page39 ひとりぼっち
「生き残り、って...」
俺にとっては、これまで一度も見た事のない未知の存在。
一応九州や四国には一定数いるらしいが、まさか本州の、それも黒幕の本拠地に近い場所に生き残りがいるとは思わなかった。
「体育館だけを閉めて校舎や運動場にバリケードが無い事を考えると、数はそう多くないだろう」
「多分戦闘員みたいな役職もいないんじゃない? 外からの通信を待ってるとか」
荒川さんと藤堂さんの推理を聞きつつ、接触方法を考える。
素直に『ノックしてもしも~し』でもいいのだが、こんなところで籠城してる連中が俺達の事を疑わない訳がない。
最悪のケースは装備や食料を剥ぎ取られて放り出される事。次に体育館内で既に集団自決してしまっている事。既に錯乱状態で対話不可能な事も含むだろう。
「とりあえず、私と京平が接触を図ります。皆さんは周囲の警戒をお願いします」
日も暮れて辺りが暗くなり始めているのに焦ったのか、サラの提案に反対する者はいない。
「ブルー、お前は見た目的に一番マズいからどっか隠れて過ごしとけよ」
モロにゾンビの姿をしているブルーを一目見て生き残りがどんな反応をするか分からない以上、こいつだけは隔離しておくのが無難だ。
戦闘力も高いしゾンビだから狙われないだろうし問題はない。飯も食う必要ないし。
「ちぇー。まあしゃーないか」
「よし、接触頼む。安全確保出来たら俺達に懐中電灯で知らせてくれ」
藤堂さんと蓮堂、荒川さんと古村、矢田さんと早川、ブルーと菊池がそれぞれペアになって周囲に散らばる。
全員の姿が見えなくなったことを確認してから、俺とサラは体育館の扉に向き直った。
「さて、どうするか...」
「女の方が警戒されないだろうし、私がいくね」
そういってサラが率先して扉の前に立ち、コンコンとノックして様子を窺う。
「こんばんはー。誰かいますかー?」
しばらくしても反応が無いので、もう一度ノックして声を掛けてみる。が、反応はない。
人の気配が微かにしてるので無人という事はないだろうと思ったが、既に自決済みだったか。
そう思った時、扉の向こう側から声がした。
「えっと...人間の方ですか?」
聞こえたのは、ひどく怯えた女性の声。
声色から推測するに、恐らく俺達と歳は大差ないくらいだと思われる。
そして「人間の方」とかいう傍から聞くと首を傾げたくなるフレーズだが、恐らく向こうも生き残りがいるなんて思わなかったのだろう。
気が動転していればこんな感じになるのも仕方ないような気がする。
「勿論です。私は...白珠サラという者です」
「...あ、俺は黒金京平です」
「......」
再度声がしなくなる。
これは諦めたほうがいいかもしれない。そうサラに言おうとした途端、
「よ..よかったぁぁぁ!!! 人に会えたぁぁ~~っ!!!」
勢いよく扉が開かれてからの、飛び出た人影がサラにホールド。
そのままわんわん泣きじゃくりながら、サラの胸に鼻水や涙をかけまくってぐしょぐしょに汚している。
流石にサラも困惑の表情を浮かべたが、心中お察ししたのか大号泣してるこの女をそのまま両腕で抱きしめているのが面白い。
「京平、早く皆に知らせてあげて」
「おっ、おう」
ちょっとだけこの女を羨ましい、と思ったのは誰にも言わないようにする。
★★★
「えっと、さっきはごめんなさい。人に会えたのが嬉しくて嬉しくて...」
ブルー以外の全員を呼び寄せ、開かれた体育館の真ん中で扇状に座る調達者と愉快な仲間たち。
要の位置に座るのは、ここで籠城し続けていた一人の少女。
「別にいいよ。それで、貴女の名前は?」
「申し遅れました。私は小山田紬です。気軽に紬って呼んでください」
ぺこりとお辞儀をする仕草といい、ころころと変わる表情といい、人に愛されるために生まれたような少女だ。
とりあえず軽く本名で自己紹介をしあって、さっさと本題に移る。
「それで、紬さんはなんでここに一人でいたの?」
「えっとですね、最初は一人じゃなかったんですよ...」
ここも最初はたくさんの避難民で溢れていた。俺達のいた基地みたく、調達者的職業を担う者もいたらしい。
だが、ある時強力なゾンビ達が押し寄せてきたのを皮切りに、ここから別の地へ移ろうとする者達が現れたという。
最初は残留しようとする人が多かったものの、押し寄せてくるゾンビが日に日に強くなっている事や食料問題が深刻になっている事、他の生き残りと合流すればなんとかなるという甘い希望に毒された人が増えた事によって、大多数はここを発ってしまった。
残された人達は懸命に生き抜こうとしたが、十分の一以下になってしまった人数でゾンビに対抗する事はできず、少しずつその数を減らしていった。
そして彼女が最後の一人になったのが、一か月前とのこと。それ以降は扉という扉を全て閉めて、厳重なガードを敷くことでなんとか生きてきた様子。
「本当に嬉しかった...寂しくて死にそうでした...」
「よく頑張った、えらいえらい」
そう言って再度抱きしめるサラの目は慈愛に満ちている、ような気がする。
まあ彼女の気持ちを考えると、もはや死ぬしかない人生に大きな光が見えたようなものだろう。
こうなるのも仕方ないのだが、サラの胸元に縋り付いて泣くのはやめてほしい。彼女のサラシが解けそうになってて居た堪れない。
「食料や生活雑貨はどうしてたんだ?」
「それは体育倉庫にまとめて置いてあります。食料は缶詰とか水とか。電池やガソリンも少ないですがありますよ」
食料がまだあるという事は先に死んだ人達は皆ゾンビに喰われたという事だろうか。
食料も雑貨も水も全てあるのに全員が死んだというのが気にかかる。ここまで準備万端だと籠城中に外へ出る理由が無いはずだが。
「いい匂いするけどお風呂とか入ってたの?」
「同じ水を追い炊きして使ってました。一つだけあった入浴剤入りのお湯を捨てるのはもったいないと思って」
「きったね。マコモ湯じゃねぇんだぞ」
というか風呂に入る余裕はあったんかい。
二か月同じ湯を使いまわすとかそっちの方が胆力要るだろ。
「何はともあれ、しばらくはここで雨風を凌げそうだ。世話になるぞ」
「大歓迎ですが...『しばらく』ってどういうことですか?」
頭の上に疑問符を浮かべる彼女に、俺達の旅の理由をすべて話す事にした。
俺達も同じような基地に住んでいた事。その基地がゾンビの襲撃により、跡形もなくなった事。
そして、皆で力を合わせて黒幕を倒すために旅をしている事。
「黒幕について知っている奴がウチにいるんでな」
「というか黒幕いたんですね...ゾンビって自然発生したのかと思いました」
「あんなおぞましいもんが自然発生してたまるか」
まあゾンビではなくゾンビウイルスみたいなもんだったら自然発生もアリ...か?
ゾンビって大抵の創作物だと人口生命体みたいな扱い受けてるから、この世界でもそういう受け取られ方をしているのだとばかり思っていた。思っていたよりゾンビの生態について知らない人が多いらしい。
「それで、そのゾンビに詳しい人っていうのは...」
「アタシだよ」
ブルーが何故か体育倉庫から出てきた。手に持ってるのは乾パンの入った缶詰。
「おい、何勝手に入ってきてんだよ馬鹿!」
「入ってきてほしくないならちゃんと扉を閉めときな。アタシからの警告だ」
「そういうのは後で言え!」
当の紬は俺達がゾンビ姿の女と普通に会話している事に理解が追い付かず、目を白黒させている。
ただ怖がっているのは間違いないようで、歯軋りしながらサラの後ろに隠れてブルーをじっと見つめていた。
「一人で生きてんのに護身手段も持たないのか。ここまで生きてたのが奇跡だな」
「なにもできなくてすみません...」
そう言って頭を下げる紬があまりに哀れで、悪態を突いた蓮堂を全員でタコ殴りにした。
何もできないとは言ったがここで二か月間一人で生きていた以上、何かスキルを持っているはず。
「とにかく、今日は早く寝て体力を回復するぞ。明日からの事は明日考えりゃいい」




