↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で私を突き落とした犯人が、この世界にもいるようです~転生令嬢は、前世の殺人事件を追う~  作者: 月夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/5

第2話 これで終わる

兄が口を割ったのは、それから三日後の夜だった。


隊の宿直明けで、ひどく疲れた顔をしていた。居間の長椅子に沈みこんだ兄に、わたしは黙って温めた葡萄酒を差し出す。兄はそれを半分ほど飲んで、天井を見上げた。


「隊長が気にしてることがある」


「なあに」


「落ちた3人。生まれた夜が、全員同じなんだ。小月の満ちる夜」


「月生まれ、ということ?」


「そうだ」


小月が満ちる夜に生まれた子を、この国では月生まれと呼ぶ。月に好かれる子、とも言う。昔は縁起がいいとされていたそうだけれど、今では誕生日の話題でときどき出てくる程度の、ただの言い回しにすぎない。


前の世界にも、満月の夜に生まれた子をそう呼ぶ人がいた。どこの世界でも、人は似たようなことを考えるものらしい。


刺繍をしていた母が、ふと顔を上げた。


「あら。リーネも月生まれよ」


居間が、しんとした。


「……母上、それは本当ですか」


「ええ。あの子が生まれた夜は、小月がそれはきれいに満ちていて。産婆さんが、月に好かれた子ですねって」


兄がゆっくりと、わたしの方を向く。


わたしも兄を見返した。たぶん、同じことを考えている。


塔から落とされた娘たちは、全員が月生まれ。そして、わたしも月生まれ。


前の世界で殺されたわたしが、この世界でも、同じ手の届くところにいる。


「リーネ。次に小月が満ちる夜は、家から一歩も出るな」


「お兄さま」


「頼むから」


兄の声は、怒っているのではなく、怯えていた。


それで、わたしは決めた。


家にこもっていても、何も変わらない。相手がわたしと同じ生まれ変わりなら、わたしにしか気づけないことがあるはずだ。あの声を聞いたことがあるのは、この世界でわたしひとりなのだから。


◇


時計塔の鍵を管理しているのは、王立天文院。


父が長年、天文院にささやかな寄付をしている縁で、見学の申し込みは拍子抜けするほどあっさり通った。


天文院は王都の北のはずれ、丘の上に建っている。灰色の石造りの建物で、真ん中から細い塔がまっすぐに伸びている。


塔を見上げただけで、膝の裏が冷たくなった。


「ハルシュタイン子爵家のリーネさま、ですね」


出迎えたのは、背の高い青年だった。


年は19か、20か。黒い髪がくしゃくしゃで、指先がインクで青く染まっている。観測士の灰色の上着は、肘のところがすり切れていた。


「見習い観測士のエミル・ヴァイスです。院長から案内を言いつかりました」


言いつかりました、と言うときの顔が、心底面倒くさそうだった。


「お忙しいところを、ごめんなさい」


「いえ。仕事ですから」


愛想という言葉を、どこかに置き忘れてきた人らしい。


エミルは建物の中を手短に案内してくれた。星図の保管庫。暦を作る部屋。王都じゅうの時計塔の鍵が並んだ鍵部屋。鍵部屋の扉には錠前がふたつついていて、開けられるのは院長と、当番の観測士だけだという。


「夜に時計塔へ上がる人は、ここで鍵を受け取るのね」


「受け取って、返す。誰が何時に持ち出したか、全部記録されます」


「事件の夜の記録は?」


エミルが足を止めて、わたしを見た。


「……警備隊の方にも同じことを訊かれました。3件とも、鍵は一度も持ち出されていません」


「じゃあ、どうやって塔の上に」


「さあ。それを調べるのは、僕の仕事じゃない」


そっけない。けれど、嘘をついている顔にも見えなかった。


「ねえ。天文院では、町の人向けに講義をしているでしょう」


「ひと月に一度。院長が話します」


「亡くなった娘さんたちも、通っていたと聞いたわ」


エミルは、少しだけ目を伏せた。


「3人とも、来ていました。顔も覚えています。いちばん前の席で、熱心に帳面をとっていた子もいた」


「あなたも講義に出ているの?」


「僕は、後ろで天球儀を回す係です」


ということは、エミルは3人の顔を知っていたことになる。そして、3人もエミルの顔を知っていた。夜の塔の上で、顔見知りの観測士に声をかけられたら、娘たちは警戒しただろうか。


たぶん、しない。


わたしは、エミルの青い指先を見た。インクの染みが、爪の間にまで入りこんでいる。


「小月を見るのは、好き?」


唐突な問いだったと思う。エミルは面食らった顔をして、それから少し考えた。


「好き、というのとは違うかもしれません。気になるんです。毎晩、ほんの少しずつ、昨日と違う場所にいる。その違いを、誰かが書き留めておかないといけない」


「どうして?」


「書き留めておかないと、いつか、なかったことになるからです」


その答えが、なぜか胸に残った。


最後に案内されたのは、観測室だった。塔のいちばん下、半地下にある部屋で、天井に開いた細長い窓から空が見える。真ん中には、真鍮の大きな筒が据えてあった。


「上の塔には、上がらなくていいんですか」


「ええ。ここで、十分」


エミルは何も言わずに、筒の角度を合わせはじめた。昼の空でも、小月の位置は測れるのだという。


しばらく覗きこんでから、彼は手元の帳面に何かを書きつけた。それから、ペンを置いて、ぽつりと言った。


「これで終わる」


心臓が、止まりかけた。


「……今、なんて」


「え?」


エミルが振り向く。わたしの顔を見て、少し眉をひそめた。


「観測の締めの言葉です。癖みたいなもので。……顔色、悪いですよ」


「平気」


平気なわけがなかった。


同じ言葉。同じ調子。ためらいのない、決めてきた人の声。


あの夜、屋上で聞いた声と、似ているかどうかは分からない。逆光の向こうの声だったし、あれから17年も経っている。それでも、この偶然を偶然で片づけられるほど、わたしは図太くない。


「エミルさん」


「はい」


「あなたは、小月の満ちる夜、いつもどこにいるの」


「ここです。小月が満ちる夜は、観測がいちばん忙しい。朝までこの部屋にいますよ」


「ひとりで?」


「ひとりで」


つまり、誰も彼の居場所を確かめられない。


◇


夕方の公園で、子どもたちが縄跳びをしている。


長い縄を2人で回して、残りの子が順番に飛びこんでいく遊びだ。縄が地面を叩く音に合わせて、みんなで歌っている。


とうの うえの むすめさん


つきに かえれば あすがくる


ふたつめの 月を とめたくば――


そこで、いちばん小さい子が縄に足を引っかけて、歌が途切れた。笑い声が上がって、また最初からやり直しになる。


「あの歌、なつかしいね」


隣を歩くカイに言うと、カイは「そうだな」とだけ答えた。


「わたし、最後まで覚えてないんだよね。小さいころ、何回も歌ったはずなのに」


「最後まで歌う子なんて、いないよ。だいたいあのへんで誰かが引っかかる」


「ふたつめの月って、なんだろうね」


「ただの歌だろ」


カイは前を向いたまま、少し足を速めた。


商店街の入口には、もう灯籠の飾りが吊るされている。もうすぐ、月送りの祭りだ。


年に一度、街でいちばん高い建物の屋上から、灯籠をいっせいに空へ上げる。月に灯りを届ける祭り、と昔から言われているけれど、ほんとうの由来を知っている人は、たぶんあまりいない。


カイの家は、その祭りを代々取り仕切っている。


「今年も、カイの家は忙しいの?」


「まあね。それに今年は、ナギが灯籠を上げる番だろ」


「え、そうなの?」


「ナギは、月生まれだから」


誕生日が満月の夜だったことを、カイは昔からそう呼ぶ。わたしが生まれた夜は、それは見事な満月だったと、母から何度も聞かされていた。


「月生まれだと、なにかいいことあるの」


カイは少し考えてから、笑った。


「月に、好かれる」


◇


二度目に天文院を訪ねたのは、それから十日後のことだ。


院長への礼状を届ける、という口実を、自分でもずいぶん苦しいと思う。エミルもそう思ったらしく、門のところで、露骨に「また来たのか」という顔をされた。


「院長は、今日は王宮です」


「では、あなたに預けていいかしら」


礼状を渡す。エミルは受け取って、そのまま門を閉めようとした。


「待って」


「まだ何か」


わたしは門の格子越しに、彼の目をまっすぐ見た。


考えに考えて、いちばん遠回りな訊き方は捨てた。相手がわたしと同じなら、この一言で顔色が変わるはずだ。違うなら、わたしが変な娘だと思われるだけで済む。


「あなた、前世を覚えてる?」


エミルは、ぽかんと口を開けた。


「……前世?」



お読みいただき、ありがとうございました!

皆様にお願いです

ブックマークや下の【☆☆☆☆☆】をタップして【★★★★★】に

応援していただけますと励みになります! よろしくお願いいたします(^^♪



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。