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page30 それでも僕は

「何......?」


ボスの身体を、一発の銃弾が貫いた。


銃弾の発生源は俺の背後。

咄嗟の出来事に戸惑いながらも、頭で考えるより速く振り返る。

そこには、気弱ながらも頼れる先輩の顔があった。


「も、最上川さん!!」


無事だったんすね、とは言えなかった。

なぜなら彼の下半身は瓦礫の中に埋もれていて、見えなかったから。


「黒金君! 話は後だ!」


血塗れの顔で必死に声を振り絞る彼がいるのに、たかが瓦礫に叩きつけられた程度で一瞬でも動けなくなった俺が恥ずかしい。

痛みを気合いで誤魔化して、薙刀を二刀に分割し速攻を仕掛ける。


「ガキ共がぁ...舐めやがってェェ!!!」


今まで聞いたことのないような怒号をあげるボス。

胸元に穴が開いているはずなのに、その殺気は留まるところを知らない。

もはやこの男に、この基地のボスという矜持は無かった。


だが、確実に隙は生まれている。

二刀で手数を増やしたから、というのもあるが、明らかに攻撃一つ一つが大振りになって後隙が生まれている。


ナイフは砕いたから相手は徒手空拳。それに対し俺は二刀の連撃。

適性なリーチを保って乱撃を仕掛け、対処を押し付ける。

全てこの基地で身に着けた戦い方だ。


「ぶっ殺す!!」


喀血を繰り返してなお俺の攻撃に食らいつくその精神力は、見事というほかない。


正面からの一撃は柄で軌道を逸らして、反撃。

掴みは予備動作からどこを掴んでくるかを見極め、バランスを崩さぬよう回避。

脚での蹴りは威力が高くまともに喰らえば致命傷だが、それを避けるための適性なリーチ。

先程まではできなかった戦いが、最上川さんという存在によって可能になっているのだ。


サラと連携し、うまく死角を突きながら少しずつでも傷をつけていく。

素手と刃物の差は、バトルが長引くほど効果覿面だ。

じわじわと彼の手足に切り傷が増え、その線の数と太さが徐々に増す。


いける、と思った瞬間、


「死ねぇっ!!」


その太い左腕が俺の胸ぐらを掴み、俺の首を右手で————————、


「させないっ」


次の瞬間、ボスの胸元に一本の剣が刺さっていた。

背後にサラが寄っていたのを彼は見落としていたのだ。


「この俺がっ...こんなガキ共にっ......」


それでもなお右腕を振り上げるボス。


「ボス。俺はアンタの事を良く知らない。


だけど、基地の皆はアンタの事を信用してたよ。俺がここで受け入れてもらえた理由の一つは間違いなくアンタにある。


......信じてた人に裏切られるって、こんな気持ちなんだな。

裏切られたことすら知らずに死んだ人って、ある意味幸せなのかもな」


そして俺は、その右腕ごと双剣で首を切り裂いた。



★★★



「最上川さん!!」


ボスとの決着がついた俺達は、慌てて最上川さんの元へ駆け寄った。


「はは、流石だね二人共......。でも、俺の事は大丈夫だ」


「大丈夫って...瓦礫に潰されてる人間が言う事じゃないですよ!?」


さっきから必死に瓦礫をどかそうとしているのに、あまりの大きさと重さでピクリとも動かない。

それもそのはず。俺もサラも満身創痍の怪我まみれ。こんな状態じゃまともに力を入れることも難しい。


「いいや、大丈夫。俺はもう助からないから」


思わず聞き逃してしまうような、そんな軽い口ぶり。

だけど、その声色は馬鹿みたいに真面目腐っていた。


「そんな訳......!」


「そんな訳あるさ。だって俺の両足、もう感覚が無いんだよ」


むしろあの高さから落ちたのに生きてる方が奇跡だよ、と自嘲気味に笑う最上川さん。


そりゃそうだ。

校舎の屋上から落っこちて、両足を瓦礫に潰されて、今この基地でまともな治療が受けられるとは思えない。

そんなのとっくに分かっていた。分からない方が馬鹿だ。


それでも、そんな形での『大丈夫』なんて求めていなかった。


「それに、君達は黒幕を追うんだろう? その旅に俺は足手まといなだけだ」


「だからって......!」


「子供じみた駄々をこねるのはやめろ。君たちが今すべき事は何だ?」


俺達が今すべき事。


この世界をゾンビまみれにした黒幕を突き止め、倒す事。

その為にも、先ずは東の海岸に拠点を張っているブルーと再会しなければならない。


それでも、それでも、それでも......。


「おい、お前ら」


後ろから、藤堂さんの声がした。


「と、藤堂さん」


ガーゼや包帯が巻かれているのを見るに、ある程度の治療は受けてきたようだ。


「労いの言葉は言わないぞ。お前らならやれると思っていたからな」


その言葉に、胸がズキリと痛む。

決して俺たち二人で勝てたのではなくて、最上川さんがいてくれたからこそ勝てたというのに。


俯いた俺を押しのけ、藤堂さんは瓦礫の下で這いつくばる最上川さんの眼前に突っ立つ。


「よう、運動音痴の狙撃手(スナイパー)


「やあ、中二病のリーダー」


軽口なのか称えあってるのかわからない口ぶりで、二人が挨拶を交わす。


「まだやれるか?」


「......悪いな」


「......そうか」


それだけ言うと、藤堂さんは体の向きを変え基地正門へ歩き出した。


「ちょ、ちょっと、流石に軽くないですか!?」


俺もサラと同意見だ。

ここで何年も戦線で戦い続けた戦友に対する最後の別れがこれなのか。だとするならあまりに軽すぎる。


「当たり前だ。この世界はそういうものだろうが」


「でも......」


「これから夜が明けるまでゾンビの侵攻は止まらないだろう。それまでここで耐え凌ぐよりも、別の場所に避難した方がいい。山程の死体が転がっている今なら、そっちに気を取られて追ってくるゾンビも少ないだろうしな」


今から移動を開始するという事。

それ即ち、最上川さんはここで置いてけぼりにするという事。


「此処に残るか、未来に発つか。お前らが決めろ」


この世界は残酷だ。

悪を倒し、仲間を助ける。それができなかった自分への情けなさと、今ここでどちらかだけを選ばなければならない歯がゆさ。


痛いはずの傷が冷えていくのは、きっと夜の木枯らしだけが原因だけではない。


「......っ、すみません最上川さん。俺達は、行きます」


「ああ。頼んだ」


その眼には、一点の曇りもなかった。

俺は、この別れを生涯忘れることは無い。


「ああ、そうだ。最上川、一つ頼まれてくれるか」



★★★



「......行ったか」


黒金が動ける仲間達と共にこの地を発った後。


瓦礫の山と、燃えかすと、死体と、瀕死体が散らばっていた。

無論、最上川も瀕死体の一人だ。


「さて、俺も覚悟を決めますか」


狙撃銃の弾は尽きた。脚はもう死んだ。

それでもなお湧き続けるゾンビ達。

もう、反撃できるものは何も残っていない。


「その覚悟、俺にも分けてくれよ」


気づいたら、目の前に満身創痍の男が一人。


「なんだ。爆弾魔の特攻兵じゃないか。生きてたんだな」


「胸をザックリ貫かれちまってな。ここで終わりみてぇだ」


その胸からは鮮血がとめどなく溢れている。

これは確かに、治療の余地もないだろう。


「......それに、ここで俺が生きちまったら、死んでった奴らに何を言われるか分からねぇもんな」


もし、彼が人の心を持たぬ爆弾魔であったら、より多くのゾンビを焼き殺すことができたかもしれない。

だけど、彼はそれを選ばなかった。いや、選べなかったのだ。


そこにいるのは狂気と美学を併せ持つ怪物ではなく、幼少期に見たヒーローの勇姿に憧れて花火から火薬を集め、爆竹程度の爆弾を作って喜んでいた只の少年だった。

爆弾の質と威力が上がれども、彼の求める先は虐殺ではない。ただ、ヒーローになりたかっただけ。


その結果が多くの無垢なる人間を殺し、痛めつけ、無に帰すこととなった。

それが敵の策略であろうが、発端は自分自身にある。

これを悲劇と言わず何と言うだろう。


「はは、確かに。それで、黒金君達に別れの挨拶は?」


「やるわけねぇだろ。戦犯がどの面下げて行けばいいんだよ」


軽口を叩きあうような口ぶりだが、先程から穂村の目はここではないどこかを見つめているように見える。

自責の念に苛まれている事を、必死に隠している。なんて分かりやすい奴なんだろう。


「......そうだ。藤堂から伝言」


「なんだ?」


最初から藤堂は、全部見抜いていたのかもしれない。

たっぷり一拍間を開けてから、俺は口を開いた。


「『夜空でも見ろ』...ってさ」


労いの言葉でも、恨み詰まった呪詛でも、思い出に花を咲かせるでも、無い。

ただ、その時気づいた何気ない独り言のようだった。


「......ははっ、なんだよ、それ...」


嗚咽に混じった阿保みてぇだ、という独り言に、黙って頷く。

阿保みたい。だが、それは間違いなく今の穂村に必要なものだった。


そういえば、『Spirits of Gray』の曲の一つにこんな歌詞があったっけ。


月光に焦がれ 手を伸ばし

たとえ何も掴めなくとも

絶望と希望の狭間で ただ藻掻くのみ


醜いノイズにかき消され

風は痛いほど冷えていて

だけど夜空はフィルムのようで


「それでも僕は、いつか君を連れて行く」

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