page38 生き残り
「そういえばさ、俺達の他に生き残りっていないわけ?」
陽が昇り、再度黒幕の元へ歩を進める俺達。
時たまゾンビが現れては斬り殺し、ひたすら線路に沿って歩き続ける。
そんな簡単かつ単調な作業の中で、ついに痺れを切らした荒川さんが声を上げた。
「おい、無駄口はゾンビに見つかるからやめろと言っただろうが」
「でもずっと黙って歩き続けるのも嫌でしょ」
「己の快不快で皆を窮地に陥らせるような事をするなと言っているんだ」
冷静そうにみえる藤堂さんだが、彼も長い間歩き続けて疲れが溜まっているのか声色に怒りが感じ取れる。
一方で荒川さんも、中の良かった同期たちを失ったことで精神が乱れているのを隠しきれていない。
このまま二人を会話させてると拗らせて面倒なことになりかねないのは火を見るより明らかだ。
「まあ会話くらいいいんじゃないすか? ゾンビって鼻以外は鈍いらしいですし」
「...チッ。勝手にしろ」
思ったより簡単に引いてくれた。藤堂さんの性格からしてもう少し理論武装して噛みついてきそうだったのだが、やはり彼も苛立っていただけだったのだろう。
めんどくさい先輩方だなぁ、と心の中で思ったのは内緒。
「荒川さんは基地の外で生き残りを見たことあるんすか?」
「あるよ。黒金京平って奴だけど」
「話の流れ的にフツー俺以外を出しません?」
とはいえ荒川さんの会話から、一気に場の空気が変わった気がする。
自らも精神的に参っているとはいえ、やはり彼のムードメイクは侮れないものがある。
「まあでも君とサラちゃん以外に見たことは無いかな。死体ならたまに見るけど」
「死体が見つかるのなら、近くに生き残りの集団がいたって事では?」
急に自分の名前を出されて気になったのか、サラも会話の中に入ってきた。
そしてゾンビに関する話になったからか、ブルーもその輪に入ってくる。
「それは無いな。大方海岸に打ち上げられたのとか、ゾンビが死体の一部を持ち歩いてるとかそんなもんだろ」
「当たり。まあ県内にいくつか似たような基地があるってくらいでしょ」
基地から追放された犯罪者や、俺達のような外を見て回る人はどうしても危険にさらされやすい。
特に前者は戦う力を持たないので、大体は数日も持たずにゾンビに喰われて終わりなのだろう。
「...思ったけどよ、ゾンビってなんで人を襲うんだ?」
ゾンビは人を食わなくとも、何事もなく行動することができる。
ただし、自らの視界に人間が映った場合、例え満腹状態だろうと襲う。
そして人を食う時も最後まで食う事はせず、大抵は汚く食い散らかしてその場を去る。
傍から見ても極めて非効率なやり方だ。
俺の言いたいことを察知したのか、ブルーが回答をした。
「面倒くさいけど一つ一つ答えていくぞ。
まず、ゾンビが栄養補給をせずに生きれる理由。
これは人口生命体だから、っていう簡単な理屈だよ。AIが食事をしないのと一緒さ。
まあ正確には極めて栄養効率がいいだけだから、数年間飲まず食わずだったらゾンビ同士で食い合うと思うよ。アタシは別だけど。
次に、満腹でも人間を襲う理由。
これは人間に限らず、動く生命体なら何でも襲って口に入れる。荒廃したここに猿や鹿といった野生動物が少ないのも、大概食われているからさ。
ゾンビ同士が共食いしないのは分からんが、不味いからかもな。
そして、アイツらが食い散らかす理由。
これに関しては、ゾンビという個体の成長にその要因がある」
「ゾンビの...成長?」
いつの間にか、その場にいるみんながブルーの言葉に聞き入っていた。
やはりゾンビの生態には皆興味があるのだろう。
「ああ。ゾンビはごく一部を除いて自らの意思を持たず、習性に従って行動するのみ。
実際、ゾンビがこの世界に現れたときは、今よりずっと馬鹿で殺しやすかった。首を斬れば死ぬっていうのも最初だから見つけられたことさ。
だが、人口生命体だって成長する。
いつしか奴らは徒党を組む事を覚え、罠を張る事を覚え、道具を使う事を覚えた。
それゆえ、日本はここまで衰退して世界に見捨てられたって訳よ。
食い散らかすのも、腐臭で別の生物をおびき寄せるだとか、携帯食にでもしておくだとか、まあ色々理由はあるんだろうね」
なんというか、この現実が壊れた理屈をこうも丁寧に説明されると、何だかやるせなくなってくる。
こうなる事を考えたうえで黒幕はゾンビを作ったのかと考えると、俺達で勝てるのか不安になるのだ。
「...私達も、ゾンビに食べられちゃうんですかね」
菊池が、今にも消え入りそうな声でぼそりと呟く。
皆がふとした瞬間に考えてしまう事。その度に頭に片隅に押し込んで、考えないようにする事。
きっと、最上川さんも穂村もゾンビに喰い殺されただろう。
二人は最期、何を思って逝ったかなんて、考えるたびに恐怖で支配されそうになる。
「んな訳無いだろ。もしそうなるならアタシが先に食ってやるぜ」
ブルーが菊池の肩に腕を回した。
一七〇近くあるブルーと一四〇半ばほどしかない菊池とでは体格に差があるのがよくわかる。菊池が舎弟のように見えなくもない。
「ひっ...ブルーさんは私達を食べないんですか?」
すっかり縮み上がってしまった菊池が、傍から聞くと大変失礼な物言いをする。
当のブルーは気にしてないっぽいが。
「食う訳無いだろ。アタシを誰だと思ってんだ」
「ゾンビだろ」「ゾンビですね」「ゾンビ以外の何者でもないだろ...」
「...確かに」
その瞬間、この場にどっと笑いが生まれた。
ついさっきまであれだけ重かった空気が、ブルーによって底抜けに明るく変わる。
例えゾンビがいくら賢くとも、俺達には関係ない。
黒幕を倒す事。それだけを考えていれば、後は野となれ山となれだ。
「おっと、九時方向にゾンビ共がお出ましのようだぞ」
藤堂さんの一声で、全員が空気を引き締めた。
当然、隙は晒さない。こんなところで殺されるわけにはいかない。
「四、いや五体ですね。陣形は?」
「俺、黒金、矢田さんが前に出る。他は援護と警戒頼む」
「いつも通りって事っすか。潜伏してる奴いるかもしれないんで警戒は怠らんといてくださいよ」
★★★
戦闘もあっけなく終わり、歩き詰めていつしか夕方。
今日も今日とて野宿する場所を決める時間なのだが、今回ばかりは運が良かったようだ。
「今日はこの学校で野宿するぞ」
偶然にも、駅の近くに建っていたのは寂れた高等学校。
「食料のストックが補充できるのは有難いな」
「お風呂も入れますかね?」
学校の体育館には、食料や水などを保存しておく備蓄部屋がある。
なので体育館さえ確保しておけばしばらくは食べるものに困らないのだ。水は過剰なら身体を洗う用に使えばいいし、備蓄品には食料以外の便利雑貨もある。
賞味期限はまあ、密閉されてるし大丈夫だろうという事で(一敗)。
「見た感じ私立高校か...これはツイてるぞ」
私立高校なら、さらに設備がパワーアップしてシャワー室などもついてくる。
流石に水道は止められてるだろうが、少し改造すればシャワーくらいなら使える事がある。
ちなみに俺達の元いた基地は公立高校。ここより設備がしょぼかった。
「さっさと入って中を確認しようぜ」
非戦闘員の蓮堂はいつ倒れるか心配な程にふらふらだった。
連動以外にも古村や早川、菊池などの戦闘経験の少ない者達は荷物を多く持たされている為か一段と疲労の色が強い。数日は休ませてやるのも一つの手だろう。
「...ん?」
体育館のドアに手を掛けた荒川さんが、訝し気な声を上げる。
「どうした、老朽化で扉がイカレてるのか?」
「いや...内側から鍵がかかっている感じがする」
鍵がかかっている。
つまりそれは、誰かがゾンビの侵入を拒んでいるという事。
「もしかして...」
今この場にいる全員が、きっと同じことを考えているだろう。
「ああ。ここに生き残りがいる」




