第2章 その3 さけて通れなさそうな道
庭の陽当たりのいい場所におれ達は円陣を組むようにして、様々な格好で座っていた。
「ね、元気出してよリーダー。リーダーが悪いんじゃないんだもの! 最初っから間達えてるあの人達の方がいけないのよ!」
ルアシが大声で抗議するように言った。
「そうだよ。リーダーがあの時、違うって言ったって誰も信じなかったと思うよ」
「ボクもラグと同じに思うよ」
サミーのセリフ言葉におれため息をつく。
「みんなの言う通りよリーダー。リーダーがああでも言わなきゃわたし達今頃どうなってたかわかんないもの。昔から『可愛さ余って憎さ百倍』。とも言うじゃない。誰もリーダーが悪いなんて言ってないわよ」
アミーが今までになく優しい声で言った。
おれ、ふたつ目のため息をつく。
あの大広間で言ったセリフ言葉を思い返しては何であんなことを言ってしまったんだろう、という後悔の念に頭を押さえつけられて、もう気分はどっぷりブラック・ホール。
長のべーダー以下全員は飛び上がらんばかりに喜んだけど、おれは茫然自失。気がついたらここにこうして座っていた。
多分、ラグ達がおれの様子に気づいて、人のいない所まで連れて来てくれたんだろう。
メディアは席をはずしているようだ。
「大丈夫よ。あたし達リーダーのこと、見捨てたりしないから」
みっつ目のため息をつこうとした時、突然腕の中に何者かが飛び込んで来て、おれは驚いて顔を上げた。
「元気だせよ、リーダー。それパラっていうんだってさ」
パラ?
シーダに言われて腕の中を見る。
「うさぎ……か?」
いや、ちょっと違うかな。うさぎに似てはいるけどフサフサしているしっぽは狐に似ているし、くるくるとした愛らしい目はリスを想像させる。でもまあ、あとは真白で柔らかそうな毛といい、チャームポイントの大きな耳といい、うさぎを思わせる小動物だった。
「どうしたんだ? これ」
「林ン中で見つけたんだ。おっかしいんだぜ、ここの連中このパラ見て悲鳴上げてやんの。テレパシーの悲鳴!」
シーダはゲラゲラ笑いながら説明をした。
「さっきあそこの林ン中に白いのが跳ねてたんで聞いたら、メディアさんがパラだって教えてくれたんだ。それでオレが捕まえて歩いていたら途中で会った人達大 騒ぎしやんの。何でだろうと思ったら、このパラがここの人達の体に悪影響を与えるんだとさ。オレ何でもないぜ」
「ボクも触わりたい★ リーダー貸して」
サミーが手を差し出したのでパラを抱き上げようとしたらおれの頬をペロリとなめた。
おお、可愛いじゃないか。
「ほれ」
「わーい。パラだぁ★」
「リーダー少しは元気になった?」
ルアシが心配そうにおれの顔をのぞき込む。
金髪がサラリと音をたてて揺れ、目の光を受けて黄金色に輝いた。
「ああ、ありがとうルアシ。もう大丈夫だよ」
何とか笑顔をつくってみる。
「おれは『トゥームの神』。でも何でもないけど約束したことには変わりはないんだ。『武士に二言は無し』ってね。出来るだけのことはやるさ」
「そこでね、リーダー」
おれのそのセリフを待っていたかのように、アミーが人さし指を立てた。
「長は正体不明の相手が天地を自由に操るって言ってたでしょう。だけどそれ、今の地球じゃすでにテスト・ケースの段階まで持って来てるじゃない? ほら気象調整の為の」
「あ――っ!」
「でしょう」
「だけどよぉ」
シーダが異論あり気に口を出した。
「ここの星の文明って昔から最高度な技術があったんだろう? だったら何で自分たちも気象調整システムで対抗しないんだよぉ」
「シーダ、メディアさんは昔栄えてたとは言ったけど、今も栄えてるなんて言わなかったよ」
「そーよそーよ。シーダのバカぁ」
ルアシがラグの腕をとってそばにくっつきながらシーダをヤジった。
「なんだよ! じゃ何で昔栄えてた文明が今のこの人達に伝わってないんだよぉ! おれ達のいるここらの超高層建築物以外、まるでへんぴな田舎村じゃねえか! 説明してみろよルアシ!」
「あたしにわかるわけないでしょう!」
ルアシが眉を逆立てて怒鳴るのを見て、シーダは言い返せる相手ではないことを思い出したのかブツブツと一人言を言っていた。
「女はすぐこれだから……」
「文明って栄えたら滅んじゃうのかなあ。ムー大陸とかアトランティス大陸とか、みんなある日突然その姿を消したっていってるもんね。どーしてかなあ?」
サミーがいつになく真面目なことを言っている。
本当に何を考えているのか、わからないガキ共ばかりだ。
そう思いながら空を見上げた。
大気汚染とかってないんだろうな。どこまでも高く澄んだまっ青な空。きれいだなぁ……うん。
「え? 空がどうしたって?」
「何がきれいなのリーダー」
突如としてアミーとサミーが振り向いた。
何でおれの思っていたことがわかったんだぁ?!
「べ、別に何にも」
「ふうーん。ならいいけど」
ぶ、不気味や。不気味な双子だぁ……。
「おれちょっとあの丘の上まで走ってくる」
はずみをつけて立ち上がる。
今は何となくただ走りたい気分だった。
「オレもあとから行くよ。このパラ馴らすんだ。おいサミー、おれのパラ返せ」
「ずるいシーダ、ボクもほしい」
「転ばないようにね。リーダー」
「シーダ達とあとから行くよ」
「あたしもラグと一緒に行くからぁ」
種々様々な見送りの言葉を背中に、村とは反対方向の、シーダがパラを見つけたという林を抜けたところに見える小高い丘に向かって、おれは走りだした。
大地一面緑の世界。その中に出来た一本の細長い道。
アスファルトの道とは全く異った、地肌が剥き出しになったままの地表が足に優しい。
革のブーツで走るのはちょっと考えものだけど、それでもこの走り良さは絶好だった。
ケープがなびいてパタパタという音を発する。
澄みきった空気と吹き抜ける風。そしてあたたかい陽射し。それらのものすべてが優しくおれを包み込んでいるようだった。
足どりも軽く、土を蹴る音が小気味良い。
そして不思議なことに、走れば走るほど先刻まで沈んでいた心がどんどんと軽くなって行く感覚を味わっていた。
ふと、立ち止まりたいという思いに駆られるのを振り切りながら、おれは丘の上を目差して走り続けた。
規則的な呼吸を繰り返し続けているうちに、おれはいつの間にか軽い錯覚の中に身を浸していた。
――ここは地球。それも近代化の波で自然が押し潰されかけている地球じゃなくて、人々が自然と共存していた頃の地球。木々が高く高く太陽の目射しを求めて両手を伸ばし、緑の大地を小動物達と駆け巡る。
そんな地球をおれは走り続けた。
そしてその錯覚は錯覚を呼び、今、おれは宇宙空間を滑走する。
どこまで行こうとも決して追いつくことは出来ないだろうどこかへ向かって、いくつもの星雲がまるで小さな星のように光を発しながら点在していた。
全身に満ち溢れる不思議な感動。
何かとりとめもない大きなものが体いっぱいに広がり始めた。何と表現したらいいのだろう。そう、風船だ。この感じは、破裂寸前の風船を両手で包み込んでいる時に似ているかもしれない。どこまでも膨らみそうな、それでいて今すぐ弾けてしまいそうな、そんな不可解なものが膨張し続け――。
と、それは突然ふいうちを喰らわせたかの様に消えてしまった。
何の余韻すら残さず、あまりにも呆っ気なく、目覚めれば忘れてしまう夢のように素っ気なく、それは去った。
そして気がつくとおれは一本の大木にもたれかかって大きく喘いでいた。
いつの間にか丘の上まで走り着いていたようだ。
心臓が高鳴り、全身に動悸が響き渡る。
おれは木のそばを離れると、今度は緑の草原の中に全身の力を抜いて仰向けに寝っ転がった。
少し日射しがきついかな……。
流れ出る汗をそのままに、忍び寄る眠気を迎え入れながら、おれは数回大きな深呼吸をした後、胸の鼓励を感じながらまぶたをゆっくりと閉じた。
陽のぬく温もりが放り出した手足、体中に染み込んで行く。
風がなんとも気持ちいい。高まった体熱をやさしく静めてくれる。
どこか遠くで小鳥のさえずる声が聞こえて来る。
長閑だなあ――。
意識が半分夢の世界へと傾きかけた時だ。にわかにくすぐったいという感覚が起きて眠気は遠のいていった。
〈…………〉
どうしたんだろう。本当に何かこそばゆいや。思わず顔がにやけそうになる。
〈カミシャマ〉
ひ、ひえ?
だ、だめだ! くっ……くすぐったい!
〈カミシャマ〉
へっ?
声を発して笑い出そうとした寸前、おれは眼を開け、幼い女の子がおれをのぞき込んでいるのを知って体を起こした。
〈カミシャマでしょ?〉
あ……この感じ。
今までくすぐったかったのはこの子の精神感応〈テレパシー〉の為だったんだ。
テレパシーって何となく分かって来たような気がする。人によってそれぞれ波長というか、感じ方が達うんだ。声が人によってそれぞれ達うのと同じように。
長のべーダーは老樹の風格を漂わせる感じ。メディアは春風の様な温かくて優しさのある感じ。そして目の前にいる女の子はくすぐったい感じ……かな?
「君が今おれ……じゃなくて、お兄さんのこと呼んだの?」
おれわざとらしく自分の顔に指さしながら聞いてみる。
〈はい。カミシャマ。お兄さんはカミシャマなのでしょ?〉
四、五歳位の可愛らしい女の子だった。
髪の短いところを除けばどことなくルアシに似ている。
「お兄さんは神様じゃないんだよ」
〈くしゅぐったい。耳から聞こえてくるの、くしゅぐったい〉
女の子はそう言ってくすくすと笑った。
ってことは耳は聞こえてるわけだ。この子がくすぐったがっているのは多分声。 それも人間が言葉として発する声を初めて――かどうかは知らないけど――聞いた為にくすぐったさを感じているんじゃないかと思う。
〈でもお兄しゃん。しょれ。カミシャマのお服でしょ? 絵本で見たことある。あと、ルメーヤとアテー持ってるよ。しょれに目と髪が黒色だもの〉
女の子は丸い眼で穴のあく程おれをじーっと見つめてからにっこり笑って言った。
〈カミシャマのお兄しゃんて、やしゃしいのね〉
うっ。可愛いい★ とっても可愛いい★
「名前は何ていうの?」
〈ロリー〉
へえー、ロリーちゃんていうのかぁ。
〈カミシャマのお名前はトゥームしゃまでしゅか?〉
「あ、お兄さんの名前はね、トゥームじゃなくてユウって言うんだよ。だから『カミシャマ』って呼ばなくてもいいんだよ」
〈ふーん。しょうなの〉
ロリーちゃんがあどけなく笑うのにつられておれの顔も思わずほころびる。
そんな時どこからかロリーちゃんを呼ぶ声が聞こえて来た。もちろんテレパスの声だけど。
〈ロリー! ロリー!〉
声が強まって来るのと人影が丘を上って来る姿が映ったのとはほぼ同時だった。
〈あ、お母しゃま。わたしのお母しゃまよ。お兄しゃん〉
ロリーちゃんの母親はおれ達に気づいてかその足どりをゆるめた。
〈ロリー。まあこの子はどこに行ったかと思ったら……は? 神! トゥームの神……さま! お許し下さいませ。娘のロリーが何かご無礼でも……?〉
若い母親は無意識のうちにか膝を地につけ、両手を胸の前で組み合わせておれを見つめた。
おれの膝の上に座っていたロリーちゃんはキョトンとした様子でおれと母親の顔を交互に見比べている。
「いえ。ロリーちゃんは何も。ただ、ぼくと話をしていただけだから。あの……そんなに真剣な眼で見られると……」
〈有難うございます。なんとお優しい。やはりあなた様がわたし達の為に来て下さった真の『トゥームの神』なのですね。さ、ロリー、神様にお礼を申し上げなさい〉
〈お兄しゃん。ありがとう〉
〈お兄さんじゃないのよ。神様と……〉
「いいんです。おれがロリーちゃんにそう呼んでくれるように頼んだんだから。それに、おれただ普通の人間で……トゥームを助ける手伝いをするとは約束したけど、本当はトゥームの神じゃないんだ。みんな勘達いしちゃってるだけで……、だからおれのことはユウって呼んで下さい」
〈ユウ……様……?〉
「う、うん」
何か。どーしても『様』を付けたいらしい。
でも気分的には楽になったので、膝の上のロリーちゃんを座ったまま抱き上げる。
〈お兄しゃんはカミシャマのお星から来たの?〉
母親は不思議そうな顔をしながら草の上に座り込んだ。
「お兄さんは神様の星から来たんじゃないんだよ」
〈じゃあ、どこから来たの?〉
「とおーっても遠いところからだよ」
〈とおーっても? とおーっても遠いとこにもお星しゃまがあるんでしゅか?〉
小首を傾けた仕草がすごく可愛い★
「そうだよ。このお空はとおっても大きくて広いんだよ」
〈本当? ロリーも見てみたいなあ。とおっても大きくて広いお空をぜぇーんぶ〉
「そうだね」
ロリーちゃんに笑いかけながら、ふと周りを見たおれの笑顔がひきつったまま停止した。
その、ついさっきまでロリーちゃんの母親だけしかおれ達のそばにいなかったはずなのに、いつの間にか大勢の、青髪碧眼のトゥームの村人達がおれ達のいる場所を中心にして少し離れた所に、座ったままこっちを見つめていた。
「あ、あの……あの人達は?」
ロリーちゃんの母親に聞いてみる。
〈皆、ユウ様をひと目拝見しようと、ユウ様のお声を聞きつけて集まって来た人達だと思いますわ……きっと〉
「ふ、ふぅーん」
おれ神様じゃない、って言ったばっかりなのに……。
ここに来た人達も全て、メディアのようにおれ――つまりトゥームの神――が神だという記憶を封じているのだと信じているのだろうか……。
〈神よ――〉
人々の中から一人の老人がおれの前まで歩み寄って来ると、ゆったりとした物腰で目の前に腰をおろした。
年齢のわりにはなかなかの体格の持ち主で、旅から旅を続けているとでもいったそんな雰囲気を体中に染み込ませている老人だった。
その老人の、大地にどっしりと根を張った大木のイメージ感応が声となり脳の奥底にまで響いた。
〈黒き世界のトゥームの神よ。貴方様は今、自らは『トゥームの神』ではないと仰せられた。しかし、お悩みになられますな。神よ、貴方様は、貫方のその偉大なるお力により、自らの記憶を封印なされたのですから。その証に、貴方様が神と名乗られなくともトゥームの遺産達が貴方様に代わり、そのことを我らに伝えました。自ら何者の手も借りることなく、貴方様方を迎え招く為、眠っていた建物が蘇り、すべてに灯を燈したのです。〉
〈貴方様を迎える為以外に――一体、真の神以外にだれびと誰人がそのような行為を成すことが出来ましょうか。いま現在、我らを脅かし、天地をも操つる魔性の者にさえ出来ぬものを――。どうか御心配召されるなトゥームの神よ。貴方様は、真に我らがトゥームの神でござられるのですから〉
老人はおれに話す間を与えないかのように、一方的に言いきり、大きく頷いていた。
と、周囲にいた人々も、老人の話に触発されたかのようにおれのそばに駆け寄りはじめ、しまいにはまたも、「神よ、神よ」の大コールとなってしまった。
ああ……。
おれはロリーちゃんを抱いたまま、精神感応――テレパシー――の超大歓声にひっくり返った。




