82.少女の歌
「……と言う訳」
「『と言う訳』じゃないぞ。長いんだよ、話が!」
ハルトはシンフォニアの生い立ちを聞いて素直に言った。シンフォニアが笑顔で言う。
「そりゃ当然だよ。ボクの大切な生い立ちだぜ。適当に端折られては困るよ」
「なんか、すごいお話ね……。実感が沸かない……」
クレアが難しい顔をして言った。
「で、やっぱりこの俺がグラリスを倒すってことなのか?」
ハルトが真剣な顔をしてシンフォニアに尋ねる。
「うーん、そうなるのかな。でも良く分からない。ボクの見た世界では確かにハルトが中心だったけど、今のキミはそんな感じじゃないし、それに……」
ハルトは『じゃあどんな感じなんだ、今の俺?』と率直に思った。
「それに……、何?」
黙って聞いていたルルが尋ねる。
「うん、それに今この世界にはグラリスよりも強い力を持つ者が居るんだ。ボクは取りあえずそいつを探ろうと思う」
それを聞いた一同が驚く。
「え!? グラリスより強い奴だって?」
「ああ、何だか良く分からないよね。色々変わって来ちゃてると思う。ちなみにボクの世界ではグラリスは『魔王』だったけど、こちらでは『魔人』なんだよ。確実に変化は起きていると思う」
「うーん、よく分からんが、グラリスは強かったぞ。今言えることはそれぐらいかな」
ハルトの言葉にシンフォニアが答える。
「今はそれでいいよ。まだその時じゃない。と言うことで、一旦離れるね」
「えっ!? あ、おい待て、シンフォニア!!」
シンフォニアはそう言うと、すうっと転移魔法で姿を消した。
「本当の……、事なんだろうね。辻褄も合ってる」
ルルが小さくつぶやいた。ハルトが言う。
「ああ、そんであいつが来なきゃもしかしたら俺と父さんは殺されていた、お前達もな。その意味じゃみんなの恩人になるのかな」
ハルトは遠い空を見る。
――父さん……
ふたりの姫はハルトの悲しげな顔に気付いたが、何も声を掛けることができなかった。
エルフネル王国を発ったハルト達は順調に旅を続け、隣国である【スタン王国】の領地へ入った。エルフネルでは「あまりいい隣人ではないので気を付けて」と聞かされていたので警戒しつつ進む。
ハルト達は半日ほど森の中を歩いて美しい泉へ辿り着いた。
「あれ?」
湖底が見えるほど透き通った水。周りには鳥の鳴き声しかない静寂の空間。その泉の畔にひとりの少女が立っているのが見えた。
「女の子……、かな?」
美しい森ではあったが、魔物も出る森。こんなところに子供一人置いて行くことはできない。ハルトはその少女に声を掛けた。
「迷っちゃったのかな?」
その少女は白いワンピースに簡素な履物と、とても魔物が出る森には相応しくない格好であった。声を掛けたハルトを見て少し戸惑う少女。クレアが屈んで目線を合わせて言う。
「吃驚しちゃった? そうね、こいつ変態だから。心配しなくてもいいわよ、私達が街まで送ってくわ」
「おい! そんなこと言ったら本気にするだろ!!」
ハルトはクレアに向かって語気を強めて言った。
「ぷっ、大丈夫。私、怖がってないよ。護衛の人とはぐれちゃったの。家まで送って貰えると助かります」
少女はハルト達のやり取りに少し笑顔を作って言った。
(……護衛?)
ハルトはその言葉が少しだけ気になった。ルルが言う。
「いきなり会った私達を信じちゃって、大丈夫なの?」
ルルもクレアと同様に屈んで少女と目線を合わせる。少女は笑顔で答える。
「悪い人に見えないから大丈夫。私はココ。宜しくお願いします」
ココはそう言うと頭を下げて笑った。ハルトには不思議とその笑顔が何かぎこちないものに感じた。
ココは現在、ランフォード領にある領主の家で暮らしているとのことであった。両親が死去した後、そこに引き取られて暮らしているとのことらしい。まずはランフォード領に向かう為、この森を抜けることにした。
「ココちゃんはあんな所にひとりでいて怖くなかったの?」
クレアは一緒に歩くココに尋ねた。
「うーん、大丈夫かな。家に帰れなくなるのは困るけど」
ココは少し舌を出して言った。クレアはココをジロジロ見て言う。
「ココちゃんって、戦える訳じゃないよね? 剣とか持って……」
クレアは白く細いココの腕を、少しつつきながら言う。
「無理ですよ~。剣って重いですよね。持てないです」
「……だよね」
クレアも頷いて言う。その時ハルトが大声で言った。
「気をつけろ、魔物だ!!!」
クレアが前方を見ると、大きな猛牛の様な魔物が数匹こちらを睨んでいる。盛り上がった筋肉、荒ぶる息。負けることはないだろうが、ココを守りながらとなるので気を付けなければならない。
「下がってて、ココちゃん!!」
クレアはそう言いながら剣を抜こうとする。しかしココが言った。
「大丈夫、……ここは私に任せて」
「えっ?」
ココはそう言うと、クレアやハルトの前にひとり出た。白いワンピースの少女。風になびく髪が美しい。魔力も感じないし、魔物を相手にとても戦えるような雰囲気ではない。それでもココは全くおびえた様子がない。
魔物がゆっくりと近付いて来る。ココは小さく息を吐くと、美しい声で歌を歌い始めた。
♪
小さな優しさ
消えそうな優しさ
そんな優しさを見つけ私は歌う
小さな、小さな、小さな優しさ
私は集めて歌うよ
その優しさが集まって集まって
美しさを恥ずかしがらずに歌う花のように
私も歌うよ
小さな優しさ
消えそうな優しさ
そんな優しさを見つけ私は歌うよ
「きれいな歌……」
ルルがその歌を聴いて素直につぶやいた。美しい歌、聴いていると何だか力が抜けて行く様な優しい歌。そしてハルトは目の前で起こった異変に気付き始める。
「お、おい、見ろよ! 魔物達が……」
ココが歌い出すとそれを聞いた魔物達が大人しくなっていき、そして森の奥へと帰って行った。
「な、なに? どういうこと? 確かに心休まる歌だったけど……」
クレアが目の前で起きたことに驚きながら言う。
「私ね……」
歌を終えたココが言う。
「私ね、歌で争いを止めることができるの。私の歌を聴いた人はみんな、戦うことを止めちゃうんだ……」
ココは少し恥ずかしそうに、しかし少し悲しそうにハルト達に言った。




