68.誘拐
その日は埃っぽい日であった。
朝から街や近郊に分厚い雲がかかり、今にも雨が降りそうな空模様だ。それでいて吹き付ける風は強く、その度に街に埃が舞う。
久しぶりの街を満喫したハルトはそろそろ街を発とうと思い、旅の準備の為買い出しに出掛けた。少し多目に買うのでクレアを誘い、その日に限りルルひとりを宿に残して来た。
街で十分な物資を買い込んだ二人は、重くなったカバンを背負い宿に戻る。
しかし見慣れた宿屋の正面に立ち、何か違和感を感じるハルト。何かが違う。ハルトはなるだけ平静を装って中に入った。
「あんた!!!!」
宿屋に入ると同時に響く女将の声。その声に反応するようにハルトに集まる皆の視線。女将が顔を赤くして怒鳴る。
「あんた、混血を連れ込んでいたのかい!!! 一体どういうつもりだよ!!!!」
ハルトは全身の力が抜ける感覚に襲われた。ルルは? ルルは??
「ちょいと待ちなよ!!!!」
ハルトは荷物を床に置くとそのまま自分が泊まっている部屋へと走って行った。
「そんな……、しまった……」
部屋にはルルの姿はなかった。彼女の荷物はあるが、いつも被っていた帽子も壁に掛けられたまま。彼女自身の意思で出掛けた訳ではない。
ハルトが呆然としていると、ダンダンダンと階段を駆け上る音がした。ハルトの前にやって来た女将が言う。
「あんた、話を聞いてるのかい!! 混血を連れ込んでいたなんてどうしてくれるんだよ!!」
女将が血相を変えてハルトに怒鳴りつける。ハルトは少し震えながら言う。
「ルルは、ここにいた女の子はどうなりました……」
「混血の子? ああ、連れてかれたよ王子一行に。それより幸いお咎めなしだったから良かったものの、ひとつ間違えばこの宿潰されていたんだよ! あんた、それ分かってるのかい!!!」
怒りが収まらない女将が尚に捲し立てる。
「すみません……」
ハルトは小さくそう言うと荷物を持ち、宿を飛び出す。
「ハルト、待って! 私も行く!!」
それに続くクレア。ハルトとクレアは無我夢中でセザータルの通りを走った。それに気付いた街の人がハルト達に罵声を浴びせる。
「混血を連れ込むな!!!!」
「ふざけるな、この街を潰す気か!!!」
そんな罵声はハルト達には聞こえなかったが、普段は静かなセダータルの街が王子一行が来たことによりその様子が一変してしまっていた。
(ルル、ルル、くそっ!!!!!)
ハルトは走りながら自分に隙があったことを悔いていた。王都から離れれば大丈夫。ここでは『混血狩り』は行われない。ルルも元気になって来ている。
――私は、大丈夫。
急にハルトの頭にルルの声がした。
「くそおおおおおおおお!!!!!!」
走りながら急に大声を出すハルト。クレアはその声に驚きながらも目には知らず知らずの内に光るもので溢れた。
「すまない、すまない、ルル……」
ハルト達は街郊外の丘までやって来た。
見渡す限りの草原。空は相変わらずどんより曇っているが吹く風は心地良い。涼しげな風が「落ち着け」と言わんばかりにハルトの熱くなった頭を冷やす。ただハルトは怒りと、自分への不甲斐なさで押し潰されそうになっていた。
「どこ行っちゃったのよ……」
クレアがつぶやく。眼下に広がる草原にルルの姿はない。どこへ、どれだけ行けばルルに追いつくのか。ハルトには想像もできなかった。
「クレアはここに残ってくれ。俺一人で行く」
ハルトは厳しい表情で遥か先の草原を見ながら言った。
「何言ってるのよ! 私も行くわ!!!」
引き下がろうとしないクレア。その時後ろからひとりのエルフが走りながらやって来た。剣を抜き構えるハルト。しかしそのエルフの男は全身に汗をかきながらハルトの前にやって来ると、ゼイゼイ言いながら両手を上げて敵意がないことを示した。
「……お仲間の救出、お手伝いします」
ハルトはその汗だくの男の痩せた顔を見て、どこかで会ったような気がした。記憶の沼の中を弄り返す。その中で拾い上げた一枚の断片。
思い出した。
彼は街で買い物をしていた時に店のオヤジが指差して言っていた『混血の恋人がいるエルフ』であった。
彼の名前はラフネと言った。
普段しないような激しい運動をしたせいか、真っ青な顔は赤く染まり既にフラフラである。ラフネはハルトに「黙って付いて来てください」とだけ言うと、ゆっくりと街の方へと歩き出した。
ラフネは街の外れにある自宅にハルト達を招き入れた。そして驚くことに、自宅の壁の一部が隠し扉になっておりその先は広い部屋となっていた。
その部屋に居たのは耳がぴょこんと立った女の子、エルフと獣人のハーフ。所謂タブーである混血がいた。ハルト達に驚く混血の女の子。ラフネが言う。
「心配いらない、ミリア。彼らは仲間だ」
その言葉に安堵の表情を浮かべるミリア。ハルトが尋ねる。
「ずっとここで隠れて暮らしているのか?」
ラフネが答える。
「そうだよ。セザータルとは言え混血が表だって暮らすことはできない。この部屋と庭でずっと暮らしている」
「そんな……」
クレアが塀に囲まれた庭とミリアを見て言った。ハルトが厳しい表情のまま言う。
「それは分かった。でも俺達は……」
そこまで言うとラフネが先に言った。
「分かっています。エクセルに攫われたお仲間の……、えっと……」
「ルルだ」
「ルルさんを、助けるんですよね」
「ああ」
「お手伝いします」
ハルトは少し怪訝な顔をして言う。
「その申し出は嬉しいが、何故面識もない俺達を助ける? リスクしかないぞ、そっちは」
ラフネは一度目を閉じて少し笑って言う。
「以前、私も助けられたんですよ、混血を愛した方に。その方はもう居ませんが、少しでも私の中で恩返しがしたいと思っておりまして」
「そう、か……」
「ハルト」
クレアがハルトの名前を口にした。その声、その顔。見なくてもハルトは彼女が何を言いたいのか理解していた。好意を素直に受けろ、と。
「助かる。力を貸して貰いたい。で、どうすればいいんだ?」
ハルトは軽く頭を下げて言った。
「ええ、微力ながらお手伝いします。まず話を聞いてください」
頷くハルト。
「ただ救助は可能な限り急ぎましょう。ルルさんですが、この先処刑されます」
ハルトとクレアは自分の心臓が床に落ちたような感覚に襲われた。




