第1話:砂場のリング
「……魔力、ゼロ。属性、なし。……以上だ」
残酷な宣告だった。
聖なる水晶に手をかざし、将来の可能性を量る『適性儀式』。
村の広場に集まった六歳の子供たちが、次々と火を出したり、水を操ったりして歓声を浴びる中、俺――カイトに与えられたのは、冷ややかな沈黙と蔑みの視線だけだった。
「三つ子の長男だっていうのに、情けないわね」
「次男のアルスは稀代の神童、三男のレオンも底知れない魔力を持っているというのに。カイトだけは、出がらしのカスだ」
大人たちのひそひそ話が、鋭い針のように突き刺さる。前世の記憶がある俺にとって、この状況は既視感でしかなかった。
前世での俺は、鳴かず飛ばずのプロレスラーだった。体格には恵まれず、華々しい必殺技があるわけでもない。
「人気の重み」や「客を呼ぶ難しさ」は嫌というほど知っていたが、結局、スポットライトのど真ん中に立つことなく、地方巡業の移動中に不慮の事故で命を落とした。
(……またかよ。また、選ばれない側なのか、俺は)
俺は俯き、トボトボと歩き出した。
向かった先は、村の外れにある小さな公園――。そこには、子供たちが遊ぶための「砂場」があった。
「おい、魔力なし! 魔法が使えないなら、地面に這いつくばってるのがお似合いだな!」
後ろから声をかけてきたのは、村のガキ大将、ボルスだった。彼はさっきの儀式で「土魔法」の適性を認められ、すっかり調子に乗っている。取り巻きの子供たちを引き連れ、俺を砂場へと追い詰めた。
「どけよ、ボルス。今はそんな気分じゃないんだ」
「あ? 魔法も使えない出来損ないが、偉そうに口を叩くなよ!」
ボルスが地面を蹴ると、土の塊が魔法で形をなし、俺の足を払った。魔法至上主義のこの世界、魔力のない人間は物理法則にすら裏切られる。
ぐらりと、視界が揺れる。俺の体は、容赦なく硬い地面へと向かって倒れ込んだ。
(……くるな)
前世の記憶、そして染み付いた反射。俺の脳は、無意識のうちに「最適な解答」を導き出していた。
「あはは! 無様に転べよ!」
ボルスの嘲笑。取り巻きたちの冷ややかな目。だが、その瞬間俺の視界の中で、砂場が、四角い「キャンバス」に見えた。
四方に張られた目に見えないロープ。
降り注ぐスポットライトの幻影。
(――受けるッ!)
俺は地面に叩きつけられる直前、背中を丸め、顎を引き、両手で強く砂を叩いた。
バヂィィィン!!
静かな公園に、肉体と地面が衝突する音とは思えない、乾いた破裂音が響き渡った。
「…………え?」
ボルスの笑い声が止まった。取り巻きの子供たちも、目を見開いて固まっている。
普通なら、顔を泥だらけにして泣き叫ぶはずの場面だ。だが、俺は衝撃を逃がし、砂のクッションを最大限に利用して、流れるような動作ですぐさま立ち上がった。そして、無造作に髪についた砂を払い、不敵に笑ってみせた。
「今の、なんだ……?」
「転んだのに……全然痛そうじゃない」
子供たちの間に、困惑と、ほんのわずかな「驚き」が混じったざわめきが広がる。
「……今の、今の音、聞いたか?」
「あんな風に転ぶ奴、初めて見たぞ」
砂場の周りに、他の遊びをしていた子供たちまでもが、一人、また一人と集まってきた。
彼らの視線が、俺という「異物」に集中する。その時だった。
(……なんだ、これ?)
心臓の奥が、ドクンと脈打った。体の内側から、見たこともないような黄金色のエネルギーがじわりと滲み出し、四肢の末端まで巡っていくのを感じた。
前世のレスラー時代、一度だけ感じたことがある感覚。超満員の会場で、自分の名前がコールされた時の、あの魂が震えるような高揚感。
「おい、無視するなよ! もう一回だ!」
苛立ったボルスが、今度は両手で土の弾丸を作り出し、俺の胸めがけて放った。目に見える暴力。だが、今の俺にはそれすらも「おいしい」攻撃に見えた。
(真っ直ぐ飛んできてる。威力は低いが、見栄えはいい)
俺はあえて、その土弾を真正面から受け止めた。「ぐっ!」と声を上げ、派手に後ろへ吹き飛んでみせる。
一回転、二回転。砂煙を巻き上げ、最後は仰向けに大の字になった。
「やった! ざまあみろ!」
ボルスが勝ち誇った声を上げる。しかし、観客の反応は違った。
「……ねえ、生きてるの?」
「あんなに飛んだのに……」
静寂が支配する砂場。そこで俺は、わざと指先をピクリと動かした。そして、ゆっくりと、しかし力強く、上半身を起こす。
「……いい攻撃だな、ボルス。少し、響いたぜ」
口の端を吊り上げ、再び立ち上がる俺の姿に、子供たちの中から「おおっ……」という、小さな、しかし確かな吐息が漏れた。
【システム:感情魔力変換・起動】
【観客:12名】
【感情:驚き・期待】
【戦闘力:基礎10 × 観客補正1.2 = 12】
頭の中に、前世のゲーム画面のような、あるいはプロレスの興行データのようなログが浮かび上がった。
(これか……これがこの世界のカラクリか!)
魔法適性なんて関係ない。この世界は、「観客が俺をどう見ているか」こそが、力の源になるんだ。注目されればされるほど、俺は強くなれる。歓声を浴びれば浴びるほど、俺の肉体は鋼よりも硬くなる。
「な、なんだよその目は! 不気味なんだよ!」
ボルスが顔を真っ赤にして、さらに大きな魔法を使おうと構える。だが、もう遅い。
この砂場は、すでに俺の主導権で支配されている。
「ボルス。魔法ってのは、遠くから撃つだけじゃないんだぜ」
俺は地面を蹴った。砂を蹴散らし、魔法発動前のボルスの懐に潜り込む。
「なっ――!?」
驚愕に染まるボルスの顔。俺は彼の腕を掴み、腰を落とした。魔力ゼロの落ちこぼれが見せる、物理法則に従った、洗練された「形」
「これが、俺の魔法だ」
俺は彼の体を抱え上げ、砂場の中央へと叩きつけた。もちろん、大怪我をさせないように「受けてもらえる」角度で。
ドォォォン!!
砂が舞い、ボルスが砂場に沈む。一瞬の静寂。そして――。
「す、すげえええええ!!」
「カイトが勝った! 魔法を使ってないのに!」
子供たちから、今日一番の、いや、人生で初めての歓声が上がった。その瞬間、俺の体は、先ほどとは比べ物にならないほどの熱いエネルギー――「熱狂」によって満たされた。
(ああ、これだ。この感覚だ……!)
砂にまみれた小さな手で、俺は空を指さした。まだ小さなリング。まだ少ない観客。
だが、俺の胸の中には、消えることのない黄金の炎が灯っていた。
いつか、世界中を観客にしてみせる。魔力ゼロのレスラーが、世界で一番熱い「最強」を証明してやる。物語のゴングは、今、鳴らされたのだ。




