66.エルフネル王国
「王子様……」
幼き頃、ルルは良く夢を見た。
真っ白な白馬に乗って王子様が迎えに来る夢。それは決まって辛い思いをした夜。ルルは夢を見た。
物心がついた頃、ルルには国王である父親しかいなかった。正確に言えば母親はいたのだが、同じ王城には住んでいなかった。
それが理解できない幼いルル。国王である父に尋ねても笑って答えようとしない。それが辛くて寂しくてよく泣いた。
それでも月に一度母親に会える日があった。
ルルにとってはそれが楽しみで楽しみで仕方がない。母親に会える前の日は嬉しくて夜も眠れないほどである。
ルルの母親はエルフであった。自分の耳が少し尖っているのはハールエルフだから。母に会った時は会えなかった分、目一杯甘えた。
少し大きくなったルルは何故母親と一緒に住めないのかその理由を知る。
母親は王の正室ではなく認められていない側室。そして自分は人々から蔑まれ、生まれてくることを望まれなかったハーフエルフ。いわゆる混血。その頃から母に対する別の感情を持ち始める。
やがて長かった美しい青髪も肩までバッサリと切り、その尖った耳を隠すように髪とそして帽子を被った。
自分が生まれた環境を恨みながらも、それでもやはり母を嫌いにはなれなかった。
誰も間違っていない。悪いのは自分。下賤な視線や悪い噂を流され毎夜声を殺して泣いた。寂しくて辛くて、色んな感情が入り混じり全てから逃げたくなる。
そしてそんな日は決まって夢を見た。
――ごめん、遅くなって。君を助けに来たよ。
「王子様……」
ルルは幸せだった。
苦しみもがく自分を助けに来てくれるまだ見ぬ王子様。その差し出された手を取り、白馬に乗る。そしてぎゅっと抱きしめる。心からの幸せ。
目が覚めてもその余韻に浸り、夢を見た翌日はずっと幸福な気持ちに包まれた。
「白馬じゃないから、違うかな……」
ハルトに護衛された公務の帰り。
馬車の中から見えるハルトの背中。残念ながら白馬じゃないから違うけど、何となく王子とハルトの姿を重ねた。
そして不思議とそれからは王子の夢を見ることはなくなった。
エルセント王国を出発したハルト達は、エルフが統治する【エルフネル王国】にやって来ていた。美しく整備された街。緑に溢れ、至る所に小川や噴水などが作られている。人々にも活気があり、エルフの国ではあったが他種族の姿も少なからず見かける。
また街の至る所には、この国の信仰神である【美神ピュリア】の女神像が建てられていた。とても美しい女神であり、通る人がよくお祈りを捧げている。国として国民より厚く信仰されているように感じた。
破壊されたエルセント王国城下町からやって来たハルト達にとっては、この平和な風景がとても眩しくそしてかけがえのないものに思えた。
「綺麗な街ね」
通りを歩きながらクレアが言う。
「そうだな。本当に平和って感じがする」
ハルトも周りをきょろきょろ見ながら言う。そんなハルトの目に俯きながら静かに歩くルルの姿が映る。気付いたハルトが声を掛ける。
「ルル、どうした?」
「ううん、何でもないよ」
そう言いながらも下を向き帽子を深く被り直す。ハルトはエルフの国なのに喜ばないルルを不思議そうに見つめた。
街を歩くハルト達の前から馬に乗った数名のエルフ達がやって来た。
美しい装飾で飾られた馬。それに乗るのは身なりがしっかりとした明らかに高位な身分だと分かる若いエルフの男。それを囲むように供をしているのは、気品がありそれでいてきちんと武装された服装のエルフ達。それを見た街の人達がすすっと道を空ける。
「エクセル王子よ」
「エクセル王子がいらっしゃったわ」
街の女共がその中央にいるエルフを見て口々に話す。周りの話、そしてその雰囲気からして街の治安維持を行なっている王子率いる巡視隊のようであった。ハルト達も道の隅に行き、その一行を見守る。
しかし、王子達一行がハルト達の近くに来た時、ひとりのお供が叫んだ。
「混血だ!! 混血の匂いがする!!!!」
辺りに響く大声。その声に一体が静まり返る。
ルルはぐっと下を向き、そして帽子を顔が見えなくなるまで深く被る。
「そこだ!!!」
お供のひとりがハルトの横で震えているルルに剣を向け大声で言った。ハルト達の周りにいた人達が驚き離れて行く。中央にいたエクセル王子が剣を抜き、ハルトの前までやって来て言った。
「その者はエルフの混血だな」
ハルトに剣を向け無表情で言うエクセル。
「だったらなんだ?」
ハルトも下から睨みを利かせて答える。エクセルが大声で言う。
「美神ピュリアの名の下に置いて命じる。エルフの純血こそが至高。よってこれよりその混血を連行する!!!」
ざわざわと騒ぎ出す周りの者達。巡視隊、そして皆の冷たい視線がルルに注がれる。ルルはずっと下を向いたまま小刻みに震えている。ハルトも剣を抜き構えて言う。
「ふざけるな! 力ずくと言うなら受けて立つ!!!」
興奮するハルトの横でクレアが小声で言う。
(落ち着いて。ここで戦っても利はなし。一旦逃げましょう)
クレアの言葉で冷静になるハルト。震えるルルを見てそれが今は最善だと思い直す。ハルトは後方が最も人が少なく退路として相応しいと即座に判断した。
「召喚、トルンド!!!」
ハルトは左手を上げると、巡視隊との間にトルンドを召喚。突如現れた巨漢の【ヒトナキモノ】に驚く巡視隊。
「トルンド、思い切り地面を叩け!!!」
「だあ!!!」
トルンドは手にした巨大ハンマーで言われた通り地面を思い切り叩く。割れる地面。振動。そして舞い上がる砂埃。ハルトはそれと同時に二人に声を掛ける。
「今だ! 行くぞ!!!」
ルルの手を引き素早く後方へ走り出す。突然のことに逃げ出す街の人達。素早くトルンドを召喚界へ帰し、追って来る巡視隊の前に今度はシールドを並べる様に発現させる。
ドン、ドン!!
「うわっ!?」
急に現れた盾の壁に激突して馬から落ちる巡視隊。ハルト達は足早に街を出て近くの森へ逃げ込んだ。
「はあ、はあ、大丈夫か。ルル」
ハルトは一緒に走って来たルルに声を掛ける。
「うん……」
そう言ったルルだが、青い顔をしてずっと下を向いて震えている。
「全くどうなってるの、この国。ルル、気にしなくていいわよ」
クレアが腕を組みながら言う。
「うん……」
ルルはやはり下を向いたまま小声で答えた。
エルフネル王国城下町。その通りの中央でひとりのエルフの男が顔を赤くして部下に命じた。
「必ず彼奴らを捕らえよ!!!」
「はっ、エクセル王子!!」
王子は手にした剣をぎゅっと強く握り直した。




