51.敗者の選択
「エルセント王国の第一王子だって!?」
ハルトはそう名乗るそのフレアと言う男を見て言った。フレアが答える。
「ああ、もう滅んでしまった国だけどね。元王子だ」
「じゃあ、国王はどうなったんだ?」
ハルトがフレアに尋ねる。フレアは少し悲しそうな顔をして答えた。
「父は随分前に崩御した。そしてその混乱に乗じて……」
フレアは悔しそうな顔をして手を強く握った。
「フレア様……」
その様子を見ていた元王宮魔術師であったリティがフレアの手を握る。フレアはエルセント王国の最後の時を思い出した。
「敵襲、敵襲!! 各地で一斉に蜂起しております!!!」
フレアの父である先代エルセント王が崩御して直ぐ、同国領地内でゴブリンとトロールによる一斉蜂起が起こった。驚く国防軍。急な襲撃に機敏に対処できなかったエルセント王国は、防戦一方の戦いを強いられていた。
更に国を震撼させる知らせが次々と入る。
「エルフォード家、ミリタリ家が離反! 我が国に宣戦布告しました」
「守備に就いていた国防第二、第三軍が謀反、敵に寝返りました」
重篤な病に伏せていた国王。
ここ数年、その国政はすべて王の取り巻きによって行われていた。そして王不在の舵取りの中、国家を蝕む腐敗は確実に進行していた。
その腐敗を若きフレアはただ黙って見ているしかなかった。王が存命中は後を継ぐこともできず、まだまだ若輩者であるフレアには大きな権限もない。そんな彼の思いとは別に、エルセント王国はどんどん破滅への道を突き進む。
「……で、お答えは如何でしょうか。若き王よ」
謀反、裏切り、寝返り。
滅びゆく国で起こるであろう最悪の醜態を全てさらけ出したエルセント王国。軍は破れ民は疲弊し、既に敵と戦える状態ではなくなっていた。
次々と送り込まれるゴブリンとトロールの兵達。国がまともに対応もできず民に広がる絶望。街は焼かれ無法地帯と化し、悪人共が我が物顔で闊歩する。もう誰の目にも『エルセント王国滅亡』は明らかであった。
「それは……」
国王が亡くなり、急遽跡を継ぐ予定であったフレアの元にゴブリンとトロール達の使いがやって来ていた。
「早くお決めを、若き王よ」
ゴブリンとトロールの使いが冷やかし混じりに言う。フレアには二つの選択肢が提示されていた。
ひとつはすべての民を敵に差し出す。
もうひとつはフレアのフィアンセであるリズを差し出す、と言うものであった。
民を選べばリズが奪われ、リズを選べば民が奪われる。敗戦が決定的である以上仕方のないことではあるが、フレアにとっては非常に厳しい選択であった。
「民の命は、どちらを選んだとしても民の命だけは保障してほしい……」
フレアは力なく言った。
武力ではもう勝ち目はない以上やはりどちらかを選択しなければならない。しかしやはり王族である以上民の命は守りたい。フレアは亡き父から躾けられた戒めを思い出していた。
使いの者が言う。
「それはご安心を。どちらにしろ我々にとっても民は大切ですからね。民は。けけけっ」
「ほ、本当なんだろうな」
フレアは顔を上げ使いの者を見る。使いの者はニヤニヤした顔で答える。
「嘘は言いませんよ。嘘はね」
無言になるフレア。
民の命が保証されるならば……、彼の心は決まった。
「リズを渡す訳にはいかない」
フレアの言葉が王の間に響く。
――『愚か者』と呼ばれてもいい。愛するリズだけは守りたい
フレアは辛い選択を考え抜いた後、最期は素直に自分の心に沿った答えを出した。民の命は保障され、そして愛するリズも守れる。フレアにはそれが最善の選択だと思った。
しかしそれを聞いた家臣達が信じられない顔をしてフレアを見る。このような野蛮な連中の何を信じたと言うのか。家臣達はその言葉を聞き絶望を抱いた。
「私などお構いなく!!」
同じく王の間に参列していたリズが大声で叫ぶ。フレアはそれに何も答えず笑顔を彼女に向けた。使いの者が言う。
「分かりました。ではこの国、そして民は我々【ゴブニル国】が頂戴します。後日、我が王であるゴーニル大王がここに来られます。丁重に対応するように。よいですか?」
使いの者の声が王の間に響く。
何も言えず下を向くフレア。愕然とする大臣達。最後まで戦いをと思っていた気骨ある家臣は軽蔑の目をその情けない王子に向けた。
「……それで国も民も地位も信頼も無くし、リズってフィアンセも行方不明になっちゃったの?」
クレアは呆れた顔で言った。
後日王城にやって来たゴーニル大王。そこで【ゴブニル国】の建国を宣言し、そしてヒト族はすべて奴隷となるよう指示を下した。
さらに降伏条件であったフィアンセのリズは、建国の混乱時に行方不明になってしまう。
「もともとリズさんも含めて、全てを奪い取るつもりだったんだね。きっと」
ルルが冷静に言う。
「ああ、今思えばそうだったのかもしれない……」
下を向き落ち込むフレアにクレアが言う。
「可哀そうだとは思うけど、何と言うかちょっと残念な人ね、あなた……」
「クレア、言い過ぎだぞ」
「あ、ごめん」
クレアの一言にさらに落ち込むフレア。ハルトが言う。
「まあ、国の駆け引きについては俺は分からんが、そのリズって女を守りたいってのは共感できる。好きな女を守りたい。男って基本、そう言う馬鹿な生き物だよな」
「ハルトは誰を守りたいの?」
それを聞いたルルが間入れず尋ねる。
「俺? もちろんお前ら二人だぞ」
「そ、そう言う意味じゃなくて!」
ルルがムッとした表情で言う。同じくムッとした顔のクレアが言う。
「あ、あなたホント馬鹿ね!! 王族がそんな私情で動いて良い訳ないでしょう! 民を守れなくて何が王よ!!」
ハルトがクレアの方を向いて言い返す。
「だからそう言う駆け引きは知らないって言っただろ!」
ハルトもムッとした顔になる。ルルが笑って言う。
「話が逸れちゃったなあ……、クレア、まあそれがハルトらしくていいじゃないの?」
「はあ……」
クレアがやれやれと言った顔で溜息をつく。
「と言う訳で」
ハルトはそう言うとフレアに手を出す。
「じゃあ、ここは馬鹿者同士、ひとつ仲良くしようぜ」
――不思議な男だ。会ったばかりだが何故か惹かれる。
フレアはそう思いながら、差し出された手をしっかりと握り返した。




