86.直訴
スタン王国、王城前。
ランフォードは国王謁見用の正装を身につけ門前に立つ。歴史ある均整の取れた美しい城。城門にも細かな細工が施され、その重厚な木製の扉は幾多の敵の侵入を防いできた。
ランフォードは深く溜息をついた。この分厚い門が自分を拒んでいるようにすら見える。門兵に国王への取次ぎを依頼し、しばらく待たされた後城内へ入った。
「で、話を聞こうか。ランフォード」
謁見の間に通されたランフォード。
床は総大理石。天井にも美しい絵が描かれ、何気なく置かれた調度品はどれも価格が付けられない程のものばかり。そして壁に掲げられたスタン王国の友好国の旗を、松明の明かりがゆらゆらと照らす。
ランフォードは国王の前で片膝をつき、胸に片手を当てながら頭を下げて言った。
「急な訪問、謁見頂きましてありがとうございます」
ランフォードは国王の顔を見て続ける。
「私が参ったのはこの度の増税の件でございます」
それまで無表情だった国王の眉が少しだけ動く。ランフォードが続ける。
「現状民の生活は厳しく、それに穀物を荒らす害虫や病気も発生しております。そこへ増税となれば民の生活が困窮致します」
ランフォードは国王の目を見て言う。
「国王よ、何卒増税の件、ご再考頂けませんでしょうか」
それまで黙って聞いていた国王が口を開く。
「ランフォードよ、そなたはワシの命が聞けぬということか」
ランフォードは直ぐに答える。
「いえ、決してそのようなことは。もし作地面積が増え収穫量が上がれば民と増税の話もできますが、今この状況ではとても……」
国王は怒りの表情をして言う。
「認めん! そもそも収穫量が増えないのはお前の責任ではないのか!!」
ランフォードは国の僻地であり作物には適さない荒れた土地を、一生懸命開拓する民の姿を思い出した。ランフォードが何かを言おうと口を開けた時、それを遮るように国王が怒鳴った。
「もうよい!! 下がれ!!!」
国王のその言葉と同時にランフォードの前に黒い鎧を着た騎士が立つ。眼光鋭く近くにいるだけで威圧される。
(……ゼラルド将軍、くっ!!)
スタン王国に仕える【剛の畏敬】ゼラルド。腕組みをしてランフォードの前に立つ。すぐに周りの兵がやって来てランフォードの腕を掴んで退場させようとした。
「こ、国王!! 何卒ご一考を!!!」
退場させられるランフォードは最後に国王に向けてありったけの大声で叫んだ。
バタン。
ランフォードが退場した謁見の間。国王が玉座に座り傍に戻って来たゼラルド将軍に言う。
「ああいう正義感いっぱいの奴が一番嫌いでよお。あの得体の知れぬ歌の小娘も早く何とかしなければ」
「御意」
ゼラルドは軽く頭を下げて言う。そして反対側にいた大臣が国王に言った。
「力押しでは他の貴族、領主に反感を持たれます。今、私の方で例の計画を進めておりますので、どうぞご安心を」
国王は横目で大臣を見ると言った。
「うむ。楽しみにしておるぞ。くくくっ……」
国王は自慢の髭を触りながら不気味な笑みを浮かべた。
(無念、無念……)
無理やり退場させられたランフォードはひとり王城の出口へと歩いていた。
王城内に溢れる豪華絢爛な建物やそれを彩る装飾。庭園には美しい花々が咲き、池には色鮮やかな魚が泳ぐ。すれ違う王族や貴族の服装は豪華で見苦しいほど多くの装飾品を身に着けている。そして立ち止まってはまったく意味のない会話を楽しんでいる。
(これが全て民の税金……)
贅沢を禁じ、日々節約に節約を重ね収める税金。それを湯水のように使う王族や貴族。ランフォードは苦労する民の姿を思い出すと、何もできない自分が情けなくなり涙が溢れそうになった。
ランフォードは何の成果も得られぬまま、ひとり帰路についた。
「こ、これは何事だ!?」
ひとり急いで帰路についたランフォード。夕刻には邸宅へ戻ったのだが、その姿は無残なものとなっていた。
門や中庭は破壊され、邸宅自体も少なくない損傷を受けている。そして至る所に倒れる守備兵。多くが血を流しており、斬られたり何かに噛まれたりした痕がある。
「な、何が起こったというのだ!? ランベル、ランベルはいるか!!!!」
ランフォードは破壊された壁から邸宅内に入り、息子ランベルの名を叫んだ。邸宅内も酷く荒らされており、戦闘には関係ないメイドなども倒れている。
「ち、父上……」
奥の間で微かに聞こえるランベルの声。ランフォードは急ぎその元へ行き、倒れている息子を抱き起した。
「大丈夫か! ランベル!! 気は確かか!!!」
ランフォードは祈るような気持ちで息子に叫んだ。手を握る。まだ温かい。ランベルが言う。
「私は、大丈夫です……、でも、ココが、ココが連れされられました……」
ランベルは涙を流しながら消え入るような声で父に言った。
「分かった。分かったからもう喋るな。治療が先だ!」
ランフォードは生き残った兵達と傷ついた仲間の手当てに奔走した。
必死に治療を続けるランフォード達。一通りの処置が終わると既に深夜になっていた。ランベルが横たわるベッドの隣に座るランフォード。涙を流す息子にランフォードが言う。
「泣かなくてよい。何が起こったのか、話せるか?」
ランベルは袖で涙を拭うと父にその日あったことを話した。ランベルの話はそれは全く予想もつかないものであった。
ハルトとランフォードが出掛けて行った後、突如邸宅を囲むように数十体の魔物が出現した。魔物達は門や建物を破壊し、応戦に当たった守備兵達を次々と攻撃していく。そして邸宅内にいたココを見つけると、それを攫い出て行ったとのこと。
(何か違和感を感じる……)
確かに魔物とヒト族は相いれない関係ではあったが、理由もなしに襲ってくることはこれまで一度もなかった。ましてや誰かを攫うなど。説明を続けていたランベルが言う。
「ベラス団! 父上、これはベラス団の仕業に違いありません!!!」
ベラス団とはスタン王国辺境にある魔物の集団で、辺境一帯を支配している。ダべラスと言う魔物の主が統治しており、ここランフォード領とはそれほど離れていない。ランベルが言う。
「慌てるな、ランベル。魔物だからってベラス団とは限らない」
「しかし、父上……」
ランベルは悔しそうな顔をして下を向いた。そこへ守備兵が急ぎ走ってくる音が聞こえた。
「ラ、ランフォード様!! 王都より使者の方が来ております!!!」
守備兵は慌てた顔をしてランフォードに告げた。驚くランフォード。
「こんな夜中に!? 分かった、すぐ行く」
ランフォードは上着を羽織ると直ぐに使者の元へと向かった。
「これは一体どういうことですか!?」
開口一番、使者はランフォードに言った。聞くとランフォード邸が襲撃を受けているとの連絡があり駆け付けたとのこと。ランフォードが答える。
「分かりません。魔物の襲撃があったとのことです」
「被害は?」
「建物などは御覧の通り。そして死者が数名、ココも攫われました」
「な、なんと……」
使者の者達は顔色を変えて言う。
「ココとはあの妙な歌を歌う少女の事だな? 分かった。すぐに王都へ報告する。それまで勝手なことをせぬように!!」
使者達はそう言うと邸宅を後にした。
――おかしい
ランフォードは直感的に思った。
襲撃を受けたことはまだ誰も知らぬはず。それなのにこのスピード対応。そしてココの件。ただの使いがココの名前など知らぬはずなのに、直ぐに『歌の少女』と言った。
ランフォードは壊れた邸宅で疲れた体を休めた。
そして翌日使わされる王都の使者の命に更に驚くことになろうとは、まだこの時思ってもみなかった。




