page31 夜明けの泪
「...なあ、俺達はどこに向かってんだ?」
黒洞々たる夜の中、足早に歩を進める一行。
調達者の白珠サラ、荒川さん、藤堂さん、矢田さん、菊池。そして俺こと黒金京平。
武器屋こと、蓮堂勇次。
基地のバンド『Spirits of Gray』のリーダー、古村凛花。
エンジニアの早川留美。
総勢、九名。
つい数刻前に起きた基地爆破テロ事件によって、俺達基地住民の九割以上が死んだ。
そんな中で運よく生き残った俺達は、ゾンビの奇襲から逃れようと這う這うの体でなんとか少しでも基地から遠ざかっている最中だった。
「なあおい、誰か答えてくれよ」
さっきからうるさいのは、武器屋の蓮堂。
名目上は武器屋だが、流石に今回の襲撃でまともな武器はあまり持ち出せなかったようで、やや手持無沙汰気味の状態を持て余している。
「『南の海岸に情報源がある』って、さっき黒金が言ってたでしょ」
「いや、こんな小声で言われてもわかんねーって」
苛立ちを含めた古村の小声に蓮堂が呆れ気味にぼやく。
後方支援部隊だった菊池と古村、あと自衛隊出身の矢田さんの尽力によって、俺達怪我人に一応の応急処置はしてもらえた。
が、それはあくまで応急処置。一月ほどは安静にしないといけないはずの身体でずっと動いているのだから、間違いなく危険な状態だろう。
こんな時に無駄な戦闘なんてしてたら傷口が開いてしまう。
という訳で、戦闘は最小限且つスピーディーに。気づかれないよう会話は最小限にして足早で南を目指しているという訳だ。
先頭は俺と荒川さん、殿は矢田さんとサラ。左右は菊池と早川が警戒しつつ広がりすぎないよう固まって早歩き。
「黒金君、怪我の調子は?」
「アバラが痛いですが出血はそこまでっすね。サラも傷は深くないはずっす」
荒川さんも生き残った一人ではあるが、ゾンビとかなり戦ったようで身体のあちこちに包帯を巻いている。
荒川さんだけではない。皆どこかに傷を負っていて、心にも身体にも余裕がない。
一刻も早く海岸に着かなければ。
「それで、南の海岸に一体何があるんだい?」
「んー...説明しづらいんで、実際に会ってもらった方が早いっすよ」
「会う、ってことは人か。別の集落とかが出来上がってるとかそんな感じ?」
荒川さんが台詞を言い終わったその刹那、人外の唸り声が聞こえた。
「ウ”ウ”ウ”......」
「ちっ...総員、戦闘態勢」
総数三体。いずれも目立った外見的特徴は無し。
手負いといえど、この程度俺にとっては敵ではない。
たった昨日まで、ゾンビの事はゲームでいうギミック的な何かかと思っていた。
基地の外をうろついていて、こっちを見つけたら追いかけてきて、殺そうとしてくる。
凶暴という情報はあれど人を殺しているところは見たことが無かった。
だけど、今は違う。
「俺達の居場所を、滅茶苦茶にしやがって...」
たった数刻のうちに、幾人もの命を奪ったこいつらを、許すことはできない。
知らずのうちに、薙刀を握る手が震えだす。
ゾンビ共も、その黒幕も、
「......まとめて斬り殺してやる」
★★★
「ほう、随分と重症のようだね」
血に濡れた腕が乾き、傷口が熱を持ち始めた頃。
夜明けの海岸には一つの影があった。
「おい黒金、あいつ誰だ?」
「ブルーって名前の、ゾンビ」
ゾンビ、という言葉に、一同が驚きや恐怖の入り混じった声を上げる。特に菊池なんかは調達者の癖して矢田さんの陰に隠れる始末だ。
当のブルー本人はまったく気にしていないという様子で、こちらを襲うそぶりもない。
ブルー。正式名称はブルーちゃん(命名者:白珠)。
見た目は女版のゾンビだが、どういう訳か俺達と対話すできる知性を持っている。当然のようにゾンビを作り出した諸悪の根源とその研究所の在処を知っており、共に戦える仲間を募っている。
一度は俺達の勧誘を断ってみせたものの、『成長に期待できる』『見てておもろい』という理由でこの海岸に仮拠点を張っていた。
基地破壊後立ち往生していた時、それを思い出した俺はこうして彼女の元に会いに来た、という訳だ。
「事情は大体把握してるよ。大方、基地がゾンビ共にやられたんだろう?」
「...なんで知ってるんだ」
この海岸から基地までは結構な距離がある。徒歩でいえばおよそ一時間弱、ってところだろうか。
流石にそこまでの距離があれば基地の襲撃は見えやしないだろう。俺達の怪我をみて襲われたと予測することはできるだろうが、その割に驚いたそぶりもないのが気にかかる。
「そりゃわかってたからさ。だってその原因はアタシにあるんだから」
いつものような、冗談でも言っている風の口ぶり。
だけど、こんな時に冗談を言う奴なんかいないという事は誰でもわかっている。
これは真実。ブルーの言う事に嘘はない。
「...殺してやる!」
一瞬の静寂の後、真っ先にブルーへ飛び掛かったのはサラだった。
誰にでも優しく真摯で可憐、絵に描いたような乙女であったサラ。
だが今の彼女の目には、はっきりとした憎悪と殺意が籠っていた。
「私達の基地を、よくも...!」
胸ぐらを掴んだ後倒れ伏せ、サラがブルーに馬乗りをする形となった。
その手には血の付いたナイフ。
今この場でサラを止めようとする者が誰一人としていないのは、きっと皆同じ感情を抱いているからだ。
住処を滅茶苦茶にされて、その原因が目の前にいて、しかも悪びれる様子もない。
最初に激昂したのがサラだった。それだけだ。
「殺したきゃ殺せばいい。ま、アタシは死んでるし死なねぇんだけどな」
挑発にしか聞こえない台詞。
それに乗るように、サラはそのナイフを彼女の首へと突き立てた。
ブチリ、という嫌な音とともに、ブルーの頭と胴体が泣き別れる。
しかし、
「ほら、死なねぇだろ?」
首からどくどくと血を流しながらも、両手を広げておどけてみせるブルー。
確かに、彼女の言に嘘は無かった。
普通、ゾンビは頭と胴体を切断されれば活動を停止する。
大型ゾンビだろうが、鉱石ゾンビだろうが、首を斬れば殺せる。だから俺達調達者は首を斬る技術を鍛えてきたのだ。
だが、今目の前にいる彼女によって、その前提が根底から覆される。
「お前...なぜ死なない」
普段冷静な藤堂さんも、今回ばかりは動揺を隠しきれないようだ。
矢田さんの寡黙さはいつも通りだが、その眼は明らかにいつもと違っているのがわかる。
「正確には『死ねない』、という方が正しいね。だがその説明は後だ」
ブルーは胴体を上体だけ起こし、転がった頭を拾って捻るように首に突っ込む。
すると切断面は見る見るうちに消え失せ、瞬く間に数刻前の状態へと様変わった。
そして、
「ごめんな、アンタら」
動きの止まっていたサラをそっと抱き寄せ、その頭を撫でた。
「サラ。アンタの言うとおりだ。アタシがいなけりゃ、アンタはもっと幸せに生きれた。この世界は、全部アタシのせいでこうなった。全部、全部」
「......っ!!」
その言葉にも、嘘はない。
だからこそ、サラが止まったまま動かない。
「っふざけないで! 貴女がいるせいで、私は、私は......!!」
何故サラがここまで怒るのか。
それは彼女があの基地を誰よりも愛していたからに他ならない。
亡き先輩に救われ、数多くの仲間達と共に過ごし、転生する俺をこの地で待った。
その思い出が、一瞬にして灰燼へと帰した。
その元凶が、目の前にいる。
だけど、
「サラ、もういいだろ。ブルーは悪くない」
サラも分かっている。ブルーは明確な悪意を持ってやったんじゃないという事を。
それでも、自身の怒りの矛先を何かに向けたかった。そうしなければ、次々に湧き出る感情にその身を焼かれてしまいそうだったから。
頭がおかしくなってしまいそうだったから。
「ぐすっ......うえぇぇぇぇん」
関を切ったように、その眼から涙が溢れだす。
「ごめんな...ごめんなぁ......」
その涙を待ちわびていたかのように、ブルーが嗚咽を漏らした。
誰も、何も言わない。
どうすればいいのか分からなかった。口を開くことさえも躊躇われた。
殺意。
憎悪。
悲嘆。
自責。
諦念。
夜明けの海に浮かぶその感情を、俺はまだ知らない。




