page34 心に希望を
「食料と水、それと武器は各自が運搬・管理する事。
戦闘は極力避け、敵の情報収集を積極的に行う事。
決して単独行動をせず、異常事態が起きた際はすぐに仲間に知らせる事」
「ま、どれも言ってる事は理に適ってるよね」
「いや荷物の管理は不平等じゃないですかね? 私と矢田さんでは持てる量三倍以上違いますよ」
「そういう時は臨機応変に対応しようや。さ、ゾンビが集まる前に行こうか」
次の日の早朝。
太陽が半分ほど顔を出した時、俺達はこの仮拠点を発った。
★★★
たった十数年だというのに、街の荒れようは凄まじい。
建物は倒壊し、コンクリートには地盤の緩みでヒビが入り、車には苔が張り付いている。
サラ曰く、こういうのをポストアポカリプスというらしい。昔読んだ漫画がこんな感じの世界を舞台にしていたような気がする。
「ここまで来る途中にまあまあ大きな駅があったろう? その線路を辿っていこうか」
ブルーが指を鳴らす。
彼女は基地の所在地だけでなく、この辺りの地理にも詳しい。
「そうか、この辺の線路は名古屋に繋がっているのか」
「道中迷わないのはすごく有難いが、途中で線路が崩壊していたらどうする?」
既に使われなくなって十数年が経過している線路なら、崩壊とまではいかなくとも雑草や野生動物の溜まり場になっている可能性も充分ありうる、と藤堂さんが指摘する。
そういえば、ここまで日本が荒廃している割に野生動物が人里をあまり降りてこないのは何故だろう。
ゾンビを人間と捉えているのか、ゾンビから出る異臭を察知して近づかないようにしているのか。
ネズミやカラスは結構見かけるので、恐らく後者だと思われる。
「それでもアタシが道程を把握してるから大丈夫だよ。是非とも大船に乗った気持ちで居な」
「...おい、本当にこのゾンビを信用していいんだろうな?」
疑り深い藤堂さんが、俺にこっそり耳打ちする。
まあブルーの言い分は傍から見れば大規模なフラグ建築にしか見えないので無理もない。
「大丈夫っすよ。コイツは嘘言ってませんし」
思い返してみれば、俺が基地にやってきた当初はこんな風に藤堂さんから話しかけてくれることなんて無かった。
それどころか決闘なんてこともしたっけ。今でもあれは相当理不尽だと思っているが、あれのお陰でこの人の本質を探れた気がする。
「だといいんだがな」
「というか、俺が心配してるのはブルーじゃなくて皆さんなんですけど」
他の皆にも聞こえるように、わざと声量を上げる。
「皆さんは別に基地に行かなくとも、どこかゾンビの来ない場所でゆっくり過ごすという選択肢もありますよね? わざわざ死にに行くようなマネしなくとも...」
「お前馬鹿なのか?」
不意に俺を罵倒したのは、さっきからずっと黙っていた武器屋だった。
彼だけは荷物が多いので、列の中心に配置していつでも守れるようにしている。
「俺達は人生をゾンビに滅茶苦茶にされたんだぞ? それを作り出した黒幕をぶちのめしたいと思うのは当然だろうが」
「いやそれはそうなんだけど、わざわざこんな無謀な戦いに身を投じなくても...」
「基地が無くなった今からどうやって安心できる場所を探すんだよ」
反論材料が消え、俺は唸り声を響かせながら黙り込む。
武器屋の言ってることは間違ってないし、気持ちもよくわかる。
だけど、このままでは俺達の身勝手な戦いに巻き込んでしまっているのではないかという気がしてならないのだ。
「こら、喧嘩すんなって。長い旅になるのに今から仲悪くしてどうすんの」
早川が俺と武器屋を宥めた。
荒っぽいエンジニアの彼女とブルーは性格的にウマが合うらしく、二人で話してるところをたまに見る。
「喧嘩じゃねーよ。コイツがゾンビから逃げようなんて甘ったれた事言うから」
「別に間違ってはいないだろ。海外に逃げればいいだけじゃんかよ」
俺の言葉に、一同の空気が一瞬止まった。
まるで言ってはいけない事を言ってしまったような雰囲気。
「...え、黒金お前知らないのか?」
「何が?」
「日本は既に国連に見捨てられてるだろうが」
ゾンビが日本に現れた当初は各国が対応にあたり、武力の派遣や財政面での支援など非常に手厚いものがあった。
何しろ日本は世界有数の先進国であり、同時にアメリカをはじめとした世界各国と強い関係性を持っている。そんな国の復権に恩を売るといった打算的な目的がどの国にもあったのだろう。
それが一変したのは十年前の東京陥落事件。国会議事堂にゾンビが押し寄せ、国を率いる重要人物達が相次いで惨殺された。
これを機に、世界各国は日本の復活見込みが無いとして支援を断念。ウイルスの伝染防止のため、いかなる理由でも日本からの難民を受け入れない事とされた。
「アメリカはゾンビという得体の知れない存在が世界に伝播する前に、核爆弾を用いて日本全土を焼き尽くす算段でいる。それができないのはまだ俺らみたいな生き残りがいるのと、海外在住の日本人による尽力が大きいんだろうな」
ちなみに日本に残っている生き残りは推定で約百万人。
意外といる、と思うかもしれないが、その大半はゾンビの比較的少ない北海道・四国・九州地方に大きなドームを作り生活している。
本州のみで数えた場合、生き残りは五万人程度しかいないとの事。
「そ、そこまでだったのか...」
この世界に来てからテレビやラジオなどのメディアに全く触れてこなかったから、今の日本がそういう状態にある事を全く知らなかった。
というかそういう情報はどこで手に入れるんだよ。
「...お前って、基地に来る前はどうやって過ごしてたんだ?」
「あー、まあ一人孤独に生きてたから」
間違ってはいない。前世だと両親は早くに他界したし、兄妹も祖父母もいなかったから。
親戚の家を転々とし、腫物のように扱われてきた日々。
心を開ききることのできる友人もおらず、頼れる大人もいない。
もし、あの世界を今も生きていたらどうなっていただろうか。
今より安全な生活は保障されてただろう。住処もあるし、食べ物もある。
だが、それが幸せかと言われると違う気がする。
俺は、基地の生活はなんだかんだ気に入ってた。
癖はあるが気のいい仲間達、味は微妙だが温かい食事、危険だがやりがいのある仕事。
一日一日が色濃く鮮明に記憶されている。
前世での人生は、まさしく生きているだけの死体同然だった。
サラを助けて死に、この世界に転生してから俺は生き返ったんだ。
「俺は...居場所を壊された事が何よりも許せない」
「安心しろ。皆考えてる事は同じだよ」
たとえ少なくとも、俺には仲間がいる。
それだけで心の底から力が湧いてくる、気がする。
「おっと、敵襲だ。十時方向に四体と三時方向に二体」
「全員只の雑魚だな。黒金、そっちの二体をやれるか?」
藤堂さんが俺を指名したのは強さ以外にも『限りのある銃弾を使わず近接だけで仕留めろ』という意図が込められているのだろう。
調達者のうち近接主体が俺と藤堂さんと矢田さん、中距離主体が荒川さんと菊池、どちらもこなすのがサラとなっている。
「勿論っす」
薙刀を握りしめ、俺は駆け出した。
★★★
「ふん、雑魚が」
決着まで一分。
全員初撃を透かして回り込み、首を斬って終わり。あまりにも弱い。
「...あの、この程度の雑魚ゾンビ達が日本を滅ぼせるもんなんすかね」
当時を知らない俺の質問に、全員が怪訝な顔をする。
多分、俺とサラが普通の人間ではない事はとっくに気づかれているのだろう。
「こいつらはあくまで一般人用。中核を滅ぼしたのは突然変異体が主体だよ」
質問に答えたのは荒川さん。
「あー、鉱石ゾンビとか大型ゾンビみたいな」
確かに、訓練されてない一般人なら通常ゾンビで充分だし、武器を持ち出されたなら突然変異体を使えばいい。
突然変異体は簡単には倒されないから場持ちもいいし、最低限の知能もあるから罠にも引っかかりづらい。
「...ん? それだと突然変異体は意図して作られた事になるんですがそれは」
「まあ突然変異体ってのも俺達が勝手につけた呼称だしね」
「へぇ」
てっきりそういう名称もどこかで定義されたものとばかり思いこんでいた。
突然変異体の個別名称も鉱石ゾンビだったり大型ゾンビだったり、意外と適当な気がする。
カタカナまみれのキモい名称とか付けられてたらそれはそれで嫌だが。
「...待て。その突然変異体とやらがお出ましのようだぞ」
十二時方向、五階建てマンションの屋上から俺達を見下ろす人影。
顔を含む全身が包帯に包まれており、更にその上から黒い装束を着ている。まるで負傷した忍者といった風貌だ。
手に持つ武器も、忍者らしい短刀。恐らく仕込み武器も複数あると思われる。
両眼だけが包帯の隙間から覗いており、その目線はこちらを既にロックオン済み。
先程の雑魚ゾンビは陽動、若しくは見張り役だったという訳か。
「戦闘は避けられなさそうね。京平、どうする?」
「勿論、やるぞ」




