65.想望の英雄
「お願いがある。自分はこの戦いで死んだことにして欲しい」
ゴブニル国のゴーニル大王を討ち取ったハルトとフレア達。ゴブニル国はその中核を失ったことで、雪崩式に国が崩壊。街や付近に滞在していたゴブニル兵の殆どが逃げるように散って行った。
平和を取り戻した旧エルセント王国城下町。
ハルト達はその一角にある元ヒト族の拠点で話をしていた。
「フレア様、それはどういう意味でしょうか……」
突如発せられたフレアの言葉。その真意が分からないリティがフレアに尋ねた。フレアは首にしていたネックレスを外しリティに掛けた。
「えっ、これは……」
その行為の意味が分からないハルト達。対照的にその意味の重大さを理解しているリティ。その顔色が変わる。フレアがリティに言った。
「リティ、私の代わりに新エルセント王国を復興させて欲しい」
驚く一同。震えるリティ。
「私は本当に愚かだ。我が儘で自分勝手な人間だ。今、ようやくだが民の安全が確保された。私はリズを探しに旅に出ようと思う」
静まる一同。リティは首を横に振りながら涙を流して言う。
「そんな大役、私には……、私には……」
そう言うリティを優しく抱きしめてフレアが言う。
「君にしかお願いできないことだ」
リティは肩を震わせて小声で言う。
「ずるいです……、フレア様……」
フレアの性格をよく知るリティだからこそ、その頼みが断れないことを理解していた。涙ながらにそれを承諾する。
「何と言うか、ずるいと言うか、ねえ、この男は……」
一部始終を見ていたクレアがぼそっと言う。
「そうね、計算していないところが怖い」
ルルもその意見に同意する。
リティを落ち着かせたフレアがハルトに言う。
「ハルト、君にはどれだけお礼を言っても足りない。ありがとう。目的が違うので同行はできないが、また会うことがあれば私は全力でお前の力になる」
「ああ、ありがとう」
そう言って差し出された手を握るハルト。フレアはしっかりとその手を握ると、旅立つ支度に取り掛かった。
「もう出るのか?」
ハルトに尋ねられたフレアが答える。
「ああ、リズのことを考えると居ても立っても居られなくなる」
支度を終えたフレアが言う。
「じゃあ、また会おう!」
颯爽と出ようとするフレアにハルトが呼びかける。
「フレア!!」
立ち止まり前を向いたままフレアが答える。
「このまま行かせてくれ、ハルト……」
ハルトは少し困った顔をして小声で言う。
「いや、いいんだが、忘れてるぞ、そこの緑の槍……」
ハルトが指差す先には部屋に立て掛けられた緑の槍、緑嵐槍が置き忘れてあった。
「…………」
「…………ありがとう」
フレアはそう一言だけ言うと颯爽とその槍を取りドアから出て行った。
「フレア様……」
心配そうに見つめるリティ。それとは別の意味で心配そうに見つめるルル。そして対照的に呆れ顔のクレア。
「やっぱり最後まで……、残念な人よね、やっぱり……」
涙を流していたリティだったが、最後は少しだけ笑顔になってフレアを見送った。
――早く戻ってこいよ、フレア!
ハルトはそう心の中で言うと、フレアに続き旅立つ支度を始めた。
戦いの終わった直後のゴブニル国要塞。
誰もいなくなったこの壊れた要塞に真っ黒な影が降り立つ。
「この空気に残る僅かな波動は、やはり……」
グラリスの胸が熱くなる。
「いよいよなのか、本当に我は喜んでも良いのか……、ただもう一度、もう一度しっかりと確認をせねばなるまい」
グラリスは静かに笑うと再び闇に消えて行った。
新たなエルセント王国復活の狼煙を見届けたハルト達。目指すイリス王国へ向けて再び旅に出る。
ルルは歩きながらチラチラとハルトを見ながら言った。
「ねえ、ハルト……、私は特に気にしていないからね」
「ん?」
首を傾げるハルト。待っていたとばかりにそれに同調するクレア。
「わ、私もよ。そ、そんなこと気にするタイプじゃないから!!」
不思議な顔をするハルト。首をひねって言う。
「何のことだ?」
それを聞いたクレアが顔を赤くして言う。
「あ、あ、あなたが、その……、女性の体に興味がないってこと……、マルクには話をしたんでしょ? えっと、だから私達は気にしてないから、ね!!」
「はっ!?」
突然の話に驚くハルト。ルルが言う。
「どんなんでもハルトはハルトだから。私達は変わらないよ」
「はあ!?」
「わ、私達はそんなことで差別や区別はしないから。色んな性癖があるのは仕方ないことだし……」
クレアは湯気が出そうな位顔を赤くして言う。
「おい……、それはフレアが言ったのか?」
クレアが答える。
「そ、そうよ。彼は『ハルトは良い奴だから、そんなことで彼を見捨てないで欲しい』って」
「はあ……」
溜息をつくハルト。そして言う。
「俺はなっ! 普通だ!!!!」
クレアが憐みの目で言う。
「分かるわ。それがハルトにとって普通なのは」
「いや、だから違うって!!!」
ルルが答える。
「うん、違うことは決して悪いことじゃないよ。ハルト」
「勘弁してくれよ~」
ハルトは泣きそうになって言った。
ハルト達がエルセント王国を出た日。その日を境にこの国は新しき道へと舵を切る。
『王国』とあるが現在正式な王は不在。代わりに亡きフレア王子から託されたという王家のネックレスを胸にしたリティが代理の女王として皆を引っ張った。
聡明で行動力があるリティ。次々と王国復興へ行動を起こした。最初は半信半疑だった国民も、彼女の懸命な姿勢に次第に共感し最後には新しきリーダーとして大いなる支持を集めるようになる。
また彼女は当然ながら奴隷制を廃止し、トロールやゴブリンと言った他種族も共存する国へと生まれ変わらせた。
「敵は、『想望の英雄』様が討ち取ってくれました」
ゴブニル国についてはそうとだけ話し、それ以上は口にしなかった。
前途多難ではあるがフレアに託された国の復興。リティは彼が帰って来るまでしっかりとその決心を貫き通そうとそのネックレスに誓った。
「ブレッドストーム!!!!!」
第一王子の槍から放たれた強烈な一撃が魔王に直撃する。
「グワアアアアア!!!!!」
悲鳴を上げ倒れる悪の魔王。
第一王子はその美しき槍を掲げ、そして大きな声で叫ぶ。
「我らの勝利だ!!! 皆の者、祝杯を上げよ!!!!!」
その声に割れんばかりの歓声を上げる兵や民。皆がその強きリーダーの登場に酔った。
「想望の英雄様、ばんざーーーーい!!!!」
いつまでも国中に英雄を称える声が響いた。
「はい、おしまい」
絵本を読み終えた老婆が幼子に言う。途中まで夢中で聞いていた幼子だったが、いつの間にか老婆の膝の上ですやすやと眠りについていた。老婆は幼子の頭を優しく撫でながら言う。
「ようやく平和な世が来たんだよ。安心して暮らせる世が……」
そう言った老婆の頬に一筋の涙がこぼれた。




