴り響いた。
「緊急コール呼び出しだわ」
おれとアミーがMTTWのスイッチを入れているそばで、何やらわー、わー、と騒いで、サミーがシートから飛び出した。
どうやらパラが、コール音に驚ろいて、サミーの腕の中から飛び出したらしい。
それを見たメディアは、悲鳴こそ上げなかったものの、おれのそばに駆け寄って来た。
パラはどうやら、テレパシーの類が嫌いらしくて、自分の身に危険を感じると受けた苦痛をそのまま相手に返すという攻撃性をもつらしい。
なので精神感応で言葉を交わすトゥームの人達からは忌み嫌われているらしいんだ。
「こちらアミー、どうぞ」
――ア、アミー!? リーダーもサミーもいる? オレ、シーダだよ!
シーダの切迫した感じの声が小さく響く。
「みんないるぞ。どうしたんだ?」
おれ達の後ろでは、サミーとパラが追っかけごっこを始めていた。
操縦室のドアは閉まっているから、まず逃げ出すことはないだろう。
「あ、あのさ……大変なんだよ! ラグとルアシが変な奴らにとっ捕まえられて……」
かなりの雑音が混って聞こえて来る。
「捕まったって……? 奴らって誰のことだ?」
おれとアミーは一瞬、MTTWから顔を上げて互いの顔を見合った。
サミーと、おれのそばのメディアは走り回っているパラに気を取られている。
『リーダー! 聞こえてるか? 声が聞き取りにくいんだよ! と、とにかく、あの時ルアシが行くって言い出したもんだから……すぐ戻るはずだったのに……そしたらあいつらが来て、あー! 何て言えばいいんだよぉ!』
シーダの支離滅裂なセリフはラグ達の身に起きた、何か大変なことを告げているようだった。
時折、ノイズ雑音がシーダの声を邪魔するかのように激しくなる。
「今どこにいるんだ?」
おれはひと言、ひと言ゆっくりと大きな声で言った
『飛行場……三十分……島で………』
雑音が一層ひどくなる。
『……』
シーダの声は聞こえなくなってしまった。
それを承知でアミーは叫んだ。
「いい? シーダ! すぐ行くから待ってるのよ! すぐ行くから!」
――何かが動き始めた。
おれの中の何かがそう告げた時。
「わあぁ――パラが! パラがぁ!」
あいつまだやってるのか? と、サミーの方を振り返ったおれとアミーの顔色が一瞬にして変った。
パラは何と、こともあろうにコンソールの上を跳び弾ねている!
おれ達二人はシートから飛び出した。
「何やってるんだ! 早く捕まえろ!」
「さっきから追いかけてるよぉ!」
「あっ! そのテープの中は!」
おれ達がむきになって捕らえようとしたのが悪かったのか、パラはアミーが絶対触れぬようにと印をつけた赤ランブの・ど・・・真ん中へと飛び込んだ。
「!!」
おれ達は体を寄せ合ったまま息を呑んだ。
以前、サミーがそのテープ内の範囲をめちゃくちゃに押しまくった為に、おれ達は宇宙空間に跳んでしまったのだ。
そして今、『アルファ号』全体に異様な音が響き出した。




