第36話ー小梅、社交を制すー
『以上が、私、小梅と夫、秀高との馴れ初めでございます』
小梅はお茶会に参加している全ての才媛に目配せし、秀高との馴れ初めを語り切ったのであった。
一同は、しばらく言葉を失っていた。
それほどまでに、小梅の語った話へ引き込まれていたのである。
先ほどまで聞き手であった夫人達は、互いに顔を見合わせながら、どこか夢見心地のような表情を浮かべていた。
やがて、その沈黙を破ったのは月江であった。
『……何とも素敵なお話でございますね』
『ありがとうございます』
小梅は少し照れたように笑う。
『ですが、こうして改めて話してみますと、私自身も不思議な気持ちになります』
『不思議、でございますか?』
月江が首を傾げる。
『はい』
『あの日は、ただ堺から献上品が届くと聞いて、それを見に行っただけでした』
『まさか、そこで秀高様と出会うことになるとは思いもしませんでした』
『まして、その日のうちに婚約のお話にまで進むなど、当時の私には想像もできません』
その言葉に、夫人達から小さな笑い声が漏れた。
『確かに、それは驚きますわ』
『それほどの御縁が、一日のうちに結ばれるとは』
『しかも、最初は堺の長ということしか知らなかったのでしょう?』
『はい』
小梅は頷いた。
『私は、ただ「あの御方はどなたなのだろう」と思っただけでした』
『それなのに、名前を教えてもらった瞬間、今度はその名前まで気になってしまって……』
そこまで話して、小梅の頬がほんのり赤くなる。
『木下日高様、と聞いただけで胸が高鳴ってしまったのです』
『まあ』
『本当に一目惚れだったのですね』
『はい……』
小梅は恥ずかしそうに俯いた。
一人の夫人が、小梅へ興味深そうに尋ねる。
『そういえば、先ほど仰っていた櫛と簪は、今も大切にされているのですか?』
その問いに、小梅は少しだけ微笑んだ。
そして、そっと自分の髪へ手を添えた。
そこには。
美しい装飾の施された櫛と簪が、今も変わらず身につけられていた。
『はい。こちらに』
『まあ……』
夫人達から、感嘆の声が漏れる。
『今もお使いになっているのですか?』
『ええ』
小梅は優しく微笑んだ。
『秀高様から初めて頂いた、大切な贈り物ですから』
『ですから、私は今でも常に身につけております』
『まあ……』
『あの日からずっと、でございますか?』
『はい』
小梅は頷いた。
『もちろん、傷めぬよう手入れは欠かしません』
『ですが、どれほど年月が経っても、この二つだけは身につけていたいのです』
小梅は櫛と簪へ、そっと指を触れた。
『私にとって、これはただの装飾品ではございません』
『初めて秀高様と出会った日の記憶』
『初めて目が合った日の記憶』
『そして』
『私が初めて恋を知った日の証なのです』
そう言って、小梅は少し恥ずかしそうに笑った。
月江も、その櫛と簪へ目を向けた。
『なるほど……』
『だから、先ほどからずっと身につけておられたのですね』
『はい』
『秀高様から頂いた物だからこそ、今もこうして身につけていたいと思っております』
夫人達は、その答えを聞いて微笑み合っていた。
すると、一人の夫人が小梅へ目を向けた。
『……ところで、先程から気になっていたのですが』
『はい?』
『少納言様のお召し物、とても美しいですね』
この日、小梅が身にまとっていたのは、日ノ本を代表して琉球王国へ臨む者にふさわしい、格調高い振袖であった。
地色は雪のように清らかな白を基調とし、裾へ向かうにつれて淡い紅梅色へと移ろう優雅なぼかし染め。
その意匠の中心には、小梅の名にも通じる紅白の梅花が咲き誇り、松や竹、桜、藤、菊など四季折々の花々が京友禅の繊細な技法によって描かれている。
一つ一つの花は決して派手に主張していない。
それぞれが調和し、全体として一つの美しい景色を作り上げていた。
寒さの中でもいち早く花を咲かせる梅。
高潔さ。
忍耐。
そして、揺るぎない意志。
その姿は、外交という重責を担う小梅自身を映し出しているかのようであった。
金糸と銀糸を織り込んだ袋帯には、優雅に舞う鳳凰と格調高い有職文様が品よく織り出されている。
その意匠は決して華美を誇示するものではない。
日ノ本の美意識と品位を静かに物語っていた。
それは、美しさを競うための装いではない。
日ノ本を代表する者として。
そして、堺屋の名を背負う者として。
他国に臨む者の覚悟を、その一針一針に込めた正装であった。
琉装とは趣を異にするその優雅な姿に、王妃をはじめ王国の女性たちは思わず息を呑んだ。
『本当に見事でございますね……』
月江が感嘆の声を漏らす。
『このように白から淡い紅梅色へ移ろう衣は、琉球ではあまり見かけません』
『日ノ本には、このような美しい衣装があるのですね』
『ええ』
小梅は微笑んだ。
『京の職人方が、私の立場に相応しいよう仕立ててくださったものです』
『この梅の意匠も素敵ですわ』
『はい。私の名にも通じる花ですので、秀高様や周囲の方々が選んでくださったものにございます』
そこへ別の夫人が、小梅の帯へ目を向けた。
『帯に織り込まれた鳳凰も、とても美しいです』
『こちらは金糸と銀糸を用いております』
小梅は少しだけ袖を広げ、衣装の細部を見せる。
『有職文様も合わせておりますので、華やかではありますが、品を失わないよう仕立てております』
『素晴らしい……』
『私も一度、日ノ本の振袖を着てみたいですわ』
『私もです』
『あの長い袖、実際に身につけるとどのような感じなのでしょう?』
次々と声が上がる。
月江も小梅の姿を改めて見る。
『本当に見事でございますね』
『ありがとうございます』
『日ノ本の女性は、そのような華やかな衣をお召しになるのですね』
『はい』
小梅は微笑んだ。
『こちらは堺で仕立てたものになります』
『堺で?』
『はい。布地の選定から染め、刺繍、仕立てまで、堺には優れた職人が数多くおります』
その説明に、夫人達の目が輝いた。
『まあ……』
『この細かな模様も、堺の職人が?』
『ええ』
小梅は袖を少し広げて見せる。
『こちらの文様は、細かな刺繍で仕上げております』
『実に見事ですわ』
『こんな美しい衣を、日ノ本では皆様が着ておられるのですか?』
『全ての者が、というわけではございません』
小梅は笑った。
『身分や立場によって衣装も異なります』
『ですが、公家の女性の装いには、色や文様、季節などにもそれぞれ意味がございます』
『なるほど……』
月江も興味深そうに小梅の袖を見る。
『では、この衣にも意味があるのですね』
『はい』
小梅は頷いた。
『そして、こちらの櫛と簪も』
そう言って、小梅は髪へそっと触れる。
『衣装と合わせております』
『その二つは、秀高様からの贈り物でしたね』
『はい』
小梅は少し照れながら答えた。
『ですから、今日の衣装にも自然と合うように整えてまいりました』
その言葉を聞いた月江が、思わず小梅の姿を上から下まで見つめる。
『……本当に美しい』
『王妃様?』
『いえ』
月江は小梅の袖に視線を向ける。
『恥ずかしながら、私も少納言様のような振袖を、一度身につけてみたくなってしまいました』
『まあ』
小梅が目を丸くする。
月江の言葉に、周囲の才媛達も一斉に反応した。
『私もです』
『私も、あの長い袖を実際に着てみたいと思っておりました』
『ですが、日ノ本の衣は琉球の衣とは形が大きく違いますものね』
『どのように着るのかも気になります』
小梅は楽しそうに夫人達を見回した。
『皆様も、日ノ本の衣装に興味がおありなのですね』
『ええ』
月江が頷く。
『特に、その袖の広がりがとても美しく見えます』
小梅は少し考えました。
そして。
『それでしたら』
『はい?』
『お互いの衣装を着比べるお茶会を開いてみませんか?』
一同の目が、一斉に輝いた。
『衣装を、着比べる……?』
『はい』
小梅は嬉しそうに頷いた。
『私も、実は琉球の衣装を身につけてみたいと思っております』
『まあ!』
『本当でございますか?』
『はい』
小梅は笑顔で続けた。
『こちらへ来る前から、琉球の織物には興味がございました』
『日ノ本にはない色合いや模様がございますし、実際に身につければ、より深くその文化を知ることができると思います』
月江は感心したように頷いた。
『なるほど』
『ただ衣を見るのではなく、実際に着てみることで相手の文化を理解するのですね』
『はい』
『衣服というものは、その土地の気候や文化、暮らしがそのまま表れるものですから』
小梅の言葉に、夫人達も頷いた。
『確かに』
『琉球の衣を日ノ本の方が着るというのも面白そうです』
『そして、私達が日ノ本の振袖を着る』
『ええ』
小梅は笑う。
『せっかく琉球へ参ったのですから、私も皆様の文化をもっと知りたいと思っております』
『私も、琉球の衣装をぜひ着てみたいですわ』
『私も』
『私もです』
瞬く間に、お茶席が盛り上がり始めた。
月江も楽しそうに笑う。
『それでは、次のお茶会は「衣装を着替えるお茶会」にいたしましょうか』
『はい』
小梅も頷いた。
『その際、日ノ本から持参した反物や帯、髪飾りなど、実際に見ていただきましょう』
『まあ』
『そこまでご用意いただけるのですか?』
『もちろんです』
小梅は笑顔で答えた。
『堺屋の荷には、まだ皆様へお見せしていない品々もございますから』
『それは楽しみですわ』
月江が嬉しそうに微笑む。
『では、こちらも琉球の衣装を用意いたしましょう』
『ありがとうございます』
小梅も嬉しそうに頭を下げた。
『私も楽しみにしております』
その瞬間。
お茶会の席は、先ほどまでとは違う意味で活気に満ち始めた。
『ただ』
小梅がふと口を開く。
『一つだけお願いがございます』
『何でしょう?』
月江が尋ねる。
『もしよろしければ、そのお茶会の折に、衣装だけでなく、その衣装がどのように作られているのかも教えていただけませんか?』
『作り方、ですか?』
『はい』
『琉球には、独自の織物や染色の技法があると伺っております』
『私は、そちらにも大変興味がございます』
月江は少し驚いた後、嬉しそうに笑った。
『少納言様は、本当に好奇心がお強いのですね』
『はい』
小梅は微笑んだ。
『知らないことを知るのが好きなのです』
その言葉に、夫人達も頷いた。
『それならば、職人達から話を聞いてみましょう』
『ええ』
『実際の織機も見ていただけるように取り計らいます』
『ありがとうございます』
小梅は深く頭を下げた。
しかし。
ここから、小梅のもう一つの顔が見え始める。
先ほどまで衣装や恋愛の話で笑顔を見せていた小梅は、ふと表情を変えた。
『ですが、衣装のお話だけで終わらせるのも少し勿体ないですね』
『?』
夫人達が小梅を見る。
『琉球と堺の商いについても、少しお話をしても宜しいでしょうか』
月江の表情が少し真剣になる。
『商いについて、ですか』
『はい』
小梅は、穏やかな口調を崩さずに続けた。
『先ほどお話を伺ったところ、琉球には独自の織物や染色技術があるとのことでした』
『一方、堺には日ノ本各地から集まる品々がございます』
『双方の良いところを持ち寄れば、もっと面白い商いができるのではないかと思うのです』
『なるほど』
『例えば、琉球の織物技術を堺へ持ち込む』
『そして、堺からは日ノ本の織物技術などを届ける』
『そうすれば、単なる売買だけではなく、職人同士の技術交流にも繋がります』
夫人達は、先ほどまで衣装について楽しそうに話していた小梅が、突然、商業の話を始めたことに少し驚いた。
しかし月江はすぐに理解した。
『少納言様は、この着比べお茶会を通して、今後の商いにつなげたいのですね』
『はい』
小梅は微笑んだ。
『私は秀高様の妻でございますが、それと同時に、堺屋を支える者でもあります』
『今回の旅でも、私は私にできる仕事をしっかり務めたいと思っております』
その言葉には、それまでのお茶会で見せていた柔らかな少女らしさとは違う、働く女性としての芯の強さがあった。
『ですが、どうか堅苦しく考えないでくださいませ』
小梅は笑った。
『今日のお茶会で皆様と親しくお話しできたからこそ、こうして商いの話もできるのだと思っております』
『いきなり「商いの相談です」と言われていたら、皆様も身構えてしまいますでしょう?』
『ふふ』
月江が笑った。
『確かに、その通りですね』
『本日は楽しいお話をしながら、自然に皆様と交流できました』
『その中で、お互いに興味のあるものが見えてきた』
『それならば、次はそこから一歩進んでみる』
小梅はそう言って微笑んだ。
『それが、私なりの社交でございます』
月江は、その言葉を聞いて目を細めた。
『なるほど』
『これが……少納言様のやり方なのですね』
『大したことではございません』
『ですが、相手のことを知り、自分達のことも知ってもらう』
『それを続けていけば、自然と信頼は生まれるものだと思っております』
『見事ですわ』
月江は素直に感心していた。
夫人達も徐々に興味を持ち始めた。
『少納言様』
『はい?』
『先ほどの織物の話ですが、堺屋で琉球の織物を扱う場合、どのような価格になるのでしょう?』
『それは品によりますが』
小梅はすぐに答えようとした。
しかし、その場で即答せず、少し考える。
『正確な値については、実際に品を拝見しなければ何とも申し上げられません』
『ですが、まずは双方の職人や商人が話をする場を設けることから始めるのがよいでしょう』
『いきなり大量の取引を行うより、少量から始めて需要を見極める方が双方にとって安全です』
『なるほど』
『そのようなことまで考えておられるのですか?』
『はい』
小梅は穏やかに微笑んだ。
『商いは、相手を損させて自分だけが得をするものではありません』
『長く続けるためには、双方が「また取引したい」と思える関係を作ることが大切です』
『それは、夫からも常々教えられております』
月江は、その話を聞きながら小梅を見つめる。
恋する妻として。
公家の娘として。
そして、堺屋の副総統として。
小梅は、場面に応じて自然に姿を変えている。
そのことに月江は感心を隠せなかった。
『なるほど』
月江が微笑む。
『では、次のお茶会は衣装を楽しみながら、織物と商いについても少しお話ししましょう』
『ぜひ』
小梅も嬉しそうに頷く。
『私も日ノ本側の品々について、簡単な資料を用意してまいります』
『資料まで?』
『はい』
小梅は笑う。
『堺屋の副総統として、仕事を怠るわけにはまいりませんから』
その言葉に、一同が笑った。
『まあ』
『本当にお仕事がお好きなのですね』
『好きというよりも、責任がございますから』
小梅は穏やかに答えた。
『秀高様が外で会議をされている間、私には私の役目がございます』
『妻として支えるだけではなく、私自身も堺のために動かなければなりません』
『素晴らしいお考えです』
月江は深く頷いた。
話題は衣装から商いへ。
商いから文化交流へ。
そして、再び家族や暮らしの話へ戻っていった。
小梅はどの話題でも、相手の話をよく聞き、自然に会話へ溶け込んでいく。
誰かが琉球の衣装について話せば、それを興味深そうに聞く。
堺の商いについて尋ねられれば、分かりやすく説明する。
秀高との夫婦生活を聞かれれば、少し恥ずかしそうに笑う。
その切り替えは見事だった。
最初は「日ノ本から来た公家の姫君」として小梅を見ていた夫人達も。
いつの間にか。
「堺屋を動かす一人の女性」
「秀高を支える妻」
「そして、自分達と同じように家族と国を思う一人の女性」
として小梅を見るようになっていた。
月江は、そんな様子を静かに見守っていた。
そして、ふと思う。
『(この御方は、本当にお強いのね)』
武力の強さではない。
権力を振りかざす強さでもない。
相手の心へ自然に入り込み、互いの距離を縮め、最後には「また話したい」と思わせる。
それは、外交において非常に大きな力となる。
月江は、小梅へ柔らかく微笑んだ。
『少納言様』
『はい?』
『次のお茶会が、今から楽しみになってしまいました』
『私もでございます』
『では、衣装の交換を楽しむだけではなく、互いの文化をもっと知る会にいたしましょう』
『はい』
小梅は嬉しそうに頷いた。
『琉球の衣装を着るのも、今から楽しみでございます』
『その時は、私も日ノ本の衣装を着てみます』
『ぜひ』
『きっと、よくお似合いになると思います』
『ふふ。少納言様に着付けをお願いしてもよろしいですか?』
『もちろんでございます』
お茶席に、また笑い声が広がった。
やがて。
庭に差し込む日差しが、少しずつ傾き始めた。
月江が空を見上げる。
『まあ……』
『もうこのような時間ですか』
小梅も庭へ目を向けた。
『本当ですね』
夫人達も名残惜しそうな表情を浮かべる。
『楽しい時間は早いものですわ』
『私も、まだまだお話を伺いたかったです』
『次のお茶会が楽しみですわ』
小梅も笑顔で応じた。
『もちろんでございます』
『私も、皆様ともっとお話ししたいと思っております』
そして、月江が静かに茶碗を置いた。
『では、本日はこの辺りでお開きといたしましょう』
『はい』
全員が茶碗を置き、居住まいを正す。
侍女達が茶器を片付け始める。
小梅も月江へ向かって深く一礼した。
『本日はお招きいただき、誠にありがとうございました』
月江も立ち上がり、小梅へ微笑んだ。
『こちらこそ』
『少納言様のお話、とても楽しい時間でございました』
『私のような者の昔話でよろしければ、いつでも』
『ええ。ぜひまた』
月江はそこで少しだけ悪戯っぽく笑った。
『次は、秀高様が小梅様へどのような夫婦生活を送っておられるのか、もう少し詳しく聞いてみたいものです』
『……王妃様』
小梅の顔が赤くなる。
夫人達から笑い声が上がった。
『これは次のお茶会も楽しみですわ』
『ぜひ続きを聞かせていただきましょう』
『……皆様、もうお許しくださいませ』
小梅は恥ずかしそうに笑った。
こうして。
琉球王国王妃・月江とのお茶会は、穏やかで和やかな雰囲気の中、幕を閉じた。
小梅は侍女達を伴い、客殿へ戻るため廊下を歩いていく。
その顔には、どこか満足そうな笑みが浮かんでいた。
今日、初めて会った琉球王妃。
そして、王国内でも力を持つ夫人達。
最初は緊張していた。
自分がどのように見られるのかも分からなかった。
けれど。
話してみれば、皆、同じ女性だった。
家族を思い。
夫を支え。
国のことを考えている。
そのことを知っただけでも、大きな収穫だった。
小梅が廊下を歩いていると、侍女が後ろから声を掛けた。
『小梅様』
『はい?』
『本日の御茶会、大変お見事でございました』
『私が、ですか?』
『はい』
侍女は嬉しそうに笑った。
『王妃様はもちろんのこと、他の夫人方も、最後には皆様すっかり小梅様へ心を開いておられました』
小梅は少し考えます。
『そうでしょうか』
『皆様が優しく接してくださったからこそですよ』
『それだけではございません』
侍女は続けた。
『小梅様は、お相手のお話をよく聞いておられました』
『そして、必要な時だけご自身のお話をされる』
『だからこそ、皆様も自然に話しやすかったのだと思います』
小梅は少し照れたように笑った。
『そう言っていただけるなら、嬉しわね』
『ですが』
小梅は、少しだけ歩みを止めた。
『今日は私が楽しんでしまっただけでもございます』
『王妃様も、夫人の皆様も、本当に素敵な方々でした』
侍女も微笑んだ。
『それもまた、小梅様のお人柄でございましょう』
小梅は、その言葉に小さく笑った。
そして、小梅はふと足を止めた。
廊下の先。
そこから見える客殿の向こうには、秀高が条約草案会議を行っている場所がある。
小梅は、そちらへ目を向ける。
『……秀高様は、まだ会議中でしょうか』
『おそらく、まだかと』
『そうですか』
小梅は少しだけ寂しそうに呟いた。
しかし、その表情はすぐに柔らかくなる。
今日の茶会で話したこと。
自分と秀高の馴れ初め。
六年前の思い出。
一目惚れ。
そして、秀高から今も身につけている櫛と簪を贈られた日のこと。
そこまで思い出すと、小梅は髪へそっと手を添えた。
櫛と簪は、今日もそこにある。
六年前に贈られたものが、今も自分の髪を飾っている。
小梅はそのことに、改めて不思議な縁を感じた。
『……もう、随分長く身につけているわね』
侍女が微笑む。
『はい。小梅様が大切にされていることは、私どももよく存じております』
小梅は、小さく頷いた。
『これからも、ずっと身につけていたいと思っております』
『秀高様から頂いた、私にとって大切なものですから』
そして小梅は、再び秀高のいる方へ目を向けました。
『……そろそろ、秀高様も戻られる頃でしょうか』
小梅の声には、少しだけ嬉しそうな響きがあった。
侍女が微笑みながら頭を下げる。
『はい。きっともう間もなくでしょう』
『そうですか』
小梅は再び歩き始めた。
六年前。
一目惚れから始まった恋。
そして今。
その御方の妻として、遠い琉球の地にいる。
それだけでも不思議なことなのに。
今日、小梅は新たな繋がりを得た。
琉球王妃・月江と王国内の才媛達。
女性同士の交流。
衣装を通じた文化交流。
さらに、その先にある商いと織物の交流。
そこには、堺と琉球を結ぶ新たな可能性があった。
小梅は歩みながら、小さく笑った。
『次のお茶会……今から楽しみです』
『日ノ本の振袖と、琉球の衣装』
『そして、どのような織物や染め方があるのかも、しっかり見せていただかなければ』
侍女が苦笑する。
『少納言様は、本当にお仕事がお好きでございますね』
『仕事も、楽しみも、どちらも大切ですもの』
小梅は笑った。
『私は秀高様の妻です』
『そして、堺屋の副総統でもあります』
『楽しい時間を過ごすだけではなく、堺のため、王国のため、両国のためにできることを考えるのも私の役目です』
その言葉には、先ほどまでのお茶会で見せていた少女らしい笑顔とは違う、仕事人としての芯の強さが宿っていた。
しかし。
次の瞬間には、また柔らかな笑顔に戻る。
『もっとも、今は王妃様と衣装を交換するのが一番の楽しみですけれど』
『ふふ』
侍女も思わず笑った。
やがて。
小梅は秀高の待つ客殿へと戻っていった。
六年前。
京の鷹司屋敷の門前で、一人の少女が一人の少年に一目惚れした。
その恋は、婚約となり。
五年の月日を経て、夫婦となった。
そして今。
その夫婦は琉球王国まで旅をしている。
夫は条約を作り。
妻は社交を通じて新たな繋がりを作る。
役割は違っていても、目指す先は同じ。
堺と琉球。
そして、これから繋がっていくであろう諸国との未来。
小梅はその一歩を、今日のお茶会から静かに踏み出した。
恋する妻として。
鷹司家の姫として。
そして。
堺屋の副総統として。
小梅は、琉球王国との初めての社交を見事に成功させたのであった。




