第2話:泣き虫の受け身
砂場での一件以来、村のガキ大将・ボルスによる俺への「教育」は、いっそう激しさを増していた。魔力ゼロの落ちこぼれが、土魔法の使い手である自分を投げ飛ばした。その事実は、ボルスにとって耐え難い屈辱だったのだろう。
「おい、カイト! 今日も魔法の的にしてやるよ!」
村の広場、あるいは道端。ボルスとその取り巻きたちは、隙あらば俺を囲み、土弾を放ち、足元の地面を揺らして転ばせようとしてくる。俺の体は、毎日泥だらけだった。アザが絶えず、服の肘や膝はすぐに擦り切れた。
「……またやってる。カイトの奴、相変わらず無抵抗だな」
「一度はボルスを投げ飛ばしたっていうのに、あれはやっぱり奇跡だったのかしら」
遠巻きに見ている大人たちの声は冷ややかだ。何度も地面に叩きつけられ、泥を啜り、それでも黙って立ち上がる俺の姿は、彼らの目には「執拗にいじめられている哀れな少年」としか映っていない。
だが彼らには見えていないのだ。俺の視界の端で、絶えず明滅している「数値」が。
【システム:感情魔力変換】
【観客:4名】
【感情:同情・軽蔑】
【戦闘力:基礎10 × 観客補正1.05 = 10.5】
(……足りない。全然足りないな)
地面に手をつきながら、俺は心の中で毒づく。「同情」や「軽蔑」といった静かな感情では、爆発的な力は生まれない。俺が求めているのは、魂が震えるような「期待」であり、心臓を鷲掴みにするような「緊張感」だ。そのためには、今の俺には圧倒的な基礎体力が――そして何より、「最高の受け身」が必要だった。
「どうした、カイト! 声も出ないか!」
ボルスの叫びと共に、拳大の岩が魔法で生成され、俺の脇腹へと飛んでくる。避けることは容易だ。前世のリングで培ったステップワークを使えば、ボルスの未熟な魔法など鼻歌混じりに回避できる。だが、俺はあえて避けない。最短の動きで、しかし最も「痛そうに見える」角度で、その岩を体で受け止める。
「ぐはっ……!」
わざとらしいまでの吐息を漏らし、俺は後方に吹き飛ぶ。その瞬間、俺の意識は肉体の内側へと潜り込む。
(今だ。左の背筋から衝撃を入れ、肩甲骨を経由して地面へ逃がす……。顎を引け。舌を噛まないように。全身の力を抜いて、当たる瞬間だけ――「点」で耐える!)
バヂィン!
砂を打つ手のひらが、衝撃を分散させる。見た目には派手に転がっているように見えるだろうが、ダメージの八割はすでに地面へと逃がしていた。
プロレスとは、相手の技を受けて、受けて、受けきった末に勝つスポーツだ。攻撃をすべて回避して無傷で勝つヒーローもいいが、俺が目指すのは違う。
ボロボロになりながらも立ち上がり、観客に「もうダメだ」と思わせてからの大逆転。そのドラマこそが、最も巨大な「熱狂」を生むことを俺は知っている。
「はぁ、はぁ……」
俺はゆっくりと立ち上がる。わざと膝を震わせ、泥を顔に塗ったまま、ボルスを睨みつける。
「……なんだ、その目は! まだやるってのか!」
ボルスの顔に焦りが浮かぶ。どれだけ攻撃しても、どれだけ地面に叩きつけても、俺は死んだ魚のような目にならない。それどころか、立ち上がるたびに俺の目は、獲物を狙う猛獣のように鋭さを増していくからだ。
「……まだ、足りないな。ボルス、お前の魔法はそんなもんか?」
「なっ……! この落ちこぼれがぁっ!」
激昂したボルスが、両手を地面についた。
彼なりの奥の手だろう。俺の足元の土が急激に隆起し、巨大な槍となって突き上げようとする。
(くるか。これは、さすがにまともに食らえば骨が折れる)
だが、俺は逃げない。観客――通りかかった近所のおばさんや、遊んでいた幼い三つ子の弟たちが、息を呑んでこちらを見ているのを感じる。
【観客の“緊張”を検知】
【ステータス:反応速度・防御力に補正(小)】
(よし……見せてやるよ。「受け」の極意を!)
突き上がる土柱。俺はその衝撃に抗うのではなく、自ら飛び込んだ。突き上げられる力を利用して空中高く舞い上がり、空中で姿勢を制御する。村の人々が「ああっ!」と悲鳴を上げる中、俺は背中から地面へと落下した。
ただの落下ではない。
前世で何度も練習した、プロレスラーの魂――「背面受け身」。
ドォォォォォン!!
凄まじい音が広場に響き、土煙が舞う。誰もが、俺が再起不能になったと思ったはずだ。ボルスですら、やりすぎたと言わんばかりに青ざめている。だが、土煙の向こう側で俺は、意識を研ぎ澄ませていた。
(……今のは、八十分逃がした。残り二割の痛みは……「ガソリン」にする!)
痛い。死ぬほど痛い。だが、その痛みが脳を活性化させ、前世の記憶をより鮮明に呼び覚ます。観客の悲鳴が、俺の耳には「早く立て」という声援に聞こえた。
揺れる視界。震える指先。それでも俺は、バネのように跳ね起きる「キックアップ」を披露し、一瞬で直立してみせた。
「…………嘘だろ?」
ボルスの声が震えている。周りの観客たちも、言葉を失っている。泥だらけの、ちっぽけな少年。だが、立ち上がったその姿には、魔法使いの誰もが持ち得ない「不屈」のオーラが宿っていた。
「……悪いな、ボルス。俺の体は、お前の魔法じゃ壊れない。むしろ、打たれれば打たれるほど……調子が上がってくるんだ」
俺は不敵に笑う。その瞬間、俺の脳内ログが爆発的な数値を叩き出した。
【システム:感情魔力変換】
【観客の“畏怖”と“驚愕”を確認】
【戦闘力、大幅上昇……!】
「泣き虫のカイト」と呼ばれていた少年は、もういない。俺は、この世界のあらゆる痛みを、最強への糧に変えてやる。そう確信しながら、俺は再びボルスの前へと歩を進めた。




