50.エルセント王国の英雄
「どれほど眠ったのか……」
その男は眠りから目覚めると小さくつぶやいた。
「力は、魔力は問題ない。回復どころか大幅に向上している……」
男は全身に力を入れ体が動くことを確認。負傷した個所もすっかり治っている。
ゆっくり起き上がる。真っ暗な空間。だが漆黒の闇でも利く目を持っている男には問題のないことであった。
冷たい石の祭壇を降りる。封印された古き石扉を開け、洞窟を歩いて外に出た。
眩しい光。
数百年ぶりに感じる太陽の光。その光に照らされた男の体は、長き眠りについていたとは思えぬほど強靭で生命力に溢れていた。その目には平和な光景が広がる。
「変わらぬか……」
そう言うと男はふわっと宙に浮かび、近くの大きな森に軽く巨大な爆裂魔法を落とす。
激しい爆音と爆風が起き、一面灰となる森。男は首をに三回振ってから目を閉じる。
「人魔大戦は終わったのか。ユオン様は……、いらっしゃる? ……いや何か違う」
その男は遠く地平線を眺める。
「この腹心ヴェルナが必ずお探し致します」
そう言うと男は空の彼方へ飛び立った。
「退け! 退くんだ!!!」
ブレスドラゴンの強力な攻撃の前に防戦一方の国防軍。皆の心に絶望の文字が浮かび始めた。
「えっ、ここでみんな死んじゃうの、ばあば?」
絵本に見入っていた幼子が言う。その幼子を膝に乗せ、読み聞かせていた老婆が笑顔で答える。
「どうかな? さあ続きを読むわよ」
老婆は絵本の新しいページを捲った。
「待たせたな、皆の者!!」
襲撃を受け絶望していた皆の前に一人の男が現れた。それは美しき鎧を纏い、輝く緑の槍を持った第一王子であった。
「だ、第一王子!! お待ちしておりました!!!」
皆の顔に歓喜の表情が浮かぶ。第一王子は皆に大きく頷くと、手にした緑槍を掲げブレスドラゴンに単騎向かった。
「わあああ、すごい!! 王子が出てきた!!!」
ヒーローの登場に喜ぶ幼子。老婆も笑顔になって読み続ける。
「はあああ!!!!」
ドン!!
「ギュアアアア!!!!」
第一王子の必殺の一撃を受け、英雄の前に倒れるブレスドラゴン。王子は槍を天に掲げ勝利宣言を行う。喜び叫ぶ兵と民。歓声が辺り一面に響き渡る。
「待ち焦がれていた王子、想望の英雄様だ!!!」
そう言って皆がその若き英雄を称えた。
しかし、闇よりひとりの男がつぶやく。
「ぐふふふふっ、そうはさせんぞ」
そんな若き王子に黒き影が迫っていた。
「……で、ここがその【エルセント王国】ってのがあった場所だよな」
ハルト達は【登壁の村】のガレフに紹介されたエルセント王国を訪れていた。
ガレフの話ではエルセント国王が非常に見識ある王で、もしかしたらハルト達の役に立つかもしれないとのことであった。交友のあったガレフが紹介状も書いてくれていた。
「そうらしいわね。でも滅んじゃったみたい……」
ルルは城下町の様子を眺めながら言った。
ハルトが訪れた時にはすでにエルセント王国は滅んでしまっていた。代わりに『ゴブリンとトロール』が支配する【ゴブニル国】という国になっていた。
ハルトも街の様子を眺める。
そこには悪しきオーラを放つゴブリンやトロールが闊歩し、時々見かけるヒト族は奴隷のように扱われていた。そうでないヒト族はボロ衣を纏い物乞いのような姿をして道端に座っている。
そして街中を歩くハルト達にも下賤な視線があちこちらから向けられた。
「雰囲気悪い場所ね。国もなくなっちゃた訳だし、とっとと出ようよ、ここ」
クレアは溜息をつきながら言った。ハルトもそれに賛同する。その時であった。
「逃亡者だ!!! 捕まえろ!!!!!」
道の向こうから槍や剣を構えた憲兵らしきゴブリンやトロールが走ってこちらにやって来る。それに気付いたクレアが言う。
「えっ、あれってまさか私達のこと??」
憲兵達の目線はしっかりとハルト達を捉えている。
「多分そうだ、逃げるぞ。二人とも!!」
ハルトはルルとクレアの手を引っ張り素早く走り出す。辺りは一瞬騒ぎになるが、ハルト達の素早い動き、そして意外にも足の遅かった憲兵達のお蔭で難なく街を脱出できた。
街を出たところで一息つく一行。
「何だったんだ、あれは……」
ハルトがそうつぶやくとクレアが街の方を見て言った。
「まだ追ってくるわ!」
それでも諦めない憲兵が街から出てこちらに向かってくる。
「しつこい奴等だな、森に逃げるぞ!」
ハルトは近くにあった森の中へと急いで逃げ込んだ。
「な、何で私達追われるのよ!!」
クレアが逃げながら文句を言う。
「知るかよ、こっちが聞きたい!」
それに答えるハルト。ルルが言う。
「捕まる訳にはいかないわ。走って、クレア!」
ひぃひぃ言いながら走るクレア。そんなクレアの手を木陰から誰かが引っ張った。
「きゃあ!」
「クレア!?」
その声に慌てて振り向くハルト。見るとクレアの手をイケメンのヒト族が握っている。
(あら、イケメン!?)
クレアはちょっとだけドキッとした。イケメンが言う。
「驚かせてすまない。ヒト族は追われる。私に付いて来て」
そう言いハルト達を森の中にある隠れ家に連れて行った。
周りからは隠される様に佇む質素な小屋。小さな煙突からは少し煙が出ている。誰か他にいるようだ。ハルトは一応警戒しながらその男の後に続き、小屋に入った。
「ただいま」
イケメンが言うとすぐに髪の長い美しい女性が迎える。
「おかえりなさい。……その方達は?」
髪の長い女性がハルト達に気付いて言う。
「ああ、奴らに追われていたヒト族の者だ。咄嗟に助けた」
髪の長い女性は軽く頭を下げるとハルトに言った。
「それは大変でしたね。失礼ですが、この土地の方ではないのでしょうか?」
女性はハルト達の身なりを見た後に尋ねた。ハルトは旅をしており、ここにはエルセント国王に会いに来たと告げた。
「なんと、それは本当か!!」
ハルトの言葉に驚くイケメン。「ああ」と言ってハルトはガレフから渡されたエルセント国王への紹介状を二人に見せた。
「こんなことが……」
その紹介状を見て非常に驚くイケメン。髪の長い女性は感慨深そうに下を向く。
「ど、どうかしたのか?」
逆に驚いたハルトがイケメンに尋ねる。イケメンは数回軽く頷いてからハルト達に答えた。
「私はフレア。元エルセント王国の第一王子だ。彼女はリティ。エルセント王国の元王宮魔術師。お会いできて光栄だ。よろしく」
そう言ってフレアはハルトに手を差し出した。
ハルトは呆然としながら差し出された手を握り返した。




