第5章 その7 ラフィンの仕掛け
前髪が垂れて片目を隠した。それでもなお不気味に黒光りする奴の瞳は、背景の宇宙とは重ならず、水に浮く油のように、そこのみが浮き上がっているようだった。
「もしも、お前が私を殺し、あの中へ入ることが出来たとしても、少女を助けたとしてもお前は助からない。あの部屋へ入った序、それがお前の最期となる」
ヒューアスが苦痛気に途中で思考会話を止め、言葉のみの会話に切り替える。
パラの側で強力なテレパシーを使うことは自殺行為なのだとメディアは言った。
パラは、自分に危害を及ぼすようなテレパシーを感じると、拒絶反応を示して、自分が受けた苦痛と同じだけの、時にはそれ以上の攻撃性の思念波をそのまま相手にはね返してしまう特殊能力をもっている。うさぎのような愛らしい姿をしたこの小動物は鏡に似た力があるという。
そのパラが、ヒューアスの強力なカに苦痛を感じて、すぐさま同等の力を奴にたたきつけていたとしたら…………ヒューアスといってもきついはずだ。
奴の力が弱まったと応じたのもパラのおかげに違いない。
「何だって……」
「例えお前が私に勝とうとも、お前に神の座を開け渡す気など毛頭ないからだ」
Rの音の美しい異語。これは遥か昔に失われたトゥームの言葉なのだろう。
それを今おれは、まるで母国語のように、聞き、受け応えをしている。
「あの少女の力は私に注ぎ込まれている。お前が〝守りの者〟の力を使って私の力を奪おうとすることは、すなわちあの少女の力を消滅させるに過ぎないのだ」
「何て……」。
おれの中で悲しみの声が身をひそめ、代わりに怒りがつき上げて来た。
「何て奴なんだ! ヒューアス! お前って奴は!」
おれが叫んだ時、おれと奴との間に、スッとサミーの姿が割り込んで来た。
「サミー! どいてろ」
「いやだ! どうして?」
終りの言葉は奴に向けられた。その表情は今までのサミーにはない悲し気な、そして大人びたものだった。
「どうして? なぜアミーにそんなことをするの? あなたにそんな権利はないのに、なぜアミーにだけそんな……。それに、どうしてあの時、ポクとリーダーにあんな映像見せたりしたのーアミーや、シーダやミラクさんを殺したようにみせるなんてなんて…」
「〝古き者〟ユウの精神にダメージを与える過程、そしてお前をあの少女から引き離す為。何故なら、私にとりお前達二人は不可解なものだからだ……。同じ者でありながら違う者。」
奴の膝がガクンと折れて床に膝をついた。吊り上がった瞳はサミーをみつける。
「今……私がこの場で果てるならば……それと同時にあの少女もやがては息絶える。あの部屋は、時空間のズレの――最も激しく、エネルギーを集中させやすい磁場の中にある部屋。そして、力を封じ込める場所。本釆ならユウ、お前の屍を葬るべきところなのだ。あの空間は私を産み出したところ、私以外の者が入れば私にエネルギーを与えるだけの存在となる……」
奴の顔に機械じみた笑みが浮かぶ。
「アミー!」
サミーの体が宙に浮き、アミーの元へと走る。そして、ラグもルアシも、シーダも向かっていく。
メディアとミラクさん、パラだけが残っていた。
「さあ、どうする神――!? お前が殺すのは私ではなく、あの中の少女、つまりはお前の〝守りの者〟だ」
機械の油の切れた様な、奴の笑いが響く中、おれはアティヌを右手に構えた。おれ達のこころ〈生命〉を映し出す剣を――
――許してくれヒューアス……
怒りと、恐怖と憎しみは、この瞬間、おれの心から消え、悲しみだけが残っていた。
――自然は、大宇宙はお前が生まれてくることすら許容したのかもしれない。でも、そのお前が何も知らない人々を苦しめるのを、おれは今、この方法を使ってしかくい止めることを知らない。知らないことが多すぎて、おれ自身が小さすぎて……。アレピオスという機械に利用されるためだけに生み出されてきた生命よ――今、還そう。
剣を振りかぶる。
剣の放つ光は筋を引いてヒューアスの体の上を斜めに走った。
「――!」
額の汗が眼に入る。
奴の、人間に似た、しかし完全に異なる機械の身体が、嫌な音をたてて斜めにずれ始めた。
剣のみで身体が真っぷたつに分かれるわけがない。光の力が加わったためだろうか……。
「ユウよ……」
おれと、後ろのメディア達がはっとしてヒューアスの頭部を見やった。
奴の顔は痛みを知らぬ者のように、悪魔的に微笑んだ。
「あの少女を助ける為、あがくがいい……。すべての神器が……ワクナル〈死の石〉にて作られし剣、壁、金輪のそろいし時、お前は死ぬのだ!」
奴の体の断面が露になる中、最後の声高に笑う響きのみが広がった。
そして――ヒューアスは体ごと爆破し、砕け散った。
〈ユウ様……〉
〈神!〉
爆風が止んだすぐ後、メディアとミラクさんが駆け寄ってきた。
おれの足元に、貴金属の冷たい光彩を放つ、小さなフットポール状の金属がコツンと音をたててぶつかった。
――ヒューアス、
今、ここにヒューアスの生命は感じられなくなっていた。
〈ユウ様……血が〉
メディアの柔らかそうな手がおれの首筋にのびてきて、おれは少しためらいながら身を引いた。
「アミーがまだ……。助けに行ってくるから、待っててくれるかな。おいでパラ」
呼ぶとすぐに腕の中に飛び込んできたパラを抱いて、おれは床を蹴った。
無限なる宇宙の姿は、奴の死と共に消え、おれ達はがらんどうの大ホールのような場所に身をおいていたことを初めて知った。
――アミー! 死なせはしない。
あの無眼に広がる感覚がおれを包む。一方で感じるのは、時間が止まる中を走るような奇妙な感覚。
おれは跳んだ。
アミーはこのピラミッド〈建物〉の一番頂点部の小さな部屋にいるはず……おれは見つけていたのだから。
その部屋にこの身を飛ばすことを……。
そう、今度は迷わない。
身体が空間から分離する感覚がきた。
おれは、壁の前に立っていた。そう、アミーのいる部屋の前の廊下に出られたのだ。
「リーダー!」
「え?」
声のする方向をみて、ギクリとする。そこに、おれよりひと足早く来ていたようすのサミー、ラグ、ルアシ、シーダの姿があった。
ルアシが駆け寄って来た。
「ドアが! 入るドアがどこにもないの!サミーの超能力でも中に入れないの壁も、触れるだけで電流みたいなものが走るのよ!どうしよう!? アミーが大変よぉ! 助けてあげなくちゃいけないのに。ねぇ、リーダー! リーダー何か出来るんでしょ? まさかあの男の人を殺しちゃったなんてことないでしようーアミーが! アミーが!」
大きな青い瞳から涙がポロポロとこぼれおちる。
おれはうなずいた。
壁のそばで必死に何かをしようと手をのばしているサミーが硬い表情でおれを見る。
「リーダー!」
シーダとラグが、パラを床におろして剣アティヌを壁につき立てはじめたおれを見て同時に叫んだ。
――神器のそろうときお前も死ぬ!
一体何が起こるのかはわからない。けど、
今はアミーをこの部屋の中から助け出さなければならない。
奴は、ヒューアスは、自分の死が、やがてアミーの死を招くようなことを言ったけど、奴と共に死んだとは思えない。アミー生きているといった確信があった。
剣が、突然引っ張られるように壁の中にすいこまれた。
頭ごと壁に突っ込む。と、確かの手がおれの足首を掴んだ。
壁の内側、部屋の中、中央の人間大の透明カプセルの中に、眼を閉じたまま横たわっているアミーの姿があった。
「アミー……! ぐ、誰だこの手は!?」
部屋の中へ出たおれは、引っぱられている片足のおかげで危うく顔面から床めがけて転びそうになり、両手を床ついてこらえる。
「うわぁー!」
「どえぇっ!」
「ええ――っ!?」
「きゃあーん!」
様々な悲鳴、叫びと共に、おれの足をひっ掴んだサミーを先頭にして、シーダ+パラ、ラグ、ルアシ達がいもづる式に部屋の中へなだれ込んできた。
「――」
一気に疲れが増していくようだ……。
「アミー!」
真っ先にサミーがアミーの横たわるカプセルをのぞき込んだ。全員がそれにならう。
「アミー! わかる? ポクだよ!」
「オイ! アミー、生きてるか!?」
「起きて! 起きてアミー!」
「アミー、助けに来たんだよ」
――待って……
アミーの思念波がそっと通りすぎ、全員が体を固くする。
――大丈夫……生きてるわよシーダ。ただ体にまったく力がはいらないの……。 早くこの都屋から出して、
「うん」
サミーがカプセルのふたに手を乗せて瞳を閉じ、ゆっくりとなにごとか念じ、押すような仕草をすると、ふたが自動的に開きだした。その時――。
突然、この小さな空間に目の覚める程、鮮やかな黄金の光があふれ出した。いや一瞬にして室内を照らし出したというべきか――。とにかく、おれが微かにおぼえためまいの原因である、光は、四方の壁、剣アティヌ、そしておれの額のルメイヤの三つが、互いに共鳴し合い生まれた光の洪水だった。
足下で何かが振動した。
「リーダー、アミーを」
「ああ」
おれはカプセルのアミーをそっと抱き上げた。
「何か……くる」
アミーが腕の中で弱々しげにつぶやいた時、建物全体が、ズズッと唸り激しく独振動した。
「地震!?」
「違う!」
おれは突然あることに気がついて、光の中で叫んだ。
「アレピオスが自爆するんだ!」
――神器がそろう……それがアレピオスの何かに影響を与え、狂わしたのか……。
いや、ヒューアスは知っていたに違いない。
ヒューアスの死こそがアレピオスの自爆スイッチを押すということを。自らの夢を託した生命体に似せたヒューアスが、遥か昔に死んだラフィン博士のアティヌの剣に敗れればどうなるか。越えられない壁。自分が神ではないという結論を再び突きつけられ、ラフィン博士が取り付けた自爆装置が今度こそ作動することを。
あ!
「メディアとミラクさんがまだ下に! アルファ号は、ロンはどこにいる!?」
そう叫んで上を見上げたおれはアルファ号の姿を見つけていた。
幻じゃない! ピラミッドの上空付近を回旋し続けているアルファ号が見えるんだ。
「ロン! ここだ!」
おれが天井に向かって叫ぶと、サミーやラグ達も叫び出した。見えていないはずのアルファ号に向かって……。
「リーダー、おろして」
「え? だってまだ立てないだろう。それにこんな中じゃあ」
互いの輪郭がぶれて見える激しい揺れの中、アミーはしっかりとした足どりで床に立った。
「変なの。今の光を見たとたん体に力が戻ってきたの。だから大丈夫。それよりメディアさん達を助けに行ってあげて」
元気そうに笑ってはいるものの顔にはまだ血の気が戻っていない……。
おれはそっとアミーの額に手をあてた。
おれに、力の記憶が少しでも残っているうちに、アミーを回復させられたら……。
そして、早く脱出しなければ……。だけど一体どうやってラグ達とメディア達を助けたらいい?
揺れはさらに激しく、地底から坤き声の様な咆哮に似たものが高まる。
「リーダー、ありがとう。何だか体中にエネルギーがあふれてくるみたい。今度は本当にもう何ともないわ」
アミーらしい落ちついた声が返ってきた。
「で、リーダー、名案が浮かんだの。リーダーがわたし達をアルファ号に跳ばして、それでメディアさん達も助ければいいわ」
名案って……。
ああ、でもそんなことでも出来なきゃもう助かりっこない。……少なくとも〝力の記憶〟が遠ざかって行かないうちにやるしかない!
「ポクも手伝うから」
「ああ」
おれの差し出した手に全員が、自分の手を差しだし重ねる。
――こいつらをアルファ号へ!
奴ら一人一人にエネルギーをおくろうとして、その必要がまったくいらないことに、今気づいた。剣によって引き出されたが継続しているからだ、何て強い生命を持つ奴らだったんだろう。些細なことなど気にもとめない、怖いもの知らずのガキ共。こいつらは全員、自分がこんなことで死ぬはずがないと信じている。その逞しさ、ずうずうしさにおれはあらためて舌を巻いた。
あの感覚が蘇える。剣アティヌを高くかかげ、先端をアルファ号へと向ける。
――アルファ号へ!
「――」
あいつらの姿が消えた。
奴らは行った。
時間はない、早くメディア達を助けなくては――。
すべてのものの輪郭が二重、三重にぶれはじめた、時間がない!
この部屋の真下に二人がいる。
おれは剣アティヌを今度は床につき立て、吸い込まれていく剣ともども体ごと呑み込まれ、下へ抜け出ると二人のもとへ跳んだ。
〈神!!〉
ミラクさんが気づいて上を見上げる。
――メディアは!?
下の様子は、あの特殊なワクナル〈死の石〉ので作られた空間とは違ってて、床や壁がくずれはじめていた。
メディアがミラクさんの腕の中で倒れている。
「ミラクさん! メディアが!?」
宙から彼らのもとへ着地を急いだ。時間がない!
〈神!〉
早く助け……足が床に着いた時、床のふくれ上がる感覚がおれを襲った。
――時間が!
閃光が床を割って噴き出した。
「メディア! ミラクーっ!」
その瞬間、アレピオスの要塞は大爆発を遂げた。




