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〜転生レスラー、三つ子の兄弟と世界を奪い合う〜  作者: 弓庭柔悟
第1章:幼少期(砂場のブリッジ)
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第10話:ゴングはまだ遠く

 村の境界線となっている古びた石門を通り抜け、カイトの視界には見渡す限りの荒野が広がっていた。背後からは、まだ微かに子供たちの名残惜しそうな声が風に乗って聞こえてくる。だが、一歩、また一歩と進むにつれ、その声は遠ざかり、やがて不気味なほどに乾燥した風の音だけが周囲を支配した。




(……静かだな。これほど「音」のない場所は、前世を通じても初めてだ)




 カイトは背負った荷物の紐を締め直し、荒れた街道を歩き続ける。


 この世界において、村や町を繋ぐ街道は決して安全な場所ではない。魔法を操る魔物や、路銀を狙う野盗が跋扈ばっこする危険地帯だ。だが、今のカイトにとって最大の不安は、それらの外敵よりも「観客の不在」だった。




【システム:ステータス確認】


【周辺観客数:0名】


【感情補正:なし(等倍)】


【戦闘力:基礎値のみ(非常に低い)】




 視界の隅に表示されるログは無慈悲だった。


 村ではあんなに溢れていた黄金のオーラが、今は完全に消え失せている。自分の手足が、急に細く、頼りないものになったような錯覚に陥る。


 「魔力ゼロ」という現実が、改めて重くのしかかっていた。




(……わかっていたことだ。プロレスラーは、見てる奴がいて初めて超人になれる。一人になれば、ただの人間……いや、この世界じゃ子供ガキに過ぎない)




 カイトは唇を噛んだ。


 前世でも、無観客試合に近い状況を経験したことはある。だが、その時はまだ「試合をすれば誰かが見てくれる」という希望があった。


 今のカイトを包んでいるのは、完全な虚無だ。




 その時だった。カイトの「スポットライト・センス」が、鋭い危険信号を鳴らした。注目されている。だが、それは称賛や期待の眼差しではない。背筋を凍らせるような、純粋な「食欲」だ。




「――グルルル……」




 街道脇の岩陰から、青白い毛並みを持つ狼のような魔物――『ウィンド・ウルフ』が二頭、姿を現した。風の魔法をまとい、獲物の動きを封じて喉笛を食いちぎる、新米冒険者殺しの魔物だ。




(よりによって、観客のいないところで「ガチ(真剣勝負)」かよ……)




 カイトは身構えた。ウィンド・ウルフは容赦なく飛びかかってきた。風の刃がカイトの頬をかすめ、鮮血が舞う。


 痛い。だが、村で受けたボルスの魔法とは、質の違う痛みだ。


 誰も見ていない。誰も悲鳴を上げない。誰も「立て」と叫んでくれない。


 カイトの肉体は、観客という増幅器アンプを失い、ただの六歳児の耐久力しか持っていない。




「……はぁ、はぁ……っ!」




 二撃目、三撃目。カイトは必死に「受け身」を取り、致命傷を避ける。だが、衝撃を逃がす場所がない。逃がしたはずの衝撃が、観客の熱量に変換されることなく、ただ虚しくカイトの肉体を蝕んでいく。膝をつく。意識が遠のきかける。




(……このまま、誰にも知られずに終わるのか? 転生して、プロレスをやろうなんて、ただの幻想だったのか……?)




 ウィンド・ウルフが、とどめを刺そうと大きく口を開け、カイトに跳びかかった。


 絶体絶命。


 その瞬間。カイトの脳裏に、村を出る時に見送ってくれた子供たちの顔が浮かんだ。そして、自分に冷たい言葉を投げかけた弟たちの顔も。




『兄さんは、観客がいなかったら最強じゃない。それは最強とは呼べないんだ』




 アルスの言葉が、呪いのように響く。




(……ふざけるな。……ふざけるなよ!)




 カイトの中で、何かが弾けた。観客がいないなら、作ればいい。


 誰も見ていないなら、天に見せつければいい。自分自身が、自分の一番の観客ファンになればいい!




「俺を……誰だと思ってるんだッ!」




 カイトは、地面に転がっていた「観客」――自分の折れた心に火をつけた。


 魔力が無いなら、魂を燃やせ。カイトは飛び込んできたウィンド・ウルフの鼻面に、全力の頭突きを食らわせた。


 


 ドォン!!




 魔物も予想だにしなかった、自暴自棄に近い捨て身の一撃。


 一瞬の隙。カイトはその短い時間の中で、全力の「アピール」を行った。


 誰もいない荒野で、大声で自分の名前を呼び、虚空に向かって両手を広げた。




「カイト! カイト! カイト!!」




 自分で自分にコールを送る。それは滑稽で、惨めな姿だったかもしれない。


 だが、その強烈な「自己肯定」と「熱量」に、世界が反応した。




【特殊状況検知:セルフ・コール】


【周辺観客数:1名(自分自身)】


【感情:不屈・渇望】


【戦闘力、一時的に再燃ブースト!】




 カイトの腕に、微かな、しかし力強い黄金の輝きが戻った。


 カイトは怯んだウルフの首を強引に抱え込み、荒野の硬い地面へと叩きつけた。




「これが……俺の! 生き様だぁぁぁ!」




 ズゥゥゥン!!




 渾身のブレーンバスター。魔物の頭部が地面に激突し、脳震盪を起こして動きを止める。もう一頭も、その異様な気迫に圧され、尻尾を巻いて逃げ出していった。




「……はぁ、……はぁ、……っ」




 カイトは血にまみれたまま、荒野に一人、膝をついた。


 勝った。だが、これはプロレスではない。ただの、惨めな殺し合いだった。


 カイトは震える手で、自分の胸を叩いた。


 心臓の鼓動が、まるで遠くで鳴るゴングの音のように聞こえる。




「……まだまだだな。……こんなところで、満足してる場合じゃない」




 世界中をリングに変え、何万人の熱狂を力に変える。


 その夢に辿り着くまでのゴングは、まだ遥か遠くにある。


 カイトは立ち上がった。泥を払い、血を拭い、再び街道を歩き出す。


 その背中は、村を出た時よりも一回り大きく、そしてたくましく見えた。




 荒野の向こう側。雲を突き抜けるような巨大な塔が見える。


 そこが、カイトが目指すべき最初の興行の地――都市「エンタール」。


 カイトの「生涯ロードマップ」は、ここから本当の意味で加速していく。


 孤独な荒野を抜け彼は再び光り輝くスポットライトの下へと戻ることを誓った。




【カイトのレベルが上昇:8 → 10】


【称号:『不屈の旅人』を獲得】




 空には、太陽が昇り始めていた。その光は、カイトの行く道を赤々と照らし出している。物語のゴングは、まだ鳴ったばかりだ。



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