入学②
(……長い)
こうちょうあいさつだの、らいひんあいさつだの、世間話を聞くだけで数十分はちょっと長い。若い身体でもちょっと腰痛いし。
でも生徒会長挨拶はあって良かった。綺麗な黒髪ミディアムヘアのお姉さん(年下)。しかも結構溌溂そう。ギャップ萌え。
A組の教室が体育館から離れていた関係上、最後の入場だった。最初の方に入場したクラスは余計座っている時間が長かったんだろうな。
――なんて思っていたら退場は逆順なようで、考えられておりました。
他の教室を、廊下を歩きながら眺めつつ、自クラスの教室に戻ってくると、篠田先生が口を開いた。
「皆さん入学式お疲れさまでしたっ。それでは、これから自己紹介を……あ、まず十分間の休憩をしましょう!」
無駄に長い入学式からそのまま自己紹介に入るのかと思って腰が引けたが、そんなことはないようで安心。
入学式で知ったが篠田先生は初めての担任らしく、かなり肩肘張っているのだろう。
心の中でエールを送りつつスマホを取り出そうとするが、またもその手は空で止まる。
「入学式どうだった?」
前の席の少女はどうやらコミュ強らしい。
「座ってるだけだったけど、疲れたよ」
「ね。話すっごい長いんだもん」
雨宮さんもどうやら同じ感想を抱いたようだ。多分学年の九割は思ってるぞお偉い先生方よ。
改善を所望する。
「教頭先生とかって話長いイメージあったけど、そのまんまだったなー」
「自分の人生経験を伝えたいとかだろうね」
「あー、しっくりきたかも」
もっとも、それはお為ごかしで自分の成功体験やら持論やらを聞かせたいという欲望が本音のことも多々あるだろう。
入学式はまだ未熟な生徒大勢にそれを披露できるチャンスであるからして。
穿った見方をしていると、視界の端で女の子三人がこちらを見ていることに気づいた。……今朝の一件で逆に視線に敏感になってしまったかもしれない。
「なんか見られてるよ?」
「え?……あ、リコたちだ。ちょっと行ってくるね」
「うん」
そう言って雨宮さんはトコトコ歩いていった。
(……俺が見られてたのはなんで?)
雨宮さんに用がると思って彼女に見られていると伝えたが、視線の先は多分こちらを捉えていた。そんな珍しい見た目じゃないと思うけど。
見定められたりしていたのだろうか。
視線の主たちはすでに四人で談笑している。
(ただでさえ女子高生なんて分からないのに……)
不安をごまかすようにスマホを取り出して写真鑑賞を再開。
数分後、篠田先生が教室に帰ってきたのを見て席に戻る生徒たち。ガラガラと椅子を引く音が煩雑に聞こえて、懐かしい。
「ありがとうございます。えっと、それではこれから自己紹介を、名前順でやってもらいます。出身中学と、あとは、趣味とか部活のこととか好きな物とか……じゃあ……えー、お願いできる?」
「あっ、はい……」
廊下側の列に居る一番前の男子生徒が、先生の視線を受けてゆっくり立ち上がり自己紹介を始める。
(先生が名前を呼ばなかったのは自己紹介で名乗らせるためだろうな。名前が分からなかったわけじゃないはずだから、落ち込むなよ相川くん)
そこから続々と、出身中学や趣味、中学での部活などについて自己紹介が行われていくが……
――ちょっと不安な点が。
「雨宮月です。月と書いてるなと読みますっ。出身は樹川第一中学校で、部活はバスケをしていましたが、高校では何するか決めていません。趣味は漫画とお菓子作りと、ゲームも少しやります。あ、友達と遊ぶことが大好きですっ。仲良くしてください!」
「ありがとう、雨宮さん」
「はい!」
拍手が沸く。うん、快活だがお淑やかさも漂う、良い自己紹介だ。
良い自己紹介なんだが……
(また樹川……)
ここまでの自己紹介で、全員が樹川第〇中学校と言っている。
そしてここは樹川市。
俺の住んでいるところはぎりぎり市内に入っておらず、通っていた中学は樹川の隣の街である。毎日自転車飛ばしてたらしい。
まさか樹川中学勢力がこんなに占めているとは……調べときゃよかったな。
(まぁ……若干目立つだろうが、俺以外にも樹川以外の中学校から来た奴が居ないわけじゃないだろうし――)
どうしようもない問題にぶつかりどうしようかと迷っていたら、一息ついた様子の雨宮さんがこちらを見ていた。
「えっと……灰堂くんの番だよ?」
「あー……うん」
(なるようにならぁ)
「灰堂風馬です。出身中学は、小野海中学でサッカー部に入ってました。あー、高校の部活は、迷ってます。趣味はゲームです。……一年間よろしくお願いします」
出身中学のところで若干言葉が駆け足になったが、及第点は取れただろう。
「へー、小野海中学なんだ。隣町だよね?」
「はい。家がそっちなんで」
「そうなんだ。ありがとう」
「はい」
(ふぅ……反応は……若干意外性ありって感じかな)
浮かないか不安だったが、いらない緊張だった。とりあえず次の人にパスできたな。
「おうちちょっと遠いんだ?なんでこの高校に?」
「あー、校風に惹かれて……」
「そうなんだ?」
おうちは特に遠くは無いんだが、自己紹介タイムなので一旦会話を切り上げる。
そこからは、基本的に出身中学を聞きつつ、趣味合うなーとかおしゃれだなーとかさっきの子だなーとか思いながら自己紹介を聞いていた。
そして、自己紹介タイムが終わった。
(――俺は孤独だ)
クラスのほぼ全員が樹川なんちゃら中学校出身だった。ほぼの理由は俺が居るから。
「皆さんありがとうございました。これから同じ教室で過ごす学友なので、仲良くしてくれると担任として嬉しく思います。明日は健康診断があり、明後日から通常授業となりますので教科書等忘れないように。この後は健康診断表などの書類を提出してもらったら、解散です。それでは、これから一年間よろしくお願いします!」
緊張がほぐれたらしい先生。淀みなく説明し、皆で帰りの挨拶を済ませる。
(書類も出したし……かーえろっ)
家に居るであろう姉とゲームに想いを馳せながら、鞄を持ってルンルン気分で扉へ――
「灰堂くん!」
向かえなかった。
「どうかした?雨宮さん」
「あとで皆で話そうって、言ってたじゃん……」
あー……
(あとでって、今日の放課後のことだったんだ……。『また今度ね』みたいな社交辞令かと思ってたんだけど)
「ごめんごめん」
「ほら、皆紹介するから、行こっ」
さっきの自己紹介じゃダメなのか、とは、言わない。これも大事なこみゅにけーしょん。
それにしても、雨宮さん、意外と積極的なんだな。異性相手にぐいぐい来るし。思春期の女子ってこれが普通なのかね。
(あと、なんで俺にそんな固執するんだ?初めて話しかけたからかな。第一村人的な)
歩き出した雨宮さんにとりあえず付いていき、例の三人組がたむろしている教室後方の一画に来た。
「おーおー、仲良しお二人さんのご登場だ」とボブヘアの女の子。
「変にからかわないの。ごめんね……えっと、灰堂くん」と金髪の女の子。
「初対面の人が居るから緊張してるのよね、りこちゃんは」と黒髪の女の子。
「人見知りしたら、普通おとなしくなるんじゃないの?」と茶髪の女の子。
(……入学早々、肩身が狭いっ……)
「あー……灰堂風馬です。教室のすみっこから雨宮さんについてきました。よろしく」
「藤野莉子だよー。新キャラくんよろしくー」
「新キャラって……辻御玖利、です。……ども」
「拝島野乃花です。よろしくお願いしますね灰堂くん」
藤野さんを皮切りに三人とも自分の名前を返してくれる。さっきの自己紹介タイムで一応覚えておいたが、三人の名前をもう一度記憶し直しておこう。
「それにしても……」とは辻さん。
「アンタが入学早々男子を連れてくるとはねぇ、ルナ」
「えっ」
「中学でも特別仲いい男の子なんて居なかったしねー……どんな手口を使ったんだ〜この~」
「ちょっ、やめて、ひっつくんじゃないっ!」
藤野さんが雨宮さんをさわさわしているが……本気で拒んでいるわけではなさそう。眼福。
「でも、実際珍しいですよねるなちゃん。何か理由でも?」
「あ!そうそう、その理由!」
拝島さんの言葉にハッとした表情を浮かべつつ、こちらに向き直る雨宮さん。
「灰堂くん!お姉さんの写真、他にも見せてもらえないかなっ?」
「え……。あー、なるほどね。良いけど、送ったりはしないからね。姉さんに悪いし」
「ありがとっ!」
まぁ、分からないでもない。というか凄く分かる。
「全然話が見えてこないんだけど……」
「みくりも見たら分かるよ。もうすんごいんだからっ!」
辻さん含め雨宮さん以外の三人は頭にハテナが浮かんでいる。
俺は前回の姉の誕生日に撮ったであろう、抜群の破壊力を魅せる姉の写真を選択。
「「「っ…………?!」」」
「これは……凄いですね……」
比較的大人しそうな拝島さんも含め、四人とも俺のスマホを凝視している。辻さんなんか口開いてるし。
「こ、これもらえないかな!?」
「いやバレたら俺の身が危ないんで。辻さんが頑張って姉さんに頼み込めば、まぁ、写真を撮らせてくれるかもしれないですね」
「そっか……そうだよね」
そこは彼女の努力次第だ。紹介くらいはできるかもしれんが。
「頼み込むって言ったって、灰堂少年や、会えなきゃどうしようもないのではないかね?」
「姉はここの二年生なんで、会おうと思えば会えるよ。多分」
「おねえさん同じ高校だったんか……」
若干おふざけ感を出しつつも、藤野さんも興味があるっぽい。
「そういえば、この学校に進んだ中学の部活の先輩が『ものすごい美人に会った』ってはしゃいでたこと、……あったかも」
中学でどうだったかは知らないが、高校に入ってからの姉は完全に高嶺の花になっただろうという確信がある。
そのくらい抜きんでた輝きがあるのだ。
「満足した?」
未だに俺のスマホを握りしめて写真を見ている雨宮さんと辻さんに問いかける。
「あ、ごめんねっ。ありがとう」「あっ……」
(十分見たでしょ……)
「姉さんも目立ちたくないだろうし、あんま吹聴しないでくれると嬉しい」
「うん、分かった」
どうせ噂は新入生にもすぐ入ってくるだろうし、あまり意味のないと思われる釘を刺しておく。保身のためには釘を刺したという事実が大事なのだ。
「じゃ、俺はそろそろお暇するよ」
「あっ、待って灰堂くん。RAINやってる?交換しよ」
「あ、うん」
(……女子の連絡先をゲットしてしまった。それも同時に四人も)
「クラスのグループを他の子が作ってくれてるから、招待しとくねー」
「ありがとう藤野さん」
「いーえー」
入っていないと微妙に不便なクラスRAINにも、無事加入。『よろしくお願いします』とだけ打っておく。……こういう時、なんて言えばいいのか未だに正解が分からない。何も言わないのもなんとなく気まずいし。
目的を果たしたので退散。
「じゃ、また明日」
「じゃーね」「またねー」「じゃ……写真ありがと……」「また明日」
教室を出て帰路に就きながら、今日の出来事を思い返し――
(どうすっかな)
当初は教室の隅っこから盛り上がる級友たちを眺めたり、『せるため』のことを考えたりして過ごそうかと思っていた。
……初日からその計画が崩れている。しかもかわいい女の子たちに囲まれて。いつの間にハーレム属性なんてついたのか。
それに、あの時も少なくない視線を感じていた。あの人たち目立つし。
(まぁ、今日は姉上のことがあったし、彼女たちもこれから色んな同級生と関わっていくんだろうからそんな心配することでもないか)
それよりも今は、姉上のことだな。
(写真見せちゃったこと、一応報告しといた方が良いよな)
報告した後の姉上の反応を色々想像しながら、電車に揺られていった。
♦
帰ったら家の電気がすべて消えていた。姉上の靴もない。
どうやら出かけているらしい。
(……パスタでも食うか)
少しの寂寞を覚えながら、洗面台へと向かった。




