至高の趣味
家に帰って自室に戻ると、次に確認したいこと、すべきことを行うべくウキウキでPCを起動したが――
(あ、パスワード……)
セキュリティが立ち塞がった。
パスワードは数字のようだったので、引き出しを漁ると出てきた中学の生徒手帳から誕生日を取得。入力すると、弾かれた。
(……フッ、やるな風馬)
パスワードに誕生日を設定するのは王道だと思ったが、そう安易な考えを持つ人間ではなかったらしい。俺は昔飼ってた猫の誕生日にしていた時期がある。みんなも気をつけよう!
浮わついた心を落ち着けるように、忘れた時用に設定されている手順でスマホからパスワードを変更する。親切設計に感謝。
PCを起動した理由はもちろんゲームだ。元の世界で泥沼にずぶずぶハマっていたタイトルがこの世界にもあるかどうかの確認。急務。
(――あった、『せるため』)
多分風馬もやっているんじゃないかと思っていたが……当たったな。
見慣れたショートカットアイコンがそこに居た。居てくれた。
『Certamen Units』――通称『せるため』――
俺のいた世界では、最も人気があったと言っていいFPSゲーム。金曜夜に足元を気にしていなかった要因でもある。
三年前にリリースされたゲームが、全世界を席巻していた。
一~四人単位で一つのチームを組み、二十チームほどで一試合が行われるバトルロイヤル形式。戦場には銃やナイフなどの武器、回復薬やアーマーなどのアイテムが散りばめられており、時間経過で戦闘可能エリアが縮小する。物資を集めるのに夢中になると、エリアから外れて数秒で即死だ。敵より有利を取るための立ち回り技術、打ち合いに負けないエイム能力、豊富な物資を確保できるかの運なんかで勝負が決まる王道FPS。
なによりも重要な要素は【ギスト】と呼ばれる、所謂スキルが使えること。その場その場で様々な能力を組み合わせて戦うのだ。変則的な動きやワンショットワンキルなどのロマンを楽しめる。
元の世界では一人でギスト構成を練りながらハマっていたんだが――
「やっぱ、俺たち気が合うな」
どうやら、風馬も同志だったようだ。
ランダムなプレイヤーとチームを組んでいる試合もあるっぽいけど、戦績を見ると圧倒的にソロが多い。上位帯になるほど割合は減れど、ソロを選ぶプレイヤーも意外と居る。ハンデ様様だ。
ランクを見てみると、十三個ある内の上から五番目【アダマンタイト】だった。
(元の世界と同じなら、リリースから一年と二か月弱か……よくソロで上げたな)
『せるため』のランクは九つのランクを内包する【ジュエリーレベル】と、四つのランクを内包する【ネイチャーレベル】に分けられている。
最初に始めた時、表示はランク無し――所謂アンレート――だがレート的にはジュエリーレベルの【アイアン】帯に入れられる。そこから勝った負けたを繰り返してレートを上げることで【カッパー】【シルバー】【ゴールド】【プラチナ】【ダイヤ】【ミスリル】【オリハルコン】【アダマンタイト】と進めていくわけだが――
(ネイチャーには、流石に入れてないか)
リリースされて二シーズンほどはオリハルコンとアダマンタイト、そしてネイチャーレベルが存在せず、最上位ランクはミスリルだった。だが人口が増えすぎたせいか、ランク内での実力差が大きくなり過ぎたらしい。
運営からしたら嬉しい想定外だろう。半年前から大々的に告知しまくっていたとはいえ、リリースして一月でプレイヤー人口が一千万人を突破していた。
ランク内の実力差を改善するために各ランク帯でレートの仕様が改善され、新たに【オリハルコン】と【アダマンタイト】というランク区分が設けられた。
それだけで十分解決できる問題だったはずだが、運営は好機だと思ったのか、さらなる施策を打ち出した。
新たな概念【レベル】の導入。
今までのランク+オリハルコン&アダマンタイトのランク域を【ジュエリーレベル】と呼称し、さらにその上に【ネイチャーレベル】を作った。
これは、プレイヤーをレベルで明確に二分することを意味していた。
ネイチャーレベルを冠する最低条件は、上位五千名に入ること。今までのような『総人口に対する割合』ではなく『絶対数の定員』に与えられ、アダマンタイトランクと同じ戦場で戦うことになるそれらの格は、プレイヤーたちの内に秘めるゲーマーとしての興奮と士気を煽るのに十分な報酬だった。
――が、発表には続きがあった。
『一定の条件を満たせば【ネイチャーレベル】ではランクに応じた支援金を受け取る権利を得る』
それは、二ヶ月半から三ヶ月ほどで切り替わるシーズン内で、指定された期間ネイチャーレベルに立ち続けること。最初のネイチャーレベル【グラヴィス】なら、一週間維持できれば三百ドル、日本円で約四万五千円。一ヶ月維持できれば千五百ドル追加される。
尚、この報酬はグラヴィスに提示されたものであり、【ミーティア】になると桁が二つは増える。五千人のプレイヤーに毎シーズン行われるんだから、その規模は想像を超える。経営と事務が頭抱えてそう。
これだけでも相当な金額なのだが、もう一つ。
ワンシーズン中ずっとネイチャーレベルを維持したプレイヤーは、シーズン終了時に八千ドルを支援金として受け取る権利を得るのだ。日本円で百二十万円ほど。安定して最上位帯にめり込めるなら、ランク維持報酬とレベル維持報酬で食っていくこともできる大金だ。
総プレイヤー人口が億単位となるゲームの運営が、時価総額数十兆を超えるいくつもの大企業と共産し、プレイヤーの生活を自社ゲームに完全依存させようと宣誓したに等しい。
アプデは告知の一か月後。ジュエリーレベルの上位帯に居たプレイヤーたちは挙ってネイチャーレベルを狙った。アダマンタイトランクには上位0.1%のプレイヤーが振り分けられていたが、それでも全世界で数万人存在していた。
そして、俺もその一人だった。
立ち回りを研究し、エイムを磨き、【ギスト】構成を練った。仕事以外はPCと共に生きて、土日は外出なんてせずに自分のプレイ映像を睨みつけ、射撃訓練場と実践を反復横跳びしていた。
この頃は大きな大会がほぼ開催されておらず、立ち回りやギスト構成は試行錯誤した経験を頼りに組み立てた完全我流。アダマンタイト帯から落ちたこともあった。
それでも情熱は冷めやらず、戦場に耽る日々は、本当に楽しかった。
――そうして一ヶ月が過ぎ、ぎりぎりで【グラヴィス】に滑り込めたのだ。最後の方は有給を連日取って籠っていた。日毎のプレイ時間は十時間じゃ利かなかっただろう。
ちなみに一週間維持することが出来たのだが、支援金は受け取らなかった。
支援金の取得条件に、ランク維持以外にも『全プレイ映像の提供』という条件があったが、それ自体は専用の設定と申請をすることで簡単に実行可能な上に悪用方法が思いつかないようなものだったため、問題なかった。ただ、うちの会社が副業禁止だったというだけのこと。
それに、支援金の話のインパクトで若干霞んでいたが、目的は金以外の報酬、特に称号だ。
一週間維持すると『ランク名+User』、一ヶ月維持すると『ランク名+Innocent』という称号が貰える。一ヶ月間ネイチャーレベルを維持すると『Natural Unit』という称号も。
一銭にもならないただのおしゃれな文字列。それでもこんな大きなゲームでネイチャーレベルに入れて、初めて『Gravis User』を受け取った時は、言い様のない充足感を覚えてスクショしまくった。
そこからこの世界に落ちるまでアダマンタイトに後退したり、ネイチャーレベル限定スキンに心奪われたり、長期休暇でトニトラをかすめたりしながら楽しんでいた。
レートリセットなどの仕様も変更され、その後も色々アプデされたが、兎にも角にもそういう背景があって今の『せるため』が出来上がったってわけだ。
にしても――
(アプデしてアダマンタイトの割合が増えたとはいえ……)
現在のアダマンタイトは上位0.2%ほどに設定されていたはずだ。新規プレイヤーも増えたことでジュエリーレベルに属する各ランク帯の席が拡充されたことを考慮しても、グラヴィスにはまだ遠いレートだが、中学三年生という若さで入れたことにゲームセンスと楽しい日々が窺える。
(ゲーマーとしての矜持と、支援金で家族を支えたい……ってとこか)
なにせ自分のスマホのロック画面に家族の写真を設定している中三だからな。そんな的外れでもないだろう。お小遣い目的でもあっただろうけど。
それに、なにより俺もそう思ったから。
「やることは結局同じか」
手始めに、ソロで【グラヴィス】に行く。
元々決めてた目標へ、新たな目的を加えて肩慣らしをしようとまずはレートレスマッチへ――――
ガチャッ
「ねぇ」
「ハイッ!?」
行けなかった。扉を開けて訝しげな眼でこちらを見据える美人さん。我が?姉上その人である。
「……なにビビってんの」
「あ、いや……」
(普通ビビると思います)
嘆きを口にすることは無い。まだちょっと怖いので。
それでも言っておかねばならないこともある。
「あの、出来ればノックして欲しい……です」
「は?なんで?」
「なんでって……一応、プライベート空間だし……」
思春期だし。
「あぁ……次からそうする」
「お願いします」
(ふぅ……色んな意味で恐ろしいな、姉上。そういえば母上もノックしてなかったか。気を付けてもらわねば)
「ねぇ」
「ん?」
突然の来訪に対処してPCへと向き直るが、またも声が掛けられる。再び扉の方に目をやるとなにやら不満そうな姉上。それだけで、やけに絵になる。
「だから、お昼。母さんが呼んでる」
「あー、そっか。もういい時間だよ……ですよね」
「……普通に喋れば?」
「そうで……だな」
「……キモ」
バタンッ
ちょっと強めに扉が閉められた。
(……きもかったか?)
きもかったかも。
とりあえず、ご飯を食べよう。




