page32 プロシード・ハート
南の海岸に仮拠点を張って、一週間が経った。
俺達は次の目標のために、ここで心身を休めつつ装備を整えている最中。
「釣りなんて子供の時以来だけど、コツさえつかんじゃえば結構やれるね」
「私は一匹も釣れませんでしたけどぉ!?」
「落ち着けって。そうやって大声出すから魚が逃げちゃうんじゃないの?」
古村、菊池、早川の女性陣は、近くの釣り堀で海産物の確保に勤しんでいる。
意外にもウマが合うようで、さっきから仲良さそうに話しているのが遠くからでも聞こえる。
始めはゾンビの襲撃に怯えるだけだったが、三人ともいつもの明るさを取り戻せたようで何よりだ。
「これ食えるやつ?」
「どこからどう見てもトリカブトだな。誰か殺す予定でもあるのか?」
「......」
一方で荒川さん、藤堂さん、矢田さんの三人は近くに蠢いているゾンビの討伐と食料の採取。
とはいえブルーが既にゾンビの大半を討伐していたからか、ほとんどやることは無い。
よって雑談しながら植物についての会話に花を咲かせるのが主になっている。
「そういえば荒川、お前の銃弾はまだあるのか?」
「武器屋くんがいくつか持ってたよ。装填ついでにメンテナンスもしてくれてる」
武器屋の蓮堂は何をしているかというと、さっきから小屋に籠って武器の作成とメンテナンスを行っている。
今はメンテナンスの他に最上川さんの狙撃銃と、穂村の爆弾の製作に精を出しているようだ。
そして俺とサラは何をしているかというと。
「おぼぇっ......いってぇ......」
「おら立て。まだまだノルマは残ってんぞ」
ふつうにブルーと練習試合をしていた。
傷もまだ癒えぬうちだというのに、ブルーは容赦なくボコボコにしてくる。
お陰で朝に食った飯が全て逆流するという始末。
「サラもいつまで寝転がってんだ」
「だって...痛いし...疲れたし......」
「アンタに首切られた時の方が痛かったわ」
「......その節は本当にごめんなさい」
砂浜の上で土下座なんてするから銀の長髪に砂が付着してるし。
つかゾンビって痛覚あったのか。
「冗談さ。この身体になってから痛みなんて感じた事無いね」
「あのさあ、こういう時に冗談言ってんじゃねーよ」
「冗談でも言ってないとやってらんないよ。この身体が生身だったら、アンタらに死んで詫びたりもできたんだがねぇ」
こいつは冗談を言う時と真面目な事を言う時の差が激しすぎる。
お陰で反応に結構困るのだが、彼女はいったい何を考えているのだろうか。
サラも先日の事は結構気にしているようで、ブルーとの会話に消極的だ。
なんか気まずい空気になってきてるような気がするので、思い切って話題を変えてみる。
「......そういえば、なんでお前は首切られても死なないんだよ」
先日サラがブルーの首を斬った際、彼女はケロッとしていた。
本人曰く『死なないというより死ねない』とのことだが、一体どういう事だろうか。
「そうだなぁ。今なら周りに誰もいないし、先に言っといてもいいか」
一瞬の逡巡の後、ブルーは俺とサラの傍に座った。
「アンタらは、『神』を知ってるか?」
神。かつて前世で交通事故に遭って死んだ俺のもとに現れ、人助けをして死んだ誉として俺をこの地へと転生させた上位存在。
俺が会った時は、確か幼女の姿をしていたはずだ。
「...知ってるぜ。俺は奴の手によってこの世界に転生させられたからな」
「私は京平を助けるって理由でこの世界に。なぜか私の方が早かったけど」
俺達の告白に、ブルーは一切の驚きも見せない。
想定内、といった表情だ。
「やっぱりそうか。実はアタシもそうなんだよ。
薄々分かっているとは思うが、この世界はアタシ達が元居た世界に並行して存在している。まあ並行世界とか、パラレルワールドってやつだ。
そんで、パラレルワールドという事はこの世界にもアタシ達と同じ人物が存在していたという事になる。
そして、この世界ではアタシは死んでいた。黒幕の手によって、ゾンビに作り変えられていたという訳さ。当然意識はなく、肉体は空っぽ。
元居た世界で無事に死ねたアタシは、神の手によってこっちの世界のアタシの死体に魂を容れてもらったのさ。分かりやすく言うと受肉とかそんなとこだね。正確には違うだろうけど。
そんで当たり前だが、アタシは目的もなく受肉したわけじゃあない。神から直接命令されたのさ。黒幕を殺せっていう命令が。そういう神の強制力によって、アタシは死なない。ただし、腹は減るし疲れもするし活動できなくなったら冬眠もする。
ここまでが、アタシが死なない理由。そんで...」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待て」
矢継ぎ早に衝撃的な事実を打ち明けられ、俺もサラも理解が追い付かない。
まさに言葉の洪水を浴びせられたような気分だ。
「んだよ、こんだけ丁寧に話しといてなんか質問あるわけ?」
当のブルーは俺の横槍に随分不服なようだが、流石に俺は悪くないだろコレ。
「一旦話を整理させて。まずこの世界がパラレルワールド、っていう事についてなんだけど」
サラが小さく手を挙げる。
「この世界が並行ってことは、私達が元居た世界は同じ時間軸に存在してるの?」
例えば、俺達が元居た世界。これを世界Aとする。そして今いる世界はBとする。
世界Bが一月一日午後一時なら、世界Aも一月一日午後一時なのか。
サラが言いたいのはそういう事だろう。
「ああいや、言い方が悪かったな。時間軸といっても、あくまで辿る線が同一なだけだ」
世界Aが一月一日午後一時なら世界Bは四月一日午後一時であるかもしれないし、同じかもしれない。
ただ一九四五年八月十五日に戦争が終わった事や、一九八九年一月八日に平成へ元号が変わった事など、過去に起きた出来事は同じ。
ブルーの言っていることはこういう事らしい。
確かに、ゾンビ発生以外は俺達の元居た世界と地名も元号もモノの名前も同じ。
パラレルワールドという事自体には然したる驚きもない。
「じゃあ並行になったターニングポイントがゾンビ発生なだけで、他は全部同じってことね」
「まあそんなとこだね。他に質問は?」
「お前の過去。なんでこの世界のお前はゾンビに作り替えられててたんだ?」
黒幕の手によってゾンビに作り変えられていたというのが引っかかる。
そこまでして彼女をゾンビにしたい理由でもあったのか、若しくは誰でも良かったのか。
「まあ、黒幕と関係が近かったからだろうね。あ、悪いがその関係ってのを深く語る気はまだないよ」
「質問を先回りして潰すなよ...」
とはいえある程度の推測はできる。
恋仲、血縁、友人、仕事仲間。彼女の性格じゃ恋仲になる相手はいなさそうだし、仕事仲間との関係を『近い』かと言われると怪しい。
この中でありそうなのは血縁か友人だろう。ただ、それを今ここで言わない理由があるのか引っかかる。
「もひとつ質問いいか? 神の命令によってお前は死なないと言うなら、単独で黒幕を潰さなかったのはなんでだ?」
「アタシよりアタシの身体を分かってる奴に突っ込んで何ができんだよ」
「まあ...死ななくても動けなくなることはあるのか」
「大方バラバラに解体されて死亡と再生を繰り返す物体になるのがオチだね。どうせあの神もまともに助けてくれないだろうし」
「それはほんとにそう」
死んだ直後に謎空間で出会った神の姿を思い返してみる。
幼女のような姿に、粗雑で傲慢な口調と振舞い。そして『褒美』とか言いながら俺をこんな狂った世界に飛ばすという凶行。
ブルーの言葉に自ずと説得力が生まれてくるのも無理はない。
「じゃあさ、何で神様は黒幕を直接潰さなかったのかな」
確かに、ごく少数の人間に任せなくても神のご都合パワーでどうとでもなるはずだ。所詮黒幕も人間だろうし、人間でなくとも神より位が高い上位存在だったら、そんなバケモンの討伐をブルーに任せるのは酷すぎる。
「それは聞いてこなかったが、粗方見当は付く。『黒幕が神と同等の力を持っている』『黒幕が別の神とグル』『ただの暇つぶし』『あの神にそこまでの力が無い』の中のどれかだろうね」
「あいつが考えてそうなのは後半二つだろうな」
俺の予想に二人が顔を見合わせ、深く頷いた。
どんだけ信用が無いんだよあの神は。
「という訳で、アタシが死なない理由は理解できたな? そんじゃ次に...」
その瞬間、ブルーの腹の虫が特大の鳴き声を上げた。
「......腹減ったな。面倒だし、後の事はそのうち教えてやるから飯にしよう」
そう言うと、彼女は空きっ腹を擦りながら煙の立ち昇る海岸の方へ歩き出した。
俺とサラは中途半端な展開に呆然とするばかり。
「......特訓も話も中途半端なところで終わらせんなよ!?」
「(ブルーちゃんが急にやる気を失ったの、作為的な何かを感じる......)」




