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page37 心の蓋

「よし、全員無事だな」


事も無げに戻ってきたブルーが辺りを見回す。


この辺りのゾンビは全て忍者ゾンビの指揮下にあったようで、そのほとんどはたった今斬り殺した。

残ったゾンビもビルの爆発に引き寄せられたり瓦礫に埋もれたりしており、少なくともこちらを追ってくる個体は確認されていない。


「一番遅く戻ってきた奴が偉そうに指揮を執るんじゃあない」


「まあまあ。それで、あの二人は何をしてるんだい?」


「どう見ても説教中だろう」


ブルーが指さしたのは、正座をさせられている京平とその眼前で仁王立つサラ。

藤堂の言うとおり、説教されているようにしか見えない。


「なんで説教されているんだい? 作戦自体は滞りなかっただろうに」


その質問に答えたのは、藤堂の後ろからひょっこりと現れた荒川。


「それがね、京平君はあの忍者ゾンビから一撃貰っちゃってたらしいんよ。ほんの僅かに攻撃が掠った程度だけど、毒が随分と強力なものだったみたい。


なのに無理して動きまくった結果猛毒が回っちゃって、結果舞ちゃんに介抱される羽目になっちゃったのね。

んで、今はそれを聞いたサラちゃんが京平君に説教中。

安静にしてるときに叩き起こして説教しなくてもいいのに、応じる京平君も素直だなあ」


「ははあ。両想いで泣けてくるね」


「ほんとそれ」


基地内でもずっと一緒にいたことから、二人は相当仲がいいらしい。

というか誰がどう見ても両片思いのその有様に、流石の荒川もサラには手が出せない。

基地内では二人の恋路を密かに応援するチームがあったとかなかったとか。


「だが、実際あいつらが行動を共にするのはなぜだろうな。一年以内に出会った関係にしては少々仲が良すぎないか?」


「そりゃお互い惚れたから、じゃないの? 京平君は運動神経バツグンでかっこいいし、サラちゃんは愛嬌あって可愛いし」


何より二人とも良い奴だろ、と荒川が強調する。

京平とサラは嫌われ者が多い調達者(プロキュラー)の中でも数少ない人気者。依頼や相談を持ち掛けられることも多く、活動の円滑化に一役買っていたのは良く知られている。


「...どうもそれだけではないような気がするんだよな」


そもそも二人はどこから来たというのか。

基地の外から来た割に、ゾンビや世界情勢などの基本的な知識がないのは非常に気になる。

ゾンビすら湧いてこない山奥の秘境に住んでいた、若しくは大きなショックで一時的な記憶喪失に陥っているのか。

色々考えてみるが、どうもピンとくる線が浮かばない。


「いいとこ突くね、アンタ。気になるなら直接聞いてみな」


「お前は知っているような口ぶりだな」


「世の中には、知らなくてもいい事があるんだよ」


「なんだそれは」



★★★



「一つ、聞いていいか?」


夜。

廃線同然となったK鉄のとある駅ホーム。

俺達はそこで交代で見張りをしつつ、身体を休めることにした。


食料はあらかじめ作っておいた干物、燻製肉、固く焼いたパンに漬物が少々。あと水。

質素な事この上ないが、終末世界の食事なんてこんなものだろう。

昔から食にはあまり興味なかったので、特に辛いとも思わない。


そしてその食事中。

藤堂さんが突然真面目腐った顔をして(いつも通りだが)俺の顔を見た。


「え、俺になんか用すか」


「お前と、白珠の二人にな」


「......!」


俺と、サラ。

この時点で、何を聞かれるかなんとなくわかっていた。俺達の出自に関する質問だ。


皆の空気が少しだけ冷たくなった気がした。


「お前たちはどこから来た?」


別に後ろめたい理由があって隠していたわけではない。

ただ、神の手による転生という真実は誰にでも受け入れられるものでは無いだろう、と考えていた。

気味悪がられて距離を置かれるだけならまだしも、侵略者や化け物といったレッテルを貼られる可能性も充分ある。

そうなった時みんながどこまで醜悪になってしまうのか、考えたくもなかった。


だけど、もしここで適当な事を言ってしまったらこの先、皆と仲を違えることになってしまうだろう。

それだけは絶対に嫌だ。

サラを顔を見合わせ、二人で同時に頷く。


ここは正直に、全てを伝える。


「俺達は、別の世界からやってきました」


俺が言い終わるよりも早く、周囲がざわついた。

別世界が存在するという事に心躍っている武器屋と荒川さん。

平和である事を羨む菊池と古村と早川。

何も言わず次の言葉を促すのは矢田さん、藤堂さん、そしてブルー。


その世界にはゾンビが存在しなかった事。

ここと国や地名は変わりないという事。

沢山の人間が平和に暮らしていた事。

色々な事を話した。


「俺はそんな世界で、両親を早くに亡くして独りぼっちで生きてました。

特に夢も希望も持たず過ごしていたある日、偶々車に轢かれそうになったサラを見たんです。

その時咄嗟に身体が動いて、サラを庇って俺が轢かれて死にました」


今思うと、あの時身体が動いたのは半ば自暴自棄になっていたからかもしれない。

生きる理由も目的も無くて、でも独りで死ぬ勇気もなくて。誰かに生きる理由を押し付けたかったからのような気がする。


俺の言葉にサラが続く。


「そして京平は死んだ後、神様から人助けをしたご褒美としてこの世界に転生させられたんです。

一方で助かった私は、死後に京平に感謝と手助けをしたいという目的で同じ世界に転生してほしいと神様に頼んだんです」


サラの言葉に、チクリと胸が痛んだ。

俺があの時助けなければ、サラはこんな世界に来ず来世でまた平和に生きることができたのかもしれない。

俺がサラを縛り付けてしまった。結局あの人助けはただの俺のエゴだったんじゃないか?


「おい、それならなんで京平が先に来なかったんだ?」


「分からないです...が、神様なら時間軸をずらして転移させることくらいできると思うので」


時間軸がずれてるのは、恐らく神との契約内容に因るものだと思われる。

サラが先に転生することによってこの世界に慣れさせ、俺のサポートを行わせる。多分そんな感じ。

詳しい理屈はよくわからないが、神の前に理屈などあってないようなものだろう。


「俺からも質問。ご褒美でこの世界に転生させるのはおかしくない?」


荒川さんの質問には、俺達も首を縦に振らざるを得ない。


「それは俺も思いました。一応考えられる線はいくつかあります」


「例えば?」


「例えば...俺にとって都合の良い世界がここだったとか」


この世界に転生してから俺は身体能力を活かして驚異的な戦闘力を手に入れ、ゾンビ討伐の実績を瞬く間に積み上げ、頼れる仲間を沢山持った。

よくよく考えてみれば、随分と都合がいい展開だ。


無数に存在する世界から『黒金京平が都合よく活躍できる世界』を選んだ結果この世界に飛ばされた、と考えるのが一番ありそうな線だと思われる。

『転生させる世界を神が選べない』とか『ご褒美の定義が人間と神とで違う』とか、他にも考えられる線はあるが、現時点で俺が一番納得できるのは最初に言ったご都合理論だ。


「成程な。要するに二人は前世からの知り合いだったわけか」


「知り合い、というよりは恩人ですね。京平は」


知り合ってた期間がコンマ数秒しかなかったから、確かに知り合いとは形容しづらい。

ただ、サラが俺を『恩人』と言ってくれたのは少し嬉しかった。


「まあそれはいい。なんでそれを俺達に黙ってた?」


藤堂さんからの、至極もっともな指摘。


「私は京平が来たら明かそうと思ってました。けど...」


サラが俺をちらりと見る。


「...話したところで、信じてもらえないだろうと思ったからっす」


俺の答えに、その場の全員が大きなため息を吐いた。

藤堂さんに至っては掌で顔を覆い隠す始末。


「ゾンビが溢れてるこの世界で、転生とか異世界とか信じない訳無いじゃん」


古村の呆れた口調に、俺とサラ以外の皆が頷く。


そうだった。

ここにいるみんなが、俺とサラの正体を知ったくらいで動じる訳無いんだった。


昔から、自分自身を知ってもらう事が苦手だったような気がする。

両親が他界して、兄妹も従妹もおらず、頼れる親戚もいない。

皆が当たり前に持ってる()()を、俺は持っていなかった。


何時しかそれがコンプレックスとなり、自分の中でも蓋をして目を背けてきた。

だけど、その蓋は笑ってしまうくらい簡単に取れてしまうようなものだった。

ただ誰かにその蓋を取ってほしかっただけだった。


「全くだ。なあ、その世界は何が流行ってたんだ?」


「日本どうなってんだ? 世界大戦とか起こってんのか?」


「女の子は? やっぱ可愛い子多いのかな?」


あちらこちらから質問が湧き出てきては、その対応に追われる始末。

俺より長く生きてたサラへ質問が集中する中、ブルーが俺の隣へずかずかと座ってきた。


「...この先何が起ころうとも、アンタは正しいと思う事を貫けよ」


「何だよ急に。言ってる意味が分からん」


「......世界は残酷だなって。そう思っただけさ」


それは本当にこの世界の事だけを言っていたのか。先にあるであろう未来を見ていたのか。

それとも——————。

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