第2章 その1 巫女メディア
〈お食事をとってまいりました〉
この部屋にはおれ以外に誰もいない。
なのにその声はすぐ側で言っている様だった。
あっと、そうか。今のは声じゃなくてテレパシー。
直接脳に伝わるテレパシーだった。ならこの声の主は部屋の外からおれに話しかけているんだろう。
〈入ってもよろしいでしょうか?〉
この声の感じは……
「どうぞ」
おれテレパシーで返す方法知らないもんね。
〈失礼致します〉
ドアが横にスライドすると、ワゴンに似た台を押して青髪碧眼のさっきの女の子が入って来た。
彼女は部屋の真ん中にあるテーブルの上に、運んできた食べ物の類らしき物を並べ終るとおれに向かって静かに頭を下げた。
〈どうぞ、お食事の用意が出来ました、トゥームの神〉
「あのさあ、トゥームの神って?」
〈は?〉
彼女は驚いた様に顔を上げ、ぱっちりとした眼で、に腰かけたままのおれを見る。
「ここに来た時から、トゥームの神、トヴームの神って言われてたんだけど、一体何のことか分かんなくてさあ」
〈トゥームの神は、貴方様のことですわ〉
「おれのことおぉぉ?!」
〈ええ〉
彼女、静かに微笑む。
「おれ、おれはユウっていうんだ。何を勘達いしてるのか知らないけど、おれはトゥームの神とか言うもんじゃないんだよ」
〈ユウ……様?〉
「そう! 様はいらないけど、おれはユウっていうんだ」
彼女、おれの言葉をどう受け止めたのか優しく微笑み頷いた。
〈ユウ様がトゥームの神なのですわ〉
おれの頭の中で高らかに鐘が鳴り響いた。
一体全体トゥームの神って何なんだぁ?
〈どうぞお食事をなさって下さい〉
気が抜けて動く気はしないものの、腹は確かに減っている。仕方ない。ご馳走になろう。
「じゃ、そのトゥームの神について話してくれないかな?そ、それと……君の……」
ぐ……次の言葉が咽につまってなかなか出てこない。
「あの、き、君のな、な……」
何でこんなにも簡単なひと言を言うのにエネルギーを必要以上に必要とするんだろうか。
「き、君の名前……は?」
うわっ、手に汗をかいてしまった。
あ、彼女少し頬を赤らめた……。
〈メディアと申します〉
メディア……メディア…メデューなんとかって、ギリシア神話に出てくる魔女の名前だっけ? けど、だけど、この星は地球じゃないんだから関係ないか。
そんなこと思いつつベッドから降り立つ。
あー、顔洗ってないや、おれ。
腕でごしごしと顔をこすっているおれを見てか、
メディアが布のようなものを差し出した。
〈これをどうぞ〉
なんとなく湿り気のある布……紙にも似てるな。それを顔にあてて拭いてみる。
お! スーって感じ。アルコールでも含んであるみたいだ。
目もぱっちりとしたところでおれはテーブルについてメディアに食べ物の種類と食べ方の簡単な説明を受けた。
「じや、いただきます。でも、メディアは食べないの?」
〈はい。わたしは先にいただきましたわ〉
メディアは窓側に立つと、トゥームの神についての話をはじめてくれた。
窓から差し込むやわらかな光が彼女を包む。
〈トゥームの神は、数万年昔にこのトゥームを救って下さったことをお忘れですか?〉
数万年前ぇ?
〈それはまだ、わたし達の祖先がユウ様のように言葉を音として互いに話が出来た時と伝えられています。そして想像もできないほどの高度な文明が栄えていた頃だとも言われています。この建物もその頃の遺産のひとつといわれているものですわ〉
メディアは眩しそうに部屋の中の全てを見渡した。
どうりで村の建物とこの建物との落差が大きいわけだ。
〈その文明が何故失われたのかは……今では知る者もいません。その代りこんないいつたえ伝説が残されていますわ〉
彼女は静かに瞳を閉じた。
それは 我がトゥームの 遥かなる時代。
それは 我らが言葉を その口元より こぼしていた昔。
それは 我が大地が 海が空が風が和であった時。
それは 起きたり。
鳴呼。
青き世界を 灰が侵し 染め行く。
大地は 轟き。
大空は 雷を伴い。
大海は 荒れ狂い。
風は 坤く。
アピオス 灰と染まりたる。
灰の者 トゥームを染め行く。
我ら なすすべなし。
時の流れ トゥームに向かず。
青き世界 黒き世界に救いを求めん。
黒き世界の トゥームの神よ。
我が命 汝に与えんと。
七の時を待ち トゥームの神
我らがもとへ降りたり。
その 黒き髪と瞳
黒き世界の 証しなり。
そして 神につき従う小さな光の使者達よ。
我らが主 トゥームに降り立てば
灰の者 トゥームより消え去りなん。
されば青き世界
再びトゥームに その姿を現わしたり
メデイアの送ってきた声は、おれの心の中でいくらか神話めいたとして感じ受けてしまった為なのか、その言葉は古文的文体へと変化して聞きとることが出来た。
〈今のがトゥームにおける伝説ですわ〉
彼女がおれを見て微笑む。その微笑みは何というか、とってもおれを敬っている感じの清楚な微笑み。
彼女本気でおれの事を『トゥームの神さま』だと信じきっているみたいだ。
「あのさ、トゥームの神は黒髪に黒い眼、で、おれも黒髪黒眼だからっていうんでトゥームの神と一緒にしているわけかい? おれは今の伝説についても何も知らないんだ。この星、トゥームのことだって……」
おれはカワンという、桜ん坊とぶどうとが合体したような果実をひと粒口に運びながらメデイアを見たが、彼女は「いいえ」と言う様に真っ直におれを見つめた。
〈この建物はトゥームの神がいらっしゃった時のみ、その扉を開くと伝えられています。建物の扉だけではありませんわ。その他多くの遺産達がその眠りから目覚めるとのこと。昨日はそれらの物に尽く異変が起きたので、長がもしやと思い『翼人の休息所』までお迎えに上がったのです。トゥームの神を。ユウ様を。ですわ〉
碧い瞳がきらきらと輝き、頬が紅潮している……思わず見とれてしまった。
美人――というよりその一歩手前の幼女のままの柔らかさを持ち続けている女性。おれと同じか、少し下の年齢だろう――もちろん地球時間で、での場合でだけれど……。
それにしても、だ。
彼女達は、祖先の遺産にこれまでに経験したことのない異変が起こったのでトゥームの神の御到来だと思って『翼人の休息所』――おれ達の乗ってきたUFOが着地したエアポートのあった場所一帯の名前らしい――へ行ったら、たまたま黒髪黒眼の人物がいた。
ただ、それだけのことで……。
でも、何で異変なんて起きたんだろう?
アミーの言葉を借りるなら確かに変だよ。
〈ユウ様。ユウ様がご自分が神ではないとお思いになるのは……きっと……〉
「え?」
きっと? メデイアのそのひと言におれは思わずギクリとした。ここでは本人が違うと言っても神だと信じられる訳でもあるのか?
〈神はトゥームの人々の前にその姿をお現わしになる時、ご自分が神であるという記憶をご自身の手により忘れさせてしまうのだと伝えられております。昔、祖先達を救って下さった黒き世界のトゥームの神も、自らがトゥームの神だとはひと言もおっしゃらなかったと伝承に残っいますもの。ですから、ユウ様はその時と同じようにご自身の手によって神であるという記億を封じておしまいになられているのですわ。きっとー〉
ああ――。
ニッコリと微笑むメデイアを前におれはもう何も言えなかった。
おれは本当に神さんでも、ぺーパー様でも何でもないし、まして過去の記億がないなんていう記憶喪失まがいのものでもない。
おれには地球で暮らしてきたという立派な――多分――記億がある。
だけど……なあ……うん。
おれいつから女の子に甘くなったんだろう……男兄弟で育った後遺症だろうか、それともあのルアシとアミーに出会ってしまったせいだろうか……。
出会い? 出逢い……。と言えば、どうして彼女のような人がここに、つまりおれのそばにいるんだろう。
「メディアはどうして、その、おれの食事の世話とかをみてくれてるんだい?」
〈長、ベーダーはわたしの祖父ですわ〉
彼女はそれだけ言うとおれの持っていた金属製のコップに飲み物をついでくれた。
長の孫娘ってことはだ。メデイアはそれでおれの世話役に命じられたんだろうか。
果実酒にも似たエキスを飲み終え、食べ物のほとんどを平らげたおれは、メディアに頼んで別々の部屋に別れてしまったはずのラグ達のところまで連れて行ってもらうことにした。
「わ―い! リーダーだぁ!」
メディアに案内された最初の部屋に入ったとたん、能天気なサミーの声がおれを迎えた。
ここ、サミーの部屋かぁ。と思いきや……。
「よぉ、遅かったじゃねぇか」
「きゃあ★リーダーよくここが分かったわねえ★」
「ほらアミー、当たった」
「まあね」
な、何だ。こいつら全員揃ってるじゃないか……。一体誰の部屋なんだぁ?
でも、まあ。何となくこいつらの顔を見たら安心してしまった。おれ一人だけじゃないんだっていう安心感。
「ね、リーダーその人はぁ?」
ルアシがおれの後ろに立っていたメディアを、見つけ出した、
「ああ、彼女メディアっていうんだ」
メディアを連中と引き合わせると、彼女は静かに頭を下げた。と、ガキ共上へ下への大騒ぎ。
「美人★」
「わぁ――。うわぁ――。わぁ――★」
「きれい……」
「わ! すごーい★」
「あら……」
ラグ、サミー、シーダの面々思わず身なりを整える。
ラグなんかトレードマークの 帽子をサッととって胸のところに持って来ている。
それを見たメディアの頬がポッと染まっていた。
〈メディアと申します。皆様方のお世話をさせていただくことになりました〉
「あのねー、ボク、サミーっていうの? よろしくね。メディアさん」
「オレ……ぼく、シーダです?」
「ぼくラグって言います。よろしく?」
おーっ! あのシーダまでが『ぼく』。なんて言っている。
「わたしはアミー。見てわかると思うけどサミーとは双子よ。よろしく」
「あ、あたしルアシ。ラ、ラグはあたしのボーイフレンドなの……」
あーあ、動揺のないアミーと動揺だらけのルアシの挨拶が終わったところで、部屋の外――つまり廊下――に立っていたおれとメディアは部屋の中に入ることにした。
「ここ、誰の部屋だ?」
「オ、じゃなくてぼくの部屋です!」
シーダの奴かしこまってやがる。
「食事を運んで来てくれた人にサミーの部屋を聞いて、その後二人でラグ達を探したの。と言ってもわたし達の部屋は全部真横一列に並んでいたんだけどね。リーダーの部屋だけが見つからなかったのよ。どこにいたの?」
アミーが説明を混えて質問する。
「この部屋のちょうど真上辺りじゃないのかな。ね、メディア」
〈ええ〉
と、またガキ共が騒ぎ出した。
「あ――っ! いけないんだ、リーダー。メディアさんのこと、呼び捨てにしてるぅ!」
「そーだ、そーだ!」
一人占めしてずるいぞ! メディアさんはオレ達全員の世話をしてくれるって言ったじゃねぇか!」
「ラグ! 何が『そーだそーだ』なの?」
「だってルアシはそう思わない……か……」
「思うわよ! リーダーのこと一人占めして、ずるいわ!」
「……」
あー、頭痛ぇ。
「ところでリーダー、何かわかった?」
アミーだけがいつもと変わりない。
「ああ、メディアが"トゥームの神伝説"について教えてくれたよ。アミー達は聞いてないのか?」
「うん、誰も教えてくれる人なんていないんだもの。ね、メディアさんその話わたし達にも聞かせてもらえるかしら?」
〈はい〉
メディアはそう答えると、おれに話してくれたのと同じ内容を話した後、次のことを付け加えた。
〈そういえばわたしが生まれる前に一度、偽のトゥームの神が現われたそうです〉
「ぉ?」
〈ええ、皆最初は嬉しさのあまりそれと気づかず喜んで迎え入れたそうです。ところが祖先逢の残した遺産達が、その神を迎え入れるのを拒否するかの様に沈黙を保ち続けているのに人々は気づいたそうです〉
「それで偽者だ! ってわかったわけ? 」
アミーの問いにメディアが静かに頷く。
〈トゥームの遺産達は自分達の主人以外の者に従うことはありませんわ。たとえわたし達が騙されたとしても……トゥームの神以外には〉
一瞬メディアの表情が曇った。が、すぐに元の表情へと戻る。
〈あとのことはわたしが申し上げることではありません。長がすべてをお伝え申し上げますわ〉
話を聞き終るとラグが力の抜けた様子で肩をすくめた。
「何だか大変なことになっちゃったね、リーダー」
「お前もそう思うだろう」
「あたしはよくわかんない。神話とか伝説って作り話なんでしょう?」
ルアシがつまらなさそうな顔をしているのとは反対に、あのサミー何やら感動した眼でおれをじっと見ていた。
「すごーい? リーダーって神様だったの? いいなぁ。ボクも神様になりたい」
アホか……!
「オレさあその遺産とかっていうの見たいな。すごい文明だったんだろう?」
〈後ほどご案内致しますわ。その前に皆がユウ様方にお目にかかりたいと、申しているのですがお受け願えるでしょうか。ユウ様〉
「おれ達に……ねえ」
まあ『トゥームの神』だと信じてしまっているんだから当然のことなのかもしれないけど……。
「仕方ないんじゃない? リーダーさん」
アミーが笑いながらおれの背中をポンとたたいた。
「アミー、おたくひょっとしてさあ、他人が困ってるのを見て楽しむ方だろ?」
「あら、わかったぁ?」
「……」
こわい子だ……。




