52.抗う者達
「それで、ハルト。我が父を訪ねてきたと言うのは、どういった用件だったのだ?」
フレアがハルトに父であるエルセント国王を訪ねてきた理由を聞いた。フレアは幼き頃に会ったと言うガレフを懐かしみながら言った。
「ああ、実は俺達はイリス王国って場所に帰らなければならないんだ。フレア、知ってるか?」
フレアは腕組みをして首を傾げる。
「すまない、聞いたこともない国だ。ハルト達はそこの出身なのか?」
頷くハルト。ルルとクレアをその国まで送り届けなければならないことも告げた。
「う~ん、分からないな。リティ、聞いたことはあるか?」
フレアは一歩下がった場所で話を聞く元王宮魔術師のリティに尋ねた。
「申し訳ございません、私も聞いたことが……」
「そうだよな、確かに読書好きな父なら知っていたかもしれないけどな……、あ、そうだ!!」
フレアは顔が明るくなって言った。
「エルセント王国の国立図書館に行けばイリス王国について何か分かるかもしれない。広大な地図や様々な外国の書物も多い。同じ世界であるならばきっと何かの手掛かりが掴めると思う」
「なるほど!」
ハルトも嬉しそうに言う。
「ただ……」
フレアは少し困った顔をする。
「図書館ってのは敵の街中にあるんだろ?」
フレアが言う前にハルトが言った。
「その通り。今はゴブニル国の支配下にある。図書館自体は変わらず開館しているので中に入りさえすればいいのだが」
「そうか……」
フレアは少し考えてから言う。
「よし、じゃあ一緒に潜り込むか、ハルト」
「えっ、いいのか?」
ハルトがフレアを見て言う。
「フレア様……」
リティが心配そうに言う。
「大丈夫だ。ここしばらく鍛錬ばかりで街に潜入していなかったし、時には民の、そして街の様子も見て来なければならない」
「しかし……」
「大丈夫だ。リティ。見たところハルト達もそれなりの者。私がすべて護衛する必要もないだろう」
(俺、護衛士だし……)ハルトは頭の中で苦笑した。
「ハルトもそれでいいか? 少し危険だが何らかの情報は手に入るかもしれん」
「ああ、是非お願いする」
ハルトは少し頭を下げてフレアに言った。
そしてハルト達は早速フレアに貸して貰ったこの地方のフード付きのコートを着て、城下町に向かった。
「ここから街に入る。何が起きても無関心で俺に付いて来てくれ」
街に入る前、フレアはハルト達に小声でつぶやいた。頷くハルト達。一行はゆっくり怪しまれぬよう街に入る。
変わらず街に溢れるゴブリンとトロール達。露店では鎖に繋がれたヒト族が木の棒でゴブリンに叩かれながら仕事をしている。ボロボロの服に痩せた体。体中からたくさんの汗を流しながら自分より大きな荷物を運んでいる。ハルトはそんな光景に心を痛めながら進んだ。
「ここだ」
しばらく歩くとひときわ大きな建物が現れた。
重厚な壁に、豪華なで品のある沢山の装飾。歴史を感じる窓に扉。国立図書館と言うだけあってそれは立派なものであった。
入り口には特に見張りなどいない。フレアは安全を確認すると、音を立てずに静かに館内に入った。
(凄い、なんて豪華な内装!!)
声にこそ出さなかったが、ハルト達は皆その豪華絢爛な内装に心の中で感嘆の声を上げた。壁や柱に施された細かな装飾、天井より吊るされた美しいシャンデリア。床にも色鮮やかな絨毯が敷かれており、歴史を感じるその雰囲気に思わず背筋がピンとなる。
フレアが物陰からカウンターの様子を伺う。
カウンターには受付だろうか、二人のトロールとゴブリンがいたのだがすっかり眠り込んでいる。と言うより、図書館内に誰もいない。仕事が無くて暇のようだ。
「低能な奴等なので、本など読まないのだろう……、さあこちらへ」
フレアはハルトにそう小さくつぶやいて奥の資料コーナーへ案内した。
案内された先にはこれまでに見たことのない文字で書かれた諸国の文献や資料集、そして各国の地図帳などが並べられている。
「凄い……」
本などは普段読み慣れているはずのルルとクレアですら、その本の多様さに驚いている。
「ええっと、これだな」
フレアは手慣れた手つきで一冊の地図帳を取り出した。さすが元王子。素早く必要な本を探し出してきた。
「ええっと、イリス王国、イリス王国……」
フレアは国名一覧で探すも見つからず、大きな世界地図を開けて探し始めた。
「ないなあ……」
フレアに続きハルトやルル、クレアも一緒になって探す。暫くしてからルルがある国を指差して言う。
「これじゃあ、ないかな……」
それは現在地より遥か北にある「イズリ王国」と記載された国であった。国の形がよく似ていることや、隣国も少し違うが良く似た名前で書かれている。
「えっと、そうすると……、うわっ、ずいぶん遠いわね……」
クレアが現在地から「イズリ王国」までを指でなぞる。途中には海やら大きな崖やら大きな塔などが描かれている。ハルトが言う。
「まあ、それでもとりあえず北に向かえばいいと言うことは分かった。それだけでも有難いよ」
そう言ってフレアを見ると、彼はいつの間にか別の本棚の前に立って手にした本を真剣に見つめていた。
――風のクリスタル
フレアはエルセント王国に伝わる伝説のクリスタルについて書かれたその本を、引き寄せられるように見入っている。
「大切な本なのか?」
不意に声を掛けて来たハルトに驚くフレア。
「ああ、まあ、そうだな。ちょっとこの本は拝借するよ」
そう言って本を懐にしまうフレア。そしてハルトに尋ねる。
「そちらの方はいいのか?」
「ああ、とにかく北に向かえばいいみたいだ」
「そうか。よしじゃあ戻ろうか」
ハルト達は頷いて音を立てずに図書館を出た。
フードを深く被り街を歩くハルト達。目立たぬようにひっそりと歩く。
そんな彼らの耳に、道端より大きな怒声が聞こえた。
「ふざけるなよ!!!!!」
バン!!!
「きゃあ!!」
振り向くとそこにはまだ幼いヒト族の女の子が、巨漢なトロールに殴打されていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
その母親だろうか、ボロボロの服を着、やつれた体でその幼子を抱きしめながらトロールに謝っている。トロールが言う。
「そのクソガキが、俺様を睨んだんだぜ! 死罪だよな、死罪!!」
「お、お許しを……」
母親が地面に頭を付けて許しを乞う。幼子はあまりの恐怖に泣き出し始める。
「どけっ!!」
ドン!!
「ぎゃああ!!!」
トロールは平伏す母親を蹴り飛ばし、泣く幼子の前に立った。周りのゴブリンやトロールはニヤニヤしながらその様子を見ている。
「死罪だよ、死罪。ギャーギャーうるさいし、死ねよ」
トロールがその大きな足を幼子に向けて上げた。
クレアとルルは感じていた。極限まで抑えていたハルトの怒気がその沸点を越えて爆発しそうなのを。そしてハルトは右手に剣を、左手は召喚の準備をし始めた。その時であった。
シュン!!
「ぐへっ!? ぎゃああああああ!!!!」
その上げられたトロールの足から突如真っ青な血が噴出した。悲鳴を上げながらのた打ち回るトロール。その横には鬼の形相をして幼子を抱きかかえるフレアの姿があった。
「このような幼子を、このような幼子を……」
フレアの顔は怒りで震えている。その光景を見てハルトは一瞬で我に返った。
――逃げなくては
素早くフレアから幼子を受け取り吹き飛ばされた母親に薬草と共に渡す。そしてクレア達に声を掛けてからフレアの手を引き全力で街の外へ向かって走る。
すぐに現れる敵兵。ハルトは全力で走る。しかし今回は前方からも敵が現れ、民家の路地に逃げ込む。追う敵兵、逃げるハルト達。しばらく街を走った後ハルトは急に立ち止まった。
「しまった、行き止まりだ!!!」
後ろからは敵兵がやって来る。ハルトが剣を手にすると、急に煙幕が立ち上がった。
「な、なんだ、今度は!!」
煙が立ち込め、視界が薄くなる。そして今度はハルトの腕を誰かが引っ張った。
「えっ!?」
引っ張ったのは同じヒト族。見たこともない人物だ。その人物はハルト達を民家の扉から中に引き入れ、そして裏口から出て走り出す。
(付いて来い)
そう一言いうと全力で複雑な裏路地を走り出す。そしてしばらく走った後、とある古びた一軒家で止まった。周りを確認してから中に入る一行。家の中には数名のヒト族がいた。
「お前達は?」
ハルトがそのヒト族達に尋ねた。その中のリーダーっぽい人物が答える。
「俺達は『独立と勝利軍』。ゴブニル国を倒し、ヒト族の誇りを復権させようとしている者達だ」
ハルトは急に現れたその者達を驚いた眼差しで見つめた。




