page40 暗躍
この世界に転生して、もう何度目の朝だろうか。
数秒ほど天井を見つめ、欠伸をしてからゆっくりと身体を起こす。
「おはよう。京平が一番最後だけど」
サラが目の前で体育座りしながら俺を見つめていた。
少し離れたところでみんな輪になって朝食を摂っているらしく、やんややんやと声が聞こえる。
「前世は夜勤ばっかだったもんで、早起きにゃ慣れてねーんだよな」
まだ頭が上手く働かないせいか、思わず前世の事を口走ってしまう。
幸いサラ以外には聞かれてないようだ。
「どんな仕事してたの?」
「土木関係の肉体労働が一番稼げた。あとは出前とかイベント設営とか。単発バイトもやってたな」
バイトの掛け持ちは当たり前で、常に何かに追われるようにして生きていた気がする。
既に遠い過去となったはずだが、今の状況もそこまで違わないのかもしれない。
「当時高校生とかでしょ? 勉強は大丈夫だったの?」
「そりゃもう散々よ。とはいえ先生も事情は分かってたのか、特別課題的なのをもらったりもしてた」
テストが受けられない時に一部の先生が課題提出で単位を認めてくれたり、成績評定に少し色を付けてくれたり。
正直中退して働いても良かったが、今思えば周りの大人達の尽力によって俺は生かされていた。
「ふーん」
まあそんな昔の事はどうでもいいのだが。
目の前にいるサラ。彼女の胸元がいつもより膨らんでいるのが気になる。元々大きいのをサラシで押さえていたのは知ってるので、今日はそれが無いのだろう。
これは何だ。見てもいいという向こうからの合図か?
「...えっち」
駄目なんだ。
★★★
「とりあえず、今日は辺りの探索をして使えるものが集めるぞ」
「調達者らしい仕事っすね」
思えば調達者はその名前に反してあんまり物資の調達を仕事にしていないような気がする。戦闘員とか、何でも屋みたいな役割だった。
まあ数年もすれば近場の物資なんて無くなったり腐ったりするだろうし、最初にノリで付けた名前がそのまま放置されてるような感じなのだろう。
「探索という事は、私達非戦闘員は何もしなくていいわけ?」
古村は最近の自分に存在意義を感じていないことが精神的な足枷になっているらしく、雑務を今まで以上に引き受けるようになっている。
この極限世界で存在価値が無い事がどれだけ辛いのか。軽率にわかったふりをするのはいけない事だけは分かる。
「いや、非戦闘員は駐輪場を見てきてくれ。早朝に見てきたが、いくつか使えるバイクやトラックがあったからそれの修理やメンテナンス、余裕があれば改造も頼みたい」
改造なんていう無茶な命令を下したのは、多分早川がいるからだ。
彼女の腕前は中々の物で、伊達に基地のエンジニアをやっていたわけではない。
「改造内容の注文は?」
「お前に任せる。機動力の低下が無ければ何でもいい」
任せる、なんて言葉は相手の事を信頼してないと出てこない。
藤堂さんと早川はそこまで絡みはないはずだが、それでもこの信頼度。
「はいよ。時間も無いし今すぐ取り掛かる」
非戦闘員である古村、早川、蓮堂と、生き残りであった紬。それともしもの為の見張り役兼雑務要員として菊池を合わせ五人体制で組まれた即席エンジニアチームが駐輪場へと向かった。
手先が器用な蓮堂とスタミナのある古村はこういった作業に向いている気がする。紬も今日まで一人で生き残ってきた以上まだ隠されたスキルがあるだろう。菊池は...うん。やる気はあると思う。
「よし、ここいらでいっちょ名誉挽回と行きますか」
「それより基本的な道具はあるの?」
「私、いくつか体育倉庫から使えそうなの持っていきますね」
紬も結構早くチームに馴染めてるようで良かった。
まあ、あの性格で馴染めないなんてことはないだろうし心配はしてなかったが。
「じゃあ、俺達は仕事と行くか」
★★★
「どうすか? なんかいいの見つかりました?」
「なーんにも。既に散々探索された後だしこんなもんでしょ」
探索を初めてそろそろ二時間が経過する頃だが、なんの成果も得られていない。
矢田さんが拾った紙とペン、サラが見つけた電池、荒川さんの見つけたモデルガン。こんなところだ。
これじゃゴミ拾いのボランティアとやってることに変わりない。
「探索領域広げます?」
「駄目だ。...と言いたいところだが、このままではエンジニア共に何を言われるかわかったもんじゃないからな」
帰った時に頭を下げながら成果の無さを叫ぶのは流石に嫌だ。
とはいえ探索範囲を広げたら、もしエンジニアチームに何かあった時フォローが出来なくなる。
「......ならば私が彼女らのフォローに回ろう」
どうしようかと悩んでいた時、矢田さんが久々に声を出した。
「流石に矢田さんを後衛に回すのはアレでは?」
俺とは別のところで戦っていることが多いのであまり実感はないのだが、矢田さんは基地内で一番強いとまで言われていた。
そんな戦力を後ろに回すのはなんというか、もったいないような気がする。
「何を言う。既に君達は私より強い」
そんな人より、俺は強くなれたのか。それは分からないが、少なくとも矢田さんは俺達を信頼してくれている事だけは分かった。
「じゃあ、頼みます」
★★★
「...いや、車のメンテに俺達が役に立つわけないっしょ」
場面は変わり、駐輪場。
蓮堂、古村、早川、菊池、紬の五人が一台のトラックに群がって水を掛けたり、中を確認したり。
当たり前だが、こういったエンジニアリングを行うにはそれ相応の知識とスキルが必要だ。
だがそれを持っているのは早川一人。それゆえ、他の四人は彼女からの指示を待つしかない。
当の早川も知識のない素人に重要作業を任せるわけにはいかないから、軽い洗浄や見張りなどの簡単な仕事しか任せられない。
「とはいっても私も下手な事は任せられないしな...」
早川は感覚派なので、人に教えるのもそこまで上手くない。
それに調達者が戻ってくるまでのタイムリミットがある中で教えながら改造を行うのは相当難しい。
「じゃあ、私達も戦えるように訓練しません?」
一応調達者である菊池が皆に呼びかける。
「ゾンビ相手に付け焼き刃で通用するのかよ」
「無いよりは絶対にマシですよ。どうです? 私達だって彼らの役に立ちたくありません?」
菊池は調達者内の戦闘力だけで言えば最底辺かつ歴も浅いが、それでもゾンビ相手には互角以上には立ち回れる。
仮に武器が無くとも、足手まといにならないよう上手く逃げれるようになれば調達者の負担も軽くなる。
「どうせやること無いしね。私達も強くなって皆をびっくりさせちゃおう」
「じゃあ私、裏口倉庫から武器を取ってきますね」
「え、ここにも武器とかあんのかよ」
そもそも誰も裏口倉庫なんかあると思っていなかったようで、彼ら彼女らの視線が一斉に紬へと注がれる。
当の本人は若干驚いたようだが、すぐさまいつもの調子に戻った。
「ありますよ、銃とかナイフとか。校舎裏にあるので少し時間かかりますけど」
「それなら私も手伝った方がいいよね。女の子一人じゃ大変でしょ」
相変わらず手伝い大好きな古村がすかさず手を貸そうとするが、紬にやんわりと断られた。
「大丈夫ですよ。これでも結構力はある方なので」
古村が心配の言葉を掛けるより早く、紬は駆け足で校舎裏へと向かって行ってしまった。
「あ、行っちゃった。心配だし、追いかけたほうがいいかな」
「どれくらい量があるか分かんないですけど、流石に一人では......あ」
彼女らの前に、一人の大きな影が現れた。
★★★
「...ふう。ここなら誰もいないかな」
皆と大きく距離を取り、一人ため息をつく紬。
もう二回くらい辺りを見回し、誰もいないことを確認した彼女は耳に手を当て目を閉じた。
「連絡遅れてすみません。私です」
先程までの少女らしい仕草とは一変し、得体の知れない不気味さを漂わせる彼女。
その眼には輝きの一切が失われ、まるで死体のように焦点が安定していない。
「三号の連絡通り、脱走した蒼井を補足しました。それと、博士の息子さんも」
『予想通り、いや予想以上だな。基地のボスも倒し、多くのゾンビを退けここまで来るとは』
耳の奥から、微かに誰かの声が聞こえる。
決して他の誰にも聞こえない音量で紬とやり取りするそれは、まるでこの世のものとは思えない邪気を孕んでいた。
「して、私はどうすれば?」
『勿論、殺せ。どうせ京平は別世界から来た赤の他人だ』
「承知しました」
彼女は、一つ大きな過ちを犯した。
「動くな」
調達者の中には元自衛官の潜伏と諜報に長けたエリートがいることを。




