高校に向けて
なんとなくしんみりした気分を振り切るついでに、高校についての情報収集を始めた。
机の前に無造作に置いてあった、高校指定であろう薄い紺色の鞄に手を伸ばす。
中にいくつかあった冊子のうち『第五十七年度新入生案内』と書かれているものを取り出す。タイトルの下には『彩栄高校』と書かれていた。
調べたところ、ここの最寄駅から四駅ほどいったところにある少し大きな私立高校らしい。
(進学校と呼べそうではあるが……どちらかというと、イベントや部活が活発っぽいな)
ホームページを見てみるとバスケ部やサッカー部、他にもいくつかの運動部に全国経験があるらしい。かなり良いところまでいったらしい話がちらほら。
文化部の面々もコンテストや大会に活発に出場したり賞を貰ったりしている様子。
文化祭や体育祭は、地域のちょっとした名物になるくらい盛り上がるらしい。文化祭は外部からお客さんを招いて開催される旨が、パンフレットにも記されている。
(自分の時は……どうだったかな)
記憶が曖昧だが、そこそこ楽しそうな情景が浮かんでくる。積極的な参加はしなかったけど。
文化祭でいくつか面白い展示があったことはなんとなく覚えているが、自分自身が奮って楽しんだ記憶というのは無い。
ゲームのことを考えるか、漫画を持ち込んでこそこそ読むかしていた。
……思い返してみると、改めて自分が日陰の人間だと認識させられる。
(風馬がここを選んだのはイベントごとに興味があったからなのかね。…………いや、なんとなくだけど違う気がする)
起きた時から感じていたことだが……この部屋、すごく馴染むのだ。
置いてあるゲームや漫画、物の散らばり具合からなのか分からないが、ずっとここで生活してきた気分になる。実家の部屋を直接見たのは数年前だが、こんな感じだったはずだ。思い起こされたのも偶然じゃないかもしれない。
さらに容姿も似通っていて、趣味も同じ。名前までも。
そう考えると、性格だけ全然違くて『学友たちと切磋琢磨する晴れやかな青春』を好む、なんてことは恐らく無いだろう。
(同一人物説が正しいなら、だけど)
もっとも、日付と年齢の差がおかしいし、俺の父や母はあんな顔整いではなかったはずだし、綺麗すぎて恐怖を感じる姉なんか居なかったが。
姉に整い遺伝子が流れ込んだせいで風馬がフツメンになったんじゃないか、と疑いたくなる。それでもフツメンなのがあの両親の容姿を物語っているのかもしれないが。
それに――
(彩栄高校なんて、通った覚えないし)
俺の通った高校はあまり大きくない公立高校だった。
高校時代はもっぱらゲームに夢中で、友人と呼べるような人は一人二人居たかどうか。
風馬も友人が少ないし、ここも一致しているところか。
……自分と風馬の関係ばかり考えてしまうが、あんま気にしない方が良いかもしれん。分かんないし。
パンフレットを見た限りでは明後日が入学式らしい。間近に迫ってはいるが不足してる必需品はなさそうだ。書類関係はもう鞄に入ってて、制服は起きた時に見たやつと載ってるモノのデザインが同じだ。教科書は母上が届いたって言ってたし。
(となると次は……散歩にでも行くかな)
最寄り駅までの道のりくらいは把握しておきたい。
あとは好奇心と、気分転換。母上の手料理で状況には多少慣れたが、なんとなくしんみりしてしまったし。
外に出た瞬間『不気味の部屋です!』なんてことには、流石にならないと思う。
というか、もうほとんど警戒出来ていない。家族やら食事やら部屋やら、一般的な家庭過ぎたからか。容姿は別として。
そうと決まれば棚から風馬の服を拝借。かき分けながらシンプルな白シャツにパーカー、ストライプの入ったジャージを選ぶ。……柄物はあんま好かんのだ、すまんな風馬。
いざ出陣。
――の、前に。
「あら、どうしたの?急に」
「あー、もうすぐ入学だからさ。その報告として、かな」
「そう……お父さんも喜ぶでしょうね」
「うん」
数秒目を閉じ、手を合わせる。記憶はないが、この身体の家族を無碍にはしたくない。
「それで?その恰好、どこか行くの?」
「ちょっと散歩に」
「へー?珍しいわね。春休み入ってからずっと家に居たのに」
「うん、たまにはね」
「ふーん……これも成長かしらね……」
彼女のぼやきはやけに母親っぽくて、微笑ましい。
「行ってきます」
「あ、行ってらっしゃい」
(やはりインドア仲間なようだな、風馬よ)
スニーカーを履いてドアを開けると、外廊下らしきところに出た。マンションに住んでたのね。
柵の近くまで進むと、ぽつぽつとアパートやマンション、一軒家が立ち並ぶ住宅街が目に映った。
都会でもなく田舎でもない、落ち着いた雰囲気の空間。
(良いね、好きな感じだ)
角部屋らしく、右に少し進むとエレベーターホールに着いたので一階に降りる。六階建てで、住んでいるのは四階だった。
外に出て振り返ると少し小柄で灰色の外装を持つマンションが見える。内装を見た感じも含めてそこまで古くはないだろう。
自分の住居をしっかり記憶し最寄り駅へ歩を進める。見覚えのある街並みではないけれど、どこか懐かしく感じる景色。
道中にあるコンビニや公園をなんとなく記憶しながら、駅へとたどり着いた。
(知らない駅だけど、知らない場所ならそりゃそうか)
住んでる場所も小野海市とかいう聞いたこと無い地名だった。埼玉らしいけど元の世界にそんな地名があったのかは分からない。
都道府県を含め知ってる地名があったし、多分小野海市もあったのだろう。
なかったとしても困ることは無いよなーと考えながら、駅を行き交う人々を眺める。
――思案していた重要事項についても、ある程度は確認できた。
(やっぱ、うちの家族が飛び抜けてるだけだったな)
自分の容姿が若干上方修正されていたことと家族が綺麗すぎたことから、この世界がそういう設定の世界なのかと思った。
それにしては自分のは微々たる変化だったから、世界全体で見た時、フツメンのボーダーを切ってしまったのではと危惧していたのだ。……出来れば普通以上で居たいし。
だが、街行く人々が全員美男美女というわけではなく、目を奪われて離せなくなるようなオーラを纏う人も、パッと見では居なかった。姉上すごい。
(つまり……ここは別の世界の、現実の可能性がより濃厚になったってわけだ)
不気味な部屋とか、元の世界を誰かが綺麗に設定し直した創作空間とかいろいろ考えていたが、案外よく聞くようなパラレルワールドなのかもしれない。実際にあったのは心底驚きなんだけど。
つまり――
(ありがとうnoclip……!)
すり抜けバグに感謝の念を抱く。まだ確信は無いが怖いことも危険なことも無さそうなら、こういう不思議な体験は歓迎したい。楽しいし。元の世界に突然帰らされるかもしれないが、それを変に警戒して生活するのは勿体ないだろう。
それに、結果的にはタイムリープのような形で高校をやり直せる。社会人の時以上にゲームの時間も確保できるのだ。
さらに美人な母と姉。
この世界に来た「理由」の「り」の字も分かってないが……これ以上ない幸運だ。
(勉強のやり直しは若干面倒だが、学生の頃ほどの拒否感は無い。前の記憶もうっすらあるからなんとかなるだろう。灰色になるだろうけど青春の舞台に通えるのも、学園モノ漫画好きとして僥倖だわ)
主にラブコメ的観点から。
(そうと決まれば――最寄り駅までの道も覚えたし帰宅だ帰宅~)
ニヤつく顔をどうにか抑えようとしつつ、口角が上がっている自覚をしながら楽園へと続く帰路を辿った。




