81.ミル・シンフォニア(下)
魔王グラリスの一撃を胸に受け、倒れるシンフォニア。
――あれ、ボクは死ぬのかな……
朦朧とする意識の中、父が必死に自分を呼ぶ声が聞こえる。抱きかかえられる体。顔の上に流れ落とされる涙。そして父が鬼の形相で叫ぶのが見えた。
「許さんぞおおお!!! グラリス!!!!!」
その叫び声と同時に激しい爆裂音が辺りに響いた。そしてボクの意識はこの辺りで途絶えた。
「シンフォニア、シンフォニアあああ!!!」
胸を突かれ動かなくなった娘を父は家の地下室へと運び込んだ。様々な魔道具が置かれた隠し部屋。古代書が並べられ、部屋の中央には不思議な魔法陣が描かれている。
グラリスとの戦闘で全身に激しい損傷を負った父。そして娘を助ける為その生命まで削って放った爆裂魔法。さすがのグラリスも深手を負い一時撤退を余儀なくされた。
その後すぐにシンフォニアをこの地下室へと運び込んだ。
「ごほっ、ぐっ……、死なせはせん、死なせはせんぞ!!!」
父は全身から流れ出る生命の血しぶきを押さえながらひとり叫ぶ。そして娘を部屋の中央の寝台の上に寝かすとその手を握り言った。
「まだ手は温かい。血の流れも微かに残る。まだ、まだ間に合う!!!」
シンフォニアの父は両手を前で合わせ魔法の詠唱を開始する。
「天に輝けし太陽よ。その恵みを我に、そしてかの者へと恵み与えたまえ!! 絶対回復!!!!」
父が娘の頭の上に両手を添えると、その娘の身体が橙色に光り流れて出ていた出血が止まっていく。
「ぐっ……」
一方、術を施した父は、その損傷した体が術の大きさに耐えきれずに急激に生気を失う。強すぎる魔法、そして自身の生命力を削って施す術。父は何度も倒れそうになるのを必死に堪えた。
「シ、シンフォニア……」
娘の顔に手を当てその名を呼んだ。
「生きてくれ、シンフォニア……」
父は崩れ行く自分の体を支えながら最後に娘に語り掛ける。
「生きる事は辛いこと。死んだ方が楽かもしれん……。それでも、やっぱり……」
父は優しく娘の頭を撫でた。
「やっぱりお前が親より先に逝くのは耐えられない。……すまない、シンフォニア。先に母さんの所に行くぞ……」
父は鈍い音を立てて床に倒れた。シンフォニアはそのまま目を閉じたまま動かなかった。
「あれ、ここは……?」
寝台の上で目を覚ましたシンフォニア。直ぐに動かない頭でこれまでの事を思い出した。魔王グラリスに刺されたこと、その後父が助けようとしていたこと。辛うじて思い出せるのはこの程度。
体を起こし周りを見る。すぐ傍の床にある白骨化した人骨に気が付く。魔法でその残留思念を感知すると、それはとても温かみのある父のものだと気付いた。
「お父様……」
シンフォニアは台から降りるとその骨を頬に当てて涙を流した。
――魔王グラリス。許さない!!!
シンフォニアは怒りと共に自身は発する魔力に驚いた。どれだけ寝ていたのは分からないが、確実に魔力が上昇している。溢れんばかりの力。これも父のお陰なのだろうか。
ただ体には違和感を感じていた。
何と言うか温かさ、いや生気がない。シンフォニアは自分の体中を手で触れてみた。
――冷たい!?
まさかと思ったが、恐る恐るテーブルの上にあったナイフで手首を切って見る。
スッ ……!!
ナイフはシンフォニアの細く白い腕を綺麗に斬り裂いた。しかし期待した血液は流れなかった。そして見る見るうちに治る傷。彼女は確信した。
「……ボク、死んじゃったのか。アンデット、だな、こりゃ」
シンフォニアは苦笑いして言った。そしてタンスにある母の真っ白なローブを着込み、鏡で頭にある琥珀色の髪飾りを確認してから外の様子を見るためにドアを開けた。
「……なっ、これは!?」
それは想像していたよりずっと悲惨な光景であった。
木々は焼き尽くされ川はどす黒く濁り、天からは真っ黒な雲より黒き雨が降っている。ヒトの気配はなく周囲には下級の魔物がウジ虫のように湧いては消えていく。
そして外に出たシンフォニアを一番苦しめたのは、強力で禍々しい魔王グラリスの覇気。居るだけで脳を焼かれるような感覚になるその力は、魔力が上がったシンフォニアですら耐えられるものではなかった。
「世界が、滅んでいる……」
シンフォニアは絶望した。
あの父ですら勝てなかった相手。その時よりも更に強化されている魔王に自分一人ではとても歯が立つとは思えなかった。
シンフォニアは直ぐに家の地下室へと戻る。そこに並べられた古代魔法の本。それを片っ端から開きそしてある魔法を探した。
「……あった」
それは『予知夢』の魔法。
自身を睡眠状態に落とし、そして起こり得るであろう幾つかの未来を見るという上級魔法。シンフォニアはその本を何度も読み返し習得。そして詠唱を始めた。
「未来を照らし輝かしき光よ。我にその数多の光を見せん。魔法の予知夢」
シンフォニアはそのまま深い眠りに落ちた。
やがて目を覚ますシンフォニア。ひとつの未来を見たその目には涙が溢れる。
再び魔法を唱え眠りにつく。彼女はこの行為を数十回繰り返した。
「……ハルト」
最後に目を覚ましたシンフォニアがまず口にしたその名前。
グラリスが打倒される幾つかの未来で、必ず皆の先頭に立って剣を掲げていた少年。皆が彼のことを『ハルト』と呼んだ。
――ハルトを、ハルトを探さなきゃ
シンフォニアは自分にそう言い聞かせると、すぐにその少年の気を探った。予知夢で何度も感じているその気。探し当てるのは容易であった。
「待ってて。今行くよ」
シンフォニアは直ぐに転移魔法でその気が強い場所へと飛んだ。
「えっ!?」
シンフォニアが移動したのは辺境の国にある貧しい村。その外れにある墓地であった。シンフォニアの前に立つふたつの墓標。古くなったその木にはこう記されていた。
――護衛士ハルト、ここに眠る。
「うそ……」
シンフォニアはその墓標の前で両膝をついて言った。
偶然後ろからやって来るエルフの老婆。シンフォニアはその老婆にハルトの事を尋ねた。
「ああ、ハルトちゃんね。覚えているよ。もうずいぶん昔の事だけど、護衛に行った際にお父さんと一緒にベルドとか言う輩に焼き殺されちゃってね。真面目な子だったのに可哀そうだよ。隣のがそのお父さんのお墓だよ」
老婆が指差す墓標には『護衛士ライド之墓』と刻まれている。
シンフォニアは目の前が真っ暗になった。
「いけない、いけないよ。ハルトが死んじゃ、いけないんだよ……」
シンフォニアは全身が燃やされるような絶望感に襲われた。しかし彼女はそんな絶望の中でもあるひとつのことを考えていた。
――私が彼を助ける。絶対に殺させはしない!!!
彼女の頭を占めていたのは超高位魔法「時間遊泳」。過去や未来に行くことができる禁断の魔法だが、成功率が低く失敗すれば即死する魔法。
「未来を変えなきゃ。例えそれが禁忌だったとしても……」
シンフォニアは自宅の地下室に戻り、再び古代魔法の本を開く。手にはハルトの墓標で確認した彼の没年が書かれた紙。
「今行くよ、ボク達の希望。ハルト……」
そう言うとシンフォニアは禁断の魔法を唱え、やがて意識が遠のいた。
「ううっ……」
目が覚めたシンフォニアは、そこがまだ破壊されていない世界だと気付き安心した。すぐに精神を集中させる。
「いた!! グラリス!! ……えっ!?」
直ぐにグラリスの気を感知したシンフォニア。しかしその邪気が思っていたよりもずっと小さく、禍々しさも少ない。
「あれ、どうなって……、げっ!!!」
グラリスの気を感知していたシンフォニアに、更にそれ以上の強い覇気が飛び込んできた。魔力も増大で禍々しさはグラリスの比ではない。
「な、何だよこれ……、一体どうなって……」
戸惑うシンフォニアであったが、直ぐに気を取り直してハルトの気を探った。
「ええっと……、いた!!!」
シンフォニアは笑みを浮かべると、魔力を酷使した体に鞭打ってハルトのもとへと転移した。
「げっ、あれは!!! まずいよ、急がなきゃ!!」
シンフォニアが転移してくると、ハルト達はカオスドラゴンを使役する召喚士と対峙していた。
その召喚士と戦っているのはフレアドラゴンを操る同じ召喚士。しかしあっという間に窮地に追い込まれる。
更にシンフォニアはその召喚士が残った力を振り絞り、ハルト達を転移させようとしていることに気付いた。
――その魔力じゃ遠くに飛ばせなくて、直ぐに見つかっちゃう!!
シンフォニアはそう心の中でつぶやくと、その詠唱をする召喚士近くへ素早く移動した。
「助力致します」
シンフォニアはそう告げて男に魔力を注入すると、魔力枯竭による生命危機を回避するためにその場をすぐに去った。
――生きるんだぞ、ハルト君……
シンフォニアは消えゆくハルトを見つめながらそう心で願った。




