第1章 その3 おれがトゥームの神?
『どうしたの? リーダー』
アミーの声がかすかに届く。
「ち、近づいて来る……星が……」
『何? ブルー・ケルピーのこと?』
「違う! 惑星だ! 惑星! そいつが近づいて来るんだ!」
そう。それは確かに惑星で、しかも地球の大地から見あげた月と同じぐらいの大きさで、スクリーン中央に映っていた。
『星が近づいて来るんじゃなくて、このUFOが近づいているんでしょう? 今行くわ』
う……冷静な子だ。
おれがよたりながら操縦席におさまり、しばらくボーッとしているとアミーが息を弾ませて部屋の中に飛び込んできた。
「他の奴らは?」
「すぐ来るわ」
その言葉どおりに連中の騒々しい声が聞こえてきた。
「この星、ブルー・ケルピーの惑星みたいね。重力にでも捕まったのかしら?」
「重力にぃ? じゃあこの船このまま、あの星に突っ込んじまうっていうのかぁ?!」
「そうね」
そうねって、待てよ! 生きるか死ぬかの瀬戸際に何でこの子こんなに落ち着いていられるんだよ。
「ねぇ! リーダー、アミー、どうしたの?」
「惑星が近づいてきてるって?」
「おわっ!! 地球みてえ」
「青い惑星だぁ。あれがブルー・ケルピーなの? アミー」
ラグ達、部屋に入ってくるなり大騒ぎ。スクリーンの前にわやわやと集まって来た。
サミーがスクリーンとアミーの顔を交互に見較べる。
「違うわ。ブルーケルピーはこの惑星の太陽だったみたい」
「じゃあ、名前はないの? ボク名前つけちゃお★ んーっとね、アルファ星! ボクが最初に名前をつける星だからアルファ星。わぁーい! 名前つけちゃった」
サミーがひとりで喜んでいる。同じ双子の妹にたて何と単純なネーミングセンス。
しかし……ここにいる全員、今がどんな事態なのかまるで分かっていないじゃないか!
あ―、おれがそう思っているうちにも、この船とサミー言うところのアルファ星は徐々に、だが確実にその距離を縮めつつあった。
「よぉリーダー、このままじゃあオレ達あの惑星と正面衝突しちまうんじゃあないのかぁ?」
やっと気づいたのか、シーダが何とも複雑な顔をした。
「えーっ、本当? わあーっどしよう、どうしよう」 こらサミー! 分かったからおれの手をとってブンブン振るな! 叫びたいのはこっちの方だぜ、まったく―。
「あたし達死んじゃうの、ラグ?」
「分からない……けど……多分……」
ルアシの碧い瞳から大粒の涙がポロリとこぼれ落ちた。そしてラグに何か言おうと口を開きかけた時、別の声が響いた。
「変だわ……」
アミーだ。
――変だわ。
思えば、この一言からすべては始まったような気がする。
「何が変なんだい?」
ラグがルアシにハンカチを渡しながら静かに聞いた。
「速度が変わっていないみたいなの。普通落下するときって加速するでしょう? でもこの船、まるで目的地へ降りる様に速度調節しているみたい。変でしょう?」
この子、この船の速度を感じとっているかの様だ。ラグの言っていたとおり、普通の人間の感性よりも鋭いところがあるのかもしれない。
「じゃあ、ボク達大丈夫だね」
「サミーもそう思う?」
「うん」
サミーのその一言にアミーの表情に和らいだものが浮かんだ。
「大丈夫ね」
ひとり言のようにつぶやくとアミーは静かに微笑んだ。何だかその表情は十歳の女の子というよりも、微かに大人びておれの目には映った。
それから十時間後、おれ達の乗った船はアルファ星の大気圏へと突入した。船はアミーの言ったとおり、燃え上がることなく雲の中を下へ下へと降下していた。
「曇ってるわねぇ。宇宙から見たときはすごく青かったのに。ちゃんと空気あるかしらぁ?」
「わお! 海みたいのがあるぜ! でかいなぁ、あれ絶対に海だ、海に違いないぜ」
ルアシ達の歓声が不思議と耳に心地良く響いた。
何か、よく訳の分からない感動に似たものが、おれの心身をふわりと包み込んでいる。
――言っておいで。
ふと、誰かがそう呼びかけたような気がした。
まさかね。でも……それにしてもこの高揚感は何だろう? 地球以外の惑星、青い惑星を今おれ自身が目の前にしているからなんだろうか? いやこれはもっと別の感情じゃないのだろうか……でも、だとすると一体何なんだろう。この不思議な、ふくらみ続ける感じは……。
「大陸だ緑があるよ!」
ラグの声におれは我に返った。
「この船、どこに着陸したらいいのか知っているみたいだね。ちゃんと大陸の方に向かってる」
「この星に宇宙人いるかな?」
「ばーか。あのなぁサミー、今はオレ達の方が宇宙人なんだぜ」
「あー本当だ。そう言えばそうだね。シーダ」
何かこの二人漫才でもやっているみたいだ。
数十分経過の後、船は緑の草原の中の高台にあった小さなエアポートに着陸した。
「人工で出来たエアポートがあるってことは、文明があるってこと……つまり、いるんだわ」
アミーの口から出た言葉は、興奮というものからは程遠い冷めた、何かを感じさせずにはいられないものだった。
なのに……。
「あれっ? こんなものあったっけ?」
「わーっ! すごーい! これこの船の中ならどこでも見えるんでしょ? ボクもこんなの欲しかったんだ」
「わかったわ! リーダーったらこれ見てたからあたし達のこと知ってたのね。ずるいわぁ」
連中、アミーの様子など気づきもせずに、おれが発見(?!)したモニター・デスクを見つけて騒いでいる。
「ね、リーダー。外に出られるかしら?」
ルアシが唇に人差し指をあてて首をかしげた。
「残念だけど、無理だよルアシ」
「何でぇ? 空は青いし、緑もあるじゃない。空気がないわけないわ。大丈夫だわよぉ」
「ドアが閉じてるのにかい?」
「あ……そうだったぁ」
おれのセリフにルアシはがっかりしたように、肩の力を抜いた。
「せっかく地球以外の星に来たのに、つまぁーんない」
と、その言葉を否定するかのように、シーダの威勢のいい声が弾けた。
「入り口が開いてるぜ! ハッチが降りてる!!」
「え?」
「これ見ろよ」
シーダが指さしたのは、小型モニターのうちのひとつだった。
そして、それには確かにハッチが降りて外の風景が覗いている画像が映っていた。
「行ってみようぜ!」
「行く!」
シーダとサミー。そしてラグとルアシが部屋から飛び出していく。それはまるで闇の中で見つけた、一条の光を追い求める者のように。
おれも! と、思わなかったわけじゃないが、アミーが残ってるのに気がついて出遅れてしまったのが実状。
「アミーは行かないのかい?」
「行くわよ。でも変だと思わない?」
出た。この子がこう言う時は必ず何かあるんだ。
「変ったって、最初から変なことずくめじゃないか。今さら変っつーたって……」
「わたしが変だって言いたいのは、まるで誰かがわたし達をこの星まで連れて来たみたいだっていうことよ。そうは思わない?」
「言われてみれば……」
おれ達が出会った場所に偶然現れたUFO。中へ入ろうとした時は偶然入り口が開いており、出ようとした時は何故か出口は閉ざされ、サミーの押したボタンのせいで宇宙へワープ。どこへともなくさまよっていた途中、偶然にブルー・ケルピーの惑星の重力に捕まって着陸。そして、何故か開いたハッチ。
あまりの異常事態の連続に、そんな単純な発想さえも浮かんでこなかった。だけど、もしアミーの言うとおりなら一体誰が何のために……。
「でも、こればかりはいくら考えても分かりっこないわよね。さぁ、わたし達も行ってみましょう、リーダー。う……」
歩き出そうとしたアミーの体が一瞬硬直し、両手がゆっくりと持ち上がり頭を両側から押さえると、ガタガタと震え始めた。
「どうしたんだアミー? 気分が悪いのか?」
まさかまた磁場が変わったとか言うんじゃないだろうな。
「だ、大丈夫よ……でも、ちょっときついだけ。だけど……まいるわ……こんなカルチャー・ショック……初めてだから。痛っ……」
「カルチャー・ショック?」
「リーダーにも分かるはずよ。こう……頭の中に、直接呼びかけてくる声があるのを……意識を外へ向けると、ほら……」
「え? あ、あ、あ――?!」
アミーが言ったせいもあるのか、意識し始めたとたん、頭の中に何か、得体の知れないものが雪崩のように突然一気に入り込んできた。
声の様で声でなく。かと言って、幻聴とも違うような……何だろう?」
「テレパシー、精神感応みたい……」
「テレパシーぃ?」
「とにかく、サミー達が心配だわ。早く行ってみましょう。何か起きてるのか分かるはず」
アミーがそう言って歩き出したので、おれも混乱している頭を抱えながら一緒に操縦室をあとにした。
例の声――テレパシーらしいけど――は出口の扉に近づくにつれ、波のざわめきの様に押し寄せてくるようだった。
そして昇降口の手前に立って、外の風景を見たおれとアミーは、その光景の前に一瞬にして、立ちすくんでしまう。
イセイジン……。
そう。異星人達――いや、正確にはこの星の住人達と言うのだろうけれど――が、二十人近くの異星人達が、この船から少し離れたところに集まっていた。
ちょっと遠目だけど分かるその姿は確かにヒューマノイド、地球人と相違のない体型の人々。ただ違うところを発見したとすれば、青みがかった髪の毛と瞳の色をしているということだ。そして、その中に……!
「サミー達がいるわ……」
アミーのささやく様なつぶやきにおれはうなづいた。
あいつらは青髪の異星人達に取り囲まれたまま、突然起こった緊急事態にただ、顔を引きつらせて立ち尽くしていた。
〈ファースト・コンタクト〉〈未知との遭遇〉〈宇宙からのメッセージ〉……。
唐突に、最近観た深夜テレビの、三本立てリバイバル・シネマのタイトルが目の前を横切って行く。
最初、連中はおれ達のことなんかには全くといっていいほど気づいていなかったのに、サミーがのんきに両手を振っておれとアミーに助けを求めたもんだから(後で本人の言うことには、「来ちゃだめだよ、って合図だったのに」と言うがどっちでも同じことだ)、さあ大変。全員がこっちを一斉に振り返ってしまった。
じ、冗談じゃない。
無意識に体が後ずさる。と、そのおれの腕をとって引き留めたアミーの目が、確かにこう言ったようにおれには思えた。
――何か変だわ。と。
でも、この異常事態宣言下で、何が変じゃないっていうんだ? 突然現れた宇宙人に、原住民が驚くのは当然のことで、しかも最初に抱く気持ちは敵意と戸惑い……なんじゃあなかろうかと、なんかの本に書いてあった。
けれど、おれ達を見つけた連中の様子に気がついた時、おれは驚きとともに、アミーの言葉を理解した。
何故かって……何と、青髪の異星人達ひどくショックなものを見たっていう表情で完全に茫然自失、心身喪失状態に陥ってしまったからだ。
同時に頭の中に響き渡っていたあのざわめきが、消えた。
つかの間の静寂。そのあとに起こったのは、爆発的な歓声と弾むように明るい異星人達の表情。
〈トゥームの神だ〉
〈トゥームの神が来てくださった〉
〈トゥームの神〉
〈トゥームの神が、真のトゥームの神がまいられた〉
〈トゥームの神よ〉
〈我らの守り神、トゥームの神が〉
頭の中を駆け巡る、意味不明の叫び声。耳をふさいでも目を閉じても声はちっとも小さくならない。
「……何なんだ一体!?」
「見て、リーダー」
今や完全に思考を失いつつあるおれの頭は、アミーの言うとおりに示された中央の人物を見た。
老人だ。白髪……と言うよりも銀髪の長い顎髭をはやしたひとりの老人が、他の人々の間をぬっておれとアミーのすぐ下のハッチの前までやってきた。と、何か儀式でもする時のように、すいっと手の平を上に両手を垂平に差し出し、青い瞳に万感の思いを込めるように微笑んだ。
〈トゥームの神よ〉
その声は今までになかった、おれ個人に対して直接投げかけられたテレパシーだった。
〈トゥームの神よ――〉
老人に従うように、ラグ達取り囲んでいた人々が、全員同じように両腕を差し出した。
トゥームの神? 何なんだそれ? 宇宙人の代名詞なんだろうか? それに何でこの星の人達は声を出して喋ろうとしないんだろうか? それともみんな超能力者なんだろうか?!
〈トゥームの神よ〉
その人達の目は微かに潤んでいるようにも見えた。
〈我らが偉大なる、トゥームの神よ〉
老人のものらしい声が響く。
〈何万年という時を越え、再び我がトゥームを救わんと現れた神よ。我々の祈りに応えてくださったことに感謝致します。古の約束を、祖先の声を、我らが願いを聞いて下さるのはもうトゥームの神しかございません。われらはどんなにかこの時を待ち望んだことか。トゥームの神よ、老の名はベーダー。この地クローブルの長を務めておりますからは、是非、これよりトゥームの神の館までお供いたしたく思いますが、お許し願えるでしょうか?〉
な、何なんだ? このお爺さん。それにおれがその、トゥームの神様ぁだって?! おれの館だってぇ?
「ど、どうする? アミー」
こうなったらリーダーも何も関係ない。今頼れるのはこの子だけだ。
「別に敵意はなさそうだから、サミー達さえ放してくれるんならいいんじゃない?」
アミーがそう言い終わるか終わらないうちに、サミー達を取り囲んでいた人々は、はっとした様にその輪を解いた。
「あら便利。こっちで話してるのが分かっちゃうのね」
あら便利って……何でこの子こんなに落ち着いていられるんだよぉ――。
結局、ベーダーの少し後についておれとラグ達は歩いていた。
何だか頭がボーッとしているのをおれは感じていた。一体全体何がどうなったというんだろう。
体が少し熱かった。
空を見あげると、曇っていたはずなのに雲はなく、そろそろ夕暮れなのか辺りが徐々に黄金色に染まり始めていた。
村とおぼしき所を通り過ぎ、その先の奥へ入ったところに、おおよそ、この星の人達の服装――古代ギリシャ神話でも思い出してしまいそうな服――からは想像もつかない建築物、つまり《トゥームの神の館》に案内された。
そこは、背の高い樹木たちに囲まれた場所にあり、建物自体は、おれ達の乗ってきたUFOと同じ、シルバー・ブルーの柔らかな輝きを放っていた。鋭角な部分を持たない円錐三角形をおおまかな基礎とした地上二十階分の高さを持つ建築物。《トゥームの神の館》に入った後は、ただもう急激な疲労と眠気に襲われて、挨拶もそこそこといったていで、寝具の備わっている部屋を見つけると各自持ち部屋を決めて、あっという間に寝息をたてはじめたのだ。
――誰だろう。
人の気配におれは眠りから覚めたが、いつもと同じように目は閉じたままで、しばらくの間軽いまどろみを楽しんでいた。と、頭上に手がのびてくる気配を感じて、おれは左手でその手を受け止めた。
「兄貴?」
〈アッ……〉
「わっ!」
や、柔らかい!
お袋さんかとも思ったが、うちの母親空手の達人! こんなに華奢じゃない。
おれ、その手をつかんだまま起き上がった。
「あ……」
〈…………〉
一瞬の静寂――。
天使! いや、どっちかというと妖精だ! まるで神話の中から抜け出してきたような女の子がそこにはいた。
肩先できれいに切り揃えられたストレートの青色の髪。海の色を思わせる碧い瞳。透けるように白い肌に花びらのような唇。
おれは夢の続きでも見ているんだろうか?
と、おれのつかんだままの手に戸惑うように、その彼女の肌がみるみるうちに桜色に染まっていく。
「わ!ごめん、おれ……悪気があってやったわけじゃ……そっ、その……つまり……」
うわぁ~! 何を言ってるんだ、おれは。体中の血が一斉に頭に掛け上ってきたみたいだ。
あわてて離した手を、バッと背中に隠す。
〈い、いえ……あの、失礼致しました。わたし……お食事をとってまいります……トゥームの神〉
彼女は顔を朱に染めると、部屋から出ていってしまった。
か、可愛い。いまどきなんて純情な……あ…れ…?
――トゥームの神……?
それに、今の女の子、青色の髪に……碧眼……。
おれは部屋をぐるりと見回した。
おれの部屋じゃなかった! そして、そう理解したとたん、思い出した。
――ここは地球じゃなかった……んだ。
「これから……どうなるんだろう」
部屋に残された甘い香りを感じながら、おれはことの成り行きに、ただ茫然と空を見つめていた。




