第4章 その4 神剣に宿る瞳と爺ちゃんの言葉
サミーは消えた――。
「な――? 馬鹿な……!?」
そんなことがあるわけが……。
テレポーテーション〈瞬間移動〉!?
だけど――。
おれの頭は大混乱を来たしていた。
何か……固定概念が足元からくずれて行くような徹底的な不安定さ、不気味さがおれを襲った。
そりゃ、テレパシーとか、鉛筆を転がしたり金属を曲げたりする念力とかいうあたりの超能力なら抵抗とかいうものはそうない。だけど……人が消える。
目の前で消えてしまった。
夢だ云々言うことも出来ない程の生々しさを残したまま――。
これを一体どう理解しろというんだ?
どう受け止めろというんだ?
激しく波打つ心臓の鼓動を感じながら、おれは画面を見返した後、息を吐きながら床にくずれるように座り込んだ。
画面にはもう何も映し出されていない。
サミーは一体どこへ行ってしまったのだろうか。
そして、おれは〝あれはアミーじゃない〟と確かにあの時そう思った。だけど、ひょっとするとあれは本当にアミー達で、だとするとアミー達はもう……。
ブルルと頭を振って立ち上がる。
へたり込んでる場合じゃない。
冗談じゃない。あいつらが死ぬもんか。死なれてたまるもんか。さんざん人をコケにしやがってお礼をさせてもらうまで死なせてなんぞやるものか。
そう思うことで、にわかに気力が戻ってきた。落ち込んで、へたれて、暗くなっても力は出ない。
奴はこの中――ピラミッド――のどこかに必ずいるに違いない。でなければ、わざわざおれ達を格納庫の中に入れるわけがない。
奴はいる。あの男が――。
おれは入ってきたドアとは反対側にあるもうひとつの扉の前に立った。
ドアがスライドして口を開ける。一歩踏み出すと、長い通路が左右に続いていた。
おれは走り出した。
奴を探し出さなければ、ラグやアミー達を見つけ出さなくては。
通路に並んでいる部屋のひとつひとつに入っては中に誰もいないか、確かめながらおれは走り続けた。
だけど……おれは奴と会ってどうするというんだ? 本物の神様でもないおれが、どんな力を持っているのかわからない相手と会って何をするというんだ?
奴は宇宙空間を超えて精神攻撃とかいう代物を行使することの可能な力を持っている。
まさか平和に話し合いに応じるなんて思えない。そんな空気でもなかったし。
その奴と、どうやって渡り合えばいいっていうんだ?
今おれが用いることの出来る武器は、アティヌという未知なる短剣ただひとつ。
これで何かが出来るなんて思えもしない。
どうしたらいいんだ!?
ひと気のない建物の中を、スニーカーの音だけが鳴り響いている。
中を走り続けるうちに、おぼろ気にわかったことは、このピラミッド型の建物の内部の構造的なものについてだ。
部屋が存在しているのは――今のところ――傾斜している通路の両側のみ。廊下がほんの少しずつ傾斜している。それが三重になっていて中央部には、上から下までを一直線につなぐエレベータらしきものがあった。だが、扉のそばにはボタンらしきものもなくて、どうやったらこれに乗れるのかまったく分からない。
おれが見上げたところからは、上階部は遥か遠くにあった。
この広大な建物をすべて走り尽くさなくてはならないのだろうか?
マラソン選手にでもなった気分だが、めげてはいられない。
おれは走り続けた。が――。
どれほど走り続けただろうか。おれは、ある部屋に足を踏み入れたとたん愕然とした。
その部屋は……壁のひとつがスクリーンとなっている部屋だった。
そう、格納庫の隣り部屋。サミーが消えたあの部屋だ。
念のため、部屋の中にある別のドアを抜けてみたが、そこは間違いなく格納庫だった。
こんなのありかよ……。
おれは通路に戻って、床の角度を調べてみた。確かに傾斜している。そしておれはその通路を上へ駆け続けたのにもかかわらず、ふり出しに戻って来たっていうのか?
おれは気をとり直して再び走ることにした。どこかで上に続く道を見逃したのか もしれないからだ。
けれども結果は同じだった。
まるでパラドックスだ。
壁に手をついて深呼吸をしているおれに、奴の声が聞こえてきた。
――この建物は時空間の歪みを利用して造り上げられた特異なる建物だ。下等な輩には決して抜け出すことの出来ぬ仕組みとなっている。だがお前になら抜け出すことは可能だ。何故ならお前は〝トゥームの神〟だからだ。お前が神で証としてそこを出た時、約束通り私はお前と会おう。
「何がだ。自分で呼んどきながら扉を閉ざしちまう屁理屈じいさん如き性格だ」
おれは腹立ちまぎれに言ってやった。どうせおれは下等な輩だ。劣等生だし、上品でもない。
――私はわざわざお前達の為、この建物の空間すべてにトゥームのものと同じ大気を用意し、満たした。お前の苦しむ姿が少しでも長く見られるようにとな。
「ご親切痛み入りますとはこのことだ」
――では、待つとしよう……。
奴の思考の去った後、しばらくの間おれは壁にもたれかかったまま目を閉じていた。
建物の中央にあるあのエレベータは、何度探しても開閉用の隠しボタンがあるようには見えなかったので、あれを使うことは無理だろう。なら一体どうやってこの場所を抜け出せばいいというんだ?
――迷路とはな、人の心の迷いからくるのだよ、勇。
懐かしい声が前触れもなく突然に蘇った。
――人と云うものは愚かなものでな、そこが迷路だよ、と云われると暗示にかかる。とたんに不安になり早く抜け出したいと、焦りもがくようになってしまう。心が急いてしまえば正しい判断がなかなか出来なくなる。あっちの道へ行こうか、それともこっちの道へ行った方がいいか。人は道や空間自体に迷わせられているような気分になってくるのだよ。真に大切なものが自分の心だと云うことも忘れてな、心さえ静かに落ち着けておれば心自体の迷いは失せ、冷静な判断力が蘇ってくる。その時、人は迷路より出られる最も良い方法を思いつくものなのだぞ。わかるか? 勇。
ああ……。〝迷路〟という言葉が思い出させた、死んだ爺ちゃんの記憶。
あれは家族でどこか外国に出かけた時、近くの密林に一人入り込んだおれが、翌日ケロリとした顔で戻って来て現地の住民に驚かれた。それを見た爺ちゃんが、後で話してくれた言葉だ。
あの頃はまだ五歳で、爺ちゃんの云った意味は。良く分からなかったが今なら分かりそうな気がする。
それに、その時はあの密林が実は磁場の狂った密林で、土地カンのある者でさえ一歩誤れば、抜け出せなくなる迷路的な場所だなんて知らなかったのだから。
――ただし、お前に限っては少々意味を無さんかもしれんがな。村の人々が云っておった。お前が森の中へ迷い込んで帰って来なかった夜、木々達は普段とは全く異なった雰囲気が森全体に漂っていたとな。木々のざわめきすら不思議と優しく聞こえたそうだ。お前を見ていると、夜の不気味な木々の姿にも恐れをなさないようだとな。
――だって、ぼくはみんなに教えてもらって外に出たんだもん。怖くなんかなかったよ。
――みんなとは木のことか?
――うん。
――そうか……。木々とて生あるもの。心さえ通じ合えば、自然の密林自体、迷路と化すことはなくなるのだろうな。心が通じる。それは武道の道とて同じことだ。例えば剣一本、刀一鞘とってみても不思議なことが色々ある。刀にはな、作ったもの、使ったものの心が刻み込まれておる。それだから今自分が持っておる刀にどれ程の思いが込められているか知れぬ。いずれお前も自分の刀を持つ様になるだろうが、その時、代々の持ち手や、刀の作り手のことをその刃の中に見出すことがあるやもしれぬ。その時こそ剣の道を行く者の心が通い合ったと云う証となるのだ。心とはまさしく時、空を超えるものなのだぞ。今のお前には少々難しいだろうが、大人になるにつれわかる様になるからな。しっかりと心の中に刻み込んでおくのだぞ。勇。
爺ちゃん。確かににあんたの言葉は時空を超えておれの元へやって来たよ。
今まですっかり忘れていたはずの記憶が今のこの時の為の様に、五歳のあのままの姿でやってきた。
今のおれは、あの中どうやって密林を抜け出したのかということは覚えていないけれど、何とかこの迷路を抜け出せる様な気持ちになって来た。
ここは自然に出来た迷路じゃないけど、奴は自然の力――時空間の歪み――を利用して作り上げた物だと言ったからには何とか出られるはずだ。
「な、お前もそう思うだろ?」
おれは剣アティヌに呼び掛け、鞘を抜いてその目の醒める様な光を見つめた。
その光の中、刃の部分におれの顔が反射して映っている。が、見ているうちに刃は段々と光沢を幻していた。
そして、刃の部分に映っていたおれの顔が、突然別人の顔と化して映っていた!
短剣の持ち主? それとも作った人物?
刃の中からおれを見つめているその男は、青い髪と青い瞳をしていた。
トゥームの人間? トゥームの神?
男は悲しげな瞳の中に、強い意思の様なものを秘めておれを見ている。
「!」
この男……何て言ったらいいのか、おれがこの人を見ているのと同じ様に、向こう側でもおれという存在を確認している……そんな感じが伝わって来た。
これが爺ちゃんの言っていた以心伝心云々ってやつなのか!?
男の、何かもの云いたげな目を見ているうち、おれは剣にひきつけられるようにして瞳に見入っていた。ふと気がついて、小さく息を吐き出した。放心状態になっていたみたいだ。
剣に映っていた男の姿は消え、元通りおれの顔が、やや不格好によじれて映っていた。
「う――!」
おれは一度剣を鞘に改めてから大きく伸びをした。
爺ちゃんがおれに教えたかったのは、どんな時にでも心を落ち着かせ、心の迷いを取れと云うこと。
剣に映ったあの男は――剣の作り手かもしれない――おれの思い切れない迷いを悲しんだのかもしれない。
おれが、おれはトゥームの神を信じないから、といつまでもこだわっていることに……。
おれは大きく深呼吸をしたあと、大声で連中の名を呼んだ。
ラグ、ルアシ、アミー、サミー、シーダ、ミラクさん。六人の名前を。
おれの身体の中で見えないものが、どんどんと巨大に膨らみ出しているのが実感出来る。
鞘だけをベルトの間に挟み、剣の柄を両手で握り締め、おれは再びその刃を見つめた。
「おれの今の誓いを聞いてくれる奴がいないから、お前に言うぞ。おれは奴の力が強かろうが弱かろうが、あいつらを助ける為に精一杯やる。そのためにはここを抜け出さなきゃならないんだけど、いざとなったらあのエレベータ見たいなのつるつるした、壁を一生かけても上ってやる。それをお前に誓うよ」
多分に今、おれは最も強くあの連中を好きだと感じている。
よくわかんないけど、あいつらの笑顔が見たいと心から思った。
と、手にしていた短剣が突如、力強い光を放ち、ついで短剣の刃先がぐぐっと伸び始めた!
「な……!?」
そして剣は、その光に包まれてみるるるうちに長剣へと変化してしまった。
こんな馬鹿なことが……冗談のようなことが……。
短剣から長剣に姿を変えた神剣・アティヌは、更にその眩しいほどの光を発し、ますます力強く輝いていた。
――跳びなさい。ユウ!
「だ、誰だ?」
ガン、と後ろから頭を思いっきりぶたれた様なショックがおれを襲った。
心臓が飛び出すかと思った程だ。
なのにおれの中にいるもう一人のおれは確かに目を醒まして頷いていた。
ダブっていく意識。なにがどうなってるんだ?
おれは、おれじゃなくなったんだろうか?
――跳ぶんだ。ユウ、みんなで助ける!
誰かがそう言っている。
一体誰なんだろ? 誰がおれを助けてくれるというのだろう。
そう思う一方で、ああ、あいつらなんだ……と冷静に受け止めているおれがいる。
光が洪水となってすべてを染めていく。
あいつらが、おれの心の扉を開けた。
今のショックは風と光が吹さ込んできた驚きだ。
おれの中で、おれがおれに対して説明している。
――ユウ!
わかった。どうすればいいかわかる。
そう頷くおれの心の中で、何をするというんだとおれが問いかける。
「大丈夫だ。行ける」
おれは両手で持った剣に言っていた。
何となく……おれの中のおれは、おれの知らないこと全てを知っているようだ。
ただし、そいつは別の奴じゃないことは確かだ。間違いなく、おれ自身だ。
今、おれは自分の意識が無眼に広がり続ける感覚を味わっていた。
――跳べるー
全てを知っているのだろうおれの声に応じて、おれは剣を携えたまま、体ごと跳んだ。




