第4章 その3 脅しの言葉と銃声と
おれとサミーは目を閉じた。あとはその時を待つしかない。
――メディア、ごめん。約束果たせなかった。ついでに本物のトゥームの神さん、あんたにも謝らなきゃ、短剣返せそうにない。不運だと思って諦めてくれ。それからラグ、ルアシ、アミー、シーダ、ミラクさん、助けられなくてごめんよ。それから、それから………。
あれ?
おれは片目だけを開けて、おれにしがみついたままのサミーを見た。
その時がまだ来ていない?
おれ、ゆっくりと口の中で数を数えあげた。なのに五十を数え終わってもその時 は来なかった。
思い切って顔を上げたおれは、機体がピラミッドの壁から少し離れたまま停止していることと、光の中にすっぽりと包み込まれているという事実を知った。
――生きている……。
今までおれ達を執拗に追い回していた光の束は、攻撃の為のものではなかったのか、今はまるで光のカプセル・エレベーターの様に、〝小さな翼〟を収めたまま、ゆっくりとピラミッドの側面にそって落下していた。
「リーダーぁ?」
「おっ、サミー元気か?」
おれは笑いながら、軽くサミーの頬をつねってやった。
「いたあーい! リーダーひどいよぉ! ボク何もしてないのにつねるなんてあんまりだよ!」
サミー、右頼に手をあてがいながら顔を上げたが、次いで、あれ? という顔つきになった。
「リーダー、ボク達死んでなかったの?」
「らしいな。言っとくけど夢でもないぞ、頬っぺた痛かったろ?」
「え? じゃあ……! うん! 痛かった! 痛かったよ、リーダー! わあーい! ボク生きてるんだ! ばんざーい! リーダー、だからつねってくれたの? わはっ★ ボクリーダーのこと大好きになっちゃた。わあーい! リーダーぁ!」
がばっと、サミーが抱きついてきた。
「サ、サミーい。気持ちは分からんでもないんだけどな……助かったというよりも、捕まっちまったと言った方がいいのかもしれないぜ、見ろよ」
光のカプセル・エレベーターが、ピラミッドの真ん中より、やや下のところで停止すると、そのピラミッドの金属の壁の一部が口を開いた。機体は光に包まれ、ピラミッドの内部へと収容される形になった。
「わー、見てよリーダー、この中の大きな。すごいねぇ」
サミーが感嘆のため息を洩らした。
おれ達が収容されたのはどうやら格納庫らしき場所だった。
そこにはサミーの言ったとおり、戦艦や巡洋艦タイプのものが数隻、冷ややかな光を放ちながらどっしりと構えていたが、人の気配は全く感じられなかった。
おれ達は奴に捕まったんじゃなかったのか?
「これからどうするの? リーダー」
「どうするったってなぁ」
おれは頭を掻いた。
〝小さな翼〟を降りてアミー達の居場所を探すのが一番だとは思うんだけど、この格納庫やピラミッド全体に酸素があるのかどうか分からないもんだから動きがとれない。
と、おれ達の〝小さな翼〟のキャノピーが突然、操作も何もしていないのに自動的に開いてしまった。
「な?」
おれは慌ててキャノピー開閉用のスイッチを何度も何度も押したのだが、全く作動しようとはしない。
隣りでは、両手を口にあてて息を止めているサミーが真っ赤な顔をしていた。
――リーダー! ボクもうダメだよ!
コクピット内に満ちていた酸素はもう効果もないだろう。外部の真空? 大気?にとけてしまっているに違いない。となればもうどっちみち助からないのか? 一難去ってまた一難とはこのことだ。
――もうダメだぁ!
サミーの思念が届いたかと思った時はすでに口の中の息を吐き出している姿が目に映った。
おれも、近々限界だ。
おれの隣りでサミーは一気に息を吐き終えたと同時にコンコンとむせて咳をしだした。
咳? 息が……出来るのか―?
「リ、リーダー、い、息出来る」
咳込んで涙を出しながらサミーが笑った。
おれは溜まっていた息を吐き、貪るようにして急いで息を吸い込み、次いで同じくむせ返った。
「よ、良かったな、サミー」
「う、うん!」
ようやく咳が止まった後、おれ達は笑いながら〝小さな翼〟から降りた。
何故ここに空気があるのだろうかと言うより、あって良かった。ありがとう!と、今はただそれだけしかなかった。
「リーダー、あそこにドアみたいのがあるよ。行ってみよう」
サミーの目が、再びどこか遠くを見つめている目つきに戻っている。
そのドアは――まるでおれ達がすぐ見つけられる様にという感じで――〝小さな翼〟が収容された場所の正面に見えていた。
目前でスライドしたドアの外に出たおれ達は、広いホールの様なところに出た。
その正面には壁一面の六角型のスクリーンが備わっていて、おれ達が部屋に入ると同時に映像が流れ出した。
「アミー!」
おれとサミーは同時に叫んだ。
画面には――まるで隣りの部屋を透かして見ているのと同じように――横を向いて立っているアミーの姿が映っていた。
後ろ向きに立っている二人の姿はシーダとミラクさんに違いない。
三人は、数体のアンドロイド達に包囲されたまま立ち止まっていた。そのアンドロイドの先頭、アミ―の正面に男が一人立っている。
その男は、まるで神話の若く美しい青年神が出て来たのではないかと錯覚しそうなほど、完璧な美貌と、そして黒色の瞳と髪を持って、そこにいた。
――誰だ?
そう思うのとは反対に、おれはその男を知っているような奇妙な感覚にとらわれた。
知っているはずがないのに……絶対に知っている。その考えは頑として動こうとはしない。
画面の中で男の声が響いた。
その容姿に違わず、静かな響きを持つテノールの声。
『私は新しき、〝トゥームの神〟。となる。それは神の定めしことだ。何故お前達はそれを妨げる。古き神の時代はとうの昔に過ぎ去ったのだ。何故今頃になって現われるのか』
男の冷ややかな声とは別の、もう一つの声が重なり会うように、直接おれの中へと送り込まれて来た。
彼こそが、〝トゥームの神〟として創られし存在。彼こそが、〝トゥームの神〟にふさわしく闇をも支配可能なる唯一の者。去れよ、来たりし〝黒き世界のトゥームの神〟よ。去れ。〝新しきトゥームの神〟の時は来た。去れ――。
何者だろう? この少しの感情の起伏もない機械のような淡々とした思考の持ち主は……。画面に映っている男のものとは思えない。
思念は、彼こそが〝トゥームの神〟云々とおれに伝えたのだから。
おれの横でサミーは食い入る様にしてを見つめている。
「わたしは神様じゃないからわからないわ」
アミーは無表情で答えた。
「でも、あなたは神なんかじゃないわ。神様ともあろう存在が、凶暴犯罪者のように人質をとって自分の要求を呑むように迫るなんて馬鹿なこと聞こともないもの。そんなの生まれたばかりの赤ちゃんにだってわかりそうなことよ。神っていうほどの偉大な存在なら、別に人々に強いて自分を神だと認めさせなければ気がすまないっていう程、了見の狭いものじゃないもの」
「私が神でない。と言うのか?」
アミーがゆっくりと頷く。
男はその整った美貌の顔に冷ややかな表情を浮かべ、咽をくっくと鳴らして笑い出した。
「トゥームの愚かな者達には、私の大いなる力を見せ示さなくては理解することが出来ないのだ。私が真の神だと言う事実も、私の神ゆえの力も、精神もな。加えて言うならば、私が、お前達の仲間の少年と少女の二人を捕らえたのは人質としてではない。もとよりお前達のもとへ還すつもりなどない」
「…………」
アミーと奴との間にはさながら見えない火花が散っている様だ。
「が……」
男は微かに微笑んだ。
「状況が変わった。お前達の〝トゥームの神〟は今、すでに我が手中にある。私の目的は、〝古きトゥームの神〟を呼び寄せつぶすことのみ。古き神は、新しき神の前に膝を屈し、その命と力を差し出すのだ。私を次のトゥームの神として認めるためにな」
「嘘よ!」
アミーの言葉を無視して、奴の手が上がる。するとそれに従ってアンドロイド達の手にした銃口が、アミーに狙いを定めた。
《…………!》
ミラクさんがアミーの前に立ち塞がった。
「見よ、トゥームの神よ!」
画面の奴はおれに向けて言葉を放った。
「私に、新しきトゥームの神を認めよ。汝のその命、我に捧げよ!」
「だめよ、トゥームの神! もしわたしの声が届いていたら絶対に来ては駄目!」
アミーの叫びにサミーの体がビクンと反応した。
すでにその顔からは表情というものがなかった。
「答えよ神!」
お、おれは本当に神なんてもんじゃないのに……。
だけど今となってはそんなセリフ、まるで言い逃れのようにさえ感じる。
おれには答える権利がないのに、答えなければならない義務を今、押しつけられている。
何と答えればいいと言うんだ?
奴は無言で、おれの返答の如何によってはアミー達を殺すと示唆している。
――アミー!
ふいにサミーの思念が飛び込んできた。おれに向けて放っているわけじゃないのに……まるで叫ぶようにしてアミーに呼びかけている。
だが、画面の中のアミーは、サミーの叫び声にまったく反応をみせない。
――アミー!
悲痛な叫びに包まれながら、おれは無意識に言葉をつむぎ出していた。
心の中で何かが警告している。
――変だ……と。
「おれはお前が会いたいというから来たんだ。何故おれと直接、正々堂々と渡り合わないんだ? 次期〝トゥームの神〟となろうという者が卑怯な真似をしたなんてトゥームの人達に知れたらお前は一生、神として受け入れられることはなくなるのに」
「余計なことだ!」
奴が初めて声を荒げた。
「まさか……おれを恐がってるわけじゃないんだろうに」
冗談半分で言ったセリフに奴の顔が強張った。何だか真に受けたようだ、
「よかろう……。だがその前に」
「!」
奴の挙げられていた腕がミラクさんとアミー、そしてシーダに向かって振り下ろされた! 銃声が立て続けに鳴り響いた。
「駄目だぁ! アミーい!」
サミーの悲鳴が上がった。
そのあまりの凄まじさ、それが肉声なのかテレパシーなのか判断が効かなかった。
同時に何かが起こった。
――騙されちゃ駄目よ……。リーダー。
遠くからかすかに届く声があった。
そう、違和感の正体がわかった。
映像のアミーはおれを「トゥームの神」と呼んだ。それだけはありえないセリフだ。
「あれは違う!」
おれは叫ぶ。
画面には背を向け、床に倒れ行く三人の姿。
「行くなサミー! あれは違う!」
サミーの身体が輪郭を残したまま薄れつつあった。
「サミー! 駄目だ! あれは違うんだ! あれはアミーじゃ……」
サミーを捕えようとしたおれの手は宙をさまよった。




