page42 過去
「矢田さんが...死んだ......?」
全員が帰還し集まった体育館でブルーから告げられた、人知れず起きた戦いの真実。
紬が黒幕と通じ、俺達を殺そうとしていた事。
それに矢田さんが気付き、一人で戦った事。
その結果二人は相打ちとなり、彼の遺体はブルーが処理した事。
折角会えた生き残りが裏切り者だなんて信じたくはなかった。
だが、今この場に矢田さんと紬だけがいない事、校舎裏での発砲音と爆音が聞こえた事、そしてその跡地に多数の血痕があった事から、彼女の言葉が真実であるという事を突き付けられた。
「音が聞こえた時点で、私達も行くべきだったのかな...」
「馬鹿言うな。俺達が行ったところで矢田さんとは連携が取れないに決まっている」
敢えて藤堂さんが戦闘面での問題を口にしたのは、『お前ら非戦闘員が行っても役に立たない』という事を『戦闘員が行っても役に立たない』にしたいのだろう。
古村なんかは分かりやすく落ち込むので、誰が行っても意味無いという事にして少しでも罪悪感を和らげてあげたいという彼なりの気遣いだ。
だが、いくら誤魔化したところで矢田さんが死んだという事実はどうしようもない。
皆口数も少なく、沈痛な表情で下を向くばかりだ。
「......なあ、そろそろ聞いてもいいか?」
「なんだい」
「紬然りボス然り、俺達を陥れようとする輩が現れるのはなんでなんだ?」
蓮堂の純粋な疑問に、周囲の空気が固くなった。
特にボスに関しては誰も言い出せなかった事なので、余計に緊張感が走る。
「単純に黒幕の元に近づいてくる人達を排除しようとしているんじゃない?」
サラが一応の意見を口にするが、蓮堂に一蹴される。
「紬はそれで筋が通るが、じゃボスは何の為に基地を爆破したんだよ」
ボスが突如狂い、自らが仕切る基地を爆破しゾンビ共の襲撃の的にした事。
あの日まではごく普通のボスらしい振舞いをしていたのもあって、原因が今日まで一切不明のままとなっている。
「ブルー。お前なら、何か知ってるんだろ?」
基地から避難した後ブルーと合流した際、彼女は怒るサラに対し『原因はアタシにある』と自供していた。
あの場で嘘を吐く理由なんて毛ほども無いので、あれは彼女の本心だろう。
だが、ブルーが原因とはどういうことだ。それが気になる。
当の本人は、しばらく沈痛な表情を浮かべたまま黙っていたものの、流石に観念したのか天井に向かって大きく深呼吸を三回繰り返したのち、ぽつりぽつりと話し始めた。
「あまり話したいことじゃなかったが、仕方ない。そもそも何故この世界にゾンビが生まれたのか。その理由から話していこうか」
☆☆☆
ゾンビが現れる前より、更に少し前。
愛知県某所に、とある小さな研究所があった。
メンバーは十人前後だが、設備は最先端。資金も潤沢。
ここで行われていた研究は、『人間の作製』。早い話がホムンクルスだ。
一度は人類が錬金術で作る事を諦めたそれの作成に、科学ならできると考え魂を燃やす人達が集ったのがその研究所である。
「うーむ...やはりここで詰まってしまうのか」
今日も今日とて机に突っ伏し、紙くずを撒き散らしながら唸っている女性。
彼女の名前は蒼井加奈。のちのブルー本人である。
「人間を構成するモノは分かっているし、パーツだけなら簡単に作れる。だというのに、人間そのものはなんで作れないんだ...」
IPS細胞やES細胞から内臓の作成をする研究は既に公に知られている。
だが、その延長線には人間そのものの作成は無い事が明らかなのだ。
じゃあどこにあるのか。彼女は今そこに苦難している最中という訳だ。
「今日も精が出てるじゃないか。流石は所長といったところだな~」
所長専用の部屋にずかずかと入り込んでは煽りなのか褒めてるのかわからないような言葉を掛ける男。
彼の名前は、菅原陽平。蒼井と同期かつ副所長だ。
「嫌味かよ。てかアンタも手伝え」
「はいはい、手伝いますよ~ん。なんせ今の俺は機嫌がいいからねん」
常に冷静沈着でないといけないはずの研究者が、あろうことかダブルピースしながらステップを踏んで所長の妨害をしている。
なぜ彼がここまで上機嫌なのか。その理由は簡単だ。
「もう籍は入れたんだっけ?」
「先週ね。結婚式もしっかり準備しているぜっ」
会話から分かる通り、彼は結婚するそうだ。
学生時代から付き合っていた幼馴染みだと遂にゴールインできた事に喜びを隠しきれず、四六時中ずっと気味悪いくらい笑顔。
鼻歌交じりに街をスキップしながら歩いていたら職質されたこともあるらしい。
「しっかし、アンタが結婚するとはね。しかも婿入りなんて」
「俺は親もまともな親族もいないんだし、それだったら婿入りして迎えて貰えた方がいいに決まってんだろ」
彼は遠い親戚の家に預けられ、ほとんどネグレクトみたいな環境で生きてきた。
何もなかったはずの彼が今この研究所の副所長に上り詰めるまで、いったいどれほどの努力をしたのだろうか。
「それもそうか。それで、これからは新しい名字で呼んだ方がいいのかい?」
「いいや、今まで通り菅原でいいよ。ま、黒金君呼びでもいいだけどね~ん」
「気持ちワリッ」
☆☆☆
「蒼井、大発見だ。これは紛れもない大発見だ」
陽平が結婚して数年が経った頃。
彼が蒼井のいる所長室に慌てて飛び込んできた。
「何があった? まさか実験の成功か!?」
「当たらずとも遠からずだ。とにかくこれを見てほしい」
そういって彼が差し出したのは、一つの研究データファイルだった。
既に死骸となったモルモットに、複数の条件を満たした上で一定の電圧を加える。
そうすることで、死んだはずのモルモットが息を吹き返したのだ。
「凄いじゃないか...最近のお前には目を見張るものがある」
妻が息子を出産し、産休から復帰したばかりにもかかわらずここまでの成果を挙げた陽平に、蒼井も驚嘆するばかり。
だが、当の本人は難しい顔をして顎を掻いている。
「いや、その条件がかなり難しくてね...。再現性もない」
現状の成果で判明している法則では、出産経験のある女性でしか蘇生が確認できない。それも全てが蘇生できるという簡単な話ではなく、非常に複雑な条件を満たした個体のみが蘇生に成功している。
その複雑な条件とやらが完全に解明できてないうえ、そもそもこの成果が偶然確認されたものである以上過程も不明瞭なままとなっている。
「何より、人間の作成という本来の目標からあまりに外れている。他の研究所やら国やらに引き継がせた方がいいんじゃないか?」
「......いや、まったく無関係ではないだろう。この研究から本懐へと繋がり得る」
死んだ肉体の蘇生。それは見方によってはモノに生命が宿ったと考えることができる。
その原理さえ解明できれば人間を一から作る事も現実に成り得るだろう。
「ここからだ。ようやく研究が前に進みそうだ」
☆☆☆
「嫁さんが......死んだ.........!?」
膠着し続けている研究から数年が経ち、やっと光明が見え始めた時。
陽平の妻の訃報が入ったのは正に寝耳に水だった。
数日前に電話を受け取るなり用事も言わず研究所を飛び出したのは気になったが、まさかそんな事態になっていたとは。
子供を迎えようと幼稚園に向かっている最中、交通事故に遭ったことによる即死らしい。それも相手側の飲酒運転なので、完全な被害者だ。
子供も生まれ、まさに順風満帆な子育て生活を謳歌していた陽平にとっては、まさに転落人生のようなものだろう。
やっとの思いで結ばれたのに、その暮らしがたった数年で崩れ去った彼の内心は計り知れない。
「......とりあえず、お前は仕事に来なくていい。まずは心身の回復に努めろ。それと子供...京平君だっけ? その子の世話含め何か困ったことがあるならいつでもアタシ達を頼れ。いいな?」
あまり馴染みの人間に優しくする事が出来ない性分の蒼井ではあったが、それでもできるだけ言葉を選んで慎重に慰めたつもりだ。
「..................あぁ」
電話越しに、微かに聞こえた陽平の声。
ただの会釈のようなもののはずなのに、何故だか果てしない邪気と悪意を孕んだ何かを感じた。
まるで、この世のものでは無い『何か』と会話しているような...。




