67.セザータルの街
エルフネル王国にて『混血だ』として捕らえられそうになったルル。ハルト達は話し合いの結果、通過するだけのエルフネル王国なので、少しでも王都から離れて先に進むことにした。
国自体が混血を認めていないので移動は基本徒歩、そして街で宿泊もせず森などで野営を続けた。
「ごめんね、クレア」
エルフネル王国にやって来てからずっと元気のないルルがクレアに言った。
「何でルルが謝るのよ? あのハルトに鍛えられて野営なんてもう全然平気なんだから」
そう言って笑うクレア。しかしルルは野営が続き汚れてしまったクレアの服や顔を見て、心から罪悪感を感じていた。
「戻ったぞ~」
近郊の街に買い出しに出ていたハルトが、たくさんの荷物を持って戻って来た。
「おかえり。ちゃんと買えた?」
ハルトは膨れ上がったカバンを二人の前に置いて言う。
「ああ、大丈夫だ。クレアが食べたいって言ってたリンゴジャムパンも買ったぞ」
そう言ってドヤ顔でパンを取り出すハルト。クレアは目が点になって言う。
「はあ? 私が頼んだのはいちごジャムパンよ。あなた、ちゃんと聞いてたの!!」
ハルトは少し間を置いて言う。
「いいじゃねえか、大して変わらないぞ。腹に入れば同じだし」
「ふ、ふざけないでよ!! 信じられない!!!」
クレアが真っ赤な顔をして起こる。
「ぷぷっ、クスクス……」
それを見たルルが下を向いて笑う。
顔を見合わせるハルトとクレア。クレアが目をつぶって言う。
「まあ、いいわ。これで。我慢してあげる」
「ああ、それはどうもありがとう」
クレアは渡されたリンゴジャムパンを手にしながらハルトに尋ねる。
「……で、どうだったの? 街の様子は?」
ハルトも二人と一緒に座ってから言う。
「やっぱり王都から離れるほど、その……、混血に対する偏見と言うか、そう言ったものは薄くなるみたいだ」
ハルトはルルに気を遣って言葉を選びながら言った。
「思った通りね。一番厳格なのは王都。結構離れたし、田舎に行けばそれほど厳しくなくなるようね」
クレアはパンを頬張りながら言う。ハルトは横目でルルを見る。ルルは渡されたパンを齧りながら下を向いている。
「とりあえず早くこの国を抜けよう。長居は無用だ」
「そうね。そうしましょう」
クレアもその意見に頷いた。
移動を始めて一週間が過ぎた。
さすがにこの辺りまで来ると『混血狩り』の空気も随分軽減されている。街の様子を見に行ったハルトが、森で休憩しているふたりの元に戻って報告した。
「多分、もう大丈夫そうだ。街には色んな種族が歩いていて殺伐とした空気も感じない。どうする?」
ハルトはそう言って二人を見る。黙る二人。しかしルルが顔を上げて言った。
「今日は宿で泊まりましょう」
「……大丈夫なの?」
クレアが心配そうに汚れた顔で覗く。水浴びも碌にできず野営続きで疲れてしまった一行。ルルはその責任をひとり感じていた。
「うん、ここまで来ればいいと思う」
ルルは帽子の下から笑顔で言った。
「よし、じゃあ今日は宿で宿泊だな」
「やった!!」
クレアはひとり声を上げて喜んだ。
ハルト達が訪れたのはセザータルと言う中規模の街。
街には宿屋はもちろん、武器屋に道具屋、万屋に各種レストランなどもある地方の中核をなす拠点でもあった。
無論、エルフのみならずウェアウルフやリザードマン、トロールやヒト族など王都以上に様々な種族が暮らしている。そんな光景に安堵する一行。久しぶりの街で羽を伸ばした。
(ちょっと増えてるなあ……)
ひとり食材の買い出しに出たハルトは、捲り上げた腕に黒色のアザが大きくなっていることに気付いた。
(何だろう? 俺の呪いと何か関係あるのかな?)
ハルトはしばらくそのアザを眺めた後、再び店に向かって歩き出した。
「ちょっと教えて欲しいんだが……」
ハルトは食材の買い出しついでに、店のオヤジに混血について尋ねた。
「俺は旅の者だから詳しくは分からないけど、この国って混血はご法度だろ。やっぱり見つかったら捕まっちゃうのか?」
オヤジは野菜を袋に入れながら答える。
「まあ正確には禁止されているが、それで捕まる奴なんざ見たことねえな」
「そうか」
ハルトは少し笑みになって答える。オヤジが視線をひとりの男に向けて続ける。
「彼も混血の恋人がいるって噂を聞いた事があるぜ」
そう言って隣の店で買い物をするひとりのエルフの青年を指さした。青い顔をした痩せたエルフ。ハルトはしばらくその青年を見つめた。
「一緒に店に買い物でも行ってみるか? ルル」
宿屋に併設されたオープン式のレストラン。セザータルは高原都市であり、時折吹く涼しげな風が心地良い。そんな気持ちの良い風に吹かれながらハルト達は朝食をとっていた。
「そうね、それがいいわ。私が案内するよ、ルル」
クレアもハルトの提案に続く。やっぱり黙って下を向くルル。ハルトが言う。
「そう言えばここの街、温泉があるって言ってたぞ。一緒に行くか?」
それを聞いたクレアが先に反応する。
「お、温泉!? こ、こ、混浴!? どどど、どうして私があなたと入らなきゃいけないの!!!」
クレアは顔を赤くし、胸を隠すようにしてハルトに言った。
「おい、誰も一緒に入るとは言ってないぞ」
それを聞いて少し落ち着いたクレアが言う。
「そ、そうだったわね。それにあなた女性の体に興味なかったもんね……」
「いや、だからそれは違うって言ったろ!!!」
クレアの言葉に顔色を変えて言うハルト。
「ぷぷっ、うふふふふっ」
そのやり取りを聞いていたルルが口に手を当てて笑う。クレアが言う。
「まあ、そういう事。付き合って貰うよ、ルル」
ルルはクレアの顔を見て笑顔で頷いた。
遠くに広がる高原の先にある山々。景色が素晴らしい。
「うわあ、すごく綺麗ね、ルル!!」
夕刻、クレアとルルはふたりセザータルの街にある温泉に来ていた。温泉などほとんど経験のなかったルルだが、心地良いお湯、そして眼前に広がる景色に心と体が休まるようだった。
「露天風呂って言うんだよ、外で入るの」
クレアはお湯をばちゃばちゃしながらルルに言った。
「うん、気持ちいいね」
ルルはお湯で火照ったのか、少し顔を赤くして答える。クレアはルルが少し元気を出してくれたのを喜ぶ一方で、お湯に透けて見えるルルの身体と自分のを比較して深い溜息をついた。一向に変わらぬ現実に眩暈がし、自然と暗い顔になる。それに気付いたのかルルが言う。
「ごめんね、心配掛けちゃって……」
暗い顔をしていたことに気付いたクレアが答える。
「いや、これは、その……、別の話と言うか……、えっと、元気出た?」
クレアも顔を赤くして言う。
「うん、ありがと」
ルルが笑顔で答える。そして下を向いて小さな声で言った。
「ねえ、クレア。私って、ここに居てもいいのかな……」
遠くに沈みそうな夕焼け、その斜光がルルの悲しげな顔を照らす。慌ててクレアが反応する。
「あ、当たり前でしょ!! 今度そんなこと言ったら怒るわよ!!!」
クレアは真剣な顔で言った。
「うん、ごめんね……」
しばらくの沈黙。夕焼けが辺りを赤く染め上げる。静かな空間にお湯の流れる音だけが響く。クレアが言った。
「ルル。大丈夫、だよね……」
ルルが温泉のお湯を見つめながら言う。
「うん、大丈夫だよ。でもちょっと前の私だったらダメだったと思う。ずっと沈んだままだったと思う。だけど……」
クレアは黙って聞く。
「今は違うの、前とは」
「ハルト、なのかな……」
少し間を置いてクレアが言った。ルルはお湯で火照った顔を更に赤くして言う。
「……うん」
クレアも頷く。ルルが尋ねる。
「クレアはどうなの?」
クレアは驚いて答える。
「ど、どうって、な、何?」
ルルは黙ってクレアを見つめる。クレアは指にした指輪を見ながら答える。
「わ、私は……」
「ベルガー王子のこと?」
無言になるクレア。ルルが言う。
「クレアのことだからクレアが決めればいいと思うけど、自分のことも考えた方がいいと思うよ」
「うん……」
クレアが小さく返事をする。ルルが続ける。
「お父様のことはあまり考えずに……」
クレアが言う。
「ありがとう、ルル。ルルは強くなったよね」
ルルが首を振って答える。
「そんなことないよ。怖いの。毎日怖いんだよ。何かに潰されそうで、全てが私を否定しそうで……」
「ルル……」
ルルが言う。
「でも、ライバルが増えちゃ、困るかな」
「え?」
「ううん、何でもないよ。温泉気持ちいいね」
「え、ええ、そうね」
ルルは笑顔でクレアに言った。
一方、セザータル郊外にはとある馬に乗ったエルフの集団がやって来ていた。
「ここにいるんだな?」
「はい! 間違いありません、エクセル王子!!!」
騎上でにやにやと笑うエクセル王子。そして腰に付けた剣にその手をかけた。




