64.知の畏敬
「裏切ったか、トルンド」
ゴーニルが発した言葉に一瞬ビクッとするトルンド。しかしすぐに言い返す。
「もうヒトを殺すのは止めるべ!!」
「弱き者は殺される!!!!」
ゴーニルはトルンドに向けて怒声を発した。その気迫に驚いたのかトルンドも黙ってしまう。
ゴーニルの頭の中に決して忘れられぬ過去の映像が流れた。
「ゴーニル、食事ですよ」
ゴーニル達ゴブリン一家は、森の奥にある小さな家で家族仲良く暮らしていた。川に魚を取りに行った父親。少し帰りが遅いので、残りの家族で先に食事をすることになった。
食卓には新鮮な果実や森の恵みが並ぶ。ゴーニルは皆で食事をするこの時間がとても好きであった。
しかしその幸せな時間は、怪我をした父が帰ってきた知らせによって壊されてしまう。
「た、大変だ!! 逃げろ!! ヒト族のハンターがやって来た!!!!」
当時、エルセント王国の貴族の間では魔物ハントが大流行していた。子供から大人まで弱い魔物に強い魔物、手当たり次第にハントしてその成果を競い合っていた。
「に、逃げるのよ、ゴーニル。早く!!!」
母に手を引かれ小屋を出て走り始める一家。しかしその悲痛な叫びによって皆の足が止まる。
「ぎゃあああ!!!」
振り返ると、ハンターの弓矢を何本も背に受けた父親が地面に倒れていた。
「と、父さん!!!」
ゴーニルは目から涙を流して父の名を呼ぶ。瀕死の父親が皆に叫ぶ。
「逃げろ! 逃げるんだ……」
そう言って皆を逃がす父にハンター達が近付き、大好きだった父を踏みつけ矢を抜く。
ドン!!
「えっ!?」
そしてハンター達は倒れて絶命寸前だった父の頭を、持っていた斧で割った。
「えっ、えっ……、そんな……、父さん、父さーーーん!!!!」
そこからの記憶はあまりなかった。
ただ大泣きをして必死に父の名を叫び続けていたこと、母を始め他の家族もハンター達の手によって狩られたこと。そして奴らヒト族のその下品な笑い声が脳裏に深く刻まれたこと。
断片的な負の記憶だけがその幼子の心に残った。
ゴーニルは目が覚めると全身に怪我を負った状態で寝かされていた。傍には逞しい巨体のトロールの姿。ゴーニルに気付いたトロールが声を掛ける。
「目が覚めたか?」
「うん」
トロールが続ける。
「気分は?」
「……最高だよ」
「最高?」
トロールは首を傾げてその言葉を繰り返した。
「最高だよ。だって見えるんだ。未来に、ヒト族が虐殺され嘆き叫ぶ姿が……」
トロールはそのゴブリンの子供が発する戦慄する様な魔力を感じ、大人ながらに恐怖を覚えた。
「そう、弱き者は殺される。違うのか? お前らヒト族が教えてくれた摂理だぞ」
ゴーニルは心の底にある深淵たる恨みの炎を滾らせながらハルトに言った。
「弱き者が殺される? 何を言ってるんだ、お前……」
ハルトは真面目な顔をして言う。ゴーニルが答える。
「なぜヒト族は他種族を殺すのだ? そんなにお前らが偉いのか? だから教えてやるんだよ。強き者が弱き者を殺す。一方的に虐殺される恐怖を。ここは俺様の楽園。理想郷なんだよ!!!!」
ゴーニルはそう言うと首にしていた美しい装飾の首飾りを引きちぎった。
「!!」
ハルトは身震いをした。
首飾りを外したゴーニルの体が倍に、そしてその魔力が底知れぬ程に跳ね上がる。
ハルトは怪我をして体力消耗が著しいフレアと、それを介抱するリティを見る。剣を構えたハルトの背中に汗が流れた。
――畏敬とはその道を究めた者達のこと。もし会っても決して相手をせぬように。
ハルトは【登壁の村】のガレフに言われたその言葉を思い出していた。
「だが……」
ハルトは剣を構えひとりつぶやく。
「お前を倒さないと、終わらねえんだ。この戦いが!!!」
体力・魔力共に格段に上がり、美しい魔法衣を着たゴーニルがハルトに言う。
「護衛士ごときが。我はゴブニル国創設者にして『知の畏敬』と畏怖されるゴーニル。ヒト族ごときが我に敵うと思ったか?」
ゴーニルは高圧的な口調で言い放つ。ハルトが言う。
「畏敬だろうが何だろうが、人を奴隷扱いし虐殺し、この地を混乱に陥れる貴様は俺が倒す!!!」
「愚か者め!!!!」
ゴーニルはそう大声で叫ぶと魔法の詠唱を始める。
「我に従う火の精よ! 今その力を解き放て! ファイヤーストーム!!!!」
ゴーニルの手から放たれた炎の柱がハルトを襲う。
「アイスシールド・多連!!!」
目の前にシールドを張り必死に耐えるハルト。トルンドもハルトの前に立ちその攻撃を受け止める。炎の柱を防ぎ切ったハルト。ゴーニルが感心した口調で言う。
「ほお、なるほど。護衛士に召喚士と来たか。これは一筋縄ではいかんな。じゃあこれはどうだ?」
そう言うと再び詠唱を開始するゴーニル。
「天に漂えし黒の邪気。その数多の恵みを我に与えん。黒き氷雨!!!」
魔法の詠唱の途中から天が真っ暗になり、そして強風と真っ黒な氷が渦巻き始める。風の音にバキバキと氷がぶつかり折れる音が不気味に響く。
そしてそれはやがて氷の槍のようになってハルトを襲った。
「身体防御!!!!」
トルンドが再びハルトの前に立ちその黒き氷の槍から守る。
バキバキバキ!!!
「ぐっ……」
強烈な氷の攻撃に少しずつダメージを受けるトルンド。ハルトもシールドを張って一緒に耐える。
「今だ!!」
ゴーニルの攻撃が一段落すると、ハルトは剣を抜きトルンド共にゴーニルに突進した。
「ファイヤーボム!!!」
突進に気付いたゴーニルが近距離魔法を連発する。
ボンボンボン!!!
魔法攻撃をその体で防ぐトルンド。しかし身体防御の効果も切れ、負傷し倒れるトルンド。その後ろからハルトがゴーニルの頭上に飛び上がる。
「はああ!!!」
ドーン!!!
「ぐわっ!!!」
しかし咄嗟にゴーニルから放たれた衝撃波で遥か後ろまで飛ばされる。
「小賢しい……、はあああ!!!!」
激怒したゴーニルが両手から強烈な衝撃波を放つ。まだ起き上がれないハルト。しかしゴーニルの衝撃波は既に目の前まで迫っていた。
「ブレッドストーム!!!」
ドーーーーン!!!
振り向くとリティに肩を貸して貰いながら、フレアが片手で緑嵐槍を持ち技を放っていた。
ブレッドストームはゴーニルの衝撃波に当たり、そしてそれをかき消した。
「はあ、はあ、はあ……」
倒れそうな状態で放ったブレッドストーム。フレア自身感じていた。
――これ以上は撃てぬと。
ハルトはそんなフレアを見ながらゆっくり立ち上がった。
想像以上のゴーニルの魔力。
攻撃を一身に受け倒れるトルンド。
負傷し力を出し切ったフレア。
それを介抱するリティ。
皆の間に絶望的な空気が流れる。
ただ、この男だけはまだ諦めていなかった。
「フレア、心配するな。俺は護衛士。お前達も俺が守ってやるぜ!!!」
「ハ、ハルト……」
策や戦略を持たない自分。力の限り全力で相手にぶつかり勝負する自分。
しかし今は体が重く動かない。そんな自分が情けなく、悔しく、この身を犠牲にしても皆を守りたいと思っていた矢先、その言葉を先にハルトに言われてしまった。
「何を言う、雑魚が!!!!」
その言葉を聞いたゴーニルが鬼の形相で叫ぶ。そして両手を天に挙げ、再び魔法の詠唱を始める。
「黒き氷雨!!!!」
ゴーニルの頭上から真っ黒な嵐が吹き始め、ハルト達に向かってきた。
ハルトはそれを見ながらゆっくりと右手をゴーニルに向けた。その手にある黒き模様が黒さが増す。
「黒炎」
ハルトの右手からゴーニルが発した嵐よりもさらに大きな漆黒の竜巻が放たれる。
「えっ、なに、これ……!?」
ハルトの黒炎はゴーニルの黒い嵐を飲み込んでさらに勢いを増す。天地を揺るがすような轟音。嵐を巻き込み放電しながら光る竜巻。それは見る者を圧倒するような景観であった。ゴーニルはその恐怖に体が動かなくなる。
「そんな……、こんなことが、ががっ、がががあ…………」
ゴオオオオオオオオオォォッォォォォォ!!!!!
黒炎が過ぎ去った後にはゴーニルはもちろん、直撃した要塞の神殿の一部も跡形もなく消え去っていた。
「はあ、はあ……、何とか今度は、意識はあるぞ……」
フラフラで倒れそうになるハルト。
「ハルト!!!」
フレアとリティが走って駆け寄る。フレアは倒れそうだったハルトをしっかりと抱きしめた。




