次のミッション
右隣の姉に少しの恐怖と多くの緊張を抱き、若干強張りながら鮭の塩焼きを頬張ろうとした時、
「そうだ。風馬、高校の教科書届いてたよ」
「あー、ありがと」
「なんかボーっとしてない?気の抜けた返事が多いけど。敬語だったのも……ほんとに大丈夫?」
「……まだ寝ぼけてるのかも」
(風真なんだ、名前。漢字まで一致してるかは分かんないけど)
一応、返事が遅れないよう意識はしていたつもりだったが若干強張った。名前もそうだが――
(高一っぽいな。いや、入学前のようだしまだなのかな?……日付確認しとけばよかった)
今最も優先すべきは自分が何者なのかを知ることだ。自分探しの旅――のようなものが割と真面目に必要である。旅先は主に家の中だが。
入学に際してやらなきゃいけないこともあるんじゃなかろうか。
高校関連以外でも、この世界の自分が辿ってきた軌跡を記憶しておかねば。絶対ボロ出るし。
(通ってた中学と、通う予定の高校。あとは家族について。趣味とか性格は保留で良いかな)
趣味に関しては目覚めて自室を見回した時に大体把握している。
ゲームと漫画。ジャンルもほぼ同じっぽかった。見たことある表紙やキャラクターがちらほら。見たこと無いものも。
まぁ、この身体が持ってるモノを家族が事細かに把握していなければ、違和感を持たれることは無いだろう。話を振ったりしなければ。
性格については、多少変化しても『思春期ですから』で乗り切るしかない。どんな人間だったか正確に把握するのは難しいだろうし、いちいち気にするのは面倒だし。
それにしても、この世界に元の世界にあったタイトルと同じものが存在するとは。意外と一致してるのか?パラレルワールドってそういうもんなの?
楽しみが増えたな。
「ごちそうさま」
「はい、お粗末様」
横でまだ食事中の姉を尻目に――なんなら何度かチラ見しながら――食洗器に向かい食器をセット。ほおばってる姉上が非常にかぁいかった。
テーブルに座っている母上を一瞥してからリビングを出る。
(これがいつもの光景なんだろうな)
美人な家族に囲まれて育ったであろうこの身体の持ち主。特に姉上は同年代っぽいし、あれに慣れてると一目惚れとかしなさそうだ。美人のハードルが高跳びくらいまで上がってそう。
というか、あの姉とずっと一緒に住んでいて変な感情を抱いたりしないのだろうか。丁度思春期っぽいし、性癖曲がったり。
(……しなさそー)
そもそも姉に対して良い感情を持っていたかも怪しい。弟に対してめっちゃ冷たいし。姉弟ってのがどういうのかは知らないけど、ああも突き放されていると多分仲は良くなかったんだろう。出来れば仲良くしていきたいところだ。
廊下を歩いて自室の前につく。姉とは違ってドアステッカーみたなものは見当たらない。
扉を開けると、そこには男子学生然とした空間が広がっていた。
(なんか、こうも普通の部屋だと異世界に来た感じしないな)
実家に居た頃の部屋を思い出させる雰囲気だ。懐かしい気持ちもそこそこに、早速自分探しの旅に出る。
押し入れをガサゴソ漁ると中学校のものらしきアルバムを見つけた。
(名前は灰堂風馬、か。見事なニアミスだな。そして、小野海中学校……聞いたこと無いな。もしかしたらと思ったんだけど)
どうやら、俺の通った中学ではなさそう。現在までの風馬の記憶が無くても元の自分と似た人生を送ってきてたなら、誤魔化しが効くと思ったんだけど。
容姿もほぼ変わらなかったし期待していたが、当てが外れたようだ。
(部活はサッカー部か。そこは……多分同じだな。いかん、記憶が)
流石に中学の部活を記憶違いすることは無いと思うが。
……歳のせいなのか、単に印象が無いのか。
多分後者だ。あんま活動的じゃなかった気がするし。
パラパラとアルバムを眺めている途中で、気づいた。
(同じ高校に知り合いがいたらまずいんじゃないか?)
話しかけられたりしても、こっちは『?』となるしかない。
それだけじゃなく、あの母や姉が風馬の中学の友人と関わりがあって、近況の話とかになったら何も言えなくなる。
というわけでとりあえずスマホを確認。連絡先を見れば大体把握できるだろう。そこにも載ってない知り合い程度の学友たちは……関係が薄いって考えて放置。影を薄くしつつ完全回避一択だな。
指紋認証で助かった。パスワード変えとかないと。
ホーム画面が映ったのでスライドさせると、カレンダーを発見したためついでに日付を確認する。現状把握に必須。
この世界と落ちる前の世界で時間にずれがあるかもだし。
(二年前の四月五日、か……まぁ入学の時期ならそのあたりなんだろうが……)
雰囲気や物が前の世界と似通っていたから、大体想像はしていたが暦は同じらしい。
でも、おかしな現象は今に始まったことではないが、若返ったとしたなら若返った年齢と遡った年数が違うんだよな。不思議。
やっぱ同一人物説は違うのかもしれない。
(考えて分かるようなことじゃない気がする。それより――)
カレンダーの近くにRAINというトークアプリを発見。元の世界でもコミュニケーションツールとして覇権をとってたアプリだ。友達リストを確認する。
(良かった、少ない。……良くは無いのか)
風馬、お前友達少なかったんだな。
表示されているのは、公式ラインっぽいのと家族を除いて二、三人。それほど履歴があるわけではない。少なくとも一番新しい連絡は、一ヶ月弱前に卒業について色々やりとりがあって、それっきり。
なんにせよ助かった。親友と呼べるようなやつがいると大変だからな。記憶的にも、気力的にも。風真も友達少なかったし。
連絡しないで毎日遊ぶようなやつがいるかもと一瞬よぎったが、インドア趣味を考えるとその可能性は低いだろう。
あとは、あの家族が風馬の友人を把握していないことを祈るだけだ。
この身体の持ち主である男子に少しの親近感を覚えながら、アルバムを戻した。
(高校についても知りたいが、その前に……)
開いたままのRAINの画面を操作し『灰堂家(3)』というグループをタッチする。
メンバーには『ふうか、Haruka、風馬』
ふうかというのは母上の名前だな。あとは姉弟で間違いないだろう。
つまりここには家族における母、娘、息子。
(……見かけないのは、仕事に行ってるとでも思ってたけど)
リビングで食事をしているとき、視線の先の和室に仏壇があった気がする。あのイケメンパパのものだろう。夫婦の寝室にしては物足りなく感じる広さだったと思うし。
(当たり前かもだけど、この身体も今まで家族と生きてきたんだよなー)
母と姉、そして父との仲がどんなものだったかは知らない。それでも、おそらく自分のせいではないとはいえ、罪悪感がある。
自分がこの世界にやってきたことで、元の風馬がどうなってしまったのか。
同一人物ならまだ良い。あっちの世界に風馬が行っているのかどちらのふうまも自分なのか分からないが。
でも、もしかしたら憑依みたいな状態で一時的に体を借りているだけかもしれない。
……意識を完全に乗っ取ってしまったのかもしれない。
この世界が不気味な世界なのか、そうじゃないかはまだ分からない。でも、少なくともここの人たちはそこそこ円満な家族に見えた。
声も性格も知らないが、大事な息子になり代わったような者なりの、誠意として。
(記憶がないし、いつ頃かは分からないけど……あとで線香あげるか)
心の中でそう決めて、静かに画面を閉じた。




