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秀吉の兄に転生したけど、そんなの居ないよな   作者: 牧場のオヤジ
2章ー新婚旅行と海外遠征ー

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39/50

第39話ー条約草案会議ー草案完成ーー


翌朝。


琉球王国の空は、昨日までと変わらぬ穏やかな青空が広がっていた。

首里城の客殿では、朝の支度を終えた秀高と小梅が、それぞれの今日の予定を確認していた。


昨日の条約草案会議では、本条第五条から第十条までが正式に承認された。

これによって、条約の大部分は形を成した。

残されているのは、最後の条文。

第十一条から第十四条。

この四つを定めれば、長く続いた条約草案会議も、いよいよ終わりを迎える。


「今日で、ようやく最後まで行けそうだな」


『はい』


小梅は笑顔で頷いた。


『第十一条から第十四条まででしたね』


「ああ」


「ただ、最後だからこそ重要な内容になる」


『軍事関係と、情報の扱い。それから相互関税』


『そして最後に、条約そのものの発効や締結についてですね』


「よく覚えてるな」


『昨日、秀高様が眠る前にも草案についてお話しくださいましたから』


「そうだったな」


秀高は少し笑った。


「今日はかなり遅くなるかもしれない」


『その間、私は昨日の続きの仕事をいたします』


「着比べお茶会か」


『はい』


『昨日まとめた準備事項をもとに、王妃様へ日程の候補を伺ってまいります』


「それなら、そちらもいよいよ具体的になるな」


『はい』


小梅は楽しそうに笑った。


「じゃあ、お互い今日も頑張ろう」


『はい』


二人は頷き合い、それぞれの仕事へ向かった。



首里城・応接間。

昨日と同じように、東元宰、馬周明、そして王国の官吏達が集まっていた。


しかし、昨日までとは少しだけ違う。


机上には既に、前文から本文第一条から第十条までの草案が整理されている。

それを見つめる官吏達の表情には、初日の頃にはなかった自信が浮かんでいた。

今日で最後になるかもしれない。

その事実が、彼らにも分かっていた。


秀高が入室すると、東がゆっくりと立ち上がった。


『さて』


『昨日までで、本条第一条から第十条までを承認した』


『そして、本日はいよいよ残る四条』


『第十一条から第十四条までを協議する』


『これが終われば、条約そのものの草案は完成となる』


官吏達の間から、僅かなどよめきが起こる。

東は秀高へ視線を向けた。


『本日もよろしくお願いいたします、参議殿』


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


「では、条約草案の完成を目指して始めましょう」


こうして、最終条項の策定へ向けての会議が始まった。




「まず、第十一条です」


秀高は、これまでとは少し厚めの草案を取り出した。


「第十一条では、軍事上の協力について定めます」


「第六条では、相手国の安全を脅かす勢力を認知した際、通報し、可能な限り必要な協力を行うという基本的な考え方を定めました」


「しかし、それだけでは、実際にどのような協力ができるのかが曖昧です」


「そこで、第十一条では、その協力の具体的な方向性を示します」


秀高は草案へ目を落とした。


「第十一条は、【堺及び琉球王国は、相手国より軍事上の支援を求められた場合、双方の協議に基づき、可能な範囲において兵員、武器、兵糧、船舶その他必要な物資又は役務の提供について協力するものとする。】」


「以上になります」


一人の官吏が、すぐに手を挙げた。


『参議様』


「どうぞ」


『「可能な範囲」とありますが、これは非常に曖昧ではありませんか?』


「その通りです」


秀高は頷いた。


「ですが、軍事協力については、最初から具体的な兵数や物資の量を予め指定するのはよろしくありません」


「理由としては、戦う場所、敵の規模、双方の国内事情。その時々で条件が大きく変わるからです」


『確かに』


「例えば、琉球王国が海賊による襲撃を受けた場合と、明国や南蛮による大規模な侵攻を受けた場合では、必要な支援が全く違います」


「だからこそ、条約では協力する意思と、協力できる手段を明記する」


「その上で、実際の支援内容は双方が協議して決める」


「これが最も現実的です」


東が頷いた。


『第六条が「協力する意思」』


『第十一条が、その協力として何が考えられるのか』


『そういう位置付けですな』


「はい」


馬も草案へ目を向ける。


『兵員、武器、兵糧、船舶その他。……船舶まで含めるのですか?』


「我々は海上国家同士です。陸上の兵力だけではなく、輸送船、護衛船、救援船などが必要になる場合もあります」


『なるほど、理解しました』


別の官吏が質問する。


『では、相手国から軍事支援を求められた場合、必ず応じなければならないのでしょうか』


「必ず、とはいたしません」


「第六条と同じく、双方の事情を考慮する必要があります」


「例えば、堺が別の戦に巻き込まれている時に、琉球から大規模な援軍を要請されても、すぐに応じられない場合があります」


「逆も同じです」


「だからこそ、『協議に基づき、可能な範囲において』と記すのです」


官吏は納得したように頷いた。


すると、別の官吏が立ち上がった。


『参議様』


「どうぞ」


『軍事支援を行った場合、その費用についてはどのようにいたしますか?』


秀高は少し考える。


「非常に重要な問題ですね」


「軍事支援には、人も物も必要となります。無償で全てを提供する仕組みにすると、長く続けることは難しいでしょう」


『では、支援を受けた側が費用を負担する?』


「基本的には、その方向で考えるべきでしょう」


「ただし、全てを金銭に換算できるわけではありません」


「武器や兵糧は購入できても、人命を金銭だけで評価することはできません」


「そのため、具体的な負担については、その時々の協議で決めるのが適切です」


東が静かに頷く。


『また、ここでも細則を全て条約へ詰め込まないという考え方ですな』


「はい」


「条約には原則を」


「実務については、必要に応じて双方で定める。その方が後世にも使いやすい文書になります」


東は官吏達を見る。


『他に意見はあるか』


しばらくして。


『ございません』


『異議ございません』


東は頷いた。


『では、最終確認をお願いいたします』


秀高は草案を正面へ置いた。


「では、第十一条の最終案を読み上げます」


「【堺及び琉球王国は、相手国より軍事上の支援を求められた場合、双方の協議に基づき、可能な範囲において兵員、武器、兵糧、船舶その他必要な物資又は役務の提供について協力するものとする。】」


「以上が第十一条の最終案です。この内容で相違ございませんでしょうか」


東が頷く。


『異存なし』


馬も続く。


『私も問題ございません』


東が後方へ目を向ける。


『官吏諸君は?』


『『異議ございません』』


『よろしい』


東が静かに宣言した。


『それでは、本条第十一条を正式に承認とする』



「続いて、第十二条です」


秀高は次の草案を取り出した。


「第十二条では、情報の取り扱いについて定めます」


その瞬間、応接間の空気が少しだけ引き締まった。


「両国の関係が深くなれば、交易情報、外交情報、軍事情報など、多くの情報が行き来することになります」


「それら全てを自由に外へ流してしまえば、両国にとって大きな危険になります」


「そこで、秘密保持について定めます」


秀高は草案を読み上げた。


「【堺及び琉球王国は、外交、軍事、交易その他相手国から秘密として提供された情報について、相手国の承諾なく第三国その他の者へ漏らしてはならないものとする。また、双方は秘密情報を取り扱う者に対し、必要な管理を行うものとする。】」


官吏達の表情が変わる。


これは、これまでの条文とは少し性質が違う。


馬が口を開いた。


『参議様』


「はい」


『この場合、「秘密」とは、どのように判断するのでしょう』


「それが明示されている場合。そして、その情報の性質から見て、当然に秘密として扱うべきもの」


「この二つを基本とします」


『なるほど』


「例えば、軍事上の作戦内容や外交上の内密な交渉。商人の取引条件や相手国がまだ公表していない重要な情報。こうしたものを、勝手に第三国へ伝えてはいけないということです」


年配の官吏が手を挙げる。


『では、こちらが知った情報を、自国の別の部署へ伝えることも許されないのでしょうか』


「必要な範囲で共有することは可能です。むしろ、必要な者に伝わらなければ、情報として意味を成しません。ただし、知る必要のない者にまで広げてはいけない」


『なるほど』


『必要な者だけが知る』


「はい。秘密とは、誰にも知らせないことではありません。必要な範囲を超えて広めないことです」


別の官吏が質問する。


『もし秘密情報が、事故などによって外部へ漏れてしまった場合は?』


「故意ではない場合でも、報告する必要があります」


『漏洩してしまったことそのものを、相手国へ伝える』


「はい。知らないままでいる方が危険だからです。漏洩した事実を把握できれば、被害を抑えるための対策を取ることができます」


東が頷いた。


『これは重要ですな』


『双方の秘密を守ることだけでなく、もし漏れた場合の対応まで考えておく』


「その通りです」


東は官吏達へ視線を向ける。


『他に意見は?』


『ございません』


『異議ございません』


『では、最終確認とする』


秀高は条文を読み上げる。


「第十二条。【堺及び琉球王国は、外交、軍事、交易その他相手国から秘密として提供された情報について、相手国の承諾なく第三国その他の者へ漏らしてはならないものとする。また、双方は秘密情報を取り扱う者に対し、必要な管理を行うものとする。】」


「以上が第十二条の最終案です」


「この内容で相違ございませんでしょうか」


『異存ございません』


『私も問題ございません』


『『異議ございません』』


『よろしい』


『それでは、本条第十二条を正式に承認とする』



そして、残る条文はあと二つとなった。


東は、まだ机上に残された草案へ目を向ける。


『参議殿』


『第十三条、そして最後の第十四条』


『いよいよ大詰めですな』


「はい」


秀高は頷いた。


「第十三条では、今回の条約の大きな柱の一つでもある相互関税について定めます」


「そして第十四条では、ここまで定めた条約を、どのように正式な条約として成立させるのかを定めます」


『なるほど』


「では、第十三条へ移ります」


「第十三条」


秀高は草案を広げる。


「相互関税について定めます」


「交易を盛んにするためには、商船の入港を認めるだけでは十分ではありません」


「商品が相手国へ入る際に高い税が掛かれば、それだけ商品の価格は上がります」


「そうなれば、せっかく交易の道を開いても、商人達にとって利用しにくいものとなります」


東が頷く。


『確かに』


「そこで、双方が相手国の商人に対して、通常の交易よりも有利な条件を与えます」


「それが相互関税です」


馬が尋ねる。


『具体的には、税を無くすということでしょうか』


「いいえ。全ての商品を無税にするわけではありません」


「まずは、双方が指定する一定の品目について、関税を軽減するのです」


「特に両国の生活や産業に必要な物資については、より低い税率を適用する」


「逆に、国内産業へ大きな影響を与える品については、双方で協議して扱いを決める」


『なるほど』


「関税を全て一律に無くしてしまえば、国内の産業へ急激な影響を与える可能性があります」


「だからこそ、交易を拡大しながら、双方の産業も守る必要があるのです」


年配の官吏が質問する。


『では、仮に王国が必要としている物が、農具や鉄などの場合はいかがいたしますか?』


「そうした物資は、低い関税を適用する対象として検討できます」


『琉球から堺へ向かう織物や農産物についても?』


「はい。双方が必要とする品を互いに安く流通させることが、今回の関税制度の目的です」


東は大きく頷いた。


『これなら、交易を増やすだけでなく、王国の産業を育てることにも繋がりますな』


「その通りです」


しかし、ここで一人の官吏が立ち上がった。


『参議様』


「どうぞ」


『関税を低くするということは、王国の税収も減るということでは?』


「その通りです」


秀高は正面から答えた。


『それでは、王国や堺、双方にとって不利益ではありませんか?』


「短期的に見れば、関税収入が減る可能性は勿論あります」


「しかしです」


秀高は一拍置いて続けた。


「関税を下げることで、国に出入りする商人の数と交易量そのものが増えれば、結果として取引から得られる収入が増える可能性があります」


「また、商品の価格が下がれば、王国内の人々もより多くの商品を購入できるようになります」


「産業に必要な物資が安く手に入れば、王国内の生産力も高まります」


「つまり、税を一度に多く取るのではなく、交易そのものを大きくして長期的な利益を得るという考え方です」


馬は深く頷いた。


『目先の税収よりも、市場全体を大きくする』


「はい」


『商人にとっても、その方が魅力的でしょう』


「そして、商人が集まれば港が栄える」


「港が栄えれば、人が集まる」


「人が集まれば、さらに商いが生まれる」


「そうやって経済は大きくなっていきます」


東は静かに笑った。


『これが、参議殿が唱える経済の考え方ですか』


「そういうことです」


別の官吏が手を挙げる。


『では、税率については、この条約に具体的な数字まで記すのでしょうか』


「いいえ」


「税率は、時代や品目によって変わる可能性があります」


「そのため、条約には相互に関税を軽減するという基本原則を定めます」


「具体的な税率や対象品目については、別途協議し、一覧として定めればよいでしょう」


『なるほど』


『それならば、後から品目を増やしたり、税率を見直したりできますな』


「はい」


「第十条の条約改定の考え方とも繋がります」


「状況が変われば、双方の協議によって調整する」


「それこそが、長く続く通商関係には必要です」


東が官吏達を見渡す。


『他に意見はあるか』


しばらくして。


『ございません』


『異議ございません』


東は頷いた。


『では、第十三条の最終確認を行いましょう』


秀高は、最後の条文を改めて読み上げる。


「第十三条。【堺及び琉球王国は、双方の交易を促進するため、相手国から輸入する物品について、別途協議して定める品目及び条件に基づき、相互に関税を軽減するものとする。また、関税の対象品目及び税率については、双方の協議により、必要に応じて見直すことができるものとする。】」


「これが、第十三条の最終案です」


「この内容で相違ございませんでしょうか」


東が草案へ目を落とす。


そして、静かに頷いた。


『異存なし』


馬も続く。


『私も問題ございません』


東が官吏達へ振り返る。


『諸君はどうか?』


『『異議ございません』』


その瞬間、東の表情が柔らかくなった。


『よろしい』


『それでは、本条第十三条を正式に承認とする』



「そして、最後の条文……第十四条です」


秀高は、最後の草案を机上へ置いた。


「ここまでの十三条で、堺と琉球王国が何を約束するのかは定まりました」


「しかし、どれほど優れた条文であっても、正式な手続きがなければ条約として成立したとは言えません」


「そこで第十四条では、この条約の発効、署名、正本の保管、そして双方の履行について定めます」


東が頷く。


『つまり、条約を正式に成立させるための最後の条文ですな』


「はい」


秀高は草案を読み上げる。


「【本条約は、堺及び琉球王国双方の正式な承認及び代表者による署名をもって成立し、その署名の日より効力を生ずるものとする。双方は、本条約の正本をそれぞれ一部保管し、誠実にこれを履行するものとする。】」


応接間が静まり返る。


最後の条文。


この一文が定まれば、条約の全体が完成する。


年配の官吏が手を挙げる。


『参議様』


「どうぞ」


『署名する者は、今回の協議に参加している我らでよろしいのでしょうか』


「最終的には、両国を代表して署名する資格を持つ者が署名します。例えばですが、堺は私が、王国は国王陛下が署名するような形が分かりやすいかと」


「ですが今回の協議に参加している者の中から、正式な代表者を選ぶことになる場合もございます」


東が頷く。


『なるほど』


『では、ここで草案を定めておき、正式な締結の場で署名する』


「その通りです」


馬が続ける。


『正本を双方で一部ずつ保管するというのも重要ですな』


「はい」


「一方だけが原本を持つのではなく、双方が同じ内容の正本を保管する。そうすれば、後世に内容を確認する場合にも、双方で照合できます」


『確かに』


東は草案へ目を向けた。


『そして、誠実に履行する』


「はい」


「条約は、紙に書いて終わりではありません。実際に守り、実際に使い、後世へ引き継いでこそ意味があります」


官吏達も静かに頷いた。


東が官吏達を見渡す。


『他に意見は?』


しばらくして。


『ございません』


『異議ございません』


東は頷いた。


『では、最終確認を』


秀高は第十四条を改めて読み上げる。


「【本条約は、堺及び琉球王国双方の正式な承認及び代表者による署名をもって成立し、その署名の日より効力を生ずるものとする。双方は、本条約の正本をそれぞれ一部保管し、誠実にこれを履行するものとする。】」


「以上が第十四条の最終案です」


「この内容で相違ございませんでしょうか」


東が答える。


『異存なし』


馬も続く。


『私も問題ございません』


東が後方へ目を向ける。


『諸君は?』


『『異議ございません』』


『よろしい』


東は静かに頷いた。


『それでは、本条第十四条を正式に承認とする』


『これをもって、本条全十四条の草案がすべて完成した』


『いやはや……』


東は深く息を吐いた。


応接間には、これまでにない達成感が広がった。


前文から始まり。

前文第一条目から第三条目。

そして本条第一条から第十四条。

数日にわたって続いた協議の結果。

堺と琉球王国が結ぶべき条約の骨格が、ついに完成したのである。


しかし。秀高はまだ筆を置かなかった。


「皆様」


全員の視線が秀高へ集まる。


「最後に、一度全体を確認いたしましょう」


「ここまで条文を一つずつ定めてきましたが、それぞれ単独で確認するだけでは不十分です」


「まずは、条約全体の根幹となる前文から確認いたしましょう」


東が頷く。


『前文からですな』


「はい」


秀高は、最初に定めた前文の草案を手に取った。


「前文には、この条約がどこに適用されるものなのか」


「そして、何を目的として結ばれるものなのか」


「双方がどのような姿勢で守るのか」


「さらに、後世へどのように継承していくのか」


「それらの基本理念が記されています」


「本文へ入る前に、まずここを確認する必要があります」


東が静かに頷く。


秀高は前文を読み上げる。


【堺・琉球修好通商条約】

【前文】

本条約は堺と琉球王国との間においてのみ適用されるものとする。


「ここまでが前文です」


東は頷いた。


『問題ございませんな』


「続いて、前文条目第一条です」


秀高は次の紙へ目を移す。


【前文条目第一条】

本条約は、堺と琉球王国との永続なる友好及び繁栄を願い、互いの信義を重んじ、末永き和平と交易の発展を図ることを目的として締結する。


「この条目は、本条約を何のために締結するのか、その目的を明らかにするものです」


「単に商品を売買するためだけではありません。堺と琉球王国が、末永く友好関係を築き、和平と交易の発展を実現する。そのための条約であることを示しています」


馬が静かに頷く。


『ここが、条約全体の根幹となるわけですな』


「はい。以前の協議でも申し上げた通り、後世の者が条文の解釈に迷った際、この目的へ立ち返ることができます」


東も頷いた。


『異論ございません』


秀高は続ける。


「続いて、前文条目第二条です」


【前文条目第二条】

双方は、本条約の各条を誠実に遵守し、互いの信義を損なう行為をしてはならない。また、本条約に疑義が生じた場合は、誠意をもって協議し、円満な解決に努めるものとする。


「この条目では、双方が条約をどのような姿勢で守るのかを定めています」


「単に文面だけを守ればよいということではありません。信義を損なわず、疑義が生じた場合には一方的に判断せず、まず双方で協議する。それがこの条目の意味です」


東が頷く。


『この部分は祭殿からの提案によって、協議の文言が加わりましたな』


秀高も頷く。


「はい。条約に明記することで、将来、解釈の違いが生じた際にも、まず協議によって解決するという姿勢を明確にできます」


『なるほど』


東は官吏達へ目を向ける。


『他に意見は?』


『ございません』


『異議ございません』


『問題ございません』


『では、前文条目第二条も、この内容でよしとする』


「続いて、前文条目第三条です」


秀高は最後の前文条目へ目を移す。


【前文条目第三条】

本条約は、堺及び琉球王国の双方が等しくこれを尊重し、その権利及び義務を誠実に履行するものとする。また、双方の国が滅びぬ限り、双方の統治者及びその後継の者は、本条約を継承し、これを遵守するものとする。ただし、継承の際に、条約の内容を変更または修正する際は双方で協議の上、これを可能とする。


秀高は一度言葉を切った。


「ここでは、条約を個人ではなく、国と国との約束として継承することを定めています」


「国王や統治者が代わっても。役職に就く者が代わっても。条約そのものは引き継がれる。..........それによって、政権や世代が変わったからという理由で、簡単に条約が失われることを防ぎます」


東は静かに頷いた。


『前文第三条目の協議でも、その点が重要だという話になりましたな』


「はい」


「そして同時に、後世において情勢が変化した際には、双方の協議によって内容を変更、修正できる。そうすることで、条約を守りながら時代にも対応できるようにしています」


馬が口を開く。


『つまり、変えてはいけないのではなく、勝手に変えてはいけない』


「その通りです」


「双方が合意して変更するのであれば、条約をより長く存続させられます」


東は官吏達を見る。


『前文及び前文条目について、これで異論はないか』


『『ございません』』


『問題ございません』


東は静かに頷いた。


『よろしい』


『これをもって、前文及び前文条目はすべて最終承認とする』


前文及び三つの条目。

これまでの会議で何度も議論され、修正されてきた条約の土台が、改めて一つの形として目の前に並んだ。


東は静かにそれを見つめる。


『……これで、条約の魂が定まりましたな』


秀高は微笑んだ。


「はい」


「前文は、条約そのものの目的と精神を示すものです。本文が具体的な約束ならば、前文はその約束が何のために存在するのかを示すもの。だからこそ、最後の確認も前文から始める必要がありました」


東は深く頷いた。


『納得いたしました』


『では、続いて本文第一条から第十四条を確認いたしましょう』



秀高は、完成した条約草案を順に並べた。


「それでは、本条第一条から確認いたします」


【第一条 基本原則・対等関係】

堺及び琉球王国は、互いの統治及び権利を尊重し、対等な立場において友好、交易その他の交流を行うものとする。



「第一条では、両国が対等な立場で関係を築くことを定めています」


東が頷く。


『前文の理念とも一致しておりますな』


「はい」


「続いて第二条です」


【第二条 交易促進】

堺及び琉球王国は、双方の商人及び商船による交易を認め、両国間の交易が円滑に行われるよう努めるものとする。



「商人と商船による交易を認め、両国間の商取引を発展させるための基本となる条文です」


『異議ございません』


「第三条」


【第三条 技術・人材交流】

堺及び琉球王国は、農業、造船、武器製造その他の技術について、必要に応じて職人、技術者その他の人材を相互に派遣し、その交流及び技術の発展に努めるものとする。



「単に物を売買するだけではなく、人と技術そのものを交流させることを定めています」


馬が頷いた。


『王国にとっても重要な条文ですな』


「続いて第四条です」


【第四条 物資の相互交易】

琉球王国は、その国内で余剰となる農産物、織物、工芸品その他の物資について、堺屋その他の堺の商人へ売却することができるものとする。また、堺側は、琉球王国が必要とする物資について、可能な限りこれを供給するものとする。



「これは、琉球の余剰品と堺からの必要物資を相互に流通させるためのものです」


「両国の経済を実際に繋げる、重要な条文となります」


東が頷いた。


「第五条」


【第五条 港湾利用】

堺及び琉球王国は、相手国の商船が入港する場合、可能な限りその安全な停泊、荷役及び必要な補給を認め、これを円滑に行えるよう努めるものとする。



「商船が安全に港を利用できる環境を整えることで、第二条の交易促進を実際の運用へ繋げます」


「第六条」


【第六条 相互安全保障】

堺及び琉球王国は、相手国の安全を脅かす第三国その他の勢力による侵害を認知した場合、相手国へ速やかに通報し、可能な限り必要な協力を行うものとする。



「ここで、単なる交易相手ではなく、安全保障面でも協力する姿勢を定めています」


「第七条」


【第七条 連絡・協議】

堺及び琉球王国は、両国の安全、交易その他の重要事項について協議する必要が生じた場合、相互に使者その他の連絡手段を用いて速やかに協議を行うものとする。緊急を要する事項については、可能な限り速やかにその旨を相手国へ通報するものとする。」



「第六条の協力を実際に機能させるため、連絡と協議の仕組みを定めています」


馬が頷いた。


『これなら緊急時にも動きやすくなりますな』


「続いて第八条」


【第八条 人の往来・保護】

堺及び琉球王国は、相手国へ入国する商人、職人、技術者、使者その他の者について、必要な身分確認を行った上で、可能な限りその往来を認めるものとする。また、相手国から入国した者に対しては、その身の安全及び財産を可能な限り保護するものとする。



「交易や技術交流が進めば、人も両国を行き来することになります」


「そのため、人の往来と安全を条約に明記しました」


「第九条」


【第九条 紛争解決】

堺及び琉球王国の商人その他の者の間において、交易その他の活動に関する紛争が生じた場合、双方は当事者間による解決を促すものとし、解決が困難な場合は、双方の関係機関が誠意をもって協議し、その円満な解決に努めるものとする。



「これは、商取引上の問題を国家間の対立へ発展させないための条文です」


「まず当事者間で解決を図り、それが難しい場合には関係機関が協議する」


「そうすることで、問題を一つずつ解決できるようにしています」


「第十条」


【第十条 条約改定】

堺及び琉球王国は、社会情勢その他の事情により本条約の内容を変更する必要が生じた場合、双方の合意により、その内容を修正又は追加することができるものとする。



「前文第三条目にも繋がる条文です」


「条約は守り続ける。しかし、時代が変われば必要な修正も生じる」


「その場合には、一方的に変更するのではなく、双方の合意によって変更する」


「これが第十条の考え方です」


東が頷いた。


「第十一条」


【第十一条 軍事協力】

堺及び琉球王国は、相手国より軍事上の支援を求められた場合、双方の協議に基づき、可能な範囲において兵員、武器、兵糧、船舶その他必要な物資又は役務の提供について協力するものとする。



「第六条の相互安全保障を、実際の軍事支援へ繋げるための条文です」


「兵員、武器、兵糧、船舶など、その時々に必要な支援を双方で協議します」


「第十二条」


【第十二条 秘密保持・情報管理】

堺及び琉球王国は、外交、軍事、交易その他相手国から秘密として提供された情報について、相手国の承諾なく第三国その他の者へ漏らしてはならないものとする。また、双方は秘密情報を取り扱う者に対し、必要な管理を行うものとする。



「両国の関係が深くなれば、重要な情報も行き来します」


「そのため、軍事、外交、交易などの秘密情報を第三国へ漏らさないことを定めています」


「第十三条」


【本条第十三条 相互関税】

堺及び琉球王国は、双方の交易を促進するため、相手国から輸入する物品について、別途協議して定める品目及び条件に基づき、相互に関税を軽減するものとする。また、関税の対象品目及び税率については、双方の協議により、必要に応じて見直すことができるものとする。



「これは、今回の条約を通商条約として成立させる上で重要な条文です」


「商人が商品を相手国へ持ち込む際の負担を軽くし、交易そのものを拡大する」


「その一方で、具体的な品目や税率は時代に応じて双方が協議できるようにしています」


「そして最後に、第十四条です」


【第十四条 条約の発効・署名・締結】

本条約は、堺及び琉球王国双方の正式な承認及び代表者による署名をもって成立し、その署名の日より効力を生ずるものとする。双方は、本条約の正本をそれぞれ一部保管し、誠実にこれを履行するものとする。



「ここで、正式な承認、代表者による署名、正本の保管、そして履行までを定めます」


「これによって、条約を実際に成立させる最後の仕組みが完成します」



秀高は説明を終えた。


応接間には、しばし沈黙が流れた。

これまで一つずつ協議してきた条文が、今こうして一本の条約として繋がっている。


馬が、静かに口を開く。


『……こうして並べてみると、実に広い範囲を定めておりますな』


「はい」


『単なる交易の約定ではない』


「その通りです」


『友好』


『交易』


『技術』


『人』


『安全保障』


『情報』


『関税』


『そして、条約そのものの継承』


東も深く頷いた。


『一つの条約の中に、両国がこれから築こうとする関係そのものが詰まっておりますな』


「それこそが、今回の条約の目的です」


「単に商人が商品を売買するためだけの約束ではありません。我々が今から後世に渡り、長く付き合っていくための基本的な土台を作る。そのための条約なのです」


若い官吏が、完成した草案を見ながら呟く。


『ここまでのものを、我々が作ったのですな……』


その声に、周囲の官吏達も静かに頷いた。


東が顔を上げる。


『では、確認する』


『前文から第十四条までを通して見た結果、王国側から見て修正を要する箇所はあるか』


官吏達は互いに顔を見合わせるが、誰からも手は挙がらなかった。


『ございません』


『問題ございません』


『異議ございません』


東は満足そうに頷く。


『馬殿は?』


『私もございません』


東は秀高へ向き直った。


『参議殿』


『堺側から見て、この内容で問題はございませんかな』


秀高は完成した草案を見つめた。

そして、ゆっくりと頷く。


「はい。私も問題ございません」


「これまで皆様と議論してきた内容が、全て一つの条約として繋がっています」


「これをもって、草案は完成と考えてよいでしょう」


東の表情が、穏やかに緩んだ。


『では』


東が立ち上がった。


『これをもって、堺・琉球修好通商条約の草案策定を完了とする。皆、大儀であった』


その言葉とともに。


応接間にいた官吏達が、一斉に頭を下げた。


『『『ありがとうございました』』』


秀高も深く頭を下げる。


「こちらこそ、ありがとうございました」


「この条約が完成したのは、ここにいる皆様のおかげです」


東は静かに笑った。


『次はいよいよ、正式な締結ですな』


「はい」


『それまでに、全文を清書し、正本を整え、署名の準備をいたしましょう』


「よろしくお願いいたします」


『お任せくだされ』



こうして。

数日にわたる条約草案会議は、ついに幕を閉じた。


前文から始まり。

前文第一条目から第三条目。

そして、本条第一条から第十四条。

その全てが定められた。

それは、単なる交易の約束ではなかった。


堺と琉球王国。

二つの地域が互いを尊重し、交易し、技術を学び、人を往来させ、困難な時には協力し、未来へ向けて関係を築いていく。


そんな長い付き合いのための、最初の礎であった。

そして。

条約の草案が完成したその頃。

もう一つの準備も、静かに進んでいた。





客殿。


小梅は、王妃・月江から届いた返書を手にしていた。


『小梅様』


侍女が嬉しそうに声を掛ける。


『王妃様から正式なお返事がございました』


『はい』


小梅は書状を開く。


そして、その内容へ目を通す。


『……決まりました』


『本当ですか?』


『はい』


小梅は嬉しそうに微笑む。


『着比べお茶会は、二日後に開催することとなりました』


侍女達から、明るい声が上がる。


『それでは、早速準備を進めませんと』


『はい』


小梅は頷く。


『日ノ本の振袖』


『帯』


『反物』


『髪飾り』


『そして、私達が着る琉球衣装』


『全て整えましょう』


侍女達も、堺屋の一員として商いの経験を活かしながら、必要な物を書き出していく。


『振袖は三着ほど比較できるようにいたしましょう』


『帯は、それぞれの振袖に合わせたものを』


『反物は、織り方の違うものを複数』


『髪飾りも衣装ごとに選んだ方が良いでしょう』


小梅は頷いた。


『お願いします』


そして、小梅は少しだけ笑う。


『私も琉球衣装を着るのですから』


『皆様も一緒に楽しみましょう』


『はい!』


こうして。

条約が正式な締結へ向けて進み始める一方で。


日ノ本と琉球の女性達による、新たな文化交流もまた動き始めた。


そして堺と琉球王国。

両国の間に築かれる新たな関係は、紙の上だけでは終わらない。

条文の中には、

友好。

交易。

技術。

人材。

安全保障。

情報。

関税。

そして未来への約束が刻まれた。


秀高は条約を通じて、両国の未来を形にした。

小梅は社交を通じて、人と人との繋がりを作った。

二人がそれぞれの場所で進めてきた仕事は、少しずつ一つの未来へと繋がっていく。


残るのは。


完成した条約への署名。

そして、正式な締結。


さらにその先には。

二日後に迫った、日ノ本と琉球の衣装着比べお茶会が待っている。


琉球王国と日ノ本。

二つの文化が、いよいよ互いの姿を知る日を迎えようとしていた。




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