入学
黒いブレザーと青めのネクタイ、濃い灰色の下地に黒いチェック柄が入ったズボンを身に纏い、ローファーを履く。
母の手料理でほっこりしたり、緊張しながらも姉上との会話を重ねたり、『せるため』でのんびり勝ち負けしたりしていると、あっという間に土日が過ぎていった。
自分のことを知るために自室をかなり漁ったりもしたが、風馬の手掛かりはそれほど見つけられず。日記をつけるタイプではなかったらしい。
そして、いよいよ入学式当日――
「行ってきます」
着慣れない制服に身を包み、言い慣れない言葉を放つ。
目の前には絶世の美女――美少女?である姉上。
「ん。あんま緊張してないじゃん」
「まぁな。姉さんも通ってるとこだし」
「あっそ」
聞いた割に興味のなさそうな返事。些細な会話を交わしてくれるような仲になれているとも捉えられる。
「じゃ」
「うん。行ってらー」
初めて見かけた時ほど緊張しないパジャマ姿の姉上に、ひらひら舞う手を携えて見送られる。上級生はお休みらしい。
露出があまり無いはずなのに、目に毒なのは相変わらずだが。
(今日も姉上は美しい)
手を小さく振る姉上の姿を思い浮かべながら、エレベーターへ向かう。
母上とも姉上とも、この二日間のおかげで普通に会話する分には問題なくなっていた。姉上はたまに冷たいが、愛情表現だと思うことにしている。わざわざ玄関まで見送ってくれたし。
マンションを出て、二日前の記憶を思い浮かべながら最寄り駅まで歩く。有難いことに天気は快晴、気持ちのいい通学路だった。
駅に着くと同じ制服の人を結構見かけることが出来た。これから彼ら彼女らと過ごすことになるんだろう。
とりあえずいくつかの制服集団が流れている方向に身を任せてみる。一応どの電車に乗ればいいかは把握しているが、初めての駅だからね。方向的に合ってるっぽいし。
(座れそうにないな)
やってきた電車の座席は、ほぼすべて埋まっていた。
電車に揺られていると、一駅ごとにそこそこの人数が乗車して来る。満員電車というほどではないが、窮屈と感じるくらいには混んでいた。
十分と少しして、高校の最寄り駅に到着する。
そこから徒歩五分という、かなりの近さを誇るその白い校舎と広々としたグラウンドは、なかなか立派なものだった。
『新入生歓迎』と書かれた看板が立てかけられている校門から見た限りでも、かなりキレイな外装をしている。
(なんていうか……懐古が)
制服を着た少年少女が行き交う景色も併せて、学生時代に戻ったような――実際に戻ったんだが――気分になりちょっと感動してしまう。
「新入生の方は貼り紙で自分のクラスを確認後、自分の教室へ移動してくださーい!」
(おっと)
感傷に浸り、少しの間立ち止まってしまっていた。
クラス分けの紙が貼られているであろう柱に向かい、自分の名前を探す。
(『か』……『かいどう』…………A組か)
学年ごとに階層が分かれているようで、我々一年生は一階のようだった。A組はその更に端っこ、窓からの帰宅RTAをするなら最も有利と言えるであろう位置にある。
多くの生徒と同様に玄関に向かい、指定の内履きに履き替え、喧噪をかき分けながらA組教室前へ。
引き戸をがらがらと開けると、三十人くらいの生徒たちが各々好きなように過ごしていた。
一クラス四十人に満たないくらいだったはずだからかなり遅めの登校だったらしい。
(にしても、結構盛り上がってるな。自由な校風を謳う学校だしそんなもんなのかね)
初対面の高校一年生にしては、話が弾んでいる気がする。
後々分かることだが、この近くにはいくつか中学校が存在し、最近接の高校は彩栄、というところが多いらしい。
かなりの好条件も相まって同じ中学の顔見知りが多いようだった。
ちなみに、風馬の中学は若干離れたところにあるので顔見知りに会うような事態は避けられるんじゃないだろうか。知り合いが居ても相槌で乗り切るけど。
(RAINで連絡した形跡が全然なかったし、そこまで心配してなかったが)
指定されているであろう座席を探すためにホワイトボード前まで歩く。座席表が貼られており自分の名前を探すと、入ってきた扉の一番近くらしい。廊下側の一番後ろの席に腰を下ろし、当初の予定通り静かにスマホを取り出す。
(良い席に座れたし、大人しくしとこ)
そしておもむろに写真アプリを開く。
遡ると、そこからは灰堂風馬が辿ってきた人生がところどころから感じられた。
(あんま写真を撮る方ではなさそうだが、家族の写真は結構あるんだよな)
家族の誕生日の写真や出かけた時の写真から始まり、小学校、中学校のイベントごとの写真までいろいろある。幼い頃の写真は恐らく親が送ってきたものだろう。
母親の誕生日に一緒にろうそくの火を吹き消している場面、メリーゴーランドに乗ってる幼い姉と父、玄関にもあった姉の入学式、かけっこで一位になった記念にみんなで撮った写真、硬い表情の風馬の中学卒業式、少し目が赤い制服姿の姉の卒業式……
(父上の写真が少ないのは仕方ないか。今度二人に聞いてみるかな)
「わっ!めっちゃ美人?!」
姉上の写真を眺めていると、左後ろから割と大きめの声が聞こえてきた。
「え?」
「あ!ごめんなさい!覗き見ちゃって……」
振り返ると慌てている女の子。今登校してきたところであろうことが手に提げたバックから見て取れる。
「あ、いえ、気にしないでください」
「ほんと、ごめんね?少し見えて、つい気になっちゃったの」
謝りながら少しそわそわしている女子生徒。
「るな~?こっちこっち~」と呼びかけられた快活そうな彼女は「ごめんね!それじゃ!」と申し訳なさそうにパタパタと離れていった。
(綺麗な子だったな。黒髪……いや、ブラウンか?メッシュってやつかな)
髪色に詳しい方ではないが、姉上のを調べるついでに目に飛び込んできた中にあの子と似たような色があった。
ちなみに姉上の髪色はアッシュグレーかアッシュシルバーというやつだと思う。多分。
4人ほどの女子グループに合流した彼女は、少し慌てながらも髪をいじりつつ楽しそうに会話している。
(陽キャ……それに、元気って感じだ)
クラスをちらっと見回すといくつかのグループが出来ている。一人で居るのは俺含めて四、五人ほど。
良かった、この高校にも静かに過ごそうと画策する同志がいるらしい。
(それにしても……流石です姉上)
通りすがりの茶髪美少女が、一目見ただけで声を上げて驚く程度にうちの姉上は美人さんである。
尚、見ていたのは『姉上ver.中学の卒業式』だ。
(この頃からすでにオーラを感じる。今を知っているからかもしれんが)
さっきの女子が今の姉上見たら腰抜かすんじゃないか。髪色とクールさでさらに近づきがたい美しさになってるし。
そういえば、髪色もだが、この高校の規律はかなり緩いらしい。
髪を染めている子、目立たないピアスをつけてる子なんかもちらほら見かける。入学式なのに。大丈夫なのかそれ。
(スマホが使えるだけで俺としては十分なんだが……あの姉上が見れたことは感謝しないとな。ありがとう、校則)
これからの高校生活は姉上と同じ学び舎で送ることになるのだ。
……一緒に登校とか出来ないかな。今日登校してみて、ちょっと心配になった部分もあるし。
(思春期だろうし難しいか)
一応作戦を立ててみよう、なんて考えているとカラカラと前の扉が開かれて、スーツ姿の真面目そうな――というか動きが硬い――女性が入ってきた。
赤茶色の髪を一つ結びにした彼女は、教壇に立つ。
「えーっと、皆さん席についてくださーい!少し早いですが、この後の流れを説明しますからー!」
少し強張った顔をしながらも気持ちのこもった声で促され、生徒たちは各自の席に座る。やはり先生のようだ。俺もスマホをポケットに収めた。
「ありがとうございます。えー、これから皆さんには、十分後くらいに廊下に整列してもらって、並んだまま体育館に行ってもらいます。それまではおしゃべりしてて構いませんので、お手洗い等済ませておいてください。そこで入学式を行って、その後は……教室で軽い自己紹介と、必要な書類を提出してもらって……えー、解散になるはずです。…………あっ、明日以降の予定の確認も行ってからになります!」
少し慌てながらも、しっかり必要事項を述べてくれたようだ。一息ついたという様子の先生。推せます。
――ただ、一つ教えて欲しいことがある。
「先生は、担任の先生ですか?」
同じことを思ったであろう、窓際一番前の生徒が先生に問いかける。
「え!?あ、そうだ自己紹介……。えーっ、あなたたちの担任を一年間務めます。篠田涼華です!よろしくお願いしますっ」
拍手が起こったことで、少し照れ臭そうに微笑んだ。うちの担任はかわいい先生のようだ。推します。
「じゃ、じゃあ、先生は確認することがあるので……皆さん仲良くしててくださいっ」
そう言って足早に教室を出ていった先生に空気が和む。
席を立ち知り合いのところに向かう生徒、隣のヤツに「どこ中?」と話しかける生徒、おもむろにスマホを取り出しゲームを始める生徒など、各々自由に過ごしている中で――
(準備してて良かったぁ)
――と、安堵している者も居た。
(そりゃ「お前どこ中?」とかの話も出てくるよな。自己紹介でも言ったりするかもだし)
何気ない話題も致命傷になりかねない。そんな事実を再確認しながら、自分を把握するためにまたスマホに手を伸ばす。
しかしその手がスマホに触れることは無かった。
「あの……!」
「ん?あ、さっきの。こんにちは、灰堂風馬です」
「あ、これはご丁寧にどうも。雨宮月です……。え、えっと!それで、さっきの写真の人について聞いてもいい?」
話しかけてたきたのは前の席に座ってた女の子。俺のスマホをチラ見したブラウンメッシュの子だ。今改めて見ると灰色とかも入っている鮮やかな髪は目を惹きつけられる。
にしても……前の席だったのか。全然気づかなかった。難題について考えてたからね。
「あー、あれは姉だよ。姉さん」
「え!?モデルさんとかじゃなくて!?すっごい綺麗だったんだけど!」
「いや、ほんとにね。今はもっと綺麗になってるよ」
驚きを隠そうともしない雨宮さんは、言葉を返すと何故か笑顔になっていた。
「へぇ~……。いいなー、美人で仲良しのおねえちゃん」
(……ん?)
「仲良し?」
「だって……普通、自分の家族をストレートに綺麗って、言いづらくない?男子がお姉さんとかに、なら尚更さ……わかんないけど。だから、仲良いのかなって」
……おっと。
(普通はそうなのか?……そうなのかも。思春期だし)
だが、こちとら記憶がないのだ。
姉との距離感なんて分かんないし、それを話題として扱うときの普通なんて知る由もなかった。
(ま、いっか。実際仲良いし……)
――ここ二日間の姉上との会話を思い返す――
「……確かに、仲良いかも?しれなくもない、か?」
「えーなんで曖昧なのー?」
あら、良い笑顔。
くすくすと笑う彼女からは、青春ラブコメの正ヒロイン感が漂っていた。眩しい。
「なにして~ん――のっ!」
「わきゃっ?!」
座ったまま後ろを振り返っていた雨宮さんの後ろから、覆いかぶさるように抱き着いた女の子。先端が薄紫色の、青みがかったブラックブルーのボブヘアに耳の小さなピアスが映えている。
「ちょっとリコ~!変な声出ちゃったじゃないっ!」
「んふふっ、ごめんごめん」
見るからに快活そうな女の子は、少しも悪びれる様子も無く楽しそうに謝っている。雨宮さんも嫌がっているようには見えないというのが、経験値の足りない観察眼から導かれた見解だ。
その後ろから――
「二人はいつも仲良しですね」
「どうせ言ってもやめないわよ。ルナが諦めなさい」
「いーや、絶対やめさせてみせるわ!落ち着いて会話できないもん。初めましての人が相手だと余計に!」
(なんか、ゾロゾロやってきたぞ)
「それで……そちらさんはどちらさんかな?」
多少緩んだが、雨宮さんに抱き着いたままの女の子が問いかけてくる。
「あー、俺は――
「みなさん!時間ですので、廊下に名前順で並んでくださいっ!」
……とのことなので、とりあえず並びましょうか」
「そうですね」
「ほら、行くよ二人とも」
「はいはい」「私もお荷物扱いしてない?」
四人組の女の子たちに自己紹介することなく、入学式に向かうこととなった。
(助かった……あの目立つ子たちに関わっていると青春傍観作戦が挫折するところだ。いや、良いんだけど。気を張りそうで)
あとからやって来た三人もだが、綺麗やカワイイという言葉が似合いそうな女の子たち。感じていた視線は、今朝の一見で麻痺しつつあったセンサーをしても感知できるくらい多かった。何の視線かは知らない。知りたいとも思わない。
可愛い娘たちと交流できるのは嬉しいが、あまり関わるのも気が引ける。端っこの席で大人しくしていれば見逃してくれないだろうか。
「あ、あとでみんなを紹介するね」
――そういやあなた前の席でしたね。




